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 未来からの手掛かり

 時間旅行を希望したのは、小さな地祇の少年だった。
「未来のソラの様子を見に行きたいんだっ、いつか絶対、彼女(?)が元気になる未来があると信じて……!」
 ソラ――機能停止した機晶姫の小芥子 空色(こけし・そらいろ)を「ソラ」と呼ぶ地祇のアイ・シャハル(あい・しゃはる)はイーシャンとシルヴァニーへ未来が見たいと言うと、魔道書達はアイが願う未来の時間へと送るのだった。

「ここが……? あんまり変わった感じはしないね?」
 どのくらいの未来なのかは定かではないものの、それでも見慣れない町に降り立ったらしく、アイも周辺を歩いて確かめていた。未来の地に来て、すぐに見上げたアイの正面には大きな建物があり、どうやら病院らしい事は解ったのだが普通の病院ではない。

 ――機晶病院

 そうと解ったアイは、病院の中に入ってみた。イーシャンとシルヴァニーも1人で行かせるのは、とアイの後に付いていってみるときちんと入院患者として「小芥子 空色」と名札が病室の横に付けられていた。
「ソラが、いるんだ……ここに……」
 病室の扉はなく、完全個室で備え付けの家具が多少付けられた程度ではあるが不自由のないようにと配慮された作りである。病室をそっと覗きこむアイはロッキングチェアに座って窓を向いている空色の姿を見た。
「ソラだ、間違いないよ! ソラ……!」
 しかし、ソラはアイの声に反応する事はなかった。銀色の瞳は閉じられ、アイの姿も映さない。
「……ソラ、まだ機晶石が直っていないんだ……でも、ここにいるっていう事は朝霞が病院に入れたのかな……」
 アイと空色のパートナー、双葉 朝霞(ふたば・あさか)の事がチラリと頭を過ぎるがアイはどうも納得がいかないらしい。
「朝霞は極端な面倒くさがりなんだ。時々、息をするのも面倒くさいのかもって思う事もあるし……そもそも、朝霞はソラの事を人形だと思ってるし……」
 同行していないためか、言いたい放題のアイに魔道書達も口を挟めずにいると病室の外から気配が近付いた。
「今日のキッシュは上手く焼けたんだよ。零号兄さんも、良い匂いで目を覚ますかもしれないね」


 ◇   ◇   ◇


 アイと魔道書達は、病室のベッド下へ咄嗟に隠れた。空色へ話しかける2人は親しげに空色を「兄」と呼んでいた。
「でも……三号、あたしがこの手でやった事に変わりはないのよ」
 病室を訪れた2人――アンネ・アンネ 三号(あんねあんね・さんごう)メアリー・ノイジー(めありー・のいじー)は空色を前に、アイには意味深な会話を続けている。
「大丈夫だよ、メアリー……ほら、僕だって結和と出会うまでずっと眠りっぱなしだったけど今はこんなに元気なんだよ。兄さんだって……目が覚めたら結構、あっけらかんとしてるかもだよ?」
 メアリーの肩に手を置いて励ますアンネ・アンネ 三号は優しく諭す。零号―空色が目を覚まさないのは約百年前にメアリーが負わせた傷が後遺症を残しているためらしい。しかし、メアリーにはその時の記憶はなかった。メアリーに残っていたのは『傷付けたその瞬間』の感触が自分の手と脳裏に記憶として刻まれているだけである。
「それに、あんただって記憶がっ」
「……結和が、よく言うんだ。元気だったら、生きてさえいれば、きっと幸せを掴む事が出来るって」
 メアリーの言葉を唇に人差し指を当てる事で止めたアンネ・アンネ 三号はパートナーの結和・ラックスタイン(ゆうわ・らっくすたいん)から聞く言葉をメアリーに伝えた。更に続けた言葉にアイは1つの決心を心に固める。
「大丈夫だよ、兄さんの命は……朝霞とアイが繋いでくれた。僕達も、兄さんの目覚めを信じて待ってようよ」
(朝霞と、アイ……朝霞とボクの事?)
 アイにとっては今まだ面識のない彼らも、何れはどこかで出会って知り合う事を示唆したようなアンネ・アンネ 三号にメアリーも漸く笑みを浮かべる。
「そうね……信じてるわ、ずっと。ちゃんと兄さんの目を見て謝れる事を……三号、そのキッシュを兄さんの膝に乗せてあげましょう。売店で紙皿買ってくるわ」
「あ、じゃあ僕は花を取り換えてこよう。新しい花の香りが兄さんを眠りから覚ましてくれるようにね」
「三号のキッシュの方が、効き目ありそうだけどねぇ」
 アンネ・アンネ 三号を茶化しながら一緒に病室を出るメアリー達の気配が遠ざかるとベッドの下からアイと魔道書達が這い出てきた。

「……ソラ……ソラはまだ目覚めていないけど、きっとあのヒトたちはソラのきょうだいだよね? あんなに心配してくれてるんだ、きっとそうだよね」
 目を擦りながらアイは空色の手を両手で握り締めた。
「ここに来て良かった……ボクのやる事は決まったよ! 現代に戻ったら、まずあのヒト達を探さなきゃ! 頑張っちゃうからね! あ……あと機晶石に詳しい人も探さなきゃ……手掛かりを掴んだらどこへだって行っちゃうからねっ」

 アイは拳をギュッと握り締め、アンネ・アンネ 三号とメアリーの名を頼りに探し始める。三号のパートナーである結和と、メアリーのパートナーであるニケ・ファインタック(にけ・ふぁいんたっく)、2人の少女を探し当てて離れ離れになっていた機晶姫兄弟が再会を果たす日も近い――
「でもボク……何だか大事な事忘れてる気がするんだよね」
 ――ソラの性別を勘違いしている事にアイが気付くのはいつの日の事になるのか、それはもう少し未来の話になる。

「約束しよう、君の望む時間軸への旅に僕達も協力する事を……君の願いが叶う未来が訪れるといいね」
 地祇の少年、アイに双子の魔道書は協力を惜しまなかった。彼らの力を借りた事は、アイの胸中深くに収められて人々の噂に乗る事はなく、静かに機晶姫兄弟を見守ったのだった。