百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

【蒼空に架ける橋】幕間 願いは星降る夜に

リアクション公開中!

【蒼空に架ける橋】幕間 願いは星降る夜に

リアクション



●野外パーティー


 かつみたち3人と一緒に外へ出たナ・ムチは、聞こえてくる音楽に気づいて顔を上げた。
「これは」
「あ、俺、これ知ってます。今シャンバラではやってるポップスですよ」
 ナオがナ・ムチに説明する。
 音に誘われるように歩いて行くと、そこは野外パーティーの開かれている草原で、放射状に張られた雪洞の下、十数個の屋台と、そして即席のステージがあった。
 ステージの上ではムーン・キャットSやホエールアヴァターラ、ペンギンアヴァターラ、吉兆の鷹などがステージの前面に出て、そこかしこで飛び跳ねては観客に愛嬌をふりまき、ステージ中央ではスポットライトを浴びてヴァイス・アイトラー(う゛ぁいす・あいとらー)が演奏しながら歌っている。
 ステージ前のテーブルについているのはほとんどが島民たちで、屋台から持ってきた食事を食べながら、浮遊島の音楽とはかなり違う地上の音楽に耳を傾けたり、めずらしい動物たちのパフォーマンスに笑ったり、手をたたいてはやしたりしていた。
「ヴァイスさん、とっても楽しそうですね」
 目立たない、隅のテーブルについて、ステージ上のヴァイスをラフィエル・アストレア(らふぃえる・あすとれあ)はうれしそうに見つめる。
「ああ……まあ、そうだな」
 楽しんでいるヴァイスが見られて喜んでいるラフィエルと違って、セリカ・エストレア(せりか・えすとれあ)の方は少し複雑な心境だ。
(普通に観光しているよりむしろこっちの方が行動的におとなしく感じるのは何故だ……)
 突然突拍子もないことを思いついて、それに没入するあまり周囲の迷惑をかえりみずハイテンションで動き回られるよりは、ああしている方がよっぽど――とか考えていたら。
 演奏の途中で、ヴァイスがいきなりステージを飛び下りた。
 それを見たセリカは思わず口にふくんだばかりの飲み物をブッと吹いてしまう。
「今度は何しでかすつもりだ、あいつ……」
「ヴァイスさん!?」
 目を丸くしているラフィエルとセリカのいるテーブルまでやってきて、ヴァイスはいきなりラフィエルに手を差し出した。
「前座完了! さてラフィエルさん、あなたの出番ですよ!」
「えっ……ええっ!? で、でで、でも……っ」
「これも世間に慣れるためのレッスン! というワケで、さあさあ覚悟決めていってみようか! 大丈夫、俺も歌うし!」
「……あきらめろ、ラフィエル」
 ヴァイスの爆弾宣言、そして場の注目が自分たちに集中していることも含め、わたわたプチパニを起こしているラフィエルに、はーっとため息をついてセリカが言う。
「こうなったヴァイスは止められん。周りの連中も、これもパフォーマンスの1つだと思っているようだ。おまえが動かないと、せっかくのお祭りの場がシラけることになる」
 だがしかし、その本音は「俺まで巻き込まれたくない」だった。
 セリカの言葉に、ラフィエルは閉じた口の奥でのどを詰まらせる。
「さあラフィエル! おいで!」
 先の演奏の熱が冷めやらず、興奮しきったヴァイスから差しのべられた手に、ラフィエルはためらいつつも自分の手を乗せる。直後、ヴァイスは力強く彼女の手を握り返し、ずんずん引っ張って歩き始めた。
「あっ、あのっ……」
「がんばれ。大丈夫、おまえならできる」
 こちらを気にして振り返っているラフィエルを、そう力づけて見送ったセリカは、ふと、テーブルの後ろに控えていた超人猿の超さん、シルバーウルフの銀さんを見る。
「おまえたちも行ってやれ。心強いだろう」
 2匹は互いを見て、ウォフッと鳴いて応えると、主人のラフィエルを追ってステージに飛び乗った。
「あの……」
 かつてラフィエルは短い期間だが『アストー』と呼ばれる歌姫として、数万人が入るコンサートホールで歌ったことがあった。真っ暗で、しんと静まった客席に向かい、奇跡とも言われた歌声を響かせた。たかだか数十人の野外ステージとは全く違う。しかし彼ら1人ひとりの顔が見える、今のこの状況の方がずっと怖くてたまらない。
 ――彼女はだれ? 何をして楽しませてくれるの?
 後ろからもはっきり分かるほど、ラフィエルの背中が恐怖と緊張に固まっているのを見て、ヴァイスは言った。
「大丈夫、ここにちゃんと俺がいる。きみの周りにはみんなも。な、山田さん」
 横にふわふわ漂ってきたホエールアヴァターラにウインクを飛ばす。
「俺も一緒に歌うから。ガツンと、めーいっぱい見せつけてやろうぜ、地上の歌のすごさを!」
 ペンギンアヴァターラの平さんがぺしぺし前ヒレでたたき、ムーンキャットSのお月さん、それに銀さんが彼女にやわらかな毛並みをすり寄せる。
 すると、すうーっと息ができないほど苦しかった胸の動悸が静まった。
「……はい。
 では、歌わせていただきます!」
 ヴァイスさんやアニマルズさんたち、そしてああして見守ってくださるセリカさんが、いつも私に力をくださるから。だから私はあのころよりずっと自由に、『ラフィエル』として、こうして歌えるんです。
 ラフィエルの歌声とヴァイスの歌声が重なって、周囲一面に響き渡る――。
 2人の歌声を耳にしたとたん、まるで魂を抜かれでもしたような表情でいる人々の姿にセリカは少し誇らしい気持ちになる。2人が戻ってきたら冷たい飲み物と食べ物で思いきりねぎらってやろう、そう思った。


「これが地上の歌ですか。不思議な曲ですね」
 そうつぶやいて、ステージで演奏される歌になんとはなし、耳を傾けながら周囲を見渡したナ・ムチは、雪洞で照らされたテーブルの1つに見知った顔を見つけた。
 源 鉄心(みなもと・てっしん)が、島の人たち3人と丸テーブルを囲んで談笑している。それぞれ飲み物を片手につまみの乗った皿をつついていた。脇に置かれたカラの紙コップが、彼らが大分前からそうしていたことを物語っている。酒を飲んでいるのだろう、赤い顔をして興味深そうに鉄心の話に聞き入り、ときおり愉快そうに笑っている姿はとても気持ちが良さそうで、すっかり打ち解けている様子だった。
「ナ・ムチさん」
 視線に気付かれたか、鉄心がこちらを向いて立ち上がる。ほかの3人にことわってテーブルを離れてこちらへくる足取りはしっかりしていて、草を引っかけたり小石につまずくことは皆無だ。飲んではいてもしっかり加減調整をしていたようで、酔ってはいないのだろう。
「パーティーに参加されることにしたんですね」
「ええ、まあ……」
 話し合いに出席する前、ティーやイコナたちと一緒にパーティーに参加することになったという鉄心から、ナ・ムチはパーティーに出席するのかと問われていた。もし参加されるのなら、一緒にどうか、と。
「出ません」
 と、そのときは本気でそう思っていたからきっぱり断ったわけだが……今こうしていると、少し罰が悪い。
 しかし鉄心は黙り込んでしまったそんなナ・ムチの心理を知ってか知らずか、「よかった」と笑むと、ふと何か思い出したような表情をして、別のテーブルの方を指さした。
「ああそうだ。スク・ナさんならあそこにいますよ」
「え?」
 鉄心の手を追ってそちらを向くと、ティー・ティー(てぃー・てぃー)イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)たちにまじって、スク・ナ(すく・な)がテーブルについていた。目の前、山盛りに盛った料理を皿ごと食べてしまいかねない勢いでかぶりついている。
「私たちの話はあの子たちにはちょっと退屈でしょうから、ティーに任せて別テーブルにしているんです」
 テーブルに近づくと、真っ先に正面のスク・ナが気づいて顔を上げた。スク・ナの表情に、ティーたちも気づいてそちらを振り向く。
「ナ・ムチ! 難しい話は終わったの?」
「ええ。終わりました」
 椅子から下りて駆け寄ってきたスク・ナにナ・ムチが言う。
「そっか。でも、めずらしーね。ナ・ムチ、こういう騒がしい場所は嫌いじゃん。てっきり部屋にこもってると思ったのに、気が変わったの?」
「俺が引っ張り出してきたんだ。せっかくこんな楽しそうなことやってるのに、部屋にこもってるなんてもったいないだろ?」
 かつみの言葉に「だよね!」と同意する。そのとき、スク・ナは彼の後ろにナオを見つけて、にぱっと笑った。
「ナオ! どこにいるのかと思ったら、おまえあっちに行ってたのか」
「捜してくれたんですか」
 ナオはちょっとうれしそうにはにかみながら答える。
「そうなのです。スク・ナさん、ナオさんいないなあ、って言っていたのです」
 後ろについていたティーがにっこり笑って言うと、ますますナオは恐縮そうになり、でもやっぱりうれしそうな笑顔になった。
「うん! だって俺たち、友達だもんな!」言うなり、スク・ナはナオの手を掴む。「おまえ、まだなんだろ? 一緒に食べよーぜ」
「はい」
 スク・ナに引っ張られるかたちで、ナオはテーブルに向かう。
「ナ・ムチさん、それに皆さんも、一緒にどうです?」
「お呼ばれしようか、せっかくだし」
 どうぞ、というようにティーが前を譲って道を開けると、エドゥアルトが率先して踏み出した。
「鉄心も」
「うん。じゃあ向こうに一度ことわってこよう」
 鉄心はさっきまでかけていたテーブルの方に戻って行き、二言三言言葉をかわすと、まだ中身の残っている紙コップを持って戻ってくる。その間に、新たに5人増えるのを見たイコナが
「テーブルと椅子が足りないのですわ」
 と言ったので、近場で空いているテーブルを見つくろって引っ張り寄せてくっつけた。
 ナ・ムチたちが腰かけようとしたのと入れ替わるように、スク・ナが唐突に立ち上がる。
「オレ、料理取ってくる!」
「あ、じゃあ俺も手伝います」
 屋台の方に走り出したスク・ナのあとを追って、ナオも走って行った。
「料理……?」
 ナ・ムチはテーブルに山盛りになったいくつかの皿を見る。人数を考えても十分な量じゃないかと思っていると、ティーがそのうちの1皿を取り上げて、ナ・ムチの前に置いた。
「どうぞ」
 とフォークを差し出す。
「これ、あとでナ・ムチさんのお部屋に持って行こうと話していたお料理なんです。ひと通り食べて、おいしかった物をナ・ムチさんに、って」
「…………」
 差し出された厚意と笑顔と彼を見つめる視線に、ナ・ムチはとまどった。こんな行為を受けるほど、自分は彼らに何もしてこなかったはずだ。
 無表情でとまどっているナ・ムチに、となりでかつみがニヤニヤ笑う。
「だから言ったろ。おまえが気づいてないだけだって」
 ナ・ムチは本気でどう反応していいか分からず、うつむいて、赤くなっているに違いない顔を隠すと、小さな声でささやいた。
「………すみません
 周囲の騒がしさにかき消され、その言葉はせいぜいがとなりに座る者までしか届かない。けれどティーは気にせず、鉄心と視線を合わせ、満足そうに笑顔で自分の席へ引いていった。
「さあ食べましょう」
「いただきます」
 それぞれ好きな料理を皿に取り分けて、ほかの者たちが料理を食べ始めたのを機に、ナ・ムチも食べようとし――となりの椅子の座面でモソモソ動いている物体に気づいた。
 てっきり空席だとばかり思っていたのだが……。
「すぷー! あなた、それはデザートなのですわ!」
 ナ・ムチが覗き込んでいるのに気づいて目で追ったイコナが叫ぶと同時にパッと椅子から持ち上げる。それは体長30センチほどの幼竜で、器用に前ヒレで透明なカップをはさんで傾け、なかのプリンを流し込むようにして食べていた。
 イコナに怒られても平然ともっきゅもっきゅ口を動かしているその姿に、ナ・ムチが凝視していると、見られていると気づいたのか、首を傾けてナ・ムチの方を向く。その動作にイコナも気づいて、こほ、と空咳をしたあとくるっとナ・ムチの方を向き、スープ・ストーン(すーぷ・すとーん)を突き出した。
「この子はすぷーですわ」
 スープは右ひれをビシっと上げ、眠そうな顔であいさつをする。
「今までずっと荷物の中で寝てたのですわ。ナマケモノなのですわ」
 イコナのあきれも意に介さず、スープは器に残った残りのプリンを流し込み、やはりもっきゅもっきゅと食べていた。


 一方そのころ。
「まずティエッラだろー? それとカンノーロ、カルダイア、プレスニッツ……あとこれ! クロスタータ!! オレ、これ大好き! お祭りのときしか食べられないんだよねーっ」
 スク・ナはフンフン鼻歌を歌いながら1人前ずつ盛られて並んだ皿を屋台から取って歩く。
「ほらナオ、おまえも持って」
「あ、はい」
 スク・ナがどんどん差し出してくる皿を、ナオはバランスをとりつつ指ではさんで持つ。
 そのとき、彼らのすぐ脇で、からっぽだった屋台に、突然ドン! と重くて大きな物が出現した。
「おおおお……!」
 漂うにおいとあつあつの湯気に、スク・ナが感激したように身を震わせる。
「今夜は特別だからな、家畜を1頭しめたんだ。できたてだからうまいぜ、持っていくかい?」
 運んできた男がスク・ナの反応に気を良くして笑う。これだけ豪勢な料理を前に、スク・ナに異存があるはずがなかった。
「ちょうだい! 一番おいしいとこ、でっかいブロックで!!」
 ポルケッタ――パラミタ豚の丸焼き――の塊をもらってほくほく笑顔でテーブルへ戻るスク・ナに、ナオはためらいながらも思い切って訊く。
「あの……スク・ナさんとナ・ムチさんは、どこでお友達になったんですか? 学校ですか?」
「んっ? ううん。オレがナ・ムチのバッグ盗んで、逃げきれないで捕まったんだよ」
「せ、窃盗……?」
「うん」
 スク・ナはあっさり認める。
「ちょうど父ちゃんや兄ちゃんたちがそろって亡くなったころでさ。まだ大兄も漁に出れないし、母ちゃんだけじゃオレたち食べてくのきつくて。ついやっちゃったんだよなー。で、ナ・ムチに捕まって、母ちゃんにバレて。顔がはれあがるくらい、めっちゃくちゃぶん殴られた」
「え、えーと……」
 何と言えばいいんだろう? 言葉に詰まっているナオを振り返り、スク・ナはニカッと笑った。
「そのあとナ・ムチはさ、オレんちの事情知ってお金出すって言ってくれたんだけど、母ちゃんはことわった。漁師のキガイってやつで。そんで、たぶんナ・ムチはやり方変えようって思ったんだろうな。町でオレ見つけたら、いろいろ食べ物くれたりするようになったんだよ」
「ナ・ムチさん、優しいですよね」
「うん! オレ、ナ・ムチ大好き! だからナ・ムチの役に立ちたいって思うんだけど……ひとの役に立つって、難しいなあ」
 今回がチャンスだと思ったんだけどな……足を止め、ため息をこぼす。
 スク・ナの言葉に、ナオもまた、自分とかつみの関係を思い起こしていた。
「そうですね。俺もそう思います」
 好きだからこそ、相手の役に立ちたい。その思いはいつも胸にあって、決して消えることはない。自分の原動力の1つだ。だから。
「きっと、あせらなくてもそのときは来ますよ」
「……うん。だな!」
 よし、とうなずくと、スク・ナは止まっていた足を動かして、ナオとともにみんなが楽しげに食事をとっているテーブルへ急いだ。