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 変わるものと変わらないもの

 キマクの商店街に降り立った風馬 弾(ふうま・だん)アゾート・ワルプルギス(あぞーと・わるぷるぎす)は一軒の雑貨屋の前に居た。
「本当に変わってるみたいだね、実を言うと半信半疑だったんだよ」
「僕も実を言うと……あ、魔道書さん達を信じてなかったわけじゃないんだ」
 苦笑いを浮かべるイーシャンと、初々しいカップルに「早く行って来い」というように片手を振るシルヴァニーに見送られ、弾とアゾートは雑貨屋を窓から覗いてみた。


 ◇   ◇   ◇


 キマクの商店街を2体のイコンが襲い、店舗の立ち退きを実力行使で行ってきた事件に居合わせた時の事――弾と、彼のパートナー、共に居た契約者達と老夫婦の営む店の周辺の守りに付いていた。
「男の僕が言うのも変ですけど、ものすごく可愛いです」
 パートナーと共にヌイグルミを見てい弾は、雑貨屋の店主の手作りだという事に素直に感心していた。当時の弾は、あのヌイグルミ達の秘密には思いもよらなかった事を改めて考えさせられていた。
「……あの老夫婦を守らなきゃって僕達はあのお店に居たのに、逆に守られたのは、僕達の方だったんだ」
 弾の呟きにアゾートはそっと片手を彼の頬に添える。
「ボクをここに連れて来たっていう事は、そういうキミを見せてくれるからだよね……? ボクは、嬉しいよ」
「アゾートさん……」
 ヌイグルミの秘密は、その後すぐに解明された。

 雑貨屋に居た弾達は、店主の魔法でヌイグルミ化されていたのだ。ただ、それは店主の「守り方」でキマクで生きて行く為の方法だった。でもそれは、弾の意志ではない。
「僕やみんなは気が付いたらヌイグルミになっていて……怒った人も居たけれど戦って守るだけが、守り方じゃないと教えてもらった……そんな気がするんだよ」
 店主を責める人も居たが、それは「守ろうとする意志」を持った弾達に対してやってはいけない事だと諭す意味でもあった。この事件をきっかけに弾は「人を守る」という事の重さ・切実さ・葛藤を考えさせられたと同時に、大切な誰かを守る力と心を身に付けたいと決心する、それだけ重要な出来事。
「キミは、自分を弱いって思ってる?」
 不意に問いかけられたアゾートに、弾は思わず目を丸くしてしまった。咄嗟に答える事が出来ずにいたが、アゾートは弾が答えるまで待っているとゆっくり、一言ずつ弾は答えた。
「どうかな……弱くはないと思う、でも飛びぬけて強くもないよ」
「うん……じゃあ、それでいいと思うんだよね」
 弾の答えに、あっさりと頷いたアゾートは雑貨屋の中を覗きながら続ける。
「ボクは弾に守ってもらうんじゃなくって、一緒に何かを守る事の方が良いなって思うんだよ。勿論、守ってくれるのはすごく嬉しいよ? ただ、それなら大切な人の横に居て……お互いを守れたらって思うんだよ」
 珍しく饒舌なアゾートに少しびっくりした弾は、素直にアゾートの言葉に頷いた。
「弱くもないけど……アゾートさんや、身の回りの人達……多くの人を守れる強さをこれからも目指して進んでいくのは、遅くないよね」
 静かに頷いたアゾートに笑顔を見せた弾は、もう一度雑貨屋を覗いて想い出の時間を後にするのだった。

 後のキマクでは、ヌイグルミがイコンをバラバラにしたというニュースが飛び交ったのだった。


 ◇   ◇   ◇


 戻ってきた現代――シャンバラ教導団を後にした弾とアゾートの2人はイルミンスール魔法学校のあるザンスカールへ向かっていた。その途中にある小さな町に立ち寄った時、弾はアゾートへプレゼントを渡した。
「アゾートさん、これ……キマクの老夫婦が作ったヌイグルミなんだ。僕、今も時々遊びに行っててね。それで、買っておいたんだけど……あの、お守り代わりにプレゼントだよ。何かあったら、僕の魂が宿って守ってくれるかもしれないから」
 弾から渡されたのは可愛くて触り心地の良い子熊のヌイグルミだった。そっと受け取ったアゾートは、フワンとしたヌイグルミの感触に思わず顔が綻んでしまう。
「迷惑じゃなければ、これからもアゾートさんの事を……守らせてね」
 弾の言葉に暫く黙っていたアゾートは、1つだけ、と約束を強請る。
「いつか……」
 その先を中々言葉にしないアゾートを、今度は弾が辛抱強く待つ事になった。

「いつか……その雑貨屋さんに連れて行って欲しいの、その時はボクからキミにプレゼントしたいんだもん。ボクの代わりにキミを守って、一緒に居るってね……」

 言葉は、要らなかった。
 その代り、弾はアゾートの手を取って再び一緒に歩き出す。

「うん、プレゼント……楽しみにしてるよ」
 小さな声で答えた弾に、握る手をわずかに強めたアゾートは互いの胸の内で誓う。

 今よりずっと先の未来――変われる強さとして今の自分よりももっと成長している事を、変わらない強さとして弾を、アゾートを大切に想う気持ちを持ち続けよう。

 若いカップルの未来を魔道書達も見守り続けたのだった。