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【ニルヴァーナへの道】奈落の底の底(後編)

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【ニルヴァーナへの道】奈落の底の底(後編)
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第22章 捜索・2

 良雄のジャンプにより、生じた亀裂の中。
 その一つに、飛空艦から落下したハルカソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)とそのパートナーのゆる族、雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)光臣 翔一朗(みつおみ・しょういちろう)とパートナーの魔鎧、アーヴィン・ウォーレン(あーう゛ぃん・うぉーれん)は嵌り込んでいた。
「空(?)が遠いな……。
 随分深くまで嵌り込んでるちうことか」
 何にしろ、まずはハルカが無事でよかった、と翔一朗は安堵する。
「人力で這い上がるのは無理そうじゃのう」
 間隔を置いて、良雄のジャンプの地響きが響く。
 この亀裂に影響が来ないとも限らない。
 翔一朗は念の為、樹月 刀真(きづき・とうま)や黒崎天音に携帯が繋がらないかと試してみたが、当然、この場所でパートナー以外の相手と繋がるわけはなかった。
「下手に動くより、ここで、救助を待った方がいいかな?
 きっと誰か、気付いてくれてるだろ?」
 ベアの言葉に、
「そうですね」
とソアも頷く。
「それまでは、私達がしっかり、ハルカさんを護りませんと……!」
 しょぼん、とハルカが謝った。
「ハルカのせいで、皆も落ちてしまって、ごめんなさいなのです」
 すみっこでちっちゃくなってないといけなかったのです。
「気にすんな!
 ハルカのせいじゃねえ。皆助かったんだしな!」
 ベアが笑う。
「ハルカさん、前に私に言ってくれたじゃないですか」
 ソアも言った。
「ごめんなさいは、いらないですよ」
 顔を上げたハルカは、はい、と笑う。
「そうじゃ。『禁猟区』の効果が切れちょったのう」
 翔一朗は、ハルカに、お守りと、刀真から渡されたロイヤルガードエンブレムを出すように、と言う。
「そういえば、名刺は?
 今、どこを指しとるんじゃ?」
 ハルカは、ロイヤルガードエンブレムと共に、オリヴィエ博士に渡されていた紙片を取り出した。
 現れた矢印は、変わらずに下を向いていた。
 いや、微かに斜めに傾いているか。
「そういえば、ハルカさん……」
 ソアが訊ねた。
 先刻落ちた時、ハルカは気になることを言っていた。
 ここが、きれいなところ、だと。
 ソアやベア、翔一朗の目には、ここは鬱蒼と重く、薄暗く、荒涼と焼けた世界にしか見えない。
「どの辺が、綺麗だと思ったんです?」
「キラキラしてるのです」
 ハルカが言った時、ふわ、と亀裂の下の方から仄かな光が浮かび上がってきた。
 綿のような青白い光が、少しずつ、足元に広がって行く。
「あと、ふわふわしてるのです。あったかいのです」
「――ああ。うん。何か解ってきたぜ」
 ベアは呆然と呟く。
 ハルカが見えていたものが、彼等にも見え始めていた。
 重苦しい空気は、いつのまにか清涼なものに変わっていた。
 荒涼としていた崖は、澄んだ水晶のようになっている。
 優しい暖かさを感じた。
「でも……何故?」
 何故、このような変化が生じたのか。
 ソアは不思議そうに、周囲の風景とハルカを見比べた。



 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は、パートナーのヴァルキリー、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)と共にジェットドラゴンの二人乗りでハルカ達を探した。
 剣の花嫁、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)は小型飛空艇に乗っている。
 亀裂は広範囲に渡り、幾つもあったので、ひとつひとつ当たっていては、到底1時間のリミットには間に合わない。
 落下位置からある程度までは予測でき、手分けして探すとしても、最後に頼るのは勘だった。

 ナラカの生き物の襲撃を躱しながら、あそこから行こう、とコハクが示したその最初の亀裂の中で、彼等はハルカ達を発見した。
「おーい!」
「みうさーん!」
 3人に気付いたベアやハルカ達が手を振る。
「ありがとよ! 思ってたより早かったな!」
「ありがとうございます」
 喜ぶベアに続き、ソアも嬉しそうに礼を言い、彼等は無事な再会を喜び合う。
「よかった、皆無事だね!」
 美羽もほっとした。
「おう。敵襲も覚悟しとったんじゃが、暇なモンじゃったわ。
 変なモンも出て来んかったしのう」
「他の皆も、すぐ後から来るよ」

 ふと、コハクが周囲を見渡した。
「……ここ、“違う”ね?」
「そうなんです」
 ソアが先刻のことを説明する。
「何となく、安全な場所だな、って感じた。
 ナラカに来て初めて、すごく、ほっとした感じがする」
「結界みたいなモンじゃろか?」
 翔一朗が首を傾げ、ハルカを見る。
「ハルカ、何かやったんか?」
「え、……解らないのです」
 ハルカにも、心当たりは無い様子だった。



 樹月刀真の後悔は、計り知れなかった。
 ハルカがナラカへ落ちた。
 最悪の事態というものがあり、最悪の事態に成り得る危険を抱えていた。
 危険だと解っていたのに、帰すべきだと解っていたのに!
「刀真……」
 パートナーの剣の花嫁、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が、刀真の殺伐とした雰囲気を心配する。
 確かに心配だが、ハルカには、ソア達も一緒なのだ。
 最悪の事態にはなっていないはず、と慰めたい。
 けれどきっと、ハルカの無事な姿を見ることが、一番彼の心を救うことになると思い、ただ黙って、ハルカの捜索隊に加わる彼に従った。

 ビーシュラに乗る鬼院 尋人(きいん・ひろと)が、救助人回収の為にと持ち込んだコンテナに、黒崎天音と共に乗り込む。
 かつて、刀真はハルカを救う為に、彼の祖父を殺した。
 御神楽環菜 を、目の前で殺された。
 護れず、仇も討てず、いつも、大切なものがこの手の隙間から滑り落ちてしまう。
 全てとは言わない。
 せめて大切な人だけでも護りたいのに、それすら。

 ぎしぎしと心が軋んだ。
 今、自分とハルカの邪魔をするものを全て、切り殺してしまいたくなる。
 ――そして、本当は、この弱い自分自身の精神を跳ね除けたいと、最も強く思っているのだ。


 コンテナを抱えたビーシュラの操縦席で、尋人は、龍を駆るテオフィロスをモニター越しに見る。
「龍騎士……」
 乗る艦が違っていたので、これまで会う機会はなかった。
 だが、尋人は龍騎士に対して、特別な思い入れがある。
「……強く、ならなきゃな……」
 自分に、言い聞かせるように呟いた。
 皆を護り、助けられるほど強い自分になりたい。
 それが自分の目指す、騎士の強さだから。
 口にした自覚もあったか解らないが、尋人のその呟きを、副操縦席にいたパートナーの獣人、呀 雷號(が・らいごう)は耳に拾った。
 それに答えるようなことはしないが、龍騎士への強い憧れは、尋人の中で、未だ消えることはないのだろう、と思う。
 尋人にとって、龍騎士は強さの象徴なのだ。
 その強さを尋人が得る為の助けになってやりたい、と、雷號は思っていた。



 ちら、とテオフィロスが背後を見遣った。
 周辺を飛び交っていた屍龍が、こちらを見付けて追って来る。
 わざわざこちらを認識した上で追って来るのは、獣のように知性を持たない相手ではない。
 案の定、背に奈落人を乗せていた。
 こちらの組織だった動きに、疑念を抱いたのだろうか。
 目的があるので振り切ろうかとも思ったが、奈落人は群れだち、次々集まっている。
 矢とは思えない威力の光の弾が、次々と放たれた。
 矢、というよりは、むしろ砲弾だ。
 弓から放たれた後、形状を変えている。
「思念の刃か」
 流石、この世界で生きる者は、この世界の特性を上手く使っている。
 長い時間をかけて、そういう訓練をしているのだろう、自在に操り、使いこなしている。
 全弾躱して旋回し、迎え撃って戦って、奈落人にも色々いるものだ、とテオフィロスは思った。
「引き付けて戦う。下の亀裂へ」
 彼等は敵の群れを狭める為に、亀裂の中へ突入した。

 下方に向かうその前方に、ぼんやりと青白い光が見えた。
「……しまった」
 一瞬の判断で、それが何かを察して、テオフィロスは背後を見る。
 奈落人達は、亀裂の中迄追いながら、既に弓をつがえている。
 テオフィロスは、あえて龍を失速させた。
「ドレイクラング、避けるな!」

 尋人のビーシュラとライオルド・ディオンのプラヴァーは、素早く光の元へ下り立つ。
 崖の途中の、棚のようになっているそこに、予想通り、ハルカ達がいた。
「すまない、敵を連れて来てしまった!」
 コンテナから刀真が走り出て、素早く身構える。
 横目で、ハルカの無事を確認し、心の中で安堵した。

 テオフィロスの龍は、盾となって奈落人の放った多くの矢を受けたが、受け切れなかった砲弾のような矢が、不自然にカーブし、オートロックされているかのように軌道を正しながら、ハルカ達に向かう。
 だが、それらは、淡い光の範囲に入った途端、ふわっと消滅してしまった。
「何!?」
 驚いたのは、奈落人達も同様だ。
 奈落人達は、続けて襲撃を仕掛けようとして、だが突然、屍龍の手綱を引く。
 ハルカ達の居る崖の棚から、逃げるように逸れると、波が引くように撤退して行ってしまった。
「…………何だ?」
 ぽかん、と刀真達はそれを見送る。
 ベアはちらりとハルカを見た。
 ハルカも一緒にぽかんとしている。

「――ハルカ!」
 月夜に呼ばれて、ハルカははた、と顔を戻した。
「つくさん! とーまさん! くろさん!」
 ぱっと顔を輝かせ、はたはたと手を振る。
 走り寄った月夜は、ぎゅうっとハルカを抱きしめ、ほっと安堵した後で、コツン、とおでこをあわせた。
「凄く心配した……無事でよかった」
「助けにきてくれて、ありがとうなのです」
 ハルカは、きゅー、と抱擁に応え、その後ろで溜め息を吐く刀真に気付いた。
 ことんと首を傾げ、抱きしめる月夜の腕を見て考える。
「とーまさん」
 歩み寄ったハルカは、ぎゅー、と刀真に抱き付いた。
「ハルカ?」
 突然の行動に刀真は驚いたが、やがて肩の力を抜く。
 言わなくてはならない小言が色々と脳内を埋め尽くしていたのに、毒気を抜かれてしまったように、言葉は出てこなかった。


 テオフィロスの龍は、静かに項垂れるようにして、テオフィロスの体に頭を寄せている。
「君の龍は大丈夫かい?」
 黒崎天音が訊ねた。
「問題無い」
「ヒールは効くでしょうか?」
 ソアや尋人、エイミル達が走り寄り、龍に治療を施す。
「……済まない」
 テオフィロスが、意表をつかれたような表情を浮かべた時、地響きがした。
「良雄のジャンプか!」
 今度のは大きい。
 上を見ると、辛うじて見えていた空がなくなりつつある。
「亀裂が閉じてる!?」
 美羽が叫んだ。

 様子を見に飛んだコハクが、暫くして戻ってきた。
「完全に、ではないけど、殆ど無理みたいだ。
 生身なら、もしかしたら上まで行けそうな場所もあったけど、イコンやドラゴンサイズは、多分、駄目だと思う」
「――だが、下なら行けそうじゃないか?」
 雷號が崖下を見下ろした。
「底は見えないが……広がったような気がするぜ」

 特にもたつくことなく、速やかに方針は決定した。
 行方不明者は確保したが、亀裂が閉じて帰還が不可能となった為、このままナラカの底に進む旨を、テオフィロスは携帯で都築少佐に連絡する。
 都築少佐からの返答は、
「検討を祈る」
だった。