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バレンタインは誰が為に

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バレンタインは誰が為に
バレンタインは誰が為に バレンタインは誰が為に

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 そんなエリュシオン宮殿の別の部屋では、まさにその話題のキリアナ・マクシモーヴァが、心配の通りに被害を受けている真っ最中なのであった。

 その状況は、いくらか時間を遡る。
 たまたま、公務で宮殿に来ていた、ジェルジンスク地方の選帝神ノヴゴルドの護衛も兼ねて同行していたキリアナは、丁度帝国を訪れていたクリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)、そしてキリアナに会いに来ていた紫月 唯斗(しづき・ゆいと)の三人とが偶然顔をあわせたので、軽くお茶でもと席を作ったのだが、二人の様子がどうにもおかしいような気がした時には、既に遅かったのだ。
(チョコ好物じゃないし、今の身体って、甘いものを美味しいって感じられないしね)
 自分でそれほど美味しいと思えないものをプレゼントするのはどうなのだろうか。つまり、バレンタインデーにチョコを渡す習慣と言うのが、どうなのだろうか。
(好いた人もいたけど縁がなかったし、それ以降本命と思う人も特にいないしね……)
 じわじわ、とクリストファーの心に滲んでいるのは、明らかにヘイトである。パートナーがそうなら、クリスティーの方もじわじわと苦い思考が頭の中で渦を巻いていた。
(発展を期待しない単なる友チョコとか理解できないし)
 そんなクリスティーが思い出すのは、桜井 静香(さくらい・しずか)のことだ。自分ではない恋人が出来たことで失恋をし、しかも誤解していたことが明らかになると言うおまけ付だ。
(それにボクはプレゼントはクリスマス派だし……)
 友チョコなんて発展を期待してるように思われるのもどうかと思う。友達へのプレゼントはあくまで友達だからするものだ。クリストファーと違ってチョコレートは美味しいと感じられる体質なので、貰れば嬉しいのではあるが、では誰が、と言えば少なくともこのエリュシオンで自分にくれる相手は想像できない。
 結論:バレンタインデーとか、バレンタインデーのチョコなんてものはいらない。
 そんな二人は当然のこと“バレンタイン・ヘイト”の影響下である。表面上はにこやかにしているが、あくまで表面上である。特にクリスティーは、キリアナがバレンタインについて知っていると判るや否や、怒涛の勢いでバレンタインデーへの愚痴をつらつらと連ね始めた。
「そもそも今流行ってるバレンタインって日本文化、というか製菓会社の陰謀のそれじゃない」
 国によってその文化も内容が違うが、主に日本の文化においてはバレンタインは女の子が好きな男の子に告白の代わりにチョコレートを渡す、というのが基本である。すなわち女性の行事である。貰う側にとっても一大イベントではあるが、それはあくまで受身の話であるから、やはりメインは女性だ。
 となれば、プレゼントする側は基本的に女性的なイメージがついて回るわけで、それがヘイトに絶賛侵され中のクリスティーには面白くないのだ。
「チョコをプレゼントするって、ボクに自分が女だと認めろって事? 冗談じゃない!」
 殆ど独り言のようになったクリスティーの愚痴には、キリアナもノヴゴルドも返答しかねて困ったような顔で顔を見合わせて、お茶を飲んで誤魔化そうとした、が。
「ちょっと、聞いてます?」
 と、じとりとした目が二人を射抜いた。ヘイトと言うよりは酔っ払いのようである。
 一方、そんなパートナーよりは一見平然として見えるクリスティーが、地味に厄介な相手だった。
「これは地球のお菓子なんだけど、この時期甘いものばかりじゃ食傷気味じゃないかと思ってね」
 そう言って二人へ渡しているのは、リコリス菓子だ。ちなみに日本人には味覚があわない者が多く「タイヤのゴムのよう」という評価の聞かれる菓子である。
 折角のお土産だからと口をつけた同席の一同の反応は様々だった。
「………………っ」
「……えらい、独特な味どすなぁ」
「悪くはないが、変わった味じゃの」
 それぞれ、唯斗、キリアナ、ノヴゴルドの反応である。唯斗以外はなんとか表情を変えないでいるが、ノヴゴルドのほうは年の功なのかどうかちょっと判りにくい。ただし、やはり好んで食べたいという代物ではなかったのだろう。二つめ、と伸ばす手は無い。が、そんな反応にはお構いなく、クリストファーは手持ちの大量のリコリス菓子をどんっと机の上へと載せた。
「まだまだあるから、遠慮しないでね」
 一同がひきつった顔を浮かべる中、クリストファーの暗い笑みがその場を暗黒面へ落とそうとしていたのだった。

 後、正気に戻った後で二人が自分たちの行動を思い出してべっこりと凹んでしまうわけだが、それはまた別の話である。
 
 さておき、暫くはクリストファー達に付き合ったキリアナは、矢張り暫くしたところでギブアップとなり、ノヴゴルドを半ば犠牲にする形で席を立って、唯斗と共に直ぐ近くの庭園へと足を運んでいた。
「流石にこんなに食べ切れしまへん」
 どうやら貰った分は律儀に受け取って持ってきたらしい。真面目だなあ、と唯斗は苦笑して半分だけ受け取ると(勿論だた受け取っただけで、食べるわけではない)そういえばと思い出した……ようなふりをして首を傾げた。
「キリルはチョコレート貰わんのか」
「その名前は二人っきりの時だけ使うておくれやす」
 冗談めかして、キリアナはなんとも言えない顔で肩を竦めた。
「エリュシオンには今までそういう文化は無かったですし……何や、あちこちがおかしゅうなっとりますから、そんな場合でもないんや無いでしょうか?」
 そのおかしいこと、というのはどうやら大陸の異変ではなくて、現在進行中のバレンタインヘイトのことだと判って、唯斗は思わず苦笑を浮かべた。
「ああうん、それ多分毎年恒例のやつだと思う……」
「恒例?」
 首を傾げるキリアナに、なんと言って説明したものかと悩んだが、何とかかいつまんで説明するとキリアナは微妙に困ったような顔で溜息を漏らした。
「バレンタインヘイト……どすか。それはまた厄介な……」
「あーそうか……第三騎士団が忙しくなっちまうな?」
 キリアナが所属するのは、帝都守護を任務とする第三龍騎士団である。バレンタインのヘイトで暴徒達が沸くようでは、その収集に動くのは間違いなくキリアナ達だ。それこそ、彼ら自身がヘイトに蝕まれてしまいそうな話である。それも毎年、といわれれば、地味に帝国に習慣として根付きそうな勢いのあるバレンタインが、頭痛の種に思えても仕方が無い。
 だが、バレンタインの本来を誤認されるのも、なんだか勿体無いではないか。
「まあま、そんな顔しなさんな。忍者さんから、配達があるんだけど?」
 そう言ってキリアナの手にとさとさ、と渡されたのは、色とりどりのチョコレートだ。それらは、帝国内でキリアナにチョコを渡したがっている相手(殆どが男性だが、稀に女性も混じっていたらしいことに驚かされたのは別の話だ)から、預かってきたチョコレートたちである。渡したがっている相手をどうやって察知したのか、と言う点については、忍者の明かせない秘密のひとつである。
「ふわぁ……なんや、くすぐったいどすなぁ」
 受け取ったキリアナは、一つ一つを見やり、ついているカードなどをめくっては目を瞬かせたりしている。その光景はどう見ても、女の子の反応でしかなく、さらに一見してはどう見ても美少女な姿でそれをされると、唯斗にとっては中々複雑な思いを抱かざるを得ない。
(しっかし、これで本当に男とは思えねーよなあ……)
 呟いてみたが、実際本人から口にされたことだ。相当の覚悟を持って教えてくれたのだろうし、その信頼自体は嬉しいことではあるが、一抹の残念さも拭えない。あまつさえ、そうして自分宛てのチョコレートへ頬を染めたりなどしているところを見ると、もやつくものがあるのも否定できない。
(あれ、これってヘイトなんじゃね……?)
 そんな違和感に唯斗が眉を寄せていた、その時だ。

「リア充を補足したであります!」

 叫びと共に飛び込んできたのは、吹雪と色花だ。どうやらキリアナと一緒にいる様子、しかもチョコレートを受け渡ししているようにしか見えない光景に彼女等のヘイトセンサー(?)が反応したらしい。
 あっけに取られる二人に向けて、色花の一撃が放たれた。当然キリアナも唯斗もそれを避けたが、唯斗にとってそれは悪手になった。色花の攻撃をカモフラージュに、接近した吹雪ががっきとその体を羽交い絞めにしたのだ。
「逃さないぞリア充め……共に地獄へ来てもらう!」
「はぁ!?」
 声がひっくり返る唯斗の足元が、唐突にぽっかりと開く。いつの間にどうやって仕掛けたのだか知らないが、下に広がるのはチョコレートの沼である。どぼん、と鈍い嫌な音を立てて、二人の身体が沼へと浸かって行く。
「お、おいこら、放せ! (今回の)俺はリア充じゃないだろ!?」
 唯斗は反論したが、吹雪は聞く耳持たずである。目をぎらりと怪しい光に輝かせると、羽交い絞めにしたまま自らが巻き添えとなっているのにも厭わずにずぶずぶと沼へと沈んでいくではないか。

「貴様らリア充は『非リア充エターナル解放同盟』に怯え続けるがいい!!」
「ギャァアアアア!」


「……なんか、凄い光景だな」

 唯斗の断末魔の響き渡る帝国の空。
 ぶらっくは人事ながら、背中を這い上がったあまりに深く強いヘイトのエネルギーに、ぶるりと身を震わせたのだった。