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リアクション
「まったく、あそこのメイド隊は何を遊んでおるのだ……」
フレイムタン内の致死の熱から皆を守りながら、アルテミスは呆れて魔力を練り続ける。
「アルテミスさん! 大丈夫ですか、お腹の方は?」
と、アルテミスのそばに五月葉 終夏(さつきば・おりが)とシシル・ファルメル(ししる・ふぁるめる)がやってくる。
アルテミスは、ニルヴァーナ捜索隊からの援助である食料品に目をやる。
「我もフレイムタンに入ってこのかた、魔力を放出しっぱなしでな。それに伴って、カロリー消費が上がっておるようなのだ。予想よりご飯の消費が早くてな」
「それはいけません! うー、僕のお弁当はさっき差し上げたばっかりなんですよう……そうだ!」
と、シシルはポケットから【ショコラティエのチョコ】を取り出し、
「とりあえず、これでしのいでください。暑いですからこのチョコ、ちょこっと! チョコがちょこっと! 溶けてますけど」
精いっぱいのダジャレでアルテミスを励ましてチョコを渡す。
それを見た終夏がシシルに耳打ちする。
「シシル、それ……君の最後のおやつなんじゃかなった?」
「師匠! それを言うのは野暮ってもんですよう!」
シシルの声は内緒話にまったく不向きで、話がダダ漏れに聞こえたアルテミスは、思わずシシルの頭をなでた。
終夏は、進行し始めたばかりの復旧作業を見ながら、
「とはいえ、物資の補給に遺跡に戻るのはひと手間だね……食材さえあれば、シシルがいくらでも作れるのに」
と言いながら、ニルヴァーナに来る途中に食料が尽き、アルテミスが見せた切なそうな顔を思い出す。
(空腹であんなに寂しそうな顔をするアルテミスさんは、見ていられないからね……発掘が進んだら、マグマイレイザーの肉を……いやいや、さすがにそれはないか。う……思い出しちゃった)
終夏は頭の中で考えを巡らせていると、マグマイレイザーの死体にかぶりついて、口元を真っ赤に染めたフレイムたんの姿がオーバーラップする。
眉間にしわを寄せながら、ふとアルテミスを見ると、
「あ、アルテミスさんー!?」
と、驚く終夏の目には、口元が汚れたアルテミスの顔が映る。
「なんだ終夏?」
「ち、ち、血が……!」
顔が真っ青になる終夏をよそに、シシルはハンカチを出し、
「もう、アルテミスさん! アルテミスさんは、チョコを食べるのが上手くないみたいですよう!」
と、アルテミスの口の周りを拭いてあげている。
終夏は、
「な、なんだー、チョコか……」
と、ほうと胸に手を当てている。
シシルは腕組みをして眉間にしわを作り、
「うーん、ゆゆしき事態ですよう! このままではアルテミスさんの加護が消えてしまうのは時間の問題ですねえ……やっぱり、遺跡に戻って補給した方がいいですよう」
「それには及びませんよ」
見ると、神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)と山南 桂(やまなみ・けい)が、【小型飛空艇【GC】】からクーラーボックスを運び出している。
翡翠はクーラーボックスをどすりと置くと額の汗を払い、
「さあ、みなさん、特にアルテミスさん。お腹が減ったら無理をせず、体力と水分の補給を行ってくださいね」
続いて桂が降ろしたテーブルにお皿や割り箸を並べる。
「身体を動かす方は、俺のはちみつレモンのスポーツドリンクをどうぞ。こまめに取ってください。暑さで食欲が湧かない方は、ゼリーとすいかを用意しました」
「すごいですねえ! アルテミスさんのご飯はこちらへお願いします」
シシルは【空飛ぶテーブルクロス】を広げて浮かせ、アルテミス専用の食卓を作る。
「ああ、良かった! 翡翠君ありがとう。アルテミスさまへの給仕は任せてくれ」
と、トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)がクーラーボックスからからあげに五目御飯、春雨サラダやらを取り出し、テーブルクロスへ給仕する。
終夏は感心しながら、
「いやあ、周到な準備だね、翡翠君。どうやって持ち込んだの?」
と問い、翡翠はコホンと咳払いを一つして、
「細けえこたあいいのです。ただし、自分の提供はこれ一回きりですので、これが尽きるようであれば作業を中断して、遺跡に戻らなければなりませんね」
にわかにアルテミス周辺では、選定神へのおもてなしが始まった。
アルテミスも幹部達のこの対応にはご満悦なようで、機嫌が良い。
「おお、久しぶりのまともな料理であるな。しかしトマス」
「何です、アルテミスさま?」
「その、今日はアレはないのか?」
「アレ、と言いますと?」
「アレだ。名前はなんだったか……」
「? 何でしたっけ?」
「中国のおいしいやつだ」
「ああ! 魯先生の満漢全席ですね。本当ならそれをお出ししたいところだったんだけど……」
と、トマスが話題を出すと、ちょうど魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)が通りかかり、
「そうですか、リクエストをいただけるとは光栄の極みですが……申し訳ありません、アルテミスさま。今日の私は、どうしても外せない任務がございましたもので!」
と、子敬は勢いよくスコップを振りおろし、セメントをかき混ぜ始めた。
「さあ、テノーリオ! 落盤の岩はできるだけ細かく砕いて、ここに放り込んでくださいね!」
子敬に呼ばれたテノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)は、【匠のシャベル】を手に振り返り、
「はいよー、魯先生! お、おいミカエラ! そんな危なっかしい掘り方すんじゃねえよ。崩れたらどうすんだ」
テノーリオは、隣で不機嫌そうに岩を突くミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)に注意する。
彼女は掘削と言うより、攻撃に近い手つきで岩を崩しまくり、
「ふん! どーせ私は、力仕事が取り柄の無骨なヴァルキリーよ。どーせ……どーせっ!」
「おい……アルテミスさまの給仕をやらしてもらえなかったからって、そんな拗ねるこたねえだろ……」
「えーえー、すみませんでしたね! どうせ料理は下手ですよ……ええ、下手っぴですとも! まさか給仕係まで外されるなんて、思いもしなかったわ!」
トマスの役割分担は、ミカエラの女性としてのアイデンティティを見事に粉砕したようだ。
テノーリオは、彼女の気のすむまでやらせてやろうと、やれやれとため息をつきつつ、ミカエラが崩した瓦礫を子敬の元へ運ぶ。
彼は【土木建築】のスキルを持つ者として、やはり子敬にも言っておかねばと思い、
「なぁ魯先生。ちょっと不純物入れすぎじゃねえか?」
というテノーリオの言葉に、子敬は前回ダイソウに線路の予想図を引いてもらったマップを見せる。
「御覧なさい、このがったがたのラインを。ただでさえ大量の資材が必要だと言うのに、閣下がお示しになった、このリニアの路線プラン。このままでは到底材料が足らないのですよ?」
「まあ、そりゃ分かってるけどよ……岩石混ぜ過ぎちゃ、セメントが緩くなっちまうぜ。事故が心配だ」
「テノーリオ、上官の命令に逆らえとでも?」
「いや、そうは言ってねえって」
「ですから、私は祖国伝統のお家芸『手抜き工事』に踏み切らざるを得ないのです」
「伝統……ね……」
「これなら、落盤の岩も除去できて、ダークサイズとしては一石二鳥なのです! 事故など、起こさなければ無問題! 起こる時は如何にしても起こってしまうのですから」
「……」
テノーリオは子敬の後ろに立つ、
『安全第一!』
と大きく書かれたのぼりを、切なそうに見上げた。
☆★☆★☆
フィーア・四条(ふぃーあ・しじょう)は、何やら厚紙を切り貼りしている大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)の手元を、持参の【高級芋けんぴ】をかじりながら覗いている。
岩石除去に従事せず、一人内職をする泰輔にフィーアが尋ねる。
「それ、何なの?」
「これか? ダークサイズのこれからの収入源や。見てみい」
泰輔ができあがった紙束を見せ、フィーアはそれに印刷された文字を読み上げる。
「『DSリニア回数券』……?」
泰輔は回数券をぴらぴらさせながら、
「ま、路線の名前が決まってへんから、DSリニアちゅーのは仮やけどな。これがニルヴァーナの交通手段になるのは間違いないやろ。僕らがこれを開通させるんやから、一般客にはダークサイズにそれなりの運賃を払うてもらわんとなー」
「電子マネーじゃないんだね」
「まだ改札導入する余裕もあらへんし、回数券ならお得感もあるから、みんな使うやろ。それに、ダークサイズ幹部には回数券をいくつか分配したる。優待券ちゅーわけや」
「ほほーう」
と、フィーアは早速回数券を一束、ポケットにしまう。
「ちょ、何勝手に取ってんねん」
「いーじゃーん。どうせ僕たちに配ってくれるんでしょ?」
「ええけど……とにかく道が開かれへんと、それ使えんのやで。君、芋けんぴ食べて寝っころがっとったら、開通は進まへんで?」
働く意欲を全く感じさせないフィーアのリラックス具合を泰輔は諭すものの、フィーアはニヤリと口を歪ませ、
「ちゃーんと働いてるよ。うちのベイリンが」
フィーアが指さすと、吹き出す汗はむしろ心地よく、嬉々として【ネコ車】を押すベイリン・サヴェージ(べいりん・さべーじ)の姿がある。
「それそれ、ダイダル殿。がんがん掘ってくれねーと、俺が運ぶ岩がなくなっちまうぜ! 俺を手持ちぶさたにするつもりかー? そんなスピードじゃ、俺の【スコップ】が待ち切れずに働き始めちゃうぜー?」
「わかっとるわい。こっちも全力じゃ」
そもそも力仕事が性に合う上に、せっかちな性格のベイリンは、とにかく運搬が速い。
その速さは、ぱんだ部隊が受け取った岩石を横取りして【ネコ車】に乗せてしまうほど。
ベイリンは、同時に掘削作業を進める他の者も急きたてる。
「ほらほら、ちゃっちゃかやろーぜ! おいおーい、岩なんか凍らせて何やってんだよ? 遊んでんじゃねーぜー」
ベイリンの暑苦しい催促にフランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)は、
「いや、遊んでるんじゃなくてですね、熱衝撃ですよ、これは」
「えー、何だって?」
「そなたも知ってはおろう、急冷却と急加熱を繰り返すと、ものの強度が弱まる現象だ。手間がかかるように見えるかも知れぬが、このように膨大な岩を崩さねばならぬのなら、こちらの方が都合がよいのだ」
と、フランツと一緒に【アルティマ・トゥーレ】を放つ讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)が解説する。
ベイリンは一理あると思い、
「へーっ。よし、凍ったみたいだな。一気にぶっ崩してやるぜ!」
と、【スコップ】を持って【金剛力】の力を纏う。
そんな彼をフランツが止め、
「待って待って、気が早いなぁ君は。まだ冷やしただけで加熱してないんですよ」
「え、そうなのかよ」
「危ないですよ、お下がりください」
と、今度はレイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)が【火術】を練り、凍った岩壁を急加熱させる。
「よっし、今度こそ行くぜー!」
「待つのだ。気が早いなそなたは。冷却と過熱を繰り返す、と申したであろう。今度はまた【アルティマ・トゥーレ】だ」
「ま、まだなのかよ……」
と、前に出ようとするベイリンを顕仁が下げ、フランツと冷却を開始。
岩壁を再度凍らせた所で、顕仁がまたレイチェルに声をかける。
「レイチェル」
「ええ、お任せください」
と、レイチェルが再び【火術】を放った瞬間、
「よーっし、これで一気に粉砕だぜー!」
「え、ちょ、危な……!」
「【金剛力】アーンド【スコぎゃーーーっ!!」
『気が早いなーっ!!』
その性格が災いして、飛びだしたベイリンはレイチェルの炎を背中からまともに食らってしまった。
「なんか、えらいことになんてんなー……」
ベイリンの火傷や、司の爆弾事故などを目の当たりにしながら、鹿島 ヒロユキ(かじま・ひろゆき)は巻き込まれないように少し離れた場所で【エペ】を振るう。
彼の隣では、ウィンディ・ベルリッツ(うぃんでぃ・べるりっつ)が【ランス】でもって、岩壁を打ち抜かんばかりに、やはり攻撃的な採掘作業を行っている。
そこに、長原 淳二(ながはら・じゅんじ)が歩み寄り、声をかける。
「あれ、見ない顔だね」
ヒロユキは手を止めて振り返る。
「ああ、ちょっと穴掘りが楽しそうだと思ってさ」
「そうか。ダークサイズに入りに来たんだろう?」
「ああ、まあそんなところだよ」
と、ヒロユキは指で頬を掻くのを、ウィンディも得物を下ろし、
「今のうちにダークサイズに入っておけば、何かメリットがあるだろうってヒロユキさんが」
「おいウィンディ、余計なこと言わなくていいだろ」
ウィンディがヒロユキの心情をバラすのを、淳二はふむふむと頷いて、
「みんな、思惑はそれぞれあるからね。でもダークサイズに入るなら、大切なのはこれだよ」
と、淳二は【腐敗の呪杖】を使って、地面に
『ダークサイズらしさ』
と書いてみせる。
淳二は顔をあげ、
「さあ、どうして俺が、こんなことをわざわざ地面に書いたか、分かるかい?」
「……いや、分からないな」
「だろう? 俺も分からない」
「じゃ何で聞いたんだよ!」
ヒロユキが思わずツッコむのを、淳二はその端正な口元を歪ませ、
「それだよ! それがダークサイズ。思いついたらやってみる、思い浮かんだら言ってみる。つまりフロンティア精神だ。落盤事故の復旧なのに、おまえが全然関係ない所を掘っているのも、ダークサイズ的には理にかなっていると言える!」
と、ビシリとヒロユキたちが掘っていた岩壁を指さす。
ヒロユキとウィンディが周りを見渡すと、確かに彼らが掘っていた方向は、ダイダル卿たちが採掘する方向とまるで違っている。
「まじだ……どうりで岩盤が無駄に堅いと思ったよ……」
「ボク達、意味のない作業をしてたんですね……」
「そうとも言い切れない。向こうを見てみるんだ」
淳二がさらに指をさすと、その方向にはラルム・リースフラワー(らるむ・りーすふらわー)を頭にのっけたハッチャンの姿がある。
「はちゃん、おみず、いる?」
ハッチャンを冷やしてあげようと、水を頭からかけてあげようかと尋ねるラルム。
「ひー、こりゃ暑いや。頼むよ」
「ぁい〜」
ラルムはコップをひっくり返して、ハッチャンの頭を水でさましてやる。
「さ、ハッチャン♪ いつもの連携技コーナーいこっかぁ〜」
師王 アスカ(しおう・あすか)が今日も機嫌よさげに、ハッチャンの前に立つ。
「あの、アスカさ。連携技やるたびに、いっつも大変な目に合ってる気がするんだけど……」
ハッチャンが、つい警戒気味につぶやく。
最初はイレイザー目がけて人間爆弾やらされ、次の連携技はフレイムタンの壁を穿ったおかげで、この落盤事故の遠因を作った。
今日まで連携技をやらかしたら、一体どんな目に合うことやらと、ハッチャンは不安でたまらない。
アスカは腰に手を当て、
「もぉ〜、失敬ね〜。連携技のおかげでイレイザー倒せたようなもんじゃない〜。事故が起こるのはあくまで戦いの余波よ、よ・は♪」
と、アスカが片目をつぶって人差し指を振る隣で、蒼灯 鴉(そうひ・からす)が汗で湿った前髪を掻き上げる。
「ったくこの不憫野郎。そんな心配ばっかしてやがるから、ロクな目に合わねえんだぜ」
「ちょ、鴉。何そのロジック……」
「だが! 今日こそ安心しな。この作戦はどうやったって血を流すことにはならねえからな。おまえはラルムを乗っけてればいいんだ」
鴉はそう言い、さらにオルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)が早速【超人的精神】で魔力を高めながら、
「そうよ、ハッチャン♪ 岩壁を掘るのはベルとアスカと鴉でやるわ。だからあなたは、ラルムのテンションを上げることに専念して」
「て、テンションって……?」
オルベールの言葉にハッチャンがきょとんとすると、アスカが拳を自分の前で握る。
「『ハッチャンWセンス』! あ、この『W』は『ダブル』よ? 決して『(笑)』なんかじゃないからね〜。ラルムの【トレジャーセンス】で、マグマイレイザーの死体がある位置を的確に感知するの。あとは私たちで掘るべし、掘るべし、掘るべし!」
「ふうん……あれ、何かまともなプランだね」
「おい不憫野郎、失敬なこと言ってんじゃねえぜ。俺達の作戦はいつだってまともだ」
「……で、ここまで聞くと、僕いらないみたいだけど」
そんな反応のハッチャンの胸に、アスカはバシンと手を置き、
「まさかぁ! ハッチャンの任務が一番重要なのよぉ? ラルムのテンションを上げると言う……ね!」
「どういうこと?」
今度はオルベールが、何故かハッチャンにおぶさりながら、
「ラルムの【トレジャーセンス】を研ぎ澄ませるためには、この子のテンションが上がるのが必須なのよ。だからハッチャン、面白い話でラルムを喜ばせて♪」
「……はぁ!?」
どうやら、愉快なトークを聞いて喜ぶと、集中力が上がって第六感の精度が上がる、というのがラルムの仕様らしい。
ハッチャンの背中に悪寒が走る。
「いやちょっと! それますます僕じゃなくていいじゃん!」
「何言ってるの、ハッチャン〜。昔空京放送局で、クマチャンとラジオ番組やってたでしょぉ? すべらない話をちょちょいと軽く、ビフォア・ブレックファストな感じでやってくれればいいのよぉ」
「面白トークってのは、そんな簡単なもんじゃないって〜!」
ハッチャンが顔をあげて、手で覆う。
ラルムは期待で瞳を輝かせながら、ハッチャンを見下ろしている。
鴉はハッチャンの肩に手を置き、真剣な眼差しを送る。
「いいか不憫野郎、大事なことを伝えておく。ガキだからって、甘くみるんじゃねえぜ。ラルムには、いっちょまえに笑いのツボってやつがある。本気でいかなきゃ……」
「い、いかなきゃ……?」
「最悪こいつは……寝る!」
「うええええ! きっついなぁー!」
「さあハッチャン! 私たちは、体制を整えておくわぁ。あとはお願いね!」
「ちょ、アスカー!」
アスカ達三人は、いつラルムの第六感が反応してもいいように、岩壁の前に立つ。
オルベールは【パイロキネシス】を備え、鴉は【鬼神力】で肉体が二倍に肥大し、四本の角が生える。
無理なら無理と言えばいいのだが、結局ハッチャンもトークネタはないかと、頭の中の引き出しを探る。
「……よく行くコンビニの店長さんがね、しゃべり方が変わっててさ、妙に口すぼめてしゃべるんだよ。で、語尾も上げるから、『お預かりします』が『うぉあずかりしもぉ〜↑す』つって。この人面白いなーって思って頭の中でついついマネしちゃうんだよね、好意的な意味で。で、いつものように頭ん中でモノマネしながら接客受けてたら、『三百円↑うぉあずかりしもぉ〜↑す。ふぅ↑くろは、ぐぉりようですぅかぁ〜↑?』って完全に不意打ちで言われて、僕も思わず『うぉねがいしもぉ〜↑す』って言っちゃって、やっべー! やっちまったー! ってビビっちゃって恥ずかしくて、店長の顔も見ずにそそくさと商品持って出ようとしたんだけど、ふと思って棚の陰から様子うかがってたら、僕の後の客もやられてて、店長『かかったな!』って顔でニヤッてしてた。プロだね、あれは」
ハッチャンがどうにか日常エピソードをしゃべりおわって、ラルムの顔を見る。
「……くー……」
「寝るの早くねー!?」
「ダメだ、不憫野郎! 話が長すぎる! もっとシンプルなやつを!」
「えーっとね、だ、ダイダル卿って、時々独りで囲碁打ってる」
「うぉい! 人のプライベートをばらすでないわい!」
「くー……」
「ダメだ、起きない!」
弱ったハッチャンは、早くも最後の手段に出た。
「そーれラルム、こーちょこちょこちょこちょ」
「ぅやあ〜は〜ぃやー!」
寝込みを強引に起こされたラルムは、あっという間に不機嫌な寝起きのまま、
「ぅあーーーーびぃぃぃぃぃぃ」
と、声をあげて泣き出してしまった。
「ら、ら、ラルムうううう」
「不憫野郎! てめ、泣かしてどーすんだよ! あーめんどくせえな!」
【トレジャーセンス】どころでなくなり、四人で必死にラルムをあやし始めた。
「……という具合に、おまえたちは偶然、ああいうのに巻き込まれないようになっていたわけだね」
アスカたちのオチを見て、淳二はヒロユキたちに顔を戻す。
ウィンディは、そんなダークサイズの様子に少し呆れながら、
「みんなアイデア持って来てるいますけど……結果的に効率悪くなってる気がしますね……」
などと言っている所に、ホミカ・ペルセナキア(ほみか・ぺるせなきあ)がとことこ歩いてきた。
「あれー、ヒロユキにウィンディ。穴掘りぜーんぜん進んでないじゃん」
「ん、ホミカ。おまえどこ行ってた……って、何食ってんだよ!?」
作業はヒロユキたちに任せ、めぼしい物はないかとその辺を探索(散歩)しに出たホミカ。
帰って来た彼女は、からあげをほおばっている。
「んー、おすそ分けもらった」
「ったく、何にも働いてないくせに……」
と、ヒロユキが文句を言うことは見越していたホミカ。
彼女はふふふと笑って、
「ほらほら、ちゃーんとヒロユキ達の分もあるから」
と、紙のお椀に入った紫色した謎の液体を差し出す。
ウィンディは目を点にして、
「ほ、ホミカさん? これは一体……?」
「おじやだよ。暑いからおにぎりじゃ、喉通らないよね。私がちょちょいと食べやすくしてきてあげたよっ」
一瞬にして、二人の顔が青ざめる。
「さー、体力補給して、ちゃっちゃか働こー♪」
(また新しい兵器開発しやがって……)
ヒロユキとウィンディは目を合わせ、
「ホミカさん、お、お気持ちは戴いておきますね……」
ウィンディがフォローを入れる。
ホミカは少し寂しそうに目を潤ませ、
「えー、せっかく作ったのに……」
「ほ、ほら。ボクたちの仕事、あまり進んでないから、まだ疲れてないんですよ……」
「そっかー。差し入れ早かったかなー。じゃあ、はい」
と、ホミカは淳二に殺人おじやを差し出した。
淳二がヒロユキを見ると、彼の眼は全身全霊を込めて、
(受け取るな、絶対に!)
と訴えている。
淳二は急いで頭と目線を巡らせ、
「は、白那ー! さっき頼んでおいたアレ(何も頼んでないけど)、準備できたかー?」
と、南 白那(みなみ・はくな)を見つけて走り去った。
ホミカは淳二を見送りながら、
「食べないのー? ちぇっ」
と、口をとがらせながら、アルテミスの加護の向こうに流れる溶岩に、おじやを投げ飛ばした。
(自分じゃ食わねえのかよ……)
ヒロユキは溶岩に消えてゆくおじやを見送りつつ、ダイダル卿たちの方へ作業の合流に向かって行った。
一方で、復旧作業を手伝おうとくるくる走りまわり、こまごまと働いている白那。
砕かれた岩を持ち運び、汗をぬぐう。
「大丈夫ですか? 重いでしょうから無理しないで」
【光条兵器】・深き森の杭を振りかざし、六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)が気を使って白那に声をかけた。
白那はニコリと笑い、
「うん! 私は大丈夫だよ」
「しっかし、アルテミスさんの加護があっても、汗は止まりませんね」
優希もパイルバンカー式の光条兵器の切っ先を地面にさし、メガネを外して袖で顔の汗をぬぐう。
二人の目の前を、汗だくのダイダル卿が通る。
「こりゃたまらんのう。おいアルテミス、もっと空気を冷やしてくれんかの」
「たわけ、我はエアコンではないのだ」
さすがのダイダル卿も、貴族服の上にぱんだを纏っていてはかなわないので、休憩がてらシシル達の食卓にぱんだ部隊を下ろす。
優希が、あれでは暑いに決まってると思い、
「ダイダルさん、ずっとそんな服で動いてたんですか?」
「おう、わしの一張羅じゃからの」
「一張羅ってもっと大事に着るものじゃ……それはいいですけど、その服って通気が悪いですよね。だって装飾もずいぶん凝ってますもの。脱がないんですか?」
「そうなんじゃ。それにさっき気づいてのう。どうも不必要に暑苦しいのは、ぱんだじゃのうて服のせいだったらしい」
細かい事は気にしないダイダル卿。
そんな彼も、ついに貴族服を脱ぎ捨てた。
「だ、ダイダルさん! こんな所で脱がないでください」
巨漢の老人の筋肉は、汗のためもあってか思いのほかみずみずしく光り、優希は目以外の顔を手で覆う。
優希は【小型飛空艇ヘリファルテ】の方を指さしながら、
「は、白那さん。私の飛空艇に替えの服がありますから、持って来てください」
「はーい」
白那は優希の飛空艇に走り、服をつめた段ボール箱を抱えて来た。
「これかなー?」
「ありがとうございます。えっと、ダイダルさんのは……これが一番大きいサイズです。着れますか?」
優希は白いTシャツをダイダル卿に渡し、
「おー、こりゃ涼しそうじゃ」
ダイダル卿は早速袖を通すが、サイズはギリギリでぴっちりしている。
「のう優希、この『超戦略』というのは、何じゃ?」
ダイダル卿は、胸にプリントされた戦車のイラストと文字をさす。
「なんでしたっけ……確か昔買ったゲームの予約特典だった気が」
「ダイダル卿、変なのー」
白那も思わず笑っている。
アルテミスが愉快そうに歩いてくる。
「ふふっ、ダイダリオンよ。ずいぶん愉快な服をもらったものだな」
「何じゃ、わざわざ茶化しに来るな」
「アルテミスさんもどうです? こういうのは?」
と、ダイダル卿を笑うアルテミスに優希が差し出したTシャツには、大きく『地底人』と書かれている。
(だ、ださい……)
アルテミスのこめかみから、暑さとは違う汗が流れる。
彼女の表情を見とったダイダル卿はニヤリと笑い、
「のうアルテミス、神が揃ってこういう『ふぁっしょん』をするのも、一興じゃろう」
「な、何を言う。我はまだ着替えに困るほど汗をかいておらぬ」
逃げたがっているアルテミスから地底人Tシャツを取った白那は、ちょうどホミカのおじやから避難してきた淳二にそれを着せて見る。
「あはは、淳二君、ちょっと似てるね」
「似てるって、何に……?」
「……さあ?」
こんな調子で脱線を繰り返しながら、効率が良いやら悪いやら、とにかく落盤事故の復旧作業は進んでいく。
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