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リアクション
「きみはさっき、「しなくちゃいけなかった」と言ったけれど、そんなご大層なものではなかったんだよ」
ある程度食事が進んだところで、自身はひと口ふた口、お茶でのどを湿らせるだけだったヒノ・コが口を開いた。視線は巽を向いている。
「ひと言で言うなら、安っぽいヒューマニズム、とでも言うのかねえ。当時わたしはばかな若造だった。この浮遊島のことについて、よく分かっちゃいなかったのに、そんなことを考えもしなかった」
まさに諸悪の原因とも言える出来事。
今日に至るすべての悲劇の始まり。
ナ・ムチ以外、その場にいる全員が手を止めて固唾を飲んで返答を待つなか、ヒノ・コは淡々と話し始めた。
イフヤで「説明する」と約束したときから、彼らがこのことを質問するのは分かりきっていた。彼と出会い、彼が本物のヒノ・コだと知った者は、必ずといっていいほど口にしてきた言葉だったから。
ときには激怒し、ときには号泣して。
彼を問いただした。「なぜあんなことをしたのか!?」と。
当時、あまりにも傷が深すぎて、到底口にすることはできないだろうと思っていたことだが、この7000年の間、意外にも、あの出来事について口にする機会は何度も訪れた。だから今回も、これまでのときのように話せばいいのだ。息を吸い込み、肺に空気を入れて、それを用いて声を発し、言葉を紡ぐ。それだけに集中して。
「わたしはもともとシャンバラの生まれなんだよ。何代か前に秋津洲から降りて地上に住み着いた者の子孫だから、完全にシャンバラ人というわけでもないけど……。
当時のわたしはちょっとした科学者の卵で、ある論文で賞をもらって表彰された。浮遊島へは、その受賞パーティーで知り合った浮遊島の高官に招待されたんだよ。ヒノ・コという名前から、わたしが秋津洲と縁のある生まれだと知ってね。「先祖の住んでいた地を訪ねてみるのはどうか」と。領主スサ・ノ・オさまにも紹介されて、正直、あのときのわたしは有頂天になっていた。ちょっとした小旅行のつもりで妻と娘を連れてやって来て……そうしたら、小さな女の子の幽霊がホテルの部屋に現れた」
どこからオオワタツミの策略は始まっていたのか。あとになって、何度も考えた。もしかしたら賞自体も、浮遊島への招待も、彼の策略だったのではないかと疑わずにはいられない……。
「きみ、だれ?」
『私、クシ・ナ・ダ……。お願い、助けて』
娘と同じくらいの年格好をしたその少女の幽霊は、ヒノ・コの頭のなかでだけ聞こえる声で泣きながら訴えた。
『体じゅうが痛いの……痛くて、痛くて……。
どうして私だけがこんなめにあわなくちゃいけないの……?』
少女が言うには、彼女はこの秋津洲安寧のため、はるか昔、神官たちによって人柱にされた者だという。そのため、秋津洲が本来受けるはずだったすべての災厄、すべての苦しみを一身に背負って、常に魂が切り裂かれる痛みにさいなまれているのだと。そうして過ごす数千年の間に肉体は朽ちたが、魂は今も人知れず神殿の地下、ヨモツヒラサカと呼ばれる場所の最奥に縛りつけられ、そのせいでどこにもいけず、少女の魂は数千年の間絶え間なく続く苦しみを受け続けている……。
「わたしは、そんなのはおかしいと思った。どんな災難であろうと、その苦難は本人が受けるものだ。他人を身代わりにして苦しみを押しつけ、ただ喜びだけを享受して繁栄する世界にどれほどの価値があるのかと」
話す間も、彼の目の前で、再生するたびに手足(魂)を引きちぎられては『痛い! 痛い!』と泣き叫ぶ少女の幽霊に、ヒノ・コは彼女を助けると約束した。
きっときみを永劫に続く苦しみから解放してあげる、と。
「あとはまあ、きみたちも知っているとおりかな。わたしはイザナミ様との謁見で神殿に入る許可を得ていたから、少女の幽霊に誘導されるまま神官たちの目を盗んで地下へ下り、祭壇の間へ行ってカガミを停止させた。……解放されたのはかわいそうな少女の魂などではなく、オオワタツミの荒魂だったのだけれど」
それに、オオワタツミの言葉も完全に間違っているというわけではなかった。肉体はアマテラスに滅せられて魂だけとなっていたし、カガミたちによって縛りつけられて、どこにも行けない状態だった。オオワタツミがそこに縛られていたおかげで、秋津洲は繁栄を得られていたとも言える――オオワタツミという災厄から逃れられて。
「……それにね。個人では負いきれない災難っていうのは、たしかにあるんだよ」
安っぽいヒューマニズム。ヒノ・コはふっと口元をゆがませるも、それを組んだ指の下に隠す。
当時のことをこうして振り返れても、やはりいざあの場所へ行くと、どうしても下りる気にはなれなかった。開いた扉の真っ暗な闇を見ているうち、吐き気すらした。
『愚かな人間ヒノ・コよ。余をみごと解放せしめた礼に、うぬだけは喰わずにいてやろう。そしてその目でしかと見届けるがよい。己が成した行為の顛末をな!!』
自分が解放してしまった、災厄オオワタツミ。
人の血で真っ赤に染まった大気、耳をつんざく人々の悲鳴、怒号。空にその巨体を伸ばしたオオワタツミは、それらを受肉途中の肉体で吸収し、己の力へ変えると、さらなる眷属の魔物たちを召喚して人々を殺害していた。
悲鳴のような音を立てて引き裂かれていく大地。
真っ黒な空では常に雷鳴が轟き、気まぐれに落ちる黒い稲妻が秋津洲を撃つ。巨大な黒雷を受け、燃え上がった世界樹イザナギが断末魔のような音をたてながら真っ二つに裂け、倒れていく光景を前に、ヒノ・コはただただ見ているしかなく――彼は大声で叫んだ。
「神よ、領主よ、どうかこの愚かな男を今すぐ殺してください!!!」
と。
しかし国家神イザナミも領主スサ・ノ・オたちもそれどころではなく、彼には見向きもしなかった。オオワタツミが最初に召喚した魔物たちが駆け上がってくるヨモツヒラサカを封縛し、1人でも多く人々を救うため、神官と兵を招集して、まだ完全に再生しきれていないうちが再封縛するチャンスだと、オオワタツミへ向かって行った。
――一瞥にすら値しないと言われたようだった。
願いが叶わないと知ると、彼はこの世のあらゆるものを声の続く限り罵り、挑発し、せめて心を殺してほしいと懇願した。しかしそれも聞き届けられることはなく。あの惨劇のただなかで、彼はただ1人オオワタツミの呪いに守られ、幽鬼のようにさまよいながら、目前の悲劇のすべてを自分のなかに焼きつけるしかなかった。
そして全身全霊で誓った。
「わたしに限らず、たぶん、そうなったらだれもが思うことだよ。
もう何もいらない。この身、これからの人生。命も、魂も、わたしのすべてをこの島に捧げる。この出来事をほんのわずかでも償えるなら、たとえ生きながら百の欠片に切り刻まれてもかまわない。何でもすると」
それは、ヒノ・コの真実の思いだった。その言葉をだれも疑おうとは思わないほどに。
無私の願い。
神様、わたしを生きながらえさせるというのであれば、どうかわたしにつぐないをさせてください。この島の人々が幸せになるならば、わたしはもう何もいりません――。
感動的な、胸を打つ言葉だろう。
ただ聞くだけならば。
かつて、まだ幼く単純だったころ。自分もそうだった……。
「――そうですね。あなたは本気でそう思っているんです。自分にはそれしかないと。それがどれほど周囲の者を傷つけているかなんて、微塵も考えずに」
心底エゴイストなのだ。そのためならば平気で他人を利用する。他人の痛みが分からない。
こんな男のために、どうして祖母は……。
ナ・ムチは氷のような嫌悪の眼差しを向けると、これ以上聞くに堪えないという様子で踵を返し、部屋を出て行った。めずらしく大きな音をたてて閉められたドアが、今の彼の思いを現している。
「あ、おい。待てよ!」
横についていた千返 かつみ(ちがえ・かつみ)があわててあとを追うように部屋を出た。そしてかつみを追って、エドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)と千返 ナオ(ちがえ・なお)も急ぎ退室する。
彼らの消えたドアに流れた全員の視線を戻すように、陣が咳払いをした。
「事のあらましは分かった。だがまだ訊きたいことがある」
「どうぞ」
「話を聞いてると、オオワタツミってーのは相当凶悪なやつっぽいが、やつは最初から悪人だったのか?」
「というと?」
「アマテラスが現れるまでの浮遊島に関する話がろくにない。どこの世界の話でもそうだと思うが、神話で負けたやつは化け物扱いされることも多々ある。タタリにマガツヒ、オオワタツミ……関係はともかく、元は人だったんじゃないのか。一族とか」
陣の推論に、ヒノ・コは面白そうに小さく笑ったものの、答える声は淡々としたものだった。
「さあ? それはわたしも生まれる前のことだから分からないなあ。なにしろオオワタツミが封じられたのはさらに数千年前のことで……オオワタツミが復活して島が分裂する際に、書物の大部分は焼けてしまったし。
それに、それって神様が人の地に降臨されるより以前のことでしょう? そういうのって、きみたちの国では残ってるの?」
地球に『古事記』という書物があるが、あれは後世の人々が書いた物語で信ぴょう性はない。実際に起きた出来事を記した秋津洲伝承とは少々意味合いが違っている。
「タタリというのはきみたちから初めて聞いたしねえ。まあ、マガツヒを連れていたというし、聞いた感じではオオワタツミの化身の1つであるのは間違いなさそうだけど。
マガツヒとヤタガラスについては、これはわたしの推論だけど、あれの始まりはおそらく7000年前、殺された秋津洲の者たちのなれの果てだと思う。オオワタツミが受肉する過程で、遺骸の一部が体に取り込まれた。故意か偶然かは分からないけどね。それがヤタガラスとなり、やがてマガツヒとなった……。
外法使いたちはそれからヒントを得て、ヤタガラスをつくって使役するようになったらしいよ。本当かどうかは分からないけど、彼らの口伝ではそうなってるみたいだねえ」
感情の薄い声で単調に話すヒノ・コの様子をそれまでじっと観察していたうちの1人、真司がおもむろに口を開いた。
「そういえば俺たちがこちらでひと騒動してる間に、あなたたちはマフツノカガミを入手したとか。よければ見せてもらってもよろしいでしょうか?」
「あ、うん。いいよ」
足元のカバンをごそごそして、マフツノカガミを取り出す。
「はい」
「大きいですね」
差し出された50センチ弱の円形の銅鏡のような――しかしあきらかに銅ではない、別の物質でできている――マフツノカガミを受け取って、真司は訊く。
「ツク・ヨ・ミの見せてくれたヒガタノカガミはこれくらいでしたが」
巽が真司の伝えたい意図を補うように親指と人差し指で3センチほどを示すのを見て、ヒノ・コは「ああ」と応じた。
「持ち運びしやすくするためと内部エネルギーの消失をできるだけ避けるためにサイズを変えてるんだよ。一応魔道具の類いだからね。ほかのカガミも、エネルギーを供給して起動させればこのサイズになるよ」
「そうですか」
真司は納得し、あらためて手元のマフツノカガミに目を向ける。
一方で、真司の求めに応じてあっさりマフツノカガミを手放したヒノ・コの姿に、グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は少々驚いていた。
「マフツノカガミを祭壇から持ち出しても何の反応もなかったのは、なぜなんでしょう?」
彼の発言に、ぎくりと身をこわばらせたのはアウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)だった。
グラキエスの発言内容そのものに反応したわけではない。ヒノ・コの意識がグラキエスに向けられ、注目を受けることそのものにアウレウスは危機感を感じる。
忠義に厚い男アウレウスとしては、主君グラキエスにはこのまま黙って、質問はほかの者に任せておいてほしかった。しかし考古学好きで好奇心旺盛な面があるグラキエスが、ただ黙って話を聞いていることなどできないであろうことは、アウレウスにも想像がついていた。
(ウルディカ、警戒を怠るな)
場の注目がグラキエスにある今、となりにいる自分が言葉としてそんなことを発するわけにはいかない。だから視線に意を込めて、ウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)を強い眼光で射るように見る。
対してウルディカはその視線に「おや?」というふうに視線を動かし――ああそういえばと、この会が始まる前、部屋を出る際にそれらしい懸念をアウレウスが口にしていたことを思い出した。
(警戒を怠るなというのはそういう意味か)
しかしそうも体に力を漲らせて警戒心を放出していては、言葉として出さなくとも周囲には丸分かりである。
(主も主なら従者も従者だ、どうなっているこの主従。やつらに危機感というものはないのか)
多少あきれも含んで、ウルディカはそっと隠した口元で嘆息をつく。
マフツノカガミとオオワタツミのことで質問があると聞いて、やっとこいつも好奇心より事件の真相を優先する気になったかと思った自分が甘かったのかもしれない。
(まあいい。俺まで不信感を露わにしていては話も訊きにくいか。
エンドロア、話の間は黙っていてやるが、ほどほどにしろよ)
盗み見るように横に流した視線でその意を伝えると、ウルディカは足を組み直した。
ヒノ・コは、うん? とグラキエスの質問に小首を傾げる。
「うーん……。直接見たわけじゃないから確証はないけど、わたしが封縛システムを停止させた直後のオオワタツミの一撃で祭壇はほぼ壊れて、その意味をなくしていたはずだからねえ。供給が途絶えたあとはマフツノカガミ自身の保留エネルギーしかなかっただろうし、それも見た感じ、ほとんど放出されてしまっているから、何も反応がなかったんだろうね」
「では、なぜマフツノカガミを取ってくる必要があったんです?」
「あれ? てっきりツク・ヨ・ミが話してるとばかり思ってたんだけど。わたしの思い込みだったようだね、ごめんね」
謝罪するようにぺこりと軽く頭を下げて、ヒノ・コは説明をした。
「5つの浮遊島群に魔物を寄せつけない橋を架けるには、5つのカガミの力が必要なんだよ。もともとカガミは5つで本力を発揮する仕組みになっているし……すでにシステムはわたしがそれぞれの島に設置してあって、あとはそこにカガミをそれぞれ嵌め込んで、起動させるだけになってるんだ。
なかでもマフツノカガミはアマテラスの額を飾っていたと言われるだけあって、ほかの4つのカガミとは格が違うくらい優秀な出来でね。なにしろ力をほとんど放出しきっている今でさえ、オオワタツミの脅威から伍ノ島を守り続けてきたんだからねえ。
5つ揃わないと起動できないってこともあるけど、やはりマフツノカガミがないと、橋システムは本来の能力を発揮することはできないだろうね」
話しているうち、真司のマフツノカガミに対するサイコメトリが終わったらしい。閉じていた目を開き、グラキエスの問うような視線に彼がうなずくのを見て、グラキエスは彼がヒノ・コのした過去話を肯定しているのだと判断した。
「そうですか。分かりました。
それから……こう言っては多少語弊(ごへい)があるかもしれませんが、先ほどはとても興味深い話を聞かせていただきました。あなたにはつらい話であったというのに、話していただけて感謝しています。
それで、聞いていて思ったのですが、たとえ幽霊としてであれ、外に出てこれるようになっていたということは、ほどこした封印が甘かった、あるいはその能力が弱まってきていたということでしょう。あなたが何かせずともいずれ封印は解かれた、ということではないですか」
その可能性を示唆した言葉に、しかしヒノ・コはすでにそのことについて考慮済みだったのか、特段これといった反応は示さず、これまでのように苦笑を浮かべた。
「そうかもねえ。だけど、彼の正体が見抜けなかったのは、単にわたしの秋津洲への知識不足なんだよ。神官とか、だれかに訊いたり相談したりすればよかったんだろうけど、人柱をたててるなんて、もしそうなら秋津洲の恥部だからねえ。きっとまともには答えてもらえないと思い込んでたんだ。
それと……英雄願望なところもちょっとあったのかもしれないねえ……いや、若い若い」
自嘲するような言葉とともに、ヒノ・コははーっと重い息を吐き出した。深々と背中を椅子に埋もれさせ、宙を見つめるその所作は――外見は50代に見えても――重い荷を背負って歩き続けた、くたびれた老人そのものに思える。
リーラは酒の入ったグラスを唇から離すと、そのグラス越しに彼を見て、おもむろに問うた。
「……あなた、さっきから見てた感じ、孫のツク・ヨ・ミが窮地に陥ったと知ったわりにはあわてたりとか落ちこんでる様子は見られないけど、7000年も生きてるとそこらへん麻痺してくるのかしら〜?」
先に、陣が「自分の孫娘を危険な目に合わせるだけの覚悟をしなくちゃいけねぇ」と言った。なるほど、その覚悟を前もってしていたなら、そういうこともままあるかもしれない。しかし頭でそう考えることと、実際に起きてしまったことは全く別の話だ。
現実としてツク・ヨ・ミは敵の手の内に落ちて、その生死も定かでないというのに、なぜ彼はこうも落ち着いていられるのだろう?
その違和感は、ヒノ・コの返答を聞いても消えはしなかった。
「だって、起動キーもマフツノカガミもこちらにあるわけだしねえ」
ヒノ・コの微笑は揺らがない。
敵の欲するそれらがこちらにあるから、利用価値のあるツク・ヨ・ミは危害を加えられることはないと、高をくくっているのだろうか?
――本当に?
奇妙な違和感。サイズの微妙に違う歯車がギリギリでどうにか回っているような……。
短い間だが下りた沈黙を破って、巽が言った。
「お疲れのようでしょうから話はこれで終わりにしたいと思いますが、最後にもう1つだけ教えてもらえませんか?」
「なんだい?」
「オオワタツミに飲みこまれたツク・ヨ・ミを守ってる、ヒガタノカガミ。腹のなかで、一体どれくらい持つとお考えですか?」
「ああ……もたないよ、向こうの方が。
弱まっているとはいえ、自分を抑える力を放つカガミはオオワタツミにとって毒も同じだからねえ。もうとっくに吐き出してると思うよ」
それを聞いても巽の心配は晴れなかった。むしろ、ますます増したと言っていい。
つまりヒガタノカガミとツク・ヨ・ミは分離されている可能性が高いということで、敵はツク・ヨ・ミをどうにでもできる状態にあるということだ。それはオオワタツミの腹のなかにあって、だれも手だしできない状態よりさらに危険なのではないか。
たしかに敵の欲する物はこちらにある。しかし、だからといって敵がツク・ヨ・ミを丁重に扱う保証はない。むしろ、こちらを追い詰めるために見せしめとする可能性があった。
命さえあればそれでいい、というわけではない。
「行こう、ティア」
「えっ? あ、うん」
何かもの問いたげなティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)を促して、巽は席を立ち、ドアへと向かう。その途中、ヒノ・コの近くを通りすぎる際、足を止め、固い声で告げた。
「俺はツク・ヨ・ミの友人で、あなた自身のことは知らないが、あなたを信じる彼女を信じる、と決めている。……だが、どうやら彼の言い分に1票を投じた方がよさそうな気分だ」
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