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国境の防衛戦

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国境の防衛戦

リアクション

 
 
 勿論、要塞防衛に集まったのは、都築少佐の類友ばかりではない。
 同じく教導団の生徒で偶然近隣の土地にいた魏 恵琳(うぇい・へりむ)も、話を聞いて駆けつけた。
 都築少佐への挨拶を済ませて、早速、要塞内を見て回る。
 元からの警備兵が一人、案内についてくれた。
「まずは全ての入口をカモフラージュすることね。
 獣人達に手伝いを頼めるかしら?」
「入口は元々、外からは解らない仕組になってます。
 森に覆われていますし。
 カモフラージュとして見せかけの入口がありますが、それはすぐに行き止まって、内部には入れません」
 説明に、なるほどと恵琳は頷く。
「でも、用心の為に、その入口全てに、見張りを立てる必要があるわね」
「それは、当然です」
 迎撃戦、誘導場所など、様々な戦略に向いていそうな場所場所を、順に案内して行く。
「戦うのは最後の手段じゃろう。
 戦わずに目的を達成させるのが上策というもの」
 恵琳のパートナー、兵法書 『孫子』(へいほうしょ・そんし)が、その若い見掛けに見合わない口調で口を開いた。
「この辺には、巨大昆虫とかはおらぬのか?
 呼び寄せる餌などは無いのかのう」
「探せばいるとは思いますが、どんな餌を使えば現れるのかは、解りません。
 獣人の中には知っている者もいるかもしれませんが……探す余裕のある者は、我々の中には」
 苦笑する兵に、自分でやれということかの、と『孫子』は肩を竦める。
「ではこの森には、掛けられると皮膚がかぶれる樹液のある樹などは無いのか」
「……それも、同じ答えになりますが……」
「……そうじゃの」
 では、悪臭のする果物を用意できるか、という問いに対する返答も、恐らく同じだろう、と、『孫子』は次の質問を飲み込んだ。
 だが、やはりもうひとつ、訊ねてみる。
「踏むと大きな音のする植物の実などは無いのか?」
「ああ、そういうのがあるといいですね。威嚇に使える」
 面白そうだ、と彼は言う。
「ですが、何分今のこの砦は戦闘用の装備が少な過ぎて……」
 だからこそ、援軍を頼っているのだ。
 つまり、と『孫子』は溜め息を吐いた。
「現地で道具を調達する方法は無理、ということじゃな」
 ならば、と、別口から切り込んでみる。
「騎士団の冷静さを失うような噂を流すとかはどうじゃ」
「多分、その噂が流れるよりも先に、龍騎士の襲撃が来ると思います」
 最もだ、と頷いた。
「時間稼ぎの小手先の技は間に合わない、ということね」
 恵琳が軽く息をつく。
「仕方ないわ。一週間持ちこたえれば、教導団から援軍が来るのだから」
 それまで、何としても護りきるわよ。と、気を引き締めた。


 ロイ・グラード(ろい・ぐらーど)もまた、要塞内部の構造を把握する為に、歩き回っていた。
「あれ、お一人ですか? 助っ人さんですよね」
 声を掛けられ、振り向くと、いかにも服に着られている、といった様子の、教導団服が似合わない子供が立っている。
「よかったら、案内しますよ」
「助かる」
 礼を言うと、嬉しそうに笑った。
 途中、同じように砦内を見て回っていた同じく教導団のクレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)とも合流し、後方支援、主に補給係として動きたい、というクレーメックの希望に従って、武器庫や弾薬庫、食料庫などの、倉庫系の案内をして貰って位置を把握する。
「結構、互いに離れているんだな」
 順番に回ってみて、クレーメックは難しい口調で呟いた。
 これは補給と言っても簡単にはできそうもない。
「集積ポイントはありませんの?」
 クレーメックのパートナー、守護天使の島津 ヴァルナ(しまづ・う゛ぁるな)が訊ねる。
「各個独立系なんだそうです」
「輸送が大変そうですわね……。
 レールを敷いて、トロッコを利用するというのはどうでしょう?」
 同じくパートナーの守護天使、三田 麗子(みた・れいこ)が提案する。
「トロッコ」
と、案内の子は目を丸くする。
「少佐に反対されるかしら?」
「ううん、ツヅキ、少佐は反対しないと思う、です。
 でも、間に合いますか?」
 泣いても笑っても、一週間後には決着のつく戦闘だ。
 レールを敷く作業は、その戦闘に役立たせることを考えれば、一週間より更に早く、2、3日で完成させなければならない。
「……やってみなくては解りませんし、とりあえず」
「じゃあ、力持ちの人達に、手伝ってくださいってお願いしてみますね」
 麗子の言葉に、その子はにっこりと笑った。
「そうそう、基地内の通信はどうなっていらっしゃるの?」
「あとは、医療室を見せてもらいたいの」
 ヴァルナと、剣の花嫁の島本 優子(しまもと・ゆうこ)が次々に質問し、
「順番に案内しますね」
と答えて歩き出す。

 記憶術を駆使して物資の保存状況を把握し、一通り案内が終わると、クレーメックは都築少佐に、サポート要員として、教導団兵を10人ほど貸して欲しい、と要請した。
 都築少佐はあっさり了承する。
「了解だ。藤堂、7班から10人、助っ人団員に助っ人」
「伝えます」
「あと、トロッコ用のレールを敷くからそっちにも助っ人を回して欲しいってのが来てたな。
 力持ち希望ってことなんで、そっちには獣人部隊から人員を回す」
「何故、これ迄輸送用のラインが無かったんです?」
クレーメックが訊ねてみると、
「そりゃ、地形的な問題だ。
 結構段差があっただろ?
 アップダウンが激しくて、本格的にやるなら、道を均すところから始めないとならねえし」
「要するに面倒くさがったんですよ」
 横から口を出した藤堂に
「オマエな、まだここに来てほんの数年だぞ。手が回らねえよ」
と言い返す。
「では何故今許可したんです」
 クレーメックは、問いを重ねる。
 段差があって出来ないと思うなら、人員を回すことは無駄ではないのだろうか?
「あん? そりゃ、やってみるって言うんだし。
 それにどうせ今からなら、最初から短距離用だろ?」
 短距離なら、段差に影響されない。
 やれるだけやってみたらいいと思ったのだろう。
 無いよりあるに越したことはないのだし。
「……質問は以上です。現場に戻ります」
「メインホールに10人向かわせました。よろしくお願いします」
 連絡を済ませた藤堂が、出て行こうとするクレーメックにそう声をかける。
「ありがとうございます」
 クレーメックは礼を言って、部屋を出た。


 相沢 洋(あいざわ・ひろし)は、昴 コウジ(すばる・こうじ)ケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)ジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)達と設置場所を相談しながら、基地内洞窟各所に、爆薬や地雷のトラップを設置しまくった。
 罠は持参の他、補給係を引き受けたクレーメックからぶんどる、もとい調達して、パートナーの乃木坂 みと(のぎさか・みと)に山程持たせている。
「みと、その爆薬をこっちに」
「はい、こちらの爆薬と信管でございますね」
 みとは、てきぱきと洋の指示通りに手渡す。
「よし、設置終了。次に行くぞ」
「……あの、洋様?」
 今更だが、と思いつつ、みとは気になっていたことを洋に訊ねた。
「何だ」
「あの、この量の爆薬って、誘爆すると私達どころか、周囲に結構被害が出ますわよね?」
 しかも、当然ながら、ここは洞窟の中だ。
 下手に地盤が崩れれば、洞窟自体が崩れる。
「……私の破壊工作スキルを疑うのか?」
「いえ、そんなことはありませんが……」
 そもそも防衛戦なのだから、敵を洞窟内部に入れてはまずいのではないだろうかと思ったが、恐らく、最終手段としての罠設置なのだろう、と理解する。
「まともに戦って勝てるくらいなら、拠点防衛戦にはならん。
 基地防衛の為には、必要なことだ」
 洋はそう言って、最後の爆薬を設置した。
「よし、完了だ。
 無駄な交戦は可能な限り避けるが、洞窟内部で戦闘になった暁には、私の指示に従ってもらう」


「わー、広い。高いー!」
 クレア・セイクリッド(くれあ・せいくりっど)が感嘆の声を上げる。
 洞窟内は狭くて暗い、と思っていたが、メインホール、と名付けられたそこは、床面積4、50メートルほどはありそうだし、高さは10階分くらい吹き抜けている。
 空は見えなかったが、外の明るさが入ってきていて、天井近くに草花が垂れ下がっていた。
「外からは、中は見えないようになっているんですよ」
 案内する教導団兵の言葉に、香取 翔子(かとり・しょうこ)も感心する。
 このメインホールだけは、床も平らに均されていて、あちこちへ通路が伸びている。
「さて、と」
 案内の兵に礼を言って、翔子は改めて気を引き締めた。
 あちこちの学校から生徒が集まっていて、その全てを信用する気には、翔子にはなれなかった。
 特に、エリュシオンの属国と成り果てた、東シャンバラ国民に、完全に気を許すことは出来ない。
 全員がエリュシオンの飼い犬だとまでは思わないが、監視する役目が一人居る必要はあるだろう。
「気をつけてね」
 翔子は、二人のパートナーにも念を押す。
「う、うん。わかったのだ」
 今いちよく解らなかったが、翔子が気をつけろと言うのだから、気をつけなくてはならない。
 クレアはこくこくと頷く。
「――国頭武尊を見たの」
「えっ」
 声をひそめた翔子の言葉に、白 玉兎(はく・ぎょくと)が目を見開いた。
「散々教導団に対して嫌がらせしてきた、あの?」
「義勇兵として来た、なんてことは有り得ないわ。
 何か企んでいるに決まっている。
 場合によっては、拘束した方がいいかもしれない」
「わかったわ。良からぬことを考えてるには違いないわね。
 探して、目を離さないようにしておく」
「よろしくね」
 そうして、翔子は都築少佐の所へ向かい、要塞内部を巡回警邏の為に、兵を10人ほど貸して欲しい、と要請した。
 少佐は好きにしなと頷いて、
「藤堂。1班から10人」
と指示をする。
「了解しました」
「それと、内部に売国奴がいないとも限りません。
 東シャンバラに属する生徒を、司令室や補給物資の倉庫、医務室などには配しないよう上申いたします」
 じろ、と、明らかに教導団員ではない鈴木周を睨み付ける。
 疑惑の目を向けられて、周はおいおいと叫んだ。
「俺は西だ西! 見ろ、この着古した蒼学制服を!」
「……できれば、周囲は教導団生徒だけで固めて欲しいところだけど……まあいいわ」
 妥協してあげる、と、翔子は溜め息を吐く。
「少佐、くれぐれもご注意を。失礼いたします」
 敬礼をして出て行く翔子を見送って、
「おっかないねーちゃんだな」
と思わず呟いた都築少佐に、
「緊張感がなさ過ぎるから、言われるんですよ」
と藤堂も溜め息を吐いた。


 また、一方では、同じく教導団生徒の沙 鈴(しゃ・りん)が、あらゆる学校から集まる生徒達の間に軋轢が生じないよう、仲立ちの役目を担おうとしていた。
 自分達のように、他生徒と接するのに慣れているならいいが、前からこの砦に詰めている兵にとっては、こういった状況は混乱を覚えるかもしれないと案じたのだ。
 鈴が予想したほどには混乱はしなかったのは、都築少佐の下による元からの緩い体制のせいか、近隣の村から獣人達という部外者の雇い入れを行っているせいか。
 それでも、全く何事もなく、というわけには行かなかったので、何かあると聞きつければ、間に立って互いを説得した。
「鈴さん、交代します」
 パートナー達と、ローテーションで24時間体制だ。
 綺羅 瑠璃(きら・るー)に声を掛けられ、鈴はもうそんな時間、と気がつく。
 そう言えば、初日から泥のように疲れている。
 いや、初日だからこそ、なのか。
「大丈夫?」
「平気ですわ」
 心配そうな瑠璃の言葉に、微笑んでみせた。
 戦闘が始まれば、もっと大変なことになる、と、経験から二人は知っている。
「二時間後に5班から8班が食事の時間になりますわ。
 よろしくお願いしますわね」
「ええ、大丈夫」
 瑠璃は微笑んで請け負う。
「ゆっくり休んでね」
「ええ、ありがとう。お願いしますわ」
 後を瑠璃に任せて、鈴は休むことにする。
 そういえば、と、先に休んでいる、もう一人のパートナーのことを思い出した。
 この防衛戦に参加して、秦 良玉(しん・りょうぎょく)は、何とも言えない複雑な表情を浮かべていた。
「昔を思い出すのう。何故なのやら、あの時とは全く違うというにの……」
 ふと一瞬脳裏をよぎった記憶に、そんなことを呟いていた。
 何のことだったのかしら……と、仮眠室で眠りにつきながら考える。
 次、自分を起こしに来るのは、瑠璃と交代した良玉のはずだ。
 その時に訊ねてみようか、と思いながら。
 あたし、東所属だから、行きたいって思うのおかしいけど、でも行きたい。
 ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)のそんな言葉に、和泉 真奈(いずみ・まな)は、仕方ありませんね、と苦笑した。
「だってホラ、砦の外は、東だし?」
「ええ……地理的にも、今後東側の砦として活用できるかもしれませんし、破壊させてしまうのは、得策とは言えませんね」
 真奈に賛成されて、ミルディアはほっとしたように笑って、そうして、戦うためではなく、怪我人の世話をする為に、少しでも手伝えるならと、砦まで来たのだった。


 同じように、神裂 刹那(かんざき・せつな)もまた、東側所属だ。
 それでも、無視することができなくて、ここまで来た。
 戦場になる場所にわざわざ来るなんて、どうかしていると自分でも思うが、顔を背けていることはできなかったのだ。
 砦に来て、都築少佐に挨拶し、何をしたらいいですかと訊ねてみた。
 東側の自分は、言われることに従うべきだろう。
「やれることをやってくれ」
 即答され、
「よろしく頼む」
と付け加えられる。それならば、と、医療チームの人を探した。

「衛生科、夜住 彩蓮(やずみ・さいれん)です。
 もう一人、情報科の島本優子が、助っ人に入ってくれる予定です」
 挨拶を受け、4人とそれぞれのパートナーと、チームを組むことになった。
「大したお役には立てないと思いますが……」
 真奈が言うと、彩蓮は苦笑した。
「私達が、必要されることなく終わってくれればいいのですが」




 龍騎士の襲撃にあたり、防衛の為に集まった生徒達に、都築少佐は何一つ指示を出さなかった。
「こんな愚連隊、俺が指揮できるわけないだろ。
 各自自由にやってくれ」
「投げ出さないでくださいよ!」
 護衛の藤堂が呆れ返る。
「お前等、教導団兵には命令があるぞ」
 苦笑する都築少佐の言葉に、はっと藤堂は背筋を正した。
「折角の援軍だ。有効に使って防衛を果たせ。
 だが、連中を盾にして逃げたりはするな。
 連中が俺達より先に死ぬことが、絶対にないように」
「……拝命します」
 敬礼し、それを解いた後、伝令係に伝える前に、ですが、と藤堂は言った。
「少佐が死ぬのは最後ですよ」
「ちっ、責任者は面倒だな」
「そんなことにはならねえよ」
 鈴木周が口を挟み、
「そうだな。防衛失敗の可能性なんて考えるべきじゃない」
『絶対に落ちない砦』だと、ヴァルにも言ったはずなのにな、と都築少佐は苦笑する。

 そうして、龍騎士達は、その翌日に襲撃を仕掛けてきた。