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リアクション
「ティーさん、すみません。そろそろ……」
テーブルを囲ってしばらく経ったころ、パーティーのスタッフらしき女性がティーに控えめに声をかけてきた。
ティーはそれまで食べていたアクアパッツアの皿にフォークを下ろして立ち上がる。
「あ、はい。イコナちゃん、スープ、行きましょう」
すでに彼らの間で話はついているらしく、イコナがスープを抱っこしてティーに続いた。
「鉄心、行ってきます」
「ああ。がんばって」
「どうかしたんですか?」
不思議そうに訊くナ・ムチに、残った鉄心が説明をした。
「いくらかパーティーのお返しになったらと思いまして。ちょうどこちらにも青年部の楽団の方たちがいらっしゃるようでしたから、楽器をお借りして演奏をさせていただけることになったんですよ」
2人の消えた方に目を向けると、人波の向こう、ステージの横で何か受け取り、調整している様子のティーやイコナ、そして見慣れない少年がヴァイオリンを肩に乗せているのが見えた。
「ナ・ムチさんは何か演奏されるんですか?」
「ピアノなら、少しだけですが」
教養の1つとして幼いころから家庭教師に仕込まれたものの1つだ。だが残念ながらここの青年団は10人に満たない小さな楽団なので、さすがにピアノの用意はなかった。
「よかったら今度、うちの『月見うどんwithラブ&スープ』と協演しましょう」
「そうですね」
そんな会話をしていると、演奏が始まった。
イコナがフルートを、スープがヴァイオリンを、そして彼らを見守るように少し後ろでティーが小型のフォークハープを弾いている。足元にはいつものミニうさティーとミニいこにゃたちがいて、ぴょんぴょん飛び跳ねたり思い思いに踊ったりして人々の笑いを誘うという、にぎやかしをしていた。
しばらく軽快な音楽が続き、『月見うどんwithラブ&スープ』が人々の目と耳を楽しませたあと。突然曲調が変わった。
テンポが落ちてもっとゆったりとした、落ち着いた調べになる。それに合わせてステージのスポットライトが別の草原を照らした。葉擦れの音をたてながら、ゆっくりとこちらへ歩いてくる人影がある。
スポットライトの光の下に手を取って進み出たのは、古代大和風の美しいドレスに身を包んだセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)とセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)だった。
事の発端は数時間前にさかのぼる。
「ちょっと。これ、本当に全部食べるの?」
セレンフィリティがテーブルへ次々と運んでくる料理を、セレアナはかなりあきれた様子でフォークで指した。
「んっ? 食べるわよ?」
だから何? と言わんばかりに、今屋台から取ってきた5つの皿を――器用にも、まるで有能なウェイトレスばりに腕にまで乗せて運んできていた――カチャカチャテーブルに置いていく。
「待って待って。もう乗りきらないわよ」
「だーいじょーぶ。ほら、乗ったっ」
セレアナがあわてるそばで、セレンフィリティは最後の2つを丸皿同士が並んでできた隙間に押し込むように乗せた。まさにギッチギチ。テーブルが見えない。
「さあ食べよ! まだまだ新しいのが運ばれてくるっていうし! どんどん食べなきゃ追っつかないわ!」
目指せ全食制覇!
ふはははははーーーーーっ!
やる気を燃やしてフォークを手に席につくセレンフィリティの姿に、セレアナははーっと息を吐き出した。
「……あとでおなか痛くなっても知らないから」
「いいからいいから。いただきまーすっ。――んー、おいしいっ」
ぱくっとひと口ほおばって、幸せそうに味わっているセレンフィリティ。
たしかに料理はどれもおいしそうだ。シーフード料理が多いのは想像がついていたが、彩り野菜も豊富で、バラエティに富んでいる。
ひざにナプキンを広げて、セレアナも食べようとしたときだ。突然、にゅっと口元に冷製スープが入ったスプーンが突き出された。
「なに?」
「おいしいから、ひと口」
「いやよ。みんな見てるじゃないの」
「見てないって。いいから、ひと口」
「…………」
本当に見てないのかしら? セレアナは左右に目を配りつつ――ここで逆らっていると反対にますます注目を集めてしまう――スプーンを口に含む。
セレアナの口から戻ってきたスプーンにわずかに残ったスープを舐めとるように、セレンフィリティは口にくわえた。
「んっふっふ。
はい、次はこれ。あーん」
ただでさえ美女2人で、若い男たちの関心を浴びている2人だったが、先のやりとりで2人の関係が悟りきれなかった者たちも今度は理解できただろう。
「あーもう、セレアナ大好きーっ!!」
「はいはい」と、言われるまま差し出される料理を食べていたセレアナだったが、飛びつかれて頭を胸に抱き込まれたときにはさすがにあせった。
「ちょっとセレン、あなた酔ってるの?」
「食べちゃいたいくらいかわいいっ! 早くベッドに連れていきたいっ! 今夜は朝まで寝かせないわよーっ!」
上を向かせ、強引にキスをする。公衆の面前だろうがおかまいなしだ。セレアナは驚き、引きはがそうとしたが、セレンフィリティはがっちり頭を固定していて、セレアナの抵抗を知っても力を緩めようとしなかった。
長い長いキスにセレアナがめまいを感じ始めたころ、やっとセレンフィリティの唇がはずれた。
「セレン――」
「よーし! このまま結婚式ダーーー!!」
――はあっ!?
「はいはい皆さんちゅうもーーーく! 私、セレンフィリティ・シャーレットはあー、今夜ここで婚約者のセレアナ・ミアキスと結婚式をしまーーーすっ!!」
「ちょ、セレン!? あなたいきなり何を言い出すのよ!?」
驚きすぎて頭真っ白になってしまったセレアナは、硬直が溶けるやいなやどうにかセレンフィリティの胸元を掴んで引き寄せようとしたが、もう何もかもが遅かった。
「おー! ねーちゃん、そりゃすげーや!」
「おめでとう!!」
「末永く幸せにねー!」
いち早く驚きから覚めた周囲の人たちが、やんややんやの拍手とともに口々に祝福の言葉を発し始めていた。
「みんなありがとー! 私たち、幸せになりまーーすっ」
手を振って人々の声援に応えるセレンフィリティは満面の笑顔だ。
これはもう引っ込みがつかない。そうと悟ったセレアナは、がっくり脱力してうなだれるしかなかった。
それから騒動を聞きつけてやってきたサク・ヤが、自分の婚礼衣装を提供すると申し出た。
「え? でもそれは、カディルさんとの結婚用の衣装では?」
「いえ。昔、母が亡くなる前に用意してくれていた一式です。ニニ・ギとは病室で慌ただしく挙式しましたから、とてもこういったことをする余裕はなく、結局袖を通さずじまいで……。
わたしにはもうこういった物は無理ですが、お若いセレンフィリティさんたちでしたら着こなせるでしょう」
どうぞこちらへ、と屋敷へ連れて行かれ、サク・ヤの手を借りて着付けをすませる。
そうして今、人々の前へ戻ってきたというわけだった。
「よく似合ってるわよ、2人とも!」
「ありがとー!」
セレンフィリティはまだハイテンションだ。セレアナの方も事ここに至っては観念するしかなく、前相談なしの抜き打ち巻き込まれであれ、腹を据えればあとは前向きだった。
「とてもきれいよ、あなた。お幸せにね」
との祝福の言葉に
「ありがとうございます」
と軽く頭を下げて応える。
着替えている間に手配してくれていた島の神主の前で、2人は略式ながらも式を挙げた。
「もちろん、シャンバラに帰ったら向こうでも式を挙げるわよ」
セレアナにだけ聞こえる声で、こそっと耳打ちをする。そして、用意された花嫁2人用の席で、さっそく料理にとびついた。
「あー、おなか減っちゃった! 中断していた全食制覇、再開よー!」
「言っとくけど、これ、相当カロリーあるわよ。あとで悲鳴あげても知らないから」
「へっへっへー」セレンフィリティの笑顔はわずかも崩れない。「大丈夫! 今夜は心行くまでセレアナをおいしくいただいて、それで全部消費しちゃうから! ねー? みんな!」
恥ずかしげもなく宣言するセレンフィリティに、ますます歓声が上がる。
ひやかしが飛び交うなか、セレアナは真っ赤になってコップに入った水を飲んだ。
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