リアクション
【12】 ライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)はひとり雪原を進んでいた。 彼女は垂に頼まれた仕事のため、ここにいる。メルヴィアが遭遇した光の塊を見つけ保護するために。 山葉を想う気持ち、何より山葉の事を『涼司さん』と言っていた事実……。 「きっとあれは花音さんだよ……」 ライゼにも、垂にも、そうとしか思えなかった。 けれどどこにいるのだろう。雪原は果てしなく、目指すべき場所もなかった。 「花音さん、どこに居るの? 山葉さんを止めるんだったら花音さんも居た方が絶対良いのに……もし、まだ姿を形成する事が出来ないんだったら僕の体に入ってきてよ。僕の体を使ってよ?」 声は空に吸い込まれ、返事は帰らない。 ため息を吐き、かじかんだ手を擦りながら、またライゼは歩を進める。 どこからか激しく唸るエンジン音が聞こえてきた。 始めは遠く……そしてだんだんとこちらに近付いてくる。 「ヒャッハァ〜! 山葉だろうが光条世界だろうが俺のものに手を出して持ってこうってのは許せねえなぁ。代わりに俺の愛をくれやるぜ」 補陀落科数刃衣躯馬猪駆に乗った世紀末的無法者南 鮪(みなみ・まぐろ)がこっちに来る。 後ろに舎弟のフューチャーモヒカンゴブリンも引き連れて。 右手に持った火炎放射器から炎を吹き上げ、左手に持ったパンツを振り回すその姿。まさに世紀末。 言い方を変えると、世も末! 「山葉もド素人だな! 花音の癖が全く分かってねえぜ、パートナーの資格無しだな!」 見た感じどこかの町を襲撃に行くところにしか見えないが、鮪は花音とはただならぬ仲、もうひとつの光……花音と思しき存在を探しているところのようだ。 鮪はライゼの傍で馬猪駆を止め、ズカズカ近付いて、ぐっとパンツを鼻先に突き付けてきた。 「ヒャッハァ〜! 花音みてぇな光を見かけなかったかぁ? パンツやるから白状しなぁ!」 「微塵もいらないよっ!」 ぐいっとパンツを押しのける。 「……でも、あなたも花音さんを探しに……?」 「ああん? 花音は山葉でも光条世界のモノでもねぇ! 俺のモノなのは最早この世界の常識だろぉ?」 「……そ、そうなの?」 怪訝な顔をする彼女をよそに、鮪はむむっとモヒカンを立てた。 「感じる……感じるぜぇ……俺のトレジャーセンスにびんびん来てるぜぇ!!」 馬猪駆に飛び乗る鮪を追いかけ、ライゼも慌てて馬猪駆の後ろに飛び乗った。 「待って、僕も行くよ!」 「ヒャッハァ! 死にたくなかったら、振り落とされないようしっかりと俺に捕まっとくんだぜ!」 「それにしても、ホントあのでかい柱以外はろくな物がないわよねぇ……」 教導団のニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)少尉は口元に手を当てため息を吐いた。 雪に覆われた平原にはちらほら遺跡も点在しているようだが、こう広いとそう見つからない。 足元の雪を掻き分け、露になった凍った地面に穴を開け、取り出した土を機晶ゴーグルで解析する。 「年代の特定不能……あらあら、この装置じゃ分析出来ないってわけぇ?」 得られたデータは情報科の叶少佐に転送する。 そこから更に裏椿少尉の元に送られ、詳細な解析を行う手筈になっている。 「天使ちゃん、他に何か見つかった?」 タマーラ・グレコフ(たまーら・ぐれこふ)に声をかけると、彼女は何かの金属片を持ってきた。 「……これ」 「遺跡の一部かしらね。これも少佐の元にデータを送っておきましょうか」 「……あとあそこ」 「……ん?」 無口なタマーラの指差す方向に、人影があった。 花音を見つけ出すため雪原に向かったシャウラと相棒のナオキ・シュケディ(なおき・しゅけでぃ)だ。 「……少佐にお願いして花音ちゃんの捜索に来たものの。一体どこにいるのかねぇ?」 「こうだだっ広いんじゃな、何か手がかりでもあれば違うんだが」 ナオキは肩をすくめた。 「何もないし寂しいところだよな。花音ちゃんがいるとしたら、きっと随分心細いだろうな……」 「既に俺たちが心細いからな……。こんなところで、危険に見舞われたら援軍も見込めないぞ」 「なに、大丈夫だ」 「ん? その根拠のない自信はどこから来るんだ、シャウラ?」 「だって俺、この任務が終わったら、なななと結婚するんだから!」 目を輝かせて言う彼は、この間のハロウィンで、恋人にプロポーズをしたところだった。 「本当はクリスマスにプロポーズしたかったんだけど、期待されちゃって、おねだりに弱いのよ」 「ああ、そう……ってそれ死亡フラグだろ!」 「いや、死亡フラグなんか愛で飛び越えるし」 「即答かよ。ゆるぎないな、お前」 「まぁな。けど、幸せだからかな……ちょっと考えちまったんだよなぁ、花音ちゃんの気持ち」 「どういうことだよ?」 「だって、大好きな人を助けたいと思ってあの子は出てきたんだぜ。泣かせる話じゃねぇか。そういう願いは叶えてやりてぇのよ。俺ちゃん、女の子の願いは大切にするのよ」 双眼鏡で辺りを見回しながら、2人は花音に声をかける。 「花音ちゃーん。俺ちゃん紳士だから安心してでてきておくれよー」 「苦戦してるみたいね」 彼らの背中にニキータが声をかけると、2人はビックリした様子で慌てて居住まいを正した。 「え、エリザロフ少尉?」 「そういう堅っ苦しいのはいいわ。こんな雪原じゃ軍規もそう目くじら立てないわよ」 「……つか少尉、なんでこんなところにいるんすか?」 「シャウラちゃんがお出かけしたって聞いたから、2人っきりになれるチャンスかと思って♪」 うっとりと見つめる。 「あ、すんません。俺ちゃん、もう心に決めた人がいるんで」 「……やめてよ。冗談よ。悲しくなるじゃない」 無駄に傷付いた……。 「例の光を探しにきたんでしょ? あたし達も手伝うわ。人手はたくさんあるにこしたことはないから」 と、タマーラはニキータの服の裾を引っぱった。 「……また人がいる」 「花音さーん。近くにいるんでしょー。お願い、姿を見せてー」 「ヒャッハァ〜! お前という愛を取り戻しにきたぜ! 愛で空が落ちてくるんだぜぇ!!」 鮪とライゼがきょろきょろと辺りを見回して、花音を探しているようだ。 タマーラも同じ剣の花嫁の気配を感じとった。 「……いる。かすかな気配だけど……」 そう言って、彼女は星空のランタンをかざした。 ランタンから広がった墨のような暗闇がみるみる辺りを包み込んでいく。 すると雪原に、今にも消え入りそうな、ホタルのように淡い光が弱々しく漂っているのが見えた。 『……だ、誰? 誰か近くにいる……の……?』 「か……花音さん!」 光から漏れるその声は間違いない、花音の声だ。 皆、光の元に駆け寄った。 『涼司さんと一緒にいた人たちですね……? どうしてここに? え? ま、鮪さんも!?』 「ヒャッハァ! 攫いに来たぜ、光条世界からな!」 ゴオオオオオッと火炎放射器で、鮪は喜びをアピールした。 「やっぱり花音ちゃんだったんだな……。無事とは言えねぇけど、なんつーか、会えて嬉しいよ」 少し涙ぐんで言うシャウラの肩を叩き、ナオキは続ける。 「色々とお話を聞かせてほしいところですが、ここで立ち話もなんです。一緒に行きましょう。山葉さんのことでもご相談したいことがあります」 『……ごめんなさい。それは出来ないんです……』 「どうして? 山葉さんと会う事で、彼の気持ちに負い目を与えると思っているのなら、間違いだよ!」 そう言うライゼに、花音は悲しそうに答えた。 『そうじゃないんです……』 「え?」 『私は今、光条世界に監視されているんです。目立つことをすれば、さっきのように……』 「掻き消されてしまう、ってわけね?」 ニキータは言った。 『はい。だから皆さんに涼司さんのことをお願いするしか……ごめんなさい……』 「……だったら、私の身体、少しの間なら貸せるかも……」 自らの胸を指して、タマーラは言った。 「……私の身体に入っていれば、光条世界にも気付かれにくいと思う……一緒に行けると思う」 「僕の身体も使っていいよ! 山葉さんには、花音さんの言葉が必要だから……だから一緒に来て!」 「な、なんなら俺ちゃんの身体でもいいぜ!」 ライゼとシャウラもそう言った。 『ありがとうございます。でも、人の身体に入るには相性が必要なんです。残念ながら皆さんとは……』 「そんな……」 『……あ、いえ。待ってください。私と同じ波長を感じます』 その言葉に、ふふんとニキータは前に出た。 「あら早く言ってくれればいいのに。わかったわ。どうぞ使って。あ・た・し・の・カ・ラ・ダ♪」 「……それはないわ」 上官だけど、真顔でシャウラはつっこんだ。 『違います。この波長は……鮪さん、あなたの持っているその……』 「ヒャッハァ! 目の付けどころが違うな! このパンティーか!」 思わず全員が声を揃ってつっこんだ。 「ええええ! んなバカな!?」 しかし、現に合うのだから仕方がない。花音の光はパンツの中にすぅと消えていった。 世も末である。 |
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