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リアクション
「そう、大きさは丁度このくらいだ」
ダリルが両手で作った小さな丸のサイズを覗き込んで確認しながら、レフは何度も頷いて泥団子を作る様にコロコロと生地を丸めている。
「中々丸くなんねぇ……」
ボヤいて隣をちらりと見れば、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が手際よく言われた通りにその形にしてみせるのに、レフは溜め息を吐いた。
「コハクってマジで料理経験ないの?」
「うん、殆ど無いかな。でも言われた通りにすれば……」
ホラ、と掌に乗せた丸い生地を見せるコハクは、手先が器用なようだ。
「飲み込みが早いんだな」
ダリルが言うのに、レフは恨めしそうな表情で自分の手元を見る。彼のこねた生地はコハクの作った見事な円形でもなければ、ダリルが指示した大きさとも違って見えた。
「彼女の事でも考えて作ればいいのかね。目標あると上達するっつーしなぁ……コハクは可愛い彼女居ていいなぁ」
レフが言う通り、――美羽には黙っていたが――コハクが今作っているクッキーは彼女へプレゼントする予定のものだ。コハクの方もレフが作っているあれはガールフレンドにプレゼントするものだと思い込んでいたのだが、どうやら此方の予想は外れていたらしい。
「あれ? これは違うの?」
「いーや。義理だよ義理。義理を貰った義理返し。
の割に微笑みデブの所為でなんか一大イベントみたいになっちゃったけどな。
ガイザックさんは? ホワイトデー当日もなんか料理とかするんですか?」
「ご想像にお任せする」と、レフの質問とコハクの視線を上手に煙に巻くダリルだったが、腕が後ろから掴まれた。
「えー、ジゼルも知りたいなぁ? ダリルお兄さんのホワイトデーのご予定」
にやにやと笑うジゼルの頭をぽふぽふと上から撫でで、ダリルは詮索するなと言う様に苦笑している。
今日のダリルはルカルカ・ルー(るかるか・るー)に拝み倒され、ジゼルの手伝いにやってきたのだ。ホワイトデーの話題で弄られる為にきた訳では無い。
「俺は料理教室の手伝いにきたのであって、雑談する為にきたんじゃないぞ」
「だって気になるんだもーん、ね?」
レフ達を見て言う無邪気なジゼルの押しに、ダリルもタジタジといった様子で、その場に笑いが起こる。
そんな和やかな雰囲気を、離れた位置で見ていたのはルカルカのもう一人のパートナー、コード・イレブンナイン(こーど・いれぶんないん)だった。
コードはジゼルに恋をしていた。
しかし彼女に配偶者が居る今は、それは許されない感情だ。好きだと思う気持ちと、いけないと思う気持ちは、コードの中で綯い交ぜになりぶつかり合って葛藤を生む。此処暫くの間、コードはジゼルに会う事も出来なかった。会うのが辛かった。
それでも会えなければ、寂しさに苛まれる。だから料理教室と聞いて「ルカ達へお返しを作りたい」という名目の元やってきた。やってきてしまった。
今もどんな態度でジゼルへ接していいのか計りかねているというのにだ。
だのに現実は残酷だ。幾ら黙っていても、動かなくても此処にはジゼル本人が居て、動いているのだから。
コードが好きな美しい声が耳に入る度、身体が震えた。ダリルと交わす無邪気な会話に、あの――話していて楽しい気持ちにさせてくれる彼女との時間を過ごしているのが自分であったら!と思ってしまう。
(ダメだ……。頭では判ってるのに――)
コードの唇から深い溜め息がついて出た瞬間、彼の視界がガクリと揺れた。
「はい、絶命」
気付けば倒れていたコードを、ダリルが見下ろしている。彼の首筋に手刀を当てたのも、またダリルだ。
「周囲の気に自動反応できるようになれと、俺は教えたよな」
「――――……俺は」
「帰ったら、少し訓練をつけてやる」
有無を言わさずにこっと笑って返すダリルの背後に、ぱたぱたと足音をたてながら駆け寄ってくる影が映る。
「――ジゼル!」
「大丈夫? コード」
差し出してきた手を取ろうとして、そうしていいのか判らなくなり、宙に浮いたコードの手を、ジゼルは当然のように掴んで勢いを付けて引っ張った。
数ヶ月前の出来事を、彼女は何も気にしていないようだ。今迄の友人関係でいようと暗に言っていたあの言葉は、きっと本心からなのだろう。
「コードは、何を作っているの?」
「ルカやニケ達から貰ったバレンタインデイのパートナーチョコのお返しさ。良いのを作って驚かせてやりたくてさ」
ふぅんとテーブルの上のコードの作り掛けの料理を見て、ジゼルはもう一度くるりとこちらへ振り向き、微笑んでみせた。
「素敵ね、頑張って」
と、そんなたったの一言で、コードの胸の奥がどきりと音をたてる。何か言うべきか――、コードが逡巡する間にジゼルは一つ付け足した。
「ダリルの訓練も」
「だ、そうだ」
次のテーブルへ去って行くジゼルを手を振りながら見送って、ダリルはこちらへ振り返る。
爽やかな笑顔を向けられて、帰宅後の事を考えたコードは肩を落とすしかなかった。
食堂の入り口。買い物から戻ってきた美羽は、買い物袋を持ったまま立ち止まっているハインリヒへ振り向いた。
「ハインツさん? どしたの?」
「うん……?」
微笑んで返されたが、グレーの瞳の奥に底知れない何かを感じて、美羽は一瞬息を飲んだ。車を走らせる速度だけは常識外れだったものの、買い物中の彼は終始穏やかで紳士的な――所謂好青年だったのに、今そこに居る男からは漂ってきたのは、明らかに正常では無い人間が纏うオーラだ。形容するに一番近いのは恐らく――
「何でも無いな。何かあるかと思ったけど、何でも無かった」
言った後の、今度の笑顔は本物だった。何を言っているのかは全く意味が分からないが。
「えーっと……」
美羽が内容を問うか迷い、ハインリヒが会話を適当に流そうと画策しているところで、二人の間に文字通り割って入ってきたのは、一匹のK.O.H.だった。
兄タロウが小さな身体の代わりに意見を主張する為か、素早くテーブルの上に飛び乗って――それでも彼は大変小さいので――二人を見上げる。
「みわ。よくきたな!」
プラヴダは俺の庭、と言わんばかりの堂々たる態度に、美羽は「あははー」と乾いた笑いだ。
「ハインツ、いいにおいがする。みんななにしてるんだ?」
「お菓子を作ってるんだよ」
「おかし――!!」
兄タロウの瞳がきらきらと輝いた。
「いったら、おれももらえるかな?」
「そうだねー……、うんと可愛くおねだりしてみたらいいんじゃないかな?」
「してみる! おれ、おかしくださいっていってみる!」
身の丈の何倍もある人間達の足の間を器用にぬって、お菓子作りの一角へ向かい駆け出した兄タロウを見ながら、ハインリヒは美羽に説明した。
「あっちのアレクは、甘いものも割と好きらしいんだ」
と、会話を上手く切ってくれた兄タロウの存在に感謝しつつ。
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