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リアクション
第三章
墨にかかった人間以外にも自分の思惑を果たすために巨大ダコを利用する人間もいる。
ドクター・ハデス(どくたー・はです)がまさにそうだった。
「フハハハ! やはり大怪獣は男の浪漫だな! さあ、我が科学力により、眠れる力を目覚めさせるがいいっ!」
得意の高笑いを青空に響かせながらハデスは巨大ダコに潜在解放を仕掛ける。
「ヴヴォヴヴヴヴウオオオオオ!?」
タコは奇声のような雄叫びを上げると、その身体をさらに一回り大きくさせて触手を鞭のようにしならせて地面を叩くと、砂浜に深い亀裂が走った。
「ククク、さらに我が部下の戦闘員およびミニダコたちよ! 邪魔する契約者たちを倒すのだっ!」
ハデスは優れた指揮官としての能力を駆使してミニダコと戦闘員をコントラクターたちに向かわせようとすると、
「ちょっと、兄さんっ! せっかく海に遊びに来たのに、何やってるんですかっ!」
高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)が兄の奇行を止めに入る。元々、普通に海水浴に来ただけなのに、ハデスはタコを見るや行楽をそっちのけにして自らの欲望に走ってしまったのだ。
「フハハハハ! なにを言うかこれこそ千載一遇の好機! このまま我らの野望を成就させ……」
ハデスは高笑いをしていると力を持て余したタコの触手がハデスに直撃し――ハデスは遙か彼方まで吹っ飛んでしまった。
「兄さーんッ! ……仕方ありません。兄の粗相は私が食い止めます。アルテミスちゃん、ペルセポネちゃん!」
咲耶はアルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)とペルセポネ・エレウシス(ぺるせぽね・えれうしす)の名前を呼ぶ。
「まずはタコの方から仕留めますよ!」
「わかりました、咲耶お姉ちゃんっ! 私が盾になりますっ! 機晶変身っ!」
ペルセポネが叫ぶと、ブレスレットからパワードスーツが装着される。
「ヴヴヴ!」
巨大ダコはペルセポネに向けて触手を伸ばすがペルセポネはそれを力任せに弾き返した。
「無駄です! どんなに巨大タコの触手が強力でも、このパワードスーツの【強化装甲】には効きませんよっ!」
ペルセポネはどうだと言わんばかりに腰に手を当てて仁王立ちをするが、それと同時にミニダコがパワードスーツにまとわりつき――関節の隙間に入り込んだ。
「や、どこに入って……あ、あああああああッ!」
次々と関節部から入っていくミニタコたちはパワードスーツとペルセポネの素肌の間に入り込んでいる。入ったはいいが、今度は出口を探したやたらめったらに体中を這い回っているのだ。
言うなれば触手で出来た服を着ているようなものだ。
「あああ、んんんん!」
ペルセポネは体中を這い回る刺激に耐えきれなくなって腰を引きながらその場に倒れこみ、スーツの装甲が剥がれ落ちて生まれたままの姿になってしまう。
「よくもペルセポネちゃんを!」
咲耶は叫ぶなり天のいかづちを巨大ダコに放つ。
カッと目が眩むような白い光りと共に雷が轟き、巨大ダコに降り注ぐ。が、落ちた電流は表面の粘液を滑っていくだけだった。
「きゃ、きゃああっ!」
反撃するようにタコの触手が咲耶の身体を絡め取る。海水浴のつもりで来たので、当然水着姿なのだが、その中に触手が容赦なく侵入した。
「や、やああ! そんなとこ……引っ張らないでぇ!」
ぐちゃりと粘液が水音を立てながら咲耶の身体にまとわりつき、触手の吸盤が咲耶の胸を弄ぶように吸いついては離れてを繰り返す。
唇で全身をついばまれているような甘い刺激は咲耶の羞恥心に火を灯し、顔が赤く染まっていく。
アルテミスはその光景を見て奥歯を噛み締める。
「巨大タコ! あなた方の悪事は、この正義の騎士アルテミスが許しませんっ! 覚悟!」
アルテミスは剣を振るい、咲耶を掴んでいる触手を斬り捨てようとするが――剣は粘液に触れた瞬間、摩擦と勢いを失ってしまう。
「そ、そんな……!」
アルテミスが目を丸くしていると、その身体を触手は捕らえる。
「や、やめろ! 離せ!」
胴に絡みつく触手を引き離そうとするが、ハデスの潜在解放も手伝って剥がれる気配がない。
「ヴヴヴ〜!」
無駄な抵抗を嘲るように巨大タコは目を細めると、胴を掴んでいた触手を上下にこすり始める。
「や……なにを……んん!」
全身に潤滑油を塗られてなで回される感触にアルテミスは呻くように声を漏らした。
タコは増長するようにアルテミスの両足に絡みつき、無理矢理足を開かせる。
「〜〜〜〜〜ッ!」
ただ羞恥を煽るだけのこの行為にアルテミスは恥ずかしさ以上に自分の身体を好きに弄ばれている悔しさに涙しそうになる。
と、
「やあ!」
掛け声と共に遠野 歌菜(とおの・かな)がブリザードを放ち触手の根元が凍りつく。
続いてファイアストームで氷を溶かしていくと、それに合わせて粘液が流れ落ちてしまう。
「羽純くん!」
歌菜は月崎 羽純(つきざき・はすみ)の名前を叫ぶと二人は同時に槍を構えた。
「ああ、分かってる。タイミングはそっちに合わせる」
「うん、それじゃあ、行くよッ!」
歌菜が高く跳躍すると羽純もそれに続く。
二人は粘液のなくなった剥き出しの触手に向かって薔薇一閃を放つ。
槍から放たれる紅の斬撃が触手をズタズタに切り刻んでいく。周囲に飛び交う赤の色は切れ味抜群の薔薇の花びらのようだった。
「ヴヴヴアヴアヴァウウウウ!?」
触手が斬り捨てられると巨大ダコは悲鳴のような声を上げて、身もだえする。
それと同時に咲耶たちは地面に降りることが出来た。
中々凄い格好になっている二人を見ながら羽純は歌菜に声をかける。
「歌菜、頼むからあれには捕まらないでくれよ」
「絶対に捕まりませんよ。私に触っていいのは、羽純くんだけなんだからっ!」
歌菜のその宣言に羽純は視線を逸らして苦笑するような顔をして、歌菜もハッと気づく。
「ハッ!よく考えると凄い事を叫んでしまったような? は、恥ずかしい……! これもタコさんのせいですっ」
「それは賛同しかねるけど……とにかくとっとと仕留めて、料理の材料にでもするか!」
「はい、今日はたこ焼きパーティーです!」
言い合いながら二人は巨大タコに向かっていくと、浜辺から大量のミニダコたちが巨大タコを守ろうと一斉に現れた。
それを排除するためにエクレイル・アージスト(えくれいる・あーじすと)とカルス・エルミット(かるす・えるみっと)が動いた。
「ミニタコは自分たちに任せてください!」
エクレイルはミニタコ相手に武器を振るうと、ミニタコのターゲットがエクレイルとカルスにシフトした。
「カルス、一気にやりますよ」
「あいよ。タイミングを合わせればいいんだろ?」
なんてことないと言うようにカルスが言うと、群がってくるミニタコ相手に二人は爆炎波を放つ。
「ミギュウィィイイイイ!?」
武器から放たれる炎がミニタコたちを焼き払い、こんがりとしたタコの丸焼きがあちこちに転がっていく。
それを見て、朝霧 垂(あさぎり・しづり)が歓喜の声を上げる。
「ひゃー! 酒の肴があちこちに転がってるじゃあねえか!」
垂は酒瓶を浜辺に置くと空いた手でミニタコを持ち上げて足を噛みちぎると、何度か咀嚼してからカッと目を見開いて、
「こりゃ美味い!」
と、呑気なことを口にして、その場に座り込むと置いた酒瓶を直呑みし始めた。
「あ、あなたなにをしているんですか!」
エクレイルが注意すると、垂はトロンとした目で睨みつけてきた。
「あん? なんだよ、俺はおまえらが殺したタコを供養してやってるんだろ。それに、生き返ったら面倒なことになるかもしれないしな」
「それは……そうかもしれませんが」
「エクレイル。食べるって言っているんだから放っておけばいい。彼女の言っていることも正しいと言えるしな。それよりも手を動かしたほうがいいぞ!」
カルスはエクレイルに飛びつこうとするミニタコを武器で突き刺した。
「……そうですね。こっちも集中しないと。……?」
エクレイルは垂の後ろを見て、ハッとした表情になる。
粋の後ろには衣類をボロボロにした葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)が立っていた。
「た、助けてください! 仲間が蛸に捕まってしまったであります!」
「よし、任せろ……」
そう言って垂がフラフラと立ち上がった。
「ちょ、ちょっと待ってください! あなたが行くんですか?」
エクレイルが呼び止める。
「だって、俺以外に行けないだろ? そっちは手一杯じゃないのか?」
エクレイルが飛び込んでくるタコを切り払いながら苦い顔をした。
「じゃあ、俺が行くしかないだろ。ほら、さっさと案内しろ。お前たちも気をつけてな」
「それはこっちの台詞だ」
カルスがボソリと言った言葉などまるで聞こえていないようで、垂は完全な千鳥足で吹雪の後ろへとついていった。
「おいおい、なんでそんなぐにゃぐにゃになってるんだ? 大丈夫か?」
「その言葉、そっくりそのまま返すであります」
言いながら、吹雪は巨大ダコから離れた場所で足を止める。
「ここであります」
吹雪はそう言っているが、垂が辺りを見回してもタコに捕まっている人間がいるようには見えなかった。
「んあ? どこにも捕まってるやつなんていないじゃないか?」
「それはそうであります。だって、嘘でありますから!」
吹雪は叫びながら垂の背中を押そうとする。
が、
「ヒック!」
垂はフラリとよろけると、吹雪はそのままの勢いで走り出し――自分が仕掛けた落とし穴に落ち、待機させていたミニタコとイングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)に襲われた。
「ぎゃあああああであります!」
「むむ、なぜ吹雪が穴に落ちているのだ?」
「そんなことはいいから、早く触手を離すであります!」
「無理だ。我は離しているが彼らは我の言うことなど聞きはしないぞ」
イングラハムは何もしていないという言うように触手を上に上げて見せる。
その間にもミニタコたちの触手は吹雪に身体に纏わり付いている。
「にゃああああああ!? 離せぇえええええええ!」
振りほどこうと腕を突き出せばその腕にもタコが絡みついてくる。袖の隙間や首回りからもタコが侵入してきて内外に入り込んできた。
まさにタコ地獄。
そこに、
「なんだ、ここにも肴があるじゃねえか」
垂はポツリと呟きながら穴に飛び込むと、タコに向かって歯を立てた。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああ!」
が、噛みついたのはイングラハムの手だった。
「いだだだだだだ!? な、何事!? なぜ我は噛みつかれているのだ?」
「んふふふふ、やっぱり生タコも美味いなぁ……」
「い、命の危険を感じる! 吹雪、助けていただきたい!」
「その前に自分を助けてほしいでありますうううううううううう!」
狭い穴の中で阿鼻叫喚の声が響き渡る。
それが収まるのは、垂が穴の中のタコを全て平らげた時だった。
ミニタコの露払がされている時にも巨大ダコは触手を伸ばし、今は泉 小夜子(いずみ・さよこ)とセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が餌食となっていた。
「あああ……はぁ、も、ぅ、だめぇ……こんな、ぁああ……!」
生ぬるい粘液を体中にかけられ、小夜子はくぐもった声を上げる。
その鈍い反応が気に入らないのか、巨大タコは触手の先端で小夜子の胸を持ち上げるようにして弾いてみせた。
「ひぅ……! んあああああッ!」
豊満な胸を乱暴に扱われて小夜子は嬌声のような悲鳴を上げた。
元々弱点でもある胸を触られているうえに直射日光と身動きできないストレスが小夜子の心身を消耗させていた。
「ヴヴヴ〜」
その反応が楽しかったのか、タコは小夜子の胸を徹底的に弄び始めるが、
「ひあ!? な、あ……いぁああああッ!」
それでも小夜子は触れられるたびに反応してしまう。声を出すまいと唇を結んでも、反射的に声を出してしまう。
それはセレンも同じだった。
いや、こちらの方はそもそも我慢をしていないようにも見える。
「はぁ……うぅ……だめぇ……そ、そんところ、触っちゃ……!」
官能的な声を漏らして、セレンは身をよじる。
だが、そんなことで触手から逃れられる訳はない。
「ヴヴヴッ!」
「ぅあああッ!?」
触手がセレンの腹を円を描くように撫でると、セレンはビクッと腰を引く。
すると、今度はつーっと触手が背中を撫でる。
「んひゃあぁぁッ!」
セレンの身体はビクッと弓なりに反り返る。明らかに、女性の扱いを心得ているその触れ方にセレンの理性は快楽によって徐々に塗りつぶされかけていた。
巨大タコの動きがそこでピタリと止まり、小夜子とセレンの身体を正面から重ね合わせると、石けんでも擦るように身体同士を擦り合わせ始めた。
「あああああッ! うあぁぁぁッ!」
「んああぁぁッ!?」
二人は揃って声を出した。
触手とはまた違う柔らかい感触が全身を這うたびに甘い刺激が電気となって脳を駆け巡る。
擦れた粘液は摩擦で白く染まっていき、二人の身体を離すとそれは糸を引いて浜辺まで落ちていった。
浜辺でその光景を見ている男たちは一斉に歓声をあげ、女性たちは悲壮感漂う視線を送っていたがセレンのパートナーであるセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)だけは、その姿を見て、別の感情を抱いていた。
小夜子はともかくとして、セレンには今の状況を愉しんでいる節がある。
それが不覚をとったことによる叱責の念なのか、嫉妬の情なのかはセレアナ自身にも分からなかったがとにかく腹が立った。
「他の人も巻き込むけど、人命救助だから悪く思わないでね?」
誰に言うでもなく、セレアナは呟くと群青の覆い手で津波を起こす。
「ヴヴヴ!?」
巨大タコの全身を覆い尽くす勢いの高波はその場で見物していた一般人を逃げ惑わせるには充分な迫力だった。
やがて、タコは津波に呑み込まれ、浜だった部分にまで波が押し寄せた。
「ふぅ……七割くらいはスッキリしたかしら。これでタコの粘液も落ちただろうし。後は他の人たちに任せましょう」
セレアナは津波で触手から離れた小夜子とセレンを回収すると、ひとまずその場を離れた。
タコの身体の粘液は、出すのに時間を要する。洗い流された今の状態はデカいだけが取り柄のただのタコだ。
それを勝機と見るや、{SNM9998784#雅羅・サンダース三世}は意気揚々と銃を構える。
「今がチャンスね。さっきまでやられた分、しっかりと返してあげるから!」
やる気満々の雅羅を隣にいたフィリシア・バウアー(ふぃりしあ・ばうあー)も同調した。
「お手伝いします! わたくしも以前にやられた分を返したいので」
フィリシアが言うと、雅羅は黙って頷き二人はタコに突撃を仕掛ける。
と、
「ヴッヴヴァウヴァウウ!」
タコは焦ったように声を上げ、身をくねらせると体中を絞るようにして墨を吐き出した。
それは空に掛かった黒い絨毯のようにタコの周囲にまかれた。
突撃した二人は脱出不可能な領域でそれを見上げ、フィリシアはふと思いだした。
そういえば、雅羅はビックリするほど運が悪いのだった。と。
ビシャッ! と大量の墨が浜辺に染み渡り、二人は頭からモロにそれを被った。
「ヴヴヴッフフウウウ……!」
タコの方も墨を吐き出そうとしているが口から出るのは黒い霞だけだった。
だが、それでも二人を洗脳するには充分な量だったようで、
「タコ様の邪魔をする人たちは許しません!」
「タコ様は私が守る!」
すっかり元の木阿弥になってしまった。
フィリシアの夫であるジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)は頭を抱えた。
「ああ……こんな光景は前にも見たぞ……」
ふぅとため息をつきながら、ジェイコブはフィリシアではなく巨大タコの方を見た。
「とりあえず、巨大ダコを倒せば洗脳は解けるか? だが、あの二人を放っておくわけにも」
「なら、ルカに任せてくれないかな?」
ジェイコブに声をかけてきたのはルカルカ・ルー(るかるか・るー)だった。
「協力してくれるよね? ダリル」
ルカは相棒であるダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)に声をかける。
「それが終わったら、俺もタコを片づけていいんだな?」
静かな口調であったが、ダリルは怒気を露わにしてタコを睨みつけていた。
暴れるだけならまだしも、他人の意志を無視する洗脳という行為が彼にはどうしても許せなかったのだ。
こうなってしまうと、ルカも強くは止められない。
「えーっと……二人を助けてからね?」
ダリルは約束を取り付けると、ジェイコブの方を見つめた。
「先陣は任せる」
「ああ。そっちの分は残しておくさ」
ジェイコブは言いながらタコ目がけて一気に走った。
その進行を阻むようにフィリシアと雅羅が立ちふさがる。
それに合わせて、ルカとダリルも動いた。
「ダリル、いっくよー!」
「ああ。いつでも来い」
ルカはその声を聞いて、周囲一面にブリザードを浴びせてダリルが空に向けて水銃を放つと、辺り一面に大雨のような大量の水が降り注ぐ。
ジェイコブが二人に接触する刹那にそれは降り、雅羅とフィリシアは電池が抜けた人形のようにピタリと動きを止め、ジェイコブは二人の間をすり抜けて巨大タコを目指す。
これで、タコの手中のコマはゼロ。せっかくにじみ出した粘液も再び綺麗に落ちてしまった。
ジェイコブは軽身功でタコの頭上まで上り詰めると、
「こっちも妻を洗脳されたことには多少腹を立てているんだ。代償は……払ってもらうぞ!」
羅刹の武術を用いて、鳳凰の拳を垂直に振り下ろした。
「ヴァウヴアウウヴウ!?」
軟体生物からは想像もつかないような鈍い打撃音が響くと、タコの身体がプレス機にでもかかったように潰れた。
ジェイコブはタコから飛び降りると、ダリルに声をかけた。
「次はそっちの番だ。派手にやってくれ!」
「言われなくとも、そうさせてもらう」
ダリルは言うなり、タコに向けて風門遁甲・創操宙の術を使った。
タコの周囲を流れる風の気を起爆剤とし、プラズマ流や竜巻が容赦なくタコに向けられた。
「ッヴアッッヴヴウウウ!?!?」
突然に発生した激しい衝撃にタコは悲鳴を上げる。
竜巻の勢いは凄まじく、浜の人たちが立つこともままならず体勢を崩していく。
やがて竜巻とプラズマはピタリと止み、タコからは煙が上がっていた。
ジェイコブは風が止むと、急いでフィリシアの方へと向かった。
「無事か?」
「ええ、なんとか……ありがとうございま、す……?」
墨が流れたフィリシアは倒れた身体をゆっくりと起こして、目を点にする。
上の水着が無くなって、トップレスのような状態になっていた。
ジェイコブの脳裏には数年前の苦い記憶が蘇り、
「……変態ッ!」
フィリシアのビンタによってそれは再現された。
巨大ダコは完全に追い詰められていた。粘液は無くなり、ミニダコの数も激減した今の状態は進退窮まっていると言っても過言ではない。
すでに勝負は決したと見て、ラブ・リトル(らぶ・りとる)などは一人でパラソルを差して我関せずといった感じでバカンスを再開しようとしていた。
「なんか大変そーだけど、あたしには関係ないし、邪魔はしないから勝手に寝ちゃおうっと……ん?」
ラブが近くの浜を注意深く見つめる。なにやら、そこだけがこんもりと膨らんでおり、ジッと睨みつけていると――中からミニタコが飛び出してラブに襲いかかってきた。
「きゃああああ!? ちょ、ちょっと! あたしは何もしてないじゃない! やるならあっちをやりなさいよ! あっち!」
ラブは慌てて飛び立ってタコの触手から逃れると、タコの方を指差す。
見れば、巨大タコと相対するようにコア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)と夢宮 ベアード(ゆめみや・べあーど)が対峙しているが――既に二人は触手に絡み取られていた。
「ア……アァン……ソコ締メチャダメェン…!!」
ベアードの方はもだえているが、ハーティオンの方にはそういった感覚が無いのか、呑気なものだった。
「うむ、タコの世界ではこのように友好を深めるのか。ううむ、判り合うとは奥が深いな」
巨大タコは習性に従うように、他の女の子たちと同じくハーティオンを触手で攻めて、さらには地面にビタンビタンと叩きつけられていた。
ラブはその光景を見て吠える。
「アホかーッ! それ攻撃されてるのよ! 敵対行動よ!」
「む……! そうだったのか。どうりで痛いわけだ。すぐに脱出を……しまった! 触手で身動きが取れない」
「アーホーかああああああああああああああぁぁぁ!」
ラブが火を吐きそうな勢いで怒鳴っていると、夢宮 未来(ゆめみや・みらい)が手を挙げた。
「はいはーい! おとーさんとハーティオンさんはあたしが助けるよ!」
「オオ……娘ヨ……!」
未来の言葉にベアードは感涙しそうになると、未来はふふんと鼻を鳴らして胸を張ってみせる。
「今回は真空波で斬るから、この間みたいにお父さんたちを燃やす心配もないよ」
「オオ……! サスガ我ガ娘……! エライ! カワイイ! 世界一!!」
「えへへー♪ それじゃいっくぞー! えーい!」
未来は元気よく真空波をタコに向けて飛ばし、破壊のエネルギーは真っ直ぐに飛んでいくと――なぜかベアードに直撃した。
「ギャアアアアアアアアアア!?」
「ご、ごめんねおとーさん! 手元が狂っちゃった!」
「気ニスルナ……ホンノ致命傷ダ……」
ベアードは血まみれでそんなことを言うと、
「うん、次は当てるからね!」
未来は元気よく返事をして、再び真空波を放つ。
「当タリマセンヨウニ……当タリマセンヨウニ……当タリマセンヨウニ」
ベアードは一心不乱に祈り、その願いが通じたのか今度はタコの触手を直撃し、千切れこそしなかったが二人は触手から脱出することが出来た。
「く……やはり、私たちは分かり合えないのか。ならば、力で応えよう!」
ハーティオンはハート・クリスタルから剣を取り出すと、高く跳躍するとタコの頭上で剣を上段に構える。
「勇心剣! 流星一文字斬り!」
すでにタコにハーティオンの剣を止める力は残っていなかった。
頭上へと振り下ろされた剣がタコの身体を真っ二つに切り裂く。
「ヴ……ヴヴ……!」
タコは短い断末魔を上げて、その身体を海に倒すと高い水柱が上がり空に虹を描き、巨大ダコは完全に沈黙した。