リアクション
3・カサンドロス
新世界シャンバラへ足を踏み入れて、一年。
ついにこの日が訪れた。
神と戦いたい。
ウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)は、宿願を果たす為に、ようやく突き止めたカサンドロスのいる本陣に攻め入った。
魔鎧、ルータリア・エランドクレイブ(るーたりあ・えらんどくれいぶ)を身に纏い、4人いる中、中心にいる人物にまっすぐに向かう。
問答の余地はない。
例え龍騎士でなくなったのだとしても、シャンバラに攻撃を仕掛けてきた時点で、敵だ。
カサンドロスの周囲にいる3人には目もくれない。
カサンドロス以外は、パートナーのファティ・クラーヴィス(ふぁてぃ・くらーう゛ぃす)に任せる。
が、飛び込んで来たウイングに咄嗟に身構えたものの、主に襲撃しようとしているウイングに対して、龍騎士達は、何もしようとせずに見送る。
――油断しているのだ。
単騎で特攻した人間ごときのウイングを。
つけ込むなら、そこだ、とウイングは見越していた。
ゆっくりと、カサンドロスが剣を抜く。
素早い攻撃を信条に、ファティから受け取った光条兵器を手に、今まさにカサンドロスの懐に飛び込もうとするウイングに、ゆっくりと、剣を抜いたようにしか見えなかった。
だが次の瞬間、ウイングの剣は止められ、気がつけば、遥か後方に飛ばされて、転がっている。
「……!?」
何があったんだ!? と、一瞬、自分の状況が理解できずに、ウイングは呆然とした。
「ウイング!」
ファティが叫ぶ。
ウイングの戦いに手を出しては行けない、彼の勝利を信じる、そう誓っていたのに、思わず走り出しそうになってしまう。
龍騎士達は、向かってこないからか、ファティを捕らえようとも戦おうともせず、カサンドロスを見届けている。
「身のほどを知らぬ」
カサンドロスの声が聞こえて、ようやくウイングは立ち上がった。
攻撃を食らっていたことにようやく身体が気付いて、ズキズキと痛みが巡り始める。
リジェネーションの自動回復をかけてはいるが、全回まで待ってはいられなかった。
「……ここで、倒れるわけにはいかない……!」
「……愚昧なる芥めが」
冷たい、侮蔑の眼差しで、カサンドロスはウイングを見据える。
相手は神だ。
だが死なないということは有り得ない。
何故なら、環菜は死んだのだ。
ウイングは身につけたスキルをフル活用して、再びカサンドロスに向かって飛び込む。
弾かれても何度でも攻撃し、弱点を探り当ててみせる!
次こそは攻撃を見切る意気込みで攻めたウイングだったが、次の瞬間には腹部を剣が串刺しにしていて、がは、と血を吐いた。
「ウイング!」
ファティの目にも、全く見えなかった。
そのまま、剣は地面に突き立てられる。
「剣が穢れるわ」
カサンドロスは、機嫌悪く吐き捨てた。
ウイング、と、ルータリアが、ウイングだけに届く声で呼ぶ。
カサンドロスとウイングの戦いの中で、急所を見極めようとしていた。だが。
「駄目だ、強過ぎる――」
あまりの力の差。
敵わない、と、認めざるを得なかった。
「ウイング! ウイング!!」
ファティが駆け寄る。
ウイングの身体から剣を引き抜こうとして、触れるのは許さないとばかりに、先にカサンドロスが引き抜いた。
「去ね。立ち向かわねば興味は無い。
向かうならば、とどめを刺す」
ルータリアが人形を取る。
二人がかりでウイングを担ぎ上げ、立ち去る彼等を、龍騎士達は言った通り、何の攻撃も仕掛けず見送った。
「……うっそ。何あの一方的な展開」
その様子を、桐生 円(きりゅう・まどか)がパートナー達と共に伺っていた。
「まあちょっとは苦戦するかもなーとか思ってたけどさあ」
「では、ここは退散します〜?」
オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)がのんびりと訊ねて、
「えー、冗談。戦いたい――! 楽しみにして来たのに――!」
と、ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)がだだをこねる。
「……ま、そのつもりで来たしね」
自分も、魔鎧アリウム・ウィスタリア(ありうむ・うぃすたりあ)を装着済だ。
敵わないにしても、何か、得られるものを得たいと、そう思ってここまで来たのだ。
「でも、あーもう、奇襲は効かないよね」
ウイングに先にやられてしまった上、通用していなかった。
同じことを繰り返すのは流石に愚かだろう。
「今度は、無様な姿を晒さないようにしないとねえ」実のところ、神と称される者とは、一度戦ったことがあるのだ。まるで相手にならずに負けてしまったが。
「去るか、出て来るか、するがいい」
潜んでいることは、とっくにお見通しだったのだろう。
龍騎士の一人にそう声を掛けられ、出て行かざるを得なくなる。
彼等の前に出て行きながら、とりあえずハッタリかな、と円は肩を竦めた。
「……キミが、何の為にここに来たのかを知ってるよ」
僅かにカサンドロスの眉間が寄る。
「男の嫉妬は見苦しいよね。
そんなんだから7龍騎士になれないんだよ。
スヴァトスラフはもっとかっこよかったよ?」
円はふふんと笑った。
「お付きの龍騎士さん達も微妙な気分なんだろうねー。
騎士道も貫けない、ハズレ上司を持つとね」
「黙れ!!」
叫んだのはカサンドロスではなく、三人の龍騎士の一人だった。
「貴様のような卑小な人間ごときに、スヴァトスラフ殿の、カサンドロス様の何が解る!」
あれ? と、円は心の中できょとんとした。
ハズレ上司の下で働いている可哀想なはずの部下本人に、否定をされてしまった。
激昂した龍騎士が剣を抜く。
そのタイミングで、オリヴィアが絶対闇黒魔法を放った。
タイミングを合わせ、不意打ちで、ミネルバがランスバレストを渾身で打ち込む。
不意打ちのつもりだったが、それはあっさりと受け止められ、吹き飛ばされるが、フォーフィテュードで護りを固めていた。ミネルバは、受身を取ってごろごろ転がった勢いでそのまま立ち上がる。
「もー、どんだけゆっくりに見えてんだよー!」
叫びながら、再度突撃する。
返される攻撃は、手が痺れるほどに重かった。しかし
「ミネルバちゃんは耐えてみせる――!」
伊達にパラディンをやってはいない。……粗暴なパラディンもあったものだが。
だがしかし、神の攻撃は甘く見ちゃ駄目だね! と、脳内で叫びながら、ミネルバは地に沈んだ。
恐らくは気配で解っていると理解したが、一瞬の隙をつく為に、光学迷彩で身を隠した円は、神速や、黒壇の砂時計などの速さを上昇させる技を駆使して、カサンドロスの懐に飛び込む。
殆ど押し当てるほどの距離で、リロード直前まで両手に持った銃弾を撃ち込んだ。
直後、円は素手で払い飛ばされ、受身を取れずに地面を転がる。
「円さぁん」
弱点を探っていたオリヴィアが、収穫の無いまま、円の元に駆け寄る。
「……大丈夫」
あーあ、無様だよねえ、と苦痛に顔を歪めながらも、苦笑した。
カサンドロスに、ダメージが殆ど無いのを見て、全く、どんだけ固いの、と呆れる。
「……撤退するよ」
これ以上は、本当に見苦しいことになる。
円の言葉に、口を尖らせながらも、ミネルバも従った。
◇ ◇ ◇
カサンドロスと思しき者の姿が見えない。
最初に聞いた報告と人数が違うから、恐らく、残りは別の場所に控えているのだろう。
カサンドロスを前線に誘き出して、複数の契約者で囲んでしまえば、あるいは倒すこともできるのではないか、と、
影野 陽太(かげの・ようた)は考えた。
「カサンドロスを誘き出せるほどの餌……ですか」
考えて、イコンなら、という結論に至る。
イコンがある、という情報が伝われば、それを得ることによって手柄を立てようとするのではないだろうか。
勿論、実際イコンなどここには無いのだが、あるように思わせればそれでいいのだ。
よし、と決め、要塞付近の手頃な場所を探す。
岩場か森かの所なので、中々適当な場所を見付けられなかったが、何とか、『地下にイコンが格納してある』ように見える偽装を施した。
「……もし、カサンドロスが来なくても、誰かを確認には来させるはず……」
訊きたいことがあるので、龍騎士を一人、捕らえて欲しいんだけど。
申し合わせたわけでもなく、現地で合流した
黒崎 天音(くろさき・あまね)に、世間話のような口調で言われ、
樹月 刀真(きづき・とうま)は、無茶を言うな、と呆れた。
だが、無理だ、とは言わなかった。
「で、捕らえて何を訊くつもりだ?」
刀真が龍騎士を捕獲して来ることを疑っていない様子の天音に、パートナーのドラゴニュート、
ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が訊ねる。
「色々、世界情勢が急激に変化しているみたいだから」
天音は肩を竦めた。アムリアナ女王が連れ去られる前に、白輝精から聞いた話がある。
それが本当だとすれば、今のエリュシオン帝国は、五千年前からかなり変化を遂げているようだ。
エリュシオンだけではない。
変化は、他の国にも起きている。
「今、パラミタで何が起きようとしているのか、エリュシオン帝国は本当に争うべき相手なのか、真の敵は他に存在するのか……知らないこと、知りたいことは、多すぎて数えるのも面倒だよ」
「……ろくでもない話だが」
語る天音の表情を見て、ブルーズは軽く溜め息を吐く。
「……嬉しそうだな」
流石、解っているね、と言いたげに、天音は笑った。
「樹月が随分殺気を放っていたから。力を貸して貰えるかなと思ってね」
彼の心にささくれているものを思い、笑みが、微かに深くなった。
「よっし。この辺でいいかな」
手頃な場所を見繕って、襲撃に対応する為の防衛陣地を作る。
機関銃の銃座をメインに、防盾などもしつらえた、中々に凝った出来である。
「ここで、弾幕張って、食い止める! 敵を砦には入れないよっ」
「誰も通さないのにゃー」
ライオンの着ぐるみが、合いの手をうつ。
たまたま、国境警備部隊との交信連絡の為に砦を訪れていた
黒乃 音子(くろの・ねこ)とパートナー達は、ちょうどそこに入ってきた報告に、お前も手伝って行け、と都築少佐に捕まえられ、巻き込まれる形となったのだ。
「まあ、ここまで来たら、やるっきゃないしね!」
「医療パックの中味は完璧でござるが」
パートナーの
フランソワ・ド・グラス(ふらんそわ・どぐらす)が釘を刺す。
「相手が強敵だからと、最初から負傷することを考えたりはしないようにでごさるよ」
目指せ、無血勝利! とくどくど言い始めるフランソワに、
「フランソワはいつも煩いにゃー」
と
ニャイール・ド・ヴィニョル(にゃいーる・どびぃにょる)がげんなりと舌を出した
「……来た」
氷室 カイ(ひむろ・かい)が、上空を見上げた。
近づいてくる、龍の群れ。
ざっと見て40ほどある。
「全部、ワイバーンみたいですね」
パートナーの
サー・ベディヴィア(さー・べでぃびあ)が言った。
ということは、全て従龍騎士ということか。
「様子見、ということか。
在り難い話だ。龍騎士が出てきたら、俺達では歯がたたない」
パートナーの魔鎧、
ルナ・シュヴァルツ(るな・しゅう゛ぁるつ)を装備し、始めから気を抜かない全力で立ち向かうつもりだ。
「……まあ、実際のところ、俺達の方が実力的に格下なわけだが」
カイは仲間達を見渡す。
「こっちは4人いるんだ。確実に仕留めて行こうぜ」