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リアクション
第三章 天殉血剣
「よお。久し振りだな、天殉血剣」
紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が天殉血剣に近づいていく。唯斗の声を聞いた彼女は、思わずうつむいた。
前回の戦いにて、天殉血剣は唇を奪われている。そのときの感触を思い出したのか。彼女は自身の唇をおさえると、頬の代わりに黒髪を朱に染めた。
表情の変化に乏しい彼女は、怒ったり恥ずかしがったりすると、髪の毛を赤く染める性質があるのだ。
「そういや、前も髪を赤くしてたよな。そりゃなんだ? 警戒してんのか?」
「……別に。なんでもないわ」
天殉血剣は、できるだけ平常心を保ちながら答えた。
「ま、それはそうとだ。お前、こっちに来る気になってくれたみてーだな。……え? 裸踊りがしたいだけ?」
こくんとうなずく天殉血剣。
「はあ……。なんでよりによって裸踊りなんか……。まあ待て。俺が水着を用意してやっからよ」
水着の調達に駆けだした唯斗は、頭を抱えていた。
まったく。ハイナの阿呆が財政危機をやらかした上に裸踊りなぞを企画したせいで、葦原島の風紀がえらいことになってしまった。覚えておけよハイナ! 房姫も加えて三日三晩の超お説教フルコースだ!!
痛む胃を押さえつつ、唯斗は天殉血剣に似合う水着を物色していった。
「メイド服はメイドの一部です! ハルミアは絶対に脱ぎませんからねっ!」
ハルミア・グラフトン(はるみあ・ぐらふとん)がB地区を逃げまわっていた。三姉妹のギフトが来ていると聞いて葦原島まで赴いたものの、裸踊りにまで参加する気はなかったのだ。
「眼鏡が顔の一部なのと同じですっ! 鱗がドラゴンの一部なのと同じなんですっ!」
「なにをおっしゃいますか」
アルファ・アンヴィル(あるふぁ・あんう゛ぃる)が、逃げ惑うハルミアのメイド服を爪で引き裂いていく。
「服なんて飾りです。人間にはそれがわからんのですか?」
そんなことを言いながら、アルファが爪をふるう。ハルミアの服はすっかりボロボロになってしまった。
「もうっ。どうしてくれるんですかーっ!」
「全裸はイヤだというので、問題の無い程度に露出してもらったまでです」
「……ぐすん。作戦が終わったらなんとかしてもらいますからねっ!」
涙目でふくれるハルミアを見ながら、アルファはため息まじりに呟いた。
「さて。服を駄目にしておいて、このようなことを言うのもお気の毒ですが。女神の魂とやらは、巨乳――豊満な乳房を好むと聞きました。……ハルミア。残念ながら、貴女は貢献できそうにありませんね」
バシバシッ。
ハルミアは無言でパートナーを叩いた。
「こらこら。主人に箒を向けるのはよしなさい。わたくしはありのままの事実を述べたまでですよ。疑う余地のない真理を嫌うなどとは、やはり人間の価値観は理解できな……痛っ。降参します、降参しますとも。ハルミア。わたくしが悪うございました」
平謝りをするアルファを、しばらく叩き続けるハルミアだったが。
「――こうなったら、三種のギフトさんたちにも脱いでもらいますっ!」
ハルミアは開き直ったように言った。ボロボロのメイド服のまま、天殉血剣の姿を探す。
「えーと……あれです。『木を隠すなら森の中』なのですっ。メイドさん同士、メイド服で踊ったら、このぼろぼろの格好もごまかせそうな気がしてきたのです。……あっ。天殉血剣さんを発見しました。さっそく踊りましょう! ねえ、天殉血剣さん……」
「はい?」
振り返った天殉血剣は、唯斗からもらった水着に着替えていた。
「ビキニだしっ!」
ハルミアはその場にずっこけた。彼女の『木を隠すなら森の中』作戦は、失敗に終わったようである。
「もう、いいのです……。ところで天殉血剣さん。ハルミアは、あなたとまたお話しがしたかったのです」
「そうね。私も、貴方のことは気になっていたわ」
天殉血剣。生まれながらにして忌むべき存在だと虐げられた彼女を、八紘零だけが受け入れた。その時から、彼女は零のために生きていくと誓った。――隷属という支配関係によって。
しかしハルミアは、メイドとしてあるべきもう一つの可能性を示唆していたのだ。
「天殉血剣さん。メイドの幸せは、なにも支配されることではないと思うのです。主のために仕えているという、その想い。それは、あなただけの大切なものなのです」
「よくわからないわ。その想いは、主に仕えるためのものでしょう?」
「ハルミアにもうまく言えないのですが……。主を想うメイドの気持ちは、主にだって奪えないものだと思うのです」
精一杯、ハルミアは自分のメイド論を語った。天殉血剣には支配ではなく、自分の意志で仕えるべき相手を選んで欲しかったからだ。
言いたいことは、なんとか伝えることができた。
――しかし。
こんなほぼ裸みたいな格好で語ったところで、説得力なんてないだろうなぁと思うハルミアであった。
(……ああ、故郷のお母さん。ハルミアはとても心配になってきたのです。色々と……もう色々と)
ハルミアが空を見上げる。葦原の蒼空に浮かんだ母の顔は、涙でにじんでいた。
「やっぱ、スタイル良いよなー。ビキニにして正解だったぜ」
水着を選んだ唯斗が、自身の観察眼に満足していた。彼のチョイスした赤色のビキニは、モデルのような天殉血剣の体型によく似合っている。
「じゃあ、そろそろ行くか。踊りが気になるんだろ?」
そう言って唯斗は、天殉血剣の手を握った。
「駄目よ。そんなことをしたら、貴方の手が……」
「かまやしねーって。エスコートさせて貰うさ」
唯斗は握る手に力を込めた。天殉血剣の掌が肉に食い込み、血が滴り落ちる。
「こんな痛みくらい、お前のためなら耐えてみせるさ。この手は離さない」
「……今までは、零様だけだった。私の掌を握ってくれたのは」
天殉血剣の長い髪が、赤く染まった。
「とても懐かしい感じがする。……人の手は、こんなに温かかったのね」
「ああ。俺のそばにくれば、いつだって思い出させてやるぜ?」
唯斗の言葉に、彼女の髪はますます赤くなる。だが、しばらく沈黙した後で、天殉血剣は手を振りほどいた。
「……ハルミアさん。唯斗さん。……貴方たちといると、私はおかしくなる」
天殉血剣は俯きながらつづけた。
「……私は零様のためにすべて尽くすと誓った。この誓いだけは……破れない」
そう言い残すと、天殉血剣は赤いビキニを着たまま、葦原島から飛び去っていく。
去っていく天殉血剣の後ろ姿を、夜灼瓊禍玉が見つめていた。その表情には深い迷いがある。
「自分の生き方は、あなた自身が決めなさい」
いっしょに踊っていたリネンが、夜灼瓊禍玉の頭をぽんっと叩く。
夜灼瓊禍玉は集まった契約者たちを見回した。心配そうにのぞきこんだ及川翠に、ぎゅっと抱きつきながら彼女は言う。
「わたしは……みんなとお友達になりたいっ。でも……。お姉ちゃんと離れ離れになるのは、とてもつらいの……」
彼女の脳裏に、辿楼院刹那の言葉がよみがえった。
契約を破棄すれば、互いを姉妹として認識できなくなる。
天殉血剣や夜炎鏡を失う道を、彼女にはどうしても選べなかった。
翠から離れた夜灼瓊禍玉は、言葉をしぼり出す。
「……もうちょっとだけ、時間がほしいの」
「わかったわ」
リネンが、夜灼瓊禍玉の背中を押した。
「行きなさい。今日のところは見逃してあげる。――次に敵として現れたら、その首は切り落とすけれど」
「ほえ〜」
空賊王の片鱗を見て震える夜灼瓊禍玉であったが、おずおずとメイド服に着替えてフェイミィに借りた衣服を返すと、みんなに向きなおり頭を下げた。
「リネンさん。ユーベルさん。フェイミィさん。翠ちゃん。ミリアちゃん。ナターシャちゃん。サリアちゃん……。みんな、ありがとうなのっ!」
元気に手を振りながら、夜灼瓊禍玉もまた、葦原島を飛び去っていった。
「……放置プレイも〜、なかなかイイものですよぉ」
離れた場所で警備をつづけるミュート・エルゥが、ひとり呟いていた。
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