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リアクション
兄弟揃って
空京から東京へ。そこからは電車を乗り継いで地元駅へ。
夏に帰省したばかりだから、駅から実家までの風景にはさほど変わりがない。ただ、周囲の大気の冷たさが季節が変わったのを明確に伝えてくる。パラミタのとはまた違うその冷たい空気が懐かしい。
そしてその先に実家の日本家屋が見えてくると、帰ってきたんだ、と水神 樹(みなかみ・いつき)はしみじみ思うのだった。
実家に到着すると、玄関が開く音を聞きつけたのだろう。
廊下を走ってくる忙しい足音、そして。
「お帰りなさい」
水神家の末っ子、水神 優が心からの笑顔で言って、樹に飛びついた。もう高校3年生だと言うのに、こういう所は小さい頃から全く変わらない。嬉しさ全開の優を樹は抱きしめ、
「ただいま」
と頭を撫でた。
「誠兄さんもお帰りなさい。夏の時は合宿で会えなかったから、ずっと会えるの楽しみにしてたんだよ」
相変わらず素直に気持ちを口にする優に、水神 誠(みなかみ・まこと)は少し照れたように、ただいまと答えた。
そこに奥から長男の水神 祭も出てくる。
水神家の兄弟は、長男の祭が29歳、樹と誠の双子が19歳、末っ子の優が18歳、の4人。こうして4人が顔を揃えるのは、誠が誘拐されて以来のことだ。
「お帰り」
祭は帰ってきた双子に優しい笑顔でそう言った。
荷物を部屋に置くと、誠は祭に家の道場に行きたいと言い出した。
「構わないが、長旅で疲れていないか? 少し休んでからにしたらどうだ?」
到着したばかりの誠を気遣う祭に、誠はううんと首を振る。
「ずっと道場に行ってなかったから、今行ってみたいんだ」
「そうだな。それなら行こうか」
「兄貴、ありがとう」
すぐに道場に向かう祭に礼を言って誠はついてゆく。
「だったら私も行こうかな」
「僕も行くよ」
その後を樹が追えば、優も同じように道場へと向かった。
いつもは練習をする門下生の姿が見られる道場も、年末のこの時期は静かだ。
しんと静まった道場に入ると、樹の気持ちも自然と引き締まった。パラミタに発つまで、樹はここで毎日鍛錬を積んでいた。この空間特有の空気に触れて、ああ自分はやっぱりここが好きなのだと樹は再認識する。
祭は水神家が営む武術道場の師範で、毎日のようにここで門下生に稽古をつけている。優もこの道場で日々鍛えている。
そして……と樹は道場を感慨深く見回している誠に目をやった。
誠も10年ぐらい前まではここで鍛錬を積んでいた。けれど誘拐されて行方不明になってからもう長い間、水神の技を身につけられる状況になかった。だから、誠に自分の家の流派の技をちゃんと見て欲しい。
「兄さん、私と模擬の手合わせをしてもらえるかな」
技を見てもらうにはやはり実戦形式の方が良いだろうと、樹は祭に頼んだ。
水神の技は水の神の名の通り、流れる水のような動きを特徴とする。
先手必勝、軽やかさとスピードを併せ持つ技をメインとしている。
契約者である自分が本気を出したら兄に深手を負わせてしまうかも知れないからと、樹は本気ではない軽い手合わせに留めておくことにした。
それでも祭の技は的確で、その手応えに兄の凄さを感じられる。それがとても楽しい。
口には出さなかったが、祭も手合わせを通じて確実に強くなった妹の技の切れを頼もしく思っていた。パラミタに行くと聞いた時には心配もしたが、樹は向こうでもきっと頑張っているのだろう。それが技を通じて伝わってくる。
そんな2人の模擬を優は身を乗り出すようにして眺めていた。兄弟の中では特に樹になついていた優だから、また姉の技を目の前で見られることが嬉しくて、幸せ気分にひたっている。
そして誠は、姉と兄の模擬戦を眺めつつ、ここで鍛錬をしていた頃のことを思い出していた。
厳しい父と兄、泣きつつも頑張っていた姉、はらはらしつつ見ていた弟。
兄弟で鍛錬することが当たり前だったあの頃が懐かしくてたまらない。それと共に、姉と兄の模擬を見るにつけ、自分がこれまで水神の技から離れていたことが悔やまれた。
けれど、今それを言っても始まらない。自分がこれまで一緒身につけられなかった技を、兄弟から少しずつでも覚えていきたい。そう強く思う。
今はパラミタと地球、2つの場所に離れて暮らす兄弟だけれど、こうして一緒にいられるときは共に楽しい時間を過ごしたい。
それが『兄弟である』ことの意味であり、喜びなのだろうから――。