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ジゼルちゃんのお料理教室

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ジゼルちゃんのお料理教室
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リアクション

 
[――さっきナオのやつが見てた本ちらっと見たんだけど、パティシエレベルのやつだった。
 普通のものは作れるしノーンも付いてるけど、流石にあれは……。
 ジゼルの方でなんとかもうちょっと簡単なやつ勧めといてくれるか?]
 かつみがそんな電話を入れたのは午前中の事だった。
 頼みにジゼルは電話腰に頷いてくれたし、ついていく事自体は我慢した。
 が、どうしても心配で仕方が無く、かつみは料理教室が丁度終わるであろう頃を見計らってプラヴダの基地を訪れたのである。
 しかしそこで彼を待っていたのは、予想外の光景だった。
 食堂のある建物の近く、フェンスに囲まれた――軍の基地は機密が多くて正確には分からないものの――訓練だかで使われるのであろう広い空間を、かつみもよく知る契約者達やベースレイヤーの兵士が遠巻きに囲んでいる。
 背の高い彼等が壁になって見えないが、それでも一つ見えるものはあった。
「イコン? いや、チョコレート!?」
 大型チョコバルカンを装備した白と焦げ茶色の物体。
 そびえ立つ、10メートル級のイコンチョコームラントだ。
 困惑するかつみの後ろでは、何故か野外コンサートが開かれている。
 それはロベルトと50名程の兵士に囲まれながらコスプレアイドル『シニフィアン・メイデン』の二人が突発ミニライブコンサートを行っているところだった。
 あの時、さゆみとアデリーヌが背中に突きつけられたのは、ドルオタロベルトが常備していたコンサート用のケミカルライトスティックだったのだ。
 そうとは知らず脅されたと思いすごすご捕まってしまった彼女たちはその後、殆どジゼル専用になっている慰問用のステージに上げられ、ロベルトらアイドル好きな兵士達に土下座で頼み込まれたようだった。
「一曲でいいんです! SAYUMINとアデリーヌちゃんの生歌を聞かせて下さいッ!!」と。
「分かったわ。ただし一曲だけ、それだけはあなたの為だけの歌よ」
 結局譲歩した彼女達が、ロベルトの為に送ったのは、恐れや嫌悪や悲しみを沸き上がらせる歌だった。これはドミトリーに加担した彼へのお仕置きであったようだ。
 そうとは知らないかつみは、コンサートの観客の兵士の中に異様なテンションで8本のケミカルライトスティックを振るロベルトに、引き攣った表情を向ける。
「いや、そんな事より食堂に行かないと――」
 と、その瞬間。後ろから目を塞がれた。
「見るな!!」
「なんッ!?」
「見たら気が触れるぞ!」
 かつみの目を塞いだレフが叫んだのも、無理は無かった。
 この先には教導団が誇る【殺人兵器級料理人】セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が作ったお菓子(!?)が鎮座しているのだ。
「――あの人、
 『究極のホワイトデースイーツを作るわ』とか言いながらノリノリですげーやばいもん作り出したんです……」
 ユージェンが思い出すのは、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)がそれを半ばパニック状態になりながら必死に止める姿だ。
「セレンのお菓子は私以外の人に食べさせたくない!!」
 これはそう、彼女自らが犠牲になる覚悟での発言だったのだろう。だが、セレンフィリティは聞かなかった。
 セレンフィリティは己の料理が魔なるものを産み出す能力――と書いてチカラと読む――を持つ事を、全くと言って良い程自覚していなかったのだから!
「食は世界を平和にするわ♪
 この世界遺産のような素晴らしい腕前を埋もれさせるのは世の中の損失よ!」
 とかなんとか言って、全く聞かなかった。
 結果――、
「レフとユージェンとスチュアートが試食しなさい★」
 というセレンフィリティ提案の最悪のイベントは何とか避けれたものの、お菓子の完成は防げなかった。
 間に合わなかった。
 もう無理だ。
 世界は終わりだ。
 肩を落としたセレンフィリティが考えたのは、どうにかしてその――見ただけでモザイクが掛かってしまいそうな――コズミックホラー的『究極のホワイトデースイーツ』を、元凶であるドミトリーに食わせるという作戦である。
「俺達それに賛同して、アレを闇魔法で隠しながら重力操作で運ぼうとしたんです。その途中でシャーレット教導団中尉が『何処へ持って行くつもり!?』って暴れた結果――」
「あそこに落っことした……?」
 かつみの質問に、レフとユージェンは同時に頷いた。
「アレ。
 マジで見るとヤバいんだよ。トゥリンがスヴェトラーナが唯斗さんと一緒に、ちょっとヤラかしたらしい兵士を連行してたらしいんだけどさ、そいつら途中で見ちまったらしくてさ……」
 つまり、その『究極のホワイトデースイーツ』を。
「今は訳の分からない事を言いながら、あそこのチョコームラントの周りをぐるぐる回って、召還の儀式みたいのをやってるんです。
 何かを崇めてるみたいなんだけど……俺には分からないし、分かりたくも無い」
「つー訳でマジで、あんたも見ない方がいい」
「……ぅ、わかった。
 でもこんな状態でナオとノーン……っていうか料理教室の皆は大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ、一応」
「食堂の壁は一部ぶっ壊れたけどな」
「何だそ――いや、いいや。兎に角食堂に行くよ」
「案内しますよ。あの『究極のホワイトデースイーツ』を見ないで済むルートで」
 ユージェンに先導され、踵を返そうとしたかつみが最後に見たのは、チョコームラントの斜め下で、拘束されている数名の人物だ。
 中央に見えるのは白衣と、太った銀髪の男で、なんとなく何時ものパターンのようなものを察したかつみは黙ってその場を去って行く。
 レフは極力視線を反らしながら、もう一度『究極のホワイトデースイーツ』を動かす事に専念した。



 『究極のホワイトデースイーツ』というか正直もうコズミックホラーそのものの影響を受け、幻のチョコームラントを崇める三人のぽっちゃり兵士達。
 その近くで縛られた神奈とハデスとメカ咲耶、そして変態微笑みデブことドミトリーを、食堂のビルの屋上から夢想の宴でチョコームラントを作り出した張本人リカインとハインリヒが見下ろしている。
 と、ハインリヒの眉がぴくりと反応したのは、レフから『究極のホワイトデースイーツ』を正しい位置に配置完了したとの連絡が入ったからだ。
「リカインさん」
 微笑んだハインリヒが甘い声で呼びかけるのに、リカインは頷くだけでそれを実行した。
 バルカン砲を発射する幻のチョコームラント。
 そして砕け散る『究極のホワイトデースイーツ』。
 数秒後作動したのは、今回はメカ咲耶につけられていた自爆機能だった。
[自爆装置起動シマス。
 3秒以内ニ半径100めーとるカラ退避シテクダサイ]


 舞い踊るチョコレートの香りに包まれて、基地を後にする料理教室に参加した契約者達。リカインも、爆発の跡地に背中を向ける。
「美羽、これ。実はこっそり作ってたんだ」
「嘘! ありがとうコハク!!」
 睦まじい二人を見下ろしていたハインリヒは、何かを思い出し慌ててリカインを呼び止めた。
「なに?」
「君に渡すものがあったんだよ――」
 ハインリヒがカーゴパンツのポケットから無造作に取り出したのは、リボンのついたハート型のパステルカラーのロリポップだった。
「……意外ね」
 ハインリヒのイメージにしては少々子供っぽいとか、可愛らし過ぎるとか、そういう意味でだ。
「僕じゃないよ。
 でも――、君に渡せって言った奴の名前を聞いたらもっと意外に思うんじゃないかな?」
 眉を上げて笑うハインリヒの少し意地の悪い表情に、リカインはロリポップの贈り主を悟ったらしい。
 彼女がくすくす笑い出したのに、今度はハインリヒが背中を向け歩き出す。
「ご免、お先に失礼。あと何人か渡せって言われてたの忘れてた」
「うん、アレ君に宜しく」
 未だ小さな笑いが止まらないらしいリカインに軽く手を振って、ハインリヒはドアノブを捻ると、挨拶を残して扉を閉めた。

「良いホワイトデーを」


 おしまい