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【カナン再生記】 砂蝕の大地に挑む勇者たち (第1回/全3回)

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【カナン再生記】 砂蝕の大地に挑む勇者たち (第1回/全3回)
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第三章 幻槍と男

 『闇瞑の洞窟』をゆく。
 光源はあれど、ただ闇の中を駆けるが続いていた。
 モンスターの気配もない、襲撃もない。眠ろうと床に入った後の時間感覚のように、どれだけの時が経っているのかも分からない。
 足と共に頭も重く感じてきた。葉月 可憐(はづき・かれん)て額に手を添えると、隣を走っていた平等院鳳凰堂 レオ(びょうどういんほうおうどう・れお)がすぐにそれに気付いた。
「可憐? 大丈夫か?」
「うん……平気」
 背に添えられた手の温もりが、痛みをスッと和らげた。「ありがとう」と応えてから、気を立て直すためにも言葉を投げ渡した。
「レオくんは、どう思う?」
「…………ジバルラか?」
 言わずに伝わった事がまた嬉しかった。最も、共に駆けている者たちの興味は今はそれに絞られているだろうが。
「正直……何とも言えないかな」
「……そう」
「マルドゥークさんは彼のことを『裏切り者』って言ってたけど、『協力しなかった』『出兵に参加しなかった』ってだけなんだよね」
「裏切りというより、軍規違反?」
「それに近いね。マルドゥークさんとどんなやりとりをしたのかは分からないけど、僕は何か理由があっての事だと思う」
 相棒であるドラゴン『ニビル』の餌にすごく気を使っていたみたいだし。もしかしたら体調が悪いといった理由があるのではないか、と。
「僕は、そう思いたいな」
「同じドラゴンライダーとして?」
「そう、だね」
 『英雄』とまで言われたドラゴンライダー。レオの中でも『偉大な先輩』という人物像だけが勝手に一人歩きを始めている。真実を確かめる為にも、彼には是非会っておきたい。
「光りです!!」
 アリス・テスタイン(ありす・てすたいん)が声をあげた。
 前方に光りが見える。ようやく深闇の一本道から抜けられるようだ。
「居ると良いですねぇ」
 高まってきた想いのままにアリスは言った。
 自分も会ってみたいと思うよりも今は、ここまでの闇道への嫌気が勝っているようにも思えた。どうしてこんな所に居るのよぅ、と何度思ったことだろう。
 闇が晴れる、その先に。ジバルラが居ると願っている。
「行きましょう」
 力強く宣言して、先頭を切って飛び込んでいった―――
「上っ!!」
 思わず言葉が乱れた、言い切れなかった。
 光りの中に駆け込んですぐの出来事、頭上に大きな殺気を感じた。
 一杯に背側に反って半歩を退けた、次の瞬間には落下してきた何かが地面を砕いていた。
 暗闇から光りに駆け込んだ事で、みな一様に瞳を閉じて立ち止まった、その瞬間を狙われた。『殺気看破』を発動していた為にアリスは反応できたが、そうでなければ地面と一緒に砕かれていた。
 地を砕いたは大槍、それに密着して落ちて来たの肩が、さらに沈んだ。
 悪寒に震えている場合じゃない! 来る!!
「ぐっ!!」
 アリスは反射的に『ランスバレスト』を放った。
 驚いたことに、男は直線で槍撃に向かってくると、体幹を捻っただけでこれを避けた。
 槍撃は男の腹皮を剥いたが、男の裏拳がアリスの顔を殴り飛ばした。
「アリスっ!」
 思わずレオは叫んでいた。叫ぶという行為が次ぎなる行動への遅れとなることは分かっている、分かっていても、叫ばずにはいられなかった。
「おらぁっ!」
 白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)が男に向かって巨体をもつ何かを投げ飛ばした。投げたのは、ここまで連れてきた『名状しがたい獣』だった。
 はこれの脳天に大槍の柄尻を突き降ろして弾き返したが、その直後を狙っていたのは如月 玲奈(きさらぎ・れいな)だった。相手の得体が知れない以上、先手の連撃で決めるべきだ。
「ふっ!!」
 速撃重視で『ライトニングランス』を放った。片手使いの『忘却の槍』を装していたため、槍撃での連続攻撃を成せていた。
 はこれを大槍の腹で受け防いでいたが、玲奈の連撃を嫌ったか、はたまた一行の戦闘態勢が整い始めたのを感じ取ったのか。は大きく後ろに跳んで間合いを取った。
 そうしてようやくの姿を正視できた。
 背中を覆い隠すほどに長く乱雑な赤髪。もこちらを観て認しているのだろう、鋭い眼がギロギロリと忙しなく往復している。
 振り回していた大槍は『幻槍モノケロス』だろうか。両手持ちの大槍をブン回すのを可能にしているのは、隆々と盛り上がる筋肉の賜物なのだろう。
 罪と呪い纏う鎧 フォリス(つみとのろいまとうよろい・ふぉりす)は周囲を見回した。
 この空間自体は野球場ほどの広さだろうか、見渡せない箇所はあれど、どこも光りに満ちている。
 壁面を見れば、植物たちが自ら光りを放っているのが見えた。空間自体が昼のように明るいのはこれが所以か。
 地面は草木に覆われた花畑。先ほどまでの闇路が嘘に思えるほどの光景が目の前に広がっていた。
「おまえがジバルラか?」
 フォリスが置くように言った。「カナンでも数少ない龍の乗り手、そして、裏切りの英雄」
「…………裏切りの英雄?」
 が初めて言葉を発した。低く、ブレのない声だった。
「西カナンの民が、そしてマルドゥークが言っていた。かつて民を守っていた男は裏切り者に成り下がったと」
「なるほど……奴の手足か」
 の頬が僅かに緩む。そして、
「相変わらず手足の多いことだ。前世はムカデって所か。肥えたムカデだ」
 吐き捨てられた言葉に汚感を覚えた。「かつての上官にその言いぐさとはな」
 口の悪さは噂どおり、ならば。「その様子だと『撒き餌に集まる分では足りない』と言ったのも真実か?」
「撒き餌? 何のことだ?」
「マルドゥークに言ったのだろう? ドラゴンの餌を確保するには足りない、ネルガルなら確保してくれる、と」
「餌………………あぁ、民のことか。そんな事も言ったかもなぁ」
 挑発的な匂いも混ぜては笑んだ。いったい何がおかしいというのか。
「民を『撒き餌』呼ばわりか? 守るべき存在だったのだろう?」
「狂ったモンスターが民を喰いにやってくる、そのモンスターを狩って民を守れば新たなモンスターが寄ってくる。これを! 民を! 撒き餌と呼ばずに何と言う!」
「いい感じに腐ってやがんな」
 思わず白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)が鼻で笑った。ここまでは期待通り、お涙頂戴事情アリの根性なしではない様に思えて、口端を歪めた。
 竜造が目だけを動かした、その先で棗 絃弥(なつめ・げんや)の目と会った。は気付いていないようだが、先ほどから絃弥が周囲の捜索を行っていた。
 ――目をそらさないって事は、目立った罠は無し、か。
 それなら話は早い。
「俺は別に、そいつが何を思ってモンスターを狩ろうが、狩ったソイツをどうしようが自由だと思ってる、だがな!」
 大きく歩んで『虎徹』の切っ先を向けた。
「いま俺たちはマルドゥーク側についてんだ。てめぇが奴を裏切ったままだってんなら。ここで潰すぜ」
「潰す? テメェ等が、俺を?」
「私にやらせて」
 玲奈竜造に並んで言った。
「同じドラゴンライダーとして、ぜひ手合わせしてみたいんだ。私も戦う」
「おぃおぃ、遊びのつもりか? 冗談じゃねぇぞ」
「もちろん本気よ。さぁ、キミも早く相棒を―――」
 蹴り跳んだ様は大きく雄大で。美しいとさえ思えるその様に、思わず見とれてしまった。しかし確実に幻槍は迫っていた。
「ちょっ、ちょっと待ちなさいよっ!」
 の攻撃は今度も上空から振り下ろす槍撃だったが、玲奈はこれを『忘却の槍』で受け捌こうとした。
「うっ!」
 簡単に圧されて弾かれた。
 今度は間を取らずに襲いかかってきた。大槍ゆえに、連撃と言っても速度はさほどだが、一撃が重い分、こちらが立て直すのに時間がかかる。気付けば数回の受け弾きで圧され負けていた。
「くっ!」
 玲奈は幻槍を避けて跳び退くと、連れてきた『レッサーワイバーン』に飛び乗っ―――
「ドラゴンに頼るんじゃねぇ!!」
 幻槍が、ワイバーンの脳天を凹ませていた。
 退きながら突きを放とうとするの幻槍に、フリューネが『爆炎波』を叩き込んだ。
 フリューネの力比べ。『幻槍モノケロス』と『ハルバード』が削りあう。
「まだ話は終わってないわ」
「知ったことか。あいにく、屍に囁く趣味は無いんでなぁ!!」
「ぐっ……」
 力で『ハルバード』を弾くと、は彼女の首を握り掴んだ。
「かはっ…………」
 そのまま絞め上げようとするに、九条 風天(くじょう・ふうてん)が向かい駆けた。
「させませんっ!」
 斬りかかるより前にフリューネの体が飛んできた。風天とは逆方向から迫っていた玲奈の突きを幻槍で受けていた。2方向への見事な対処、どちらも見えていたという事だろうか。
「フリューネさん!」
「ごほっ、ごほっ、大丈夫……行くわよ」
 腕力で玲奈の槍を弾き飛ばした瞬間を狙って、風天の『ウルクの剣』とフリューネの『ハルバード』が左右から迫った。
 ――逃げ場はありません!
 ――入ったわ!!
 そう確信した。しかしそれは叶わなかった。
「ふぅっ!」
 これらを両腕で受けると、幻槍を振り回して2人を払った。
「きゃっ」
 ――そんなバカな……。
 『龍鱗化』を使っているのだろう、しかし彼はそれだけではなく、2人の斬速に合わせて絶妙に腕を動かし、見事にそれを受け流していた。力任せな体格をしているくせに、戦い方は一辺倒ではないようだ。
待って下さい、やはりマズイですよ
 激しい戦いの場から離れ行き、腰を屈めながらに叶 白竜(よう・ぱいろん)は言った。彼の先を歩む世 羅儀(せい・らぎ)は、声を潜めなかった。
「オレはドラゴンに興味があるの! だからついてきたの、分かる?」
こ、声が大きいですよ
「奴がドラゴン無しで戦ってるんなら、どっかに隠してんだよ、間違いない」
 好奇心いっぱいで目を踊らせている羅儀とは違い、白竜は不安と恐怖で目を泳がせていた。
 振り向けば戦場が見える。複数の生徒たちを相手に戦えている。その強さが『英雄』と呼ばれる所以なのだろうか。
 ――ドラゴン無しであの強さ……って! そんな男に従うドラゴンもまた相当に強いんじゃ……。
「やっぱり止めておきましょう―――って……あれ?」
 ふと、何かが見えた。
 視線の先。光りが降り注ぐ空間の奥の奥、壁の際に『暗い場所』が見える。その一帯にだけは光りを放つ植物が見あたらなかった。
「これは……」
 歩み寄って踏み入れば、見上げる程に巨大な物体が見えた。凝らして見ると、肉皮は無く、卵を温めているような姿勢で横たわるそれは、骨だけのようだった。
「これって…………ドラゴンの骨、だよな?」
 羅儀のテンションが上がるより前に、後方から身を竦ませる程の雄叫びが襲ってきた。
触るんじゃねぇ!!
 上空からが襲い来た。
 2人はどうにか避けたが、地を砕かれた衝撃で大いに転がり転がって、そのまま退散した。
 幻槍を携えてが骨の前に仁王立つ。一歩でも歩み寄ろうものなら噛み殺すと言わんばかりの殺気を放っていた。
「まさか…………それが『ニビル』か?」
 樹月 刀真(きづき・とうま)が訊いた。
「それが、ここに籠もっている理由か?」
「黙れ!!」
「聞いて下さい!」
 声を荒げたジバルラ火村 加夜(ひむら・かや)が両手で『魔道銃』を構え向けた。
「そして答えて下さい。私たちは真実が知りたい、その為に来たんです」
「真実もクソもあるか。在るのは事実だけだ」
「相棒の死……それが真実ですか?」
「俺は、マルドゥークに協力するつもりはない」
 だから帰れ。僅かに槍先を下ろす様は、そう言っているように見えた。
「あの日、あなたが一人で城に戻ったのも―――」
「マルドゥークに協力するつもりはない! ネルガルにも協力しない! ここから出るつもりもない! これで!! 十分だろう!!!」
「あなたがこの戦いを静観する理由は何なのです!!」
「静観……だと?」
「この洞窟に篭り! 何もしないままこの国が荒廃してゆくのを見てみぬフリをしているのは! なぜです!」
 槍先と共に彼の腕も全身も大きく震えて、そして発された。
「キサマ等が! 何も知らぬ余所者が!! 余所者の分際でこの国を、この国を語るな!!!」
「あなたこそ!!! 私たちはマルドゥークさんと共に立ちました!! この国の人たちは今! ネルガルの手からこの国を取り戻そうと必死に戦っているんです! ただ見ているだけのあなたに! 私たちのことを言う資格は…………」
 負けずに言った加夜だったが、ジバルラの変貌に言葉を止めた。あれだけ激昂していた男は大きく目を見開いたまま石化したように固まっていた。
 そして雫した言葉は「バカな……」だった。
「マルドゥークが……マルドゥークが立っただと……?」
「……えぇ。ネルガルを討つべく、兵を挙げたのです」
「デタラメを言うな!! そんな訳があるか!! そんな……そんな事をすればザルバが!!」
 ――ザルバ?
「マルドゥークの……奥さんの名前よ」
 フリューネが言った。しかし彼女自身、ザルバという女性についてはマルドゥークの妻という事しか聞いていない。
「マルドゥークが兵を起こしたのも事実、私たちは彼と共に戦っているの」
 落とした視点が定まらない。そんな男にフリューネは静かに言葉を手渡した。
「聞かせてくれないかしら、あの日、何があったのかを」