校長室
【蒼フロ3周年記念】パートナーとの出会いと別れ
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■ 狐族惜別の儀式 ■ 人間ならば、いつかは必ず終わりの時を迎える。 それは変えられない事実。 ならば……自分はどういう最期を迎えるのだろう。 知らないほうがいいような気もする。 知っておきたいような気もする。 すべてのパートナーにさよならを告げる自分の最期を――。 ■ ■ ■ ――あたしがナラカに落ちるとき、多分水穂さんや紫蘭さんも居なくなっているだろうね。 オーバーキル故に、ファイナルオーバーキルと称して、旧来の仲間が手にする火炎放射器によって、シャンバラ大荒野の特設式場にて野焼きで火葬、なんて最期になるかもしれない。そんな風に思っていたのに――。 ジャタの森深部の狐族の集落。 獣人の村の『子供の家こかげ』で、パートナーや友だちとのお別れ会が行われた後、氷術によって冷凍保存されたネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)は、この集落の聖域まで運ばれてきていた。 整然と木々が並ぶ聖域は、狐族の墓地だ。 その木々が取り囲む池の中央の小島で、ネージュの惜別の儀式が行われていた。 ネージュが入れられた石棺は、乳白色をベースに薄紫と薄いピンクで装飾されていた。その可愛らしい色合いは、生前のネージュを想起させる。 ヴァイシャリー高級女官として勤めてきたネージュは、老衰によって死去した。 享年82歳。だがネージュの見た目は40歳程度にしか見えない。ただ僅かな皺と髪の色が淡いピンクになっていることが、ネージュの重ねてきた歳月を思わせた。 その表情は楽しい夢を見て眠っているかのように優しい。 親を亡くした子供に手を差し伸べ、困っている人を助け、抱きしめてきた彼女の一生を示すかのように。 彼女の惜別の儀式を行うのは、ネージュのパートナーだった高天原 水穂(たかまがはら・みずほ)の孫、高天原 那美だ。 もう既に水穂はこの世にはいない。たくさんいたパートナーの一部は亡くなり、残ったパートナーはすべてパートナーロスの影響によって、動けない状態だ。かろうじて、子供の家こかげで行われたお別れ会で別れを告げるのが精一杯だった。 だからこの儀式に参列できたパートナーは誰もいなかった。寂しいけれど、それだけパートナーとネージュとの絆は深く結ばれていたということだろう。 「けど、うちがネージュさんを確かに水穂おばあちゃんのもとに送り届けるから、心配いらへんよ」 那美は永久の眠りについたネージュにそっと話しかけた。 現在百合園女学院の地球民族学科宗教専攻在籍中の彼女は、小柄な身体に巫女装束をつけ、この惜別の儀式の巫女としての役割を担っている。 もし自分が死んだらと、水穂に後のことを託されたからには、この役目、しっかりと全うしてみせよう。 狐族伝統の葬送の儀式に則り、那美はネージュを狐火で清めた。 火といっても狐火は霊的なものだから、ネージュを包んだ氷を溶かすことはない。 清めが終わると、ネージュの身体は棺ごと、石室へと降ろされる。 ここは代々の長老であり巫女が眠る場所だ。 隣の大木の根元には、ネージュのパートナーであり、お姉さん役だった水穂が眠っている。 「ネージュさん……水穂おばあちゃんのお隣で休んでや」 ネージュの棺の中には、数多くの花々、そして学生時代愛用していたスマートフォン等が副葬品として一緒に入れられている。好きなものに囲まれて、静かに眠れるようにと。 棺が丁重に安置されると、石室はゆっくりと閉じられた。 その上に土がかけられるのを見守りながら、那美は言霊のこもった呪を唱える。 「とじられゆく、よみぢのひらさか。 よもつのとびら。 ひとりむかうみたまを、みちびきたまへつくよむのかむい」 どうかネージュの魂が、向こう側の世界へと無事導かれていきますように。 土をかけ終わると、那美はそこに小さな神木の苗を植えながら、言霊をこめた和歌を捧げる。 『 とこしえの みたまやすらふ おくつきの あすへとつなけ ときはのわかけき 』 神木の傍らに立てた1mほどの水晶柱がネージュの墓標だ。 役目を終えた那美が動きを止めると、優しい風が吹き抜け、若木の枝を揺らした。 ありがとうか、さようならか。 いずれにしろそれは、ネージュからの言葉のように感じられた。 「……ほなな、さよならな」 那美はもう一度、神木と水晶柱に目をやった後、静かに目を閉じる。 ネージュの御魂よ、安らかに。祖母と並び眠れ――。