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【カナン再生記】 砂蝕の大地に挑む勇者たち (第1回/全3回)

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【カナン再生記】 砂蝕の大地に挑む勇者たち (第1回/全3回)
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 西カナン北部の大地を裂いたように横たわっている。山と山との間に生まれし巨大な谷、その中にあって比較的平らな地に『谷間の集落』はあった。
「それじゃあ、そんなに生活は苦しくないの?」
 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は集落の長だという男に話を聞いていた。この集落は捜索中にたまたま見つけたものだったが、聞けばここはネルガルが征服王を名乗った際にいち早く降伏を宣言した集落だという。
「そんな……でも砂の被害はあるんでしょう?」
「砂は確かに……でも、ネルガル様に降伏してからは砂も止みましたし、一度も降ってません」
 苦しいのは作物を中心とした重税だというが、農作業に必要な道具や日々の生活を行う上で必要な物は申請すれば届けてくれるため、不便を感じることは少ないのだという。
「なんだか、意外と快適そうですわね」
 イオテス・サイフォード(いおてす・さいふぉーど)は辺りを見回しながらに言った。しっかりとした水路も確保されている、建物だって破損しているようには見えない。思い描いていた『ネルガルの手に堕ちた集落』のイメージとは、だいぶ懸け離れていた。
「でも降伏したということは、監視の目は強いでしょう?」
「監視? いえ、そんなことは……」
 思い当たる節すらないと言わんばかりの口調で男は言った。
「時々ネルガル様が巡察にはいらっしゃいますが、特には……」
「巡察?」
 祥子が眉根を寄せた時、イオテスが空に指先を向けた。
 何か、何かが大量の何かが向かってくる。「ネルガル様が御見えになられた」と言った男の言葉に、2人は大きく瞳を見開いた。
「あのっ! わたくしたちがここに居る事は言わないで下さい!」
「どうしてです?」
「どうしてもです! お願いします!」
 イオテスと共に祥子は建物の陰に身を潜めた。
「祥子さん!」
 見上げて祥子は息を飲んだ。
 空が覆い隠されてゆく。
 山と山の間に広がる空が埋め尽くされるほどの数のワイバーンが、巨雲のように迫っていた。それらは一気に押し寄せると、集落の前で飛び止まり、その中から一体のワイバーンだけが降りてきた。
 身を屈め、頭を下げる人々の前に、一人の男が降り立った。
「ネルガル……確かに奴だわ」
 白みがかった髪と髭、不釣り合いな程に装飾品を纏った紫蒼の神官服。挑発的な笑みを浮かべる所まで話に聞いた通りだった、間違いない、ネルガルだ。
 ネルガルの言葉に集落長の男が短く答えている。幾らかのやりとりが済むと、今度はネルガルだけが民に向けて話し始めた。
 奴が人々に語ったのは次のような内容だった。
 『エリュシオン帝国との同盟協議は順調に進んでいる。イナンナでは成し得なかった「安全」で「強い国」づくりは自分だからこそ実現できる』
 『各地でモンスターが暴れているとの報告は入っている。しかしこれはイナンナが国を治めていた時と何も変わっていない、イナンナはそのような情報を民に隠していたに過ぎない』
 『自分がこれを隠さないのは、国民にはこの国の現状を知ってもらう必要があると感じたからである。そしてその上で自分に忠誠を誓う者には、手を挙げた者から優先して救済してゆく、これこそがこの国にあるべき真の平等であろう』
 祥子は幾らかに納得した。内容にではない、この巡察という行為の意図についてだ。
「なるほど、こうやって各地を回り、自分が王だということを示しているって訳ね」
「えぇ、巡教に近いようですね」
 続けて奴は「しかし案ずるがよい、主らが忠誠の証を納め続ける限り、主らの安全は保証されておる」とも言っていた。
 これはもはや、ただの脅し文句にしか聞こえなかったが、それでも人々は頭を下げたまま、奴からの言葉を有り難そうに頂戴していた。彼らの今の生活ぶりを見れば、刃向かわないという選択も強ち間違いではないのかもしれない。
 ――もちろん、そう思うように仕組んだんでしょうけど。
 ネルガルの狡猾さに祥子が歯を食いしばって苛立ちをみせた時、一体のワイバーンが奴の肩傍にまで降下してきた。
「なに? 空中庭園に?」
 言葉を発した訳ではないのだろうが、確かにネルガルはそう呟いてから、「面白い」と吐いてワイバーンの背に乗り込んだ。
 ワイバーンの群れが徐々に高度を上げてゆく。よく見ればネルガルの他にも、背に人を乗せたワイバーンが見てとれた。
「ちょっと……一校じゃないわよアレ」
 シャンバラ各校の制服が見えた。鎧やスーツの類を纏っているが、それでも蒼学、イルミン、天御柱学院のものと思われる制服が確認できた。
 上昇の後に飛び出した。強風に流さるる雲のようにワイバーンの群れが離れてゆく。その行き先は―――
「待って! 空中庭園って言ってたわよね?!!」
 北の空中庭園にはイナンナと生徒たちが向かっていたはず、というよりここからだと目視できる位置にそれは在った。
 谷間を埋める群れを引き連れて、ネルガルは庭園に向けて南下してゆくのだった。