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【ニルヴァーナへの道】奈落の底の底(後編)

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第25章 ドージェ・2

「ドージェさん、あの!」
 去ろうとするドージェを、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)が呼び止めた。
「此処に、残るのですか?
 本当に、パラミタを支えるために?
 ニルヴァーナへの道が開ければ、パラミタを救う方法が見つかるかもしれません。
 それでも、アトラスに代わって、パラミタを支える役割を引き受けるのですか?」
 ドージェは、つまらなそうに詩穂を一瞥しただけで、それに答えなかった。
 それはドージェにとって、下らない質問であったらしい。
 そしてその反応は、ナラカに留まるという意志に、変わりはない、ということなのだろう。

「……でしたら。
 マレーナさんに、伝言は、無いでしょうか」
 夜露死苦荘で、一人、管理人を続けている、かつてのドージェのパートナー。
 大切な人に、伝言を届けてあげたいと、詩穂は思った。

「ニマを、頼む」
 一言、そうとだけ言って、ドージェは背を向ける。
 一瞬、詩穂は言葉の意味を捉えかねて、きょとんとした。
 ニマとは、入院中の、彼の妻の名だった。
 マレーナへの伝言に、彼は、妻を頼む、と。


「おいおい、そりゃねえだろう、ドージェとやらよ!」
 ゲブー・オブインが颯爽とドージェの前に飛び出した。
「漢はおっぱいを護る生き物なんだぜ!?
 おっぱい管理人を捨てるなんざ、てめぇは漢の風下にも置けねえよ!」
 この俺様が気合いを入れてやるぜ! とパンチを繰り出そうとしたゲブーだったが、次の瞬間、吹き飛ばされた。
 ドージェは、動いてはいない。
 ただその圧倒的な気を、解放しただけだ。
 べしゃ、と潰れたゲブーの元に、バーバーモヒカンが駆け寄る。
「う、うーん……生まれ変わったらおっぱいになりたい……」
「アニキ、しっかりして! モヒカンは不死鳥だよ!!」
 遺言を呟くケブーを、必死に励ました。



「とんだ前座よ」
 三道六黒がドージェの前に立つ。
 抜き身の剣を、彼に向けた。
「今一度、捨てた武器を借りるがいい。
 ドージェよ、その強さ、想像を絶する力というものを見せよ」
 ドージェは黙って六黒を見返したが、やおら身構える。
 シックルを手元に戻すつもりは無いようだった。
「ふ! その思い潔し! そうでなくてはな!」
 六黒は笑った。
 最強と謳われるドージェを打ち倒し、自らが最強に近付く。

 二人は暫く睨み合った。
 そして、六黒が一気に仕掛ける。
 可能な限りの加速で、ドージェの行動の機先を制しようとした。
 だが、ドージェは動かない。
 身構えたまま、ただ六黒の攻撃を待っている。
 ならば、と六黒は己の持つ最強の技、アナイアレーションを仕掛けた。
 ドージェは、真っ向からそれを迎え撃つ。
 右手を握り、その拳を前方へ突き出した。

「――ッッ!!!」
 圧倒的な力で六黒の剣を捻じ伏せ、その上でドージェの拳は、あっさりと六黒の体を弾き飛ばした。
 その剛拳の一撃で、六黒は倒れ伏す。
 その傍らに歩み寄ると、ドージェは、その体に向けて拳を振り上げた。
「……ふ。頂きには、まだ、遠い、か……」
 起き上がれない。
 六黒は霞む目を何とか開けつつ、苦笑する。
 ドージェの拳が、振り下ろされた。


「真打ちも終わったか」
 遠巻きに見ていた者達に、長曽禰少佐が言った。
 ネヴァン・ヴリャーが振り返り、無言で彼を睨みつける。

 ドージェの拳は、六黒の体ギリギリ、大地を突き、振動を轟かせて終わった。
 立ち去るドージェは今度こそ、誰の言葉にも振り返らなかった。
「あれが、地球の、神……」
 それを見送って、ネヴァンは呟く。
 六黒は、そして多くの契約者達は、あれを目指し、超えようとしているのか。

 長曽禰少佐は、倒れたままの六黒を指して指示をした。
「回収しろ。帰還する」



 朝霧が、ドージェの捨てた、マレーナの手紙を拾い上げた。
「何が書いてあるんだ……?」
 握り潰されたそれを開いてみる。
 そこには、一言だけ。

『インドを切り離してくださいませ』

「……暗号かよ?」
 どういう意味だろう。
 垂は首を傾げた。
 だが、ドージェには、マレーナの伝えたいことが解ったのだろう。
 そして、解ったからこそ、この世界に留まり続けるのだ。




 じりじりとしつつも事が終わるまで我慢した、空気の読める自分を褒めてあげたい。

 十年間、常に緊張を迫られたせいで、まるでダイヤモンドのようにカチンコチンになってしまった(思い込み)彼をほぐしてあげたいと、南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)は思った。
 勿論、カチンコチンになってしまった彼、とは、色々に想像してくれて構わない。

「光一郎よ。
 何故それがしに、ダイヤモンドの騎士の左側に立てと申すのだ?」
 自称キュートで可憐な青い薔薇、他称ゆる族の錦鯉、ドラゴニュートのオットー・ハーマン(おっとー・はーまん)が不思議そうに訊ねた。
「ティル・ナ・ノーグの伝説では、亡くなった人を地面に埋めると、鼻妖精(誤)として甦る、らしいぜ。
 ふっ、これもエロいヤルガード情報な」

 ブライド・オブ・シックルを手に入れ、パラミタへ帰還する為に、ダイヤモンドの騎士や良雄達が御座船に戻る。
 それを待ち構えて、光一郎はダイヤモンドの騎士に言った。
『……?』
「だから、違うよな。
 あんた生きてるよな?
 恐竜騎士団に襲われて、死んでないよな?」
『…………』
 くるり、と光一郎はダイヤモンドの騎士の背後に回る。
「ファスナーはどこかなあ?
 いや、ヒミツの社会の窓のことですよ〜」
 社会の窓が、背中にあるわけはないのだが、敢えてそんな道化を演じる。
『……やめて頂きたい。
“盾”を、“矛”に変えるつもりか?』
「……怒ったか?」
 ちら、と窺うが、彼は、今まさに正体を暴かれていることに対して怒っているわけではないようだった。
 ただ、ゆる族として、それについて触れることは禁忌、譲れない事実であるだけだ。
 ならば、と、光一郎はその事実を口にすることにする。

「そうか!
 右側に、帝国最硬、つまり「堅」、左側にそれがし、つまり「魚」で、「鰹」という字をあらわそうとしたのだな!」
 閃いた! と叫んだ後で、オットーはしぼんだ。
「……それがしは、魚ではない……!
 ちなみにゆる族でも!
 ドラゴニュートなのだ……!!」
「遅ぇし」
 横槍を挟まれた光一郎は、そう言った後で、改めてダイヤモンドの騎士に言った。
「あんたを、たいむちゃんと再会させてやりてえな」
『…………』
 僅か、俯きかけたダイヤモンドの騎士に笑う。
「いい手土産もできたじゃん」

 なあ、かつおぶし君?

 そう、名を呼んだ。