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夏最後の一日

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夏最後の一日

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 朝、妖怪の山。

「楽しみだねぇ。温泉と言えば冬だけど夏の温泉っていうのも乙だよね♪」
「そうだな。しかし、あの宿に泊まるのは久しぶりだ」
 遠野 歌菜(とおの・かな)月崎 羽純(つきざき・はすみ)は仲良く以前宿泊した事がある宿を目指していた。
 道々
「この青々とした景色も秋になったら変わるんだよね」
「あぁ、しばらくすれば紅葉が始まるだろう」
 歌菜と羽純は今年最後の山の夏の風景を楽しんでいた。
 そして、風景を楽しみ歩いている内に
「羽純くん、着いたよ」
「あぁ、見覚えのある建物だ」
 歌菜と羽純は無事に目的地に到着した。

 温泉宿『のっぺらりんの宿』玄関前。

「お久しぶりです! 今回もお世話になりますね♪」
「今回もお世話になる」
 歌菜と羽純は出迎えてくれたのっぺらぼう夫妻に挨拶をした。
「……(こちらこそよくおいで下さいました)」
「……(お久しぶりです)」
 のっぺらぼう夫妻は手振り身振りで再会を喜んだ。もし顔があれば夫妻はさぞ笑顔であったろう。
 歌菜達はのっぺらぼう夫妻の案内で事前に予約した庭が見える一番人気の部屋へ。

 部屋。

「この部屋予約出来て良かったね」
 歌菜は部屋から見える景色に感動。
「あぁ、夜庭で花火をする許可も貰えたしな」
 羽純は持参した大量の花火を適当に部屋のどこかに置いていた。ちなみに花火の事も事前に話してある。
「うん、夜が楽しみだね」
 歌菜は来たばかりだというのにもう楽しそうであった。






 少しして現れた女将に昼食として流し素麺が用意されている事を伝えられ、
「もう、これは流し素麺しかないね。妖怪も参加しているって事で面白そうだし。ね、羽純くん」
「流し素麺か、夏最後の昼食にしては悪くないな」
 歌菜と羽純は参加する事にした。当然、流す素麺は妖怪製の様々な効能を持つ物である。
 二人は時間まで部屋で休んでから宿の旦那の案内で会場へ向かった。
 到着し流し素麺開始後、ろくろ首がずるして独占するという揉め事はあれど無事に素麺を食べる事が出来、
「暑い時は冷たい物が一番だね。何か体が癒されていく感じがするよ」
「あぁ、普通の素麺より美味しい」
 歌菜も羽純も満足した。
 昼食後、二人はのんびりと午後を過ごし、時間は流れすっかり夜になった。

 夜、部屋。

「温泉に入りに行こうか、羽純くん!」
 歌菜の浮かれ気味の誘いに
「食事前に一風呂というのも悪くないな」
 羽純は断る理由もないためあっさりと乗り、二人は仲良く並んで風呂に向かった。
 その道々。
「前回は女湯で美肌効果でうふふだったんだよね……そう言えば、ここって混浴もあったよね」
 歌菜は前回宿泊した時の事を思い出していた。妖怪と女湯でお喋りした事、羽純に惚れ直して貰った事を。ここで歌菜は風呂がもう一種ある事に気付いた。
「あぁ、あれだな。折角だから混浴に行かないか」
 羽純は何気なしにさらりと妻を誘う。
「こ、混浴に? 羽純くんと?」
 あまりにも予想外の誘いに歌菜は素っ頓狂な声を上げた。
 歌菜の驚きように羽純は
「一人で湯に浸かっても、面白くないからな。それに夫婦だろ? 今更何を恥ずかしがる必要がある」
 冷静な返し。夫婦をしているのも昨日今日ではない。
「そ、そうだけど……(羽純くんと一緒になんて予想外だよ。でも面白そうだし……よし!)」
 歌菜は夫婦で湯に浸かる光景を想像し顔を赤らめるも悪くないと考える気持ちもあり
「行こう、羽純くん、混浴」
 覚悟を決めた。
 そのため夫婦は仲良く湯に浸かった。

 混浴。

「うぅ、やっぱり恥ずかしいかも(しかも私達だけしかいないし……)」
 入ると決めたもののやはり恥ずかしい歌菜は顔を赤くし夫から随分離れた所で湯に浸かっていた。幸か不幸か入浴客は歌菜達しかいなかった。
「……歌菜、そんな隅っこにいないでもっとこっちへ来い」
 羽純は妻の方を見やるなり声で手招き、折角一緒に入ったのに離れていては声をも遠くつまらない。
「……うぅ」
 呼ばれた歌菜は恥ずかしさに軽く呻きながらそろりと羽純に接近した。
「……疲れが取れる、良い湯だな」
 羽純はほぅと息を吐き出し、妖力たっぷりの湯を楽しむ。
「……うん、凄く良い湯だね(……何だろ、羽純くんがいつもより格好いい)」
 歌菜は温泉よりも近くで見る羽純の方が気になって仕方が無い。シチュエーションのせいか歌菜の目に格好いい羽純が一層格好良く見えた。
 夫婦はまったりと湯に浸かった。

 部屋。

 温泉後、
「温泉の後は、美味い食事か。贅沢だな」
「早速食べよう」
 羽純と歌菜は食べる前から並べられた妖怪の山製の豪華な料理に大満足していた。
 料理と合わせて酒造元が妖怪の美味しい酒も飲み交わす。
「羽純くん、どうぞ」
「あぁ、歌菜も飲め」
 歌菜と羽純は互いにお酌をし合ったり
「うーん、幸せ!」
「このデザートもなかなか美味い。普通の物にはない美味しさだ」
 歌菜は栄養満点の豪華な料理に舌鼓を打ちかなりの甘党の羽純はデザートに魅了された。
 しばらくして様子を窺いに来た女将に
「お料理とても美味しく頂いています」
「どの料理も美味しくて大満足だ」
 歌菜と羽純は丁寧に礼を言った。
「……(ありがとうございます。何かあればお気軽にお声を)」
 女将は手振りで礼を言い、一礼してから部屋を出て行った。
 その後、二人はあっという間に夕食を平らげ、庭先に出た。

 満月輝く夜の下。

「早速、花火を楽しもうか、打ち上げに、ねずみ花火に、線香花火、持てるだけ持って来たがどれからする?」
 羽純は持参した花火を色々歌菜に見せながら訊ねた。自分が楽しむよりも歌菜が楽しむのを見るのが好きだから。
「全部する予定だけど、花火と言ったら線香花火って事でまずは……」
 歌菜は一通り花火の種類を確認した後、線香花火を選び、火を点けた。
「綺麗だねぇ」
 手元で輝く小さな灯りを愛おしそうに見つめる歌菜。
「あぁ(花火は綺麗だがそれよりも歌菜の方がずっと……)」
 うなずく羽純も同じ花火を楽しんでいるが黒い瞳が映すのは花火ではなく妻の姿。それが羽純にとっての一番綺麗なもの。
 羽純がそんな事を思っているなんぞ知る由も無い歌菜は
「あぁ、終わっちゃった。次は、これにしよ!」
 線香花火が終わるとねずみ花火をチョイスし、点火した。
「綺麗なのもいいけど、こういうのも面白いよね」
「そうだな。もう一つ点火するか」
 歌菜と羽純はねずみ花火の動きを面白がり、羽純はもう一つ追加し賑やかさを増量した。
 他には華やかな打ち上げ花火に点火し、
「綺麗!」
「見事なものだな」
 歌菜と羽純は打ち上げられた見事な光の花に感動した。
 この後、持参した花火を全て遊び果たし後片付けをしてから二人は温泉で汗を流してから就寝した。

 就寝時。
「美味しい御飯も食べて温泉も入って花火もして楽しかったね……今日で夏最後なんだよね」
「あぁ、早いものだな」
 歌菜と羽純は一つの布団に入り寄り添い、今日一日の出来事を振り返っていた。が夏終わりの独特の切なさにしんみりとしながら。
 ここで歌菜はちらりと羽純の横顔を愛おしそうに見てから
「……これまで色々あったけど……これからも一緒だよ。私が羽純くんを幸せにするからね……一人になんかしないから」
 様々な事を振り返っていた。妖怪の山で事件解決に奔走し落命しかけ羽純を心配させた事、夢札で見た羽純の兵器だった過去とその過去で羽純に託された願いを。
「……歌菜」
 言葉で答えるのが面倒と思ったのか羽純は歌菜を抱き寄せ、口付けをした。歌菜はそっと目を閉じ唇に込められた羽純の思いを受け取っていた。

 夫婦の夏の最後はもう少しだけ続いた。