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はっぴーめりーくりすます。

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はっぴーめりーくりすます。
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リアクション



26.クロエのでーと。


 日も暮れて。
 クリスマス仕様の人形目当てに来る客が居なくなり、クリスマスパーティを楽しんでいた面々も、ひとり、またひとりと帰り始めた頃に。
「でーと、してくるわ!」
 クロエが言い放った。
「……は?」
 一瞬。
 リンスがその言葉の意味を把握しかねたその隙に。
 クロエは走って工房を出て行った。
 「じゃあお兄さんとデートを……」と言いかけた、クド・ストレイフの脇を、風になって通り過ぎて。
「な、え? ……えぇ!?」
 クロエの取った行動に、リンスは珍しく慌てた。
 ――だって、もう夜遅いし、ちょっ、
「クロエ!」
 追いかけたけれど、時既に遅し。
 素早さに掛けては超一流の彼女である。人形なのに。小さいのに。軽いのに。
「どうしてあの子はあんなに速いんだ……」
 ゆるくてマイペースで基本的にテンションの低いリンスは、基本、急がないし焦らない。
 つまりは走るということを滅多にしない。ので、機敏ではない。
 既に後ろ姿も見えなくなったクロエに対して。
「悪いことが起こりませんように」
 短く言って、息を吐いた。


*...***...*


 さてさてそういうわけで、クロエはヴァイシャリーの街までやってきた。
 リンスが隣に居ないというのは初めてのことだけど。
 不安は、ない。
 ――だれか、しってるひとはいないかしら?
 ――それでいて、でーとしてくれるひと!
 きょろきょろ、辺りを見回すけれど。
 さすがのクリスマスイブである。
 ひとごみ、ひとごみ。
 ――リンスがいたら、うんざりしたかおをしそうね。
 ――だから、ことわられたんだわ。
 聡くもそれを認識して。
 てこてこ、てこてこ。
 綺麗に飾り付けられた街を見ながら、歩く。


「のぉ〜!!」
 新堂 祐司(しんどう・ゆうじ)は頭を抱えて奇声を発した。
「クリスマスの! 前哨戦! クリスマスイブ!
 なのに忙しすぎるだろぉがぁ〜!!!」
 カウンターに頭をガンゴンとぶつけかねない勢いで、ヘッドバンド。
 そんな中ふと思ったのは、親友のこと。
 リンスは今、何をしているのだろうか。
 引きこもって一人寂しくクリスマスイブ、なんてことになってなければいいが。
 まぁなんだかんだでリンスには騒ぐことが好きな友人知人が多いから、きっとパーティをしているのだろうけれど。
「ああー俺様も早く行きてぇ〜……!」
 だから、余計に頭を抱えた。
 今回は布石も打ってあるのだ。
『クリスマスはさすがに美月が店を休ませてくれそうにない。
 そして、今までのことで怒られて、強制的に働かされることになった。
 しかも忙しくなりそうだ。
 お前に会いに行けなくて……スマン』
 そういった文面の手紙を、送っておいたのだ。
 実際、忙しくはあるのだけれど。
 臨時のバイトも雇っているし、頑張って商品を売りさばけば途中参加できる量だと踏んでいた。
 そう、その目標まで、あとちょっと。
「ふははは……! 来ないと思っていたやつが来た時のあいつの驚く顔が楽しみだ!」
 ――だからこのクリスマスケーキを完売させるッ!
 そうすれば、美月も工房へ行くことを許すだろう。
 意気込んで、張り切って、やる気を出して顔を上げた時。
「……ん?」
 クロエが、見えた。
 思わず立ち上がり店を出て、「おーい!」声をかける。
「あ! ゆうじおにぃちゃん!」
「どうしたんだい? こんなところで」
「リンスがでーとしてくれないから、でーとのあいてをさがしにきたのよ!」
 端的すぎるほど端的なクロエの説明に、祐司は頷く。
 ――あいつ、人混み嫌うからな……。
 それに前に連絡した時、クリスマス仕様の人形を作って売るとか言っていたし。
「仕事がある以上、デートできないこともあるさ。そこら辺、わかってやってくれ。な?」
「だいじょうぶよ! リンスがいそがしそうなのも、ひとがいっぱいいるところへいくのがにがてなことも、わたししってるもの!」
「お。えらいな」
 こんなに小さな子なら、それでも自分の欲求に従おうとするだろうに。
 聞き分けが良すぎるところに少し引っかかりを覚えつつも、祐司は閃く。
「クロエちゃん、デートしたいよな?」
「したいわ」
「リンスが相手じゃなくてもいいか?」
「へいきよ」
「じゃあ、お兄さん達とデートしようか」
 たち? とクロエが首を傾げるので、手を引いて『メルクリウス』店内へ連れて行く。
「ちょっと祐司! レジ抜けてどこへ行っ――て、クロエちゃん?」
 真っ先にクロエに気付いたサンタメイド服姿の岩沢 美咲(いわさわ・みさき)が、「どうしたの?」と微笑む。普段、祐司には見せないような優しい笑顔だ。
 事情を説明したクロエに対し、美咲は「デートか……」と思案気に天井を見上げ、
「バカ祐司もそう言ってるなら、デートしましょっか」
「! ほんとう!?」
「本当。美雪も行くでしょ?」
「ふえ?」
 唐突に美咲から話を振られ、岩沢 美雪(いわさわ・みゆき)が素っ頓狂な声を上げる。
 それまで接客に従事していた美雪は、クロエが来た事にも気付いていなかったようだ。クロエの姿を認識すると、ぱぁっと顔を輝かせて、
「クロエちゃ〜ん、メリークリスマスー♪」
 走って来て、クロエをぎゅっと抱き締めた。
「みゆきおねぇちゃんも、サンタさんなのね」
「うん。今日はお姉ちゃんたちも着てるから、私だけじゃないし恥ずかしくないんだよー」
 お兄ちゃん特製なんだー、と嬉しそうに笑って言い。
「デートって、なんのこと〜?」
 話に乗りきれていなかったため、首を傾げて問う。
「リンスとデートできなくて、だから自分で相手を探しに来たんだって」
 美咲が美雪の質問に答えると、
「そっかぁ〜……リンスお姉ちゃんとデートできなかったんだ」
「うん、でも、かなしくないわ! だってみゆきおねぇちゃんたちとでーと、できるみたいだから!」
「うん! わたし、クロエちゃんどデートしたい♪」
 クロエが、美雪が、嬉しそうにはしゃいでいるのを見ると、こっちまで嬉しくなってきて。
 祐司と美咲は顔を見合わせ、くすくす笑う。
「っていうか! ちょっと待ってください!」
 しかしそこで反旗を翻した人物が居た。
 岩沢 美月(いわさわ・みつき)である。
「約束したじゃないですか! 今日こそ働いてもらうって!」
 そう、美月は前々から言っていた。
 夏祭りや、十五夜や、ハロウィンでさえ休業する事について目をつむってきた。
 が、クリスマスイブとクリスマスは例外だと。
 働いてもらうと。
「約束、しましたよね?」
 凄みを利かせて、睨みつける。主に祐司を。
「う……ま、まあ、いいじゃないか。ノルマだってもう殆どこなしているだろ?」
「達成はしていません。バイトのエーコさんだって、まだ帳簿を付け終わっていませんし」
 なお、エーコさんは臨時バイトで事務・会計担当である。
「デート? あたしたちには全く以て関係無いで」
 す。
 と言い切ろうとした時、美月は気付いてしまった。
 美咲が、美雪が、悲しそうに見ていることに。
「うっ……」
 美月は、何よりも姉妹のことが大切だ。
 店のことも大切だけど、それと同じくらい、いや、それよりも姉妹が大切だ。
 だから、こんな顔はさせたくない。
「……わかりましたよ! 移動式の販売に切り替えますから、デートしながら売りさばいてください! 妥協できるのはそこまでですっ!」 
「おお、美月! ナイスアイディアだ!」
「あなたに褒められても嬉しくありません!」
 けんもほろろに祐司を突き放し。
「デート、デート♪」
「美月、ありがとー!」
 浮かれる美雪と、嬉しそうに言う美咲に。
 ――なんだって姉さんも美雪も、アイツやアイツに近しい人に惹かれるんですか……!
 内心、いい思いはしていないけれど。
 悲しませるよりは、何倍もいい……はずである。


 移動販売に切り替えたのは正解だったらしい。
 らしい、というのは、美雪とクロエはデートに熱中していたから売り上げのことなど目に入らなかったのだ。
「あれ、かわいいね!」
「ほんとう! みゆきおねぇちゃん、にあうとおもうわ」
「あっちはクロエちゃんに似合うと思う!」
 手を繋いで、目に入った店ひとつひとつ、気になった品物ひとつひとつ、全てにきゃっきゃとはしゃぎ回る。
「デートって、好きな人同士がするんだよね?」
 ふと、確認するように美雪が言う。
「そうみたい。そうやおにぃちゃんがいっていたわ」
「やっぱり、そっかぁ」
 ひとつ、深く頷いて。
「ねぇねぇ。私、クロエちゃんの事、大好きだよ」
 美雪は告白する。
「クロエちゃんは?」
 それから、尋ねた。
 クロエは満面の笑みを浮かべ、
「だいすきよ!」
 美雪の腕を抱き締めるように抱きつき。
「……えへへ」
「うふふ♪」
 二人で、楽しそうに笑った。
「あ。私、お兄ちゃんにお金もらったんだ。これでリンスお姉ちゃんにプレゼント買おうよ!」
「すてき! きっとよろこぶわ!」
「私、これにする!」
 美雪が選んだのは、手芸用の手袋。
 リンスのことを女だと思っているため、女性物の可愛らしい手袋だ。
「クロエちゃんは何を買うの?」
「わたしは……」
 ぴたり、足を止めてしまった。
 思い浮かばないのだろうか?
「自分がしてもらったら嬉しいものを、あげたらいいと思うよ」
 だから助け船を出したら、クロエはにっこり微笑んだ。
「わかったわ!」
 けれどクロエは何も買わずに店を出る。
 どうしてかなぁと首を傾げながらも、美雪は綺麗にラッピングされたプレゼントを鞄に仕舞い、再びクロエと手を繋いだ。


 美雪とクロエが片っ端から店に寄り、歩みが遅かったことで移動販売は目を引いたらしい。
 ケーキは飛ぶように売れ、つまるところ。
「ノルマ……終わりましたね」
 美月は、ノルマを達成した喜び半分、また別の感情半分に呟く。
 別の感情。
 それは、やっぱりまだ寂しそうにしている美咲について、である。
 ――絶対、アイツのことを考えてますね……。
 ――きっと、クリスマスなのに会えないなんて……とか。
「いいなぁ」
 不意に、美咲が呟いた。
「クロエちゃんは、純粋に『でーとしたい!』って言えて……」
 ほらみたことか。
 やっぱり、アイツのことを考えていた。
「……いいですよ、リンスさんのところへ行っても」
 だから、言ってやる。
 悔しいけど、言ってやる。
 ――そうすれば、姉さんは、
「いいの!?」
 ――喜ぶでしょう?
「ええ、ノルマ終わりましたから。
 あたしは移動販売車を引いて店に直帰します。直帰してエーコさんと甘酒を呑み交わします。だからさっさと工房へでもどこへでも行っちゃえばいいです」
「ありがとう、美月!」
 拗ねて見せても、浮かれて気付いてもらえない。
 ――いつか見てなさい、リンス・レイス。
 ――絶対に、痛い目見せてやりますから!


「メリークリスマス!」
「へえ、今日はおとなしい登場だね」
「……なぜ驚かん」
 大きめの箱にクロエと一緒に入り、そこから二人同時に飛び出して驚かす。
 それに加えて、今日は行けないという旨を手紙に書いて送ったりして、驚かせる準備はばっちりだったはずなのに。
 祐司のサプライズに、リンスは眉ひとつ動かさなかった。
「なぜって……や、新堂相手だし。これだけ大きな箱が運ばれてくれば、ああそういうことかって思うよ」
「ふ……俺様の考えはお見通しと言うことか。相思相愛か!」
「それは違うでしょう、意味が」
 やれやれ、とリンスが首を振り、箱の中からクロエを抱きあげる。
「おかえり」
「ただいま!」
「デート、楽しかった?」
「すっごく!」
 ならよかった、と言うリンスの顔は優しくて。
「……なぁ、なんでデートしてやらなかったんだよ」
「人混み苦手だから」
 苦手な人間からしたら、クリスマスイブのヴァイシャリーに行くのは辛いのかもしれないが。
 それでも、と言いかけた時、
「でも行けばよかった。クロエが出て行って、あんなにも気を揉むくらいなら、ね」
 ああ、そうか。
 祐司は唐突に理解した。
 どうしてリンスが、さっきあんな優しく笑えたのか。
 無事に帰ってきたことを喜んでいたからだ。
 ぽんぽん、とクロエの頭を撫でてやって。
「クロエちゃんはリンスに大切にされてるなー」
 言ってやる。
「? そうなの?」
「そうだぞ。だから、走り回って怪我なんかしないようにな?」
 この幼い彼女を、ちょっと羨ましく思う。
「なぁリンス」
「何?」
「プレゼントだ、サンタメイド服」
「着ないから」
「ならこっちをやろう」
 渡したのは、ここに来るまでに買っておいた針刺し。
 こっちが本命だけど、それを素直に渡すのがなんだか照れくさくて、服でワンクッション作ってみたのだ。……もちろん、着てくれればそれはそれで僥倖だったのだが。
「人形作りに役立ててくれ」
 ぶっきらぼうにそう言って、手渡し。
「わ、ありがとー。そろそろ買い換えなきゃだったし、嬉しい」
「感謝の気持ちはサンタメイド服で、」
「や、そっちは返す」
「返品不可だ」
 そうやって軽口の応酬を繰り広げていたら、
「あっ、の、ちょっ……」
 後ろから、美咲の声。随分と歯切れの悪い不明瞭な声を発している。
 祐司は「なんだ?」と後ろを振り返った。
 美咲の手にあったのは、
「おお! それ、美咲が機能夜なべして作った防寒着用の袢天」
「言うなァ! ただでさえ渡すタイミング掴み損ねてるっていうのに恥ずかしいでしょうがッッ!!」
 怒鳴られて殴られた。
「…………」
「…………」
 リンスと美咲が、立ったまま見つめ合っている。
 リンスは相変わらずの無表情、美咲は顔を真っ赤にして。
「…………そういうわけよ」
「うん。ありがとう」
 押し付けるように渡した美咲に、リンスが薄く笑った。
「寒くして風邪引かれても困るから。……別にそれだけだから」
 ――ツンデレだな。
 祐司は思うが、茶々を入れて殴られると水を差してしまいかねないと思い黙っておく。
「美咲こそ、夜なべなんてして風邪引かないでね」
「リンスとは身体の作りが違うのよ」
 ――そういえば、美咲は名前で呼んでもらってるな。
 いつからだったか、名前で呼ぶようになっていた。
 それがちょっと、やっぱり、
「羨ましいぞ俺様は」
「は?」
 本心を声に出したら、きょとんとされた。箱から出てきた時よりも驚いているように思える。
「リンス、俺様のこと名前で呼ばないだろ」
「ああ……ていうか大半の人に対してそうだけど」
「俺様も名前で呼ばれたい」
「……えぇ?」
 今度は困った顔だ。珍しい、今日はころころ表情が変わっている気がする。
 それだけ心を許しているということなら、
「……名前で呼んでくれても、いいだろ?」
 そう思ってしまうのは、我儘だろうか。
「しんど、」
「祐司だ」
「……………………祐司?」
 沈黙の後、ようやく呼ばれた名前の響きは、なんだかくすぐったくて笑ってしまった。
 そのやり取りを見ていた美咲が、じとーっと祐司を睨んでいたのは、また別の話。