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 好きという気持ち

「ん〜……まあ、あれやなぁ……初心にかえって色々考えてみたいっちゅうか」
 過去――で良かったのだろうかとイーシャンとシルヴァニーは大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)の希望で彼のパートナー達との出会いをそれぞれ見ていく旅に出た。

 泰輔はパートナーであるレイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)フランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)、パートナー達が「好き」という感情から始まった。レイチェルはパラミタに初めて来て出会ったパートナー、フランツは河内音頭の次に好きなドイツリートの王という事と元々ファン、いや尊敬していたのが付き合ってみたらすごく楽しい奴だと解って親友となり、パートナー契約に至った。顕仁は――彼と出会った頃、レイチェルの気持ちが泰輔へ、フランツの気持ちがレイチェルにある事に気付いた。
「はっきりさせた方がええと思うんやけど……でもなぁ、どっちを傷付けるような事もしいたくない……」
 そのタイミングで出会った顕仁(崇徳院)に対しては百人一首にもあって、落語のネタにもなっていてとミーハー気分と同時にその生涯への同情が好意になってパートナーとなった。
「それぞれの相手は、好きや。この感情から始まったのも間違いないんやけど……なんでこうもぎこちない間柄になってしまったかなぁ……」

 泰輔の想い
 レイチェルの想い
 フランツの想い
 顕仁の想い

 それぞれが交差するのは「好きという気持ち」からだった。


 ◇   ◇   ◇


 泰輔と出会う前、レイチェルは僧兵だった。不正を告発しようとして逆に無実の罪で告発され、破門という処分を受けてしまって居場所がなくなり、新しい世界――地球との接点に行けば何かが見つかるような気がしたのだ。吸い寄せられるように辿り着いた空京で立ち尽くしていたレイチェルに声をかけた1人の地球人――
「自分、ひとり?」
 振り返ったレイチェルは、少し驚いた顔を見せた。無実の罪で告発された時、最後まで自分の味方だった幼馴染にその人物は雰囲気が良く似ていた。
「あ! ナンパちゃうで? 僕は地球から来てんやけど……相方がおらん事にはこの世界で生きにくいらしくて……君さえかまへんかったら、僕と一緒に世界、回ってくれへんか? あ、もしかして君……土地(パラミタ)の人やない?」
 レイチェルは答える代りに首を横に振った。
「……いえ、パラミタの者ですけれど私でお役に立てるかどうか……」
「僕の方が迷惑するかもやねん、けどな……こう、ビビビってきてん! 1人やったら不安で仕方ないとこやけど、2人なら何とかなるやろ。ほな、よろしくな」
 ブンブンとレイチェルの手を握って振る地球人――泰輔とレイチェルはこうして出会った。

 レイチェル自身、いつ頃から泰輔への想いが芽生えたのか定かではないものの――信じて頼ることが出来るパートナーを得た事は、レイチェルの大きな転機となった。


 ◇   ◇   ◇


 フランツがパラミタで英霊として蘇ったのは、地球上で死んでから150年程過ぎた頃だった。既に地球からの契約者達がパラミタに渡っており、彼らの噂だと歴史上の人物にまでなっているらしい。
「あのサリエリ先生ですら、亡くなられた後は作品もその名前も急速に廃れたのになぁ」
 感慨深げに呟いたフランツは気ままに日々を演奏と歌で過ごしていたが――

「……って、君、誰?」
「僕ファンなんや! サイン欲しいんやけどー……名前も作品も知っとる!」
 泰輔との出会いだった。
「へぇ……僕の名前知ってる? 作品も? そいつは嬉しいね……あ、綺麗なお嬢さん、初めまして」
 泰輔と一緒に居たレイチェルへ「きりっ」と擬音が出てそうな程に凛々しく挨拶すると泰輔もフランツへ話しかけた。

 フランツの歌がウィーンで流れている事、地球では歴史に名を残す作曲家として今も受け継がれている事、泰輔から聞く話を興味深そうにするフランツは、ふと洩らした。
「ウィーンで流れている僕の歌かぁ……それは聞きに行ってみたいかなぁ、実際に。叶うなら……」
「それなら、僕と契約すればええやん」
 至極簡単に泰輔は言ってのけた。それに一も二もなく乗ったフランツはここで泰輔のパートナーとなる。
「君、ナイスアイデアだ。よろしく頼むよ――ええと、そういえば君……名前聞いてない気がするんだけど?」

 フランツに言われて、そこで互いに自己紹介し合った泰輔とレイチェル、そしてフランツ。『親友』と呼べるパートナーと、淡い恋心に目覚めるきっかけを手にした瞬間だった。


 ◇   ◇   ◇


 われてもすえに あわんとぞおもふ

 ―仲を裂かれて別れさせられても、将来は必ず逢おうと思う

「そのような恋情が許される身ではなかったわ。望めば、全ての事が叶う身に生まれたが、すべての事は、我の思いの通りには成りはせなんだ」
 地球では人であった者がパラミタの地に再び生を受ければ、「英霊」と呼ばれる存在になる筈であった。しかし、顕仁は「悪魔」としてパラミタで蘇った。地球では、歌人としての呼び名の方が有名ではあるが日本最凶の魔王――死後、何も悪い事はしていないが凶事がある毎に彼の所為にされ、封印されていた。そんな顕仁の封印を解いたのが泰輔である。

「……祟るぞ」
「……封印解いたら、いきなりなんちゅー事言うねん」
 しかし、泰輔は顕仁の生い立ちと境遇に思わず同情してしまった。
「思うとおりに、やったらええやん」
 軽やかに言う泰輔に顕仁も次第に彼へ興味を示し始めた。思うとおりにという事は、自由に――という事だ。
「面白い男じゃ、自由……束縛するものが先に在る、により享受が可能なもの。我には今、しがらみはない……我のしがらみに、そなたがなるか?」
「そやなぁ……同情もあるし、ミーハー……ああ、百人一首にもなって落語のネタにもなってて顕仁は知らんやろうけど、とある作品のモチーフにもなったって思うと」
 実際、泰輔はパートナー契約に気持ちが傾いており顕仁も泰輔を恩人として見ていた。
「では、共に行かん。……色々楽しみもあろうさ」
 彼らの後ろでは何故かフランツが高らかに「魔王」を歌い、顕仁に「小男」呼ばわりされていた。


 ◇   ◇   ◇


 泰輔とレイチェル、フランツ、顕仁との出会いは泰輔がパラミタへ渡らなければ有り得ないものであった。レイチェル、フランツ、顕仁も泰輔が居なければ互いに知己を得る事はなかった。
「今は、ちょっと複雑やけど……僕は3人と出会えて良かったと思っとる。んで、これからの「未来」やけど……僕も、レイチェルもフランツも、一応顕仁もどこかで踏み出せれば後は歩き出すだけや」
「泰輔よ、一応とは何か、一応とは」
 顕仁はもう踏み出してるから――と、切り返しつつ思い出せば結構成り行き任せな出会いで、これも「縁」と言えば「縁」だ。
「レイチェル、フランツ、僕もそうやけどな……好きっちゅう気持ちを閉じ込めるのは僕達の関係をどん詰まりにしていってしまうのとちゃうやろか……? 「今」よりちょっと先の「未来」を想像してみるのも、ええかもしれへんよ……」

 ――ちょっと先の「未来」

 泰輔とパートナー達の未来を見据えた過去の時間旅行は、もうすぐ終わりを告げようとしていた。