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【カナン再生記】 砂蝕の大地に挑む勇者たち (第1回/全3回)

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【カナン再生記】 砂蝕の大地に挑む勇者たち (第1回/全3回)
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第四章 説くでは解かれぬ

 『闇瞑の洞窟』の闇路の末、辿り着いたは『楽園』の如きに光りあふれる中空間。
 草木が芽吹く地の中程よりも奥、ゴツゴツとした岩が幾つか生えている中でジバルラは最も大きな岩に腰掛けた。
 本郷 翔(ほんごう・かける)は正面から彼に歩み寄りて、そっとティーカップを差し出した。
 彼はじっと見つめただけで、これを受け取ろうとはしなかった。 
「毒の類は入っていませんよ」
 笑顔のままは言った。
「私はあなたに力を貸してほしいと思ってる側の人間ですから」
 仕方なく、カップは岩上の彼の傍に置いた。無論この岩はサンドバットではない。
「それほどに、今のカナンは追いつめられているのですよ」
 彼は終にも警戒心を解く事はなかったが、茶葉の香りが少しでも緊張を解せればと願い、は一同にティーをふるまってゆくのだった。
「つまり、あなたを誘き出すための罠だったと……」
 僅かにカップに向いたジバルラの視線は、すぐに水上 光(みなかみ・ひかる)へと向けられた。が、そしてこの場に集まった誰もが注目する中で、彼は小さく頷いた。
 征服王を名乗ったネルガルは西カナンに侵攻する中、ジバルラと極秘の接触を図ったという。
 目的は彼を脅迫するため。
 『北カナンとの国境に一人で来い、断れば西カナン中央部の村に一斉攻撃を仕掛ける』とネルガルは言ってきたという。しかし国境で待ち受けていたのは、モンスターの大軍勢だった。
「その戦いで相棒を失い、この洞窟に身を隠した……?」
「いや、重傷を負ってはいたが、ニビルは生きていた」
 孤軍のままだったが、どうにかモンスターの大群を返り討ちにした。しかしいつまた追撃に遭うか分からない、かと言って西カナンを縦断して南部の居城まで飛ぶだけの体力が『ニビル』には残っていなかった。
 そこでニビル『闇瞑の洞窟』に潜ませた後、彼は一人で居城へ帰還したのだという。
「それがどうして……裏切りに?」
「光、光っ! オラは分かったぞ」
 パートナーのビビ・タムル(びび・たむる)が手を挙げていた。全くもって期待していないが、まぁ、とりあえず聞こう。
「あのねっ、あのねっ」
 こんな時までジッとしてられないのか……とは頭に手をやった。さんざん勿体つけた後にビビはようやくジバルラに言った。
「う〜んとねぇ〜。ザルバって人が人質になってたんだよね?」
 ――人質? いや確かにマルドゥークの奥さんは人質になっているみたいだけど、このタイミングで人質になんて―――
「あぁ、そうだ」
 ――そうなのっ?!!
 当たり……? ザルバさんはこのタイミングで人質になったの? っていうかビビ……なぜに分かった…………獣人の勘かぃ?
「え? いや、ちょっと待って……」
 どうにも混乱してきたに、ジバルラは言った。
 妻であるザルバ、そして娘メートゥが人質となる事は事実上、マルドゥークの降伏を意味する。命からがら城に戻った時、すでに2人は神聖都キシュに向けて発った後だったという。そして、治療道具を持って洞窟に戻った時、相棒ニビルは既に息絶えていたのだと。
「俺は…………必ずネルガルを潰す!!!」
「あ、いや、だから……」
 うまく話が繋がらない。
 マルドゥークの話では、出兵したマルドゥークたちが『ある村を襲うモンスター』を撃退した後に、彼が城に戻って来た。その出兵に参加しなかった事が彼を糾弾する要素になったと言っていたはずなんだ……。それなのに……。
 が回路不順を起こしていると、ここでもパートナーのモニカ・レントン(もにか・れんとん)が先を歩んだ。
「つまりネルガルは、ジバルラ様を脅迫して国境に誘き出す事で本軍から遠ざけ、その隙に、ある村に一斉攻撃を仕掛けた」
 えっと……うん、だからつまり……
「ネルガルの狙いは『国境付近でジバルラ様を殺す』こと、そしてジバルラ様の居ない隙に『本軍を誘い出して討つこと』だったのでしょうが、どちらも失敗に終わったというわけですね?」
 …………なるほど。それで『出兵に参加しなかった』になるわけか。
「罠にかけ、その後も監視を続けた。それほどにネルガルはあなたの力を恐れているという事です」
「恐れていたのは『ニビル』の力だ。俺じゃない……」
 ジバルラが強く拳を握る様が、とても悔しそうに見えた。
「ね〜ねぇ〜ねぇぇ〜!!」
 軽さ爆発でビビが「こんな所にずっと居るなんて嫌だよね〜」なんて言っていた。頼むから少しは空気を読んでくれよ……。
「ここから外に出られるのかな〜?」
「外?!!」
 にも見えた、洞窟の奥。ビビが草木に覆われた壁をかき分けてた先に、確かに通路が見えていた。
「その先は、抜ければ入り口とは反対の側に出る」
「やっぱり外なんだね〜? じゃあコレは?」
「それは」
 ビビが仮面を掲げていた。牛鬼を模した鉄の仮面は、かつてマルドゥーク軍で使われていたものだそうだ。
 ニビルが死んだことも、彼が度々洞窟の外に出ている事もネルガルは知らない、だからこそ今まで暢気に洞窟の入り口を見張っていたのだと。そして今はまだ、その事を知られる訳にはいかない、と。
「じっ、事情は分かりました」
 は姿勢よく彼の前に立った。パートナーたちに振り回された気はするけど、とにかく! 整理はできた。
「改めて。あなたの力を貸してはもらえませんか?」
「………………」
「マルドゥークさんも立ち上がったんです、もう、あなたが隠れている必要はない! 裏切った事も理由があったって話せば、きっと―――」
「……今さら何を言った所で」
「相棒のために戦っているのでしょう?」
 愛する者を弔うために、敵討ちを果たすために。モニカは静かに、真っ直ぐに言った。
「愛する者のために戦う気持ちは、マルドゥーク様も同じです。愛のために、一緒に戦いましょう!」
 彼は強くモニカに剥き向いて、突き抜くように見つめた後に「同じなものか」と吐き捨てた。
「自分の保身の為に奴は……自分の妻を、ザルバを人質に!! ………………生け贄に出したんだ」
「それは……」
「………………同じなものか」
 噛み殺すように、拳を震わせながら彼は言った。伴う痛みと苦しみは分かっている、分かっているからこそ余計に、彼はマルドゥークを許せないのかもしれない。
 みなが視線を落とす中、九條 静佳(くじょう・しずか)ジバルラの側にそっと腰掛けた。
 疑心に満ちた彼の視線にも、笑みだけで返して戻した。
「六韜」
「はぃはい、ただいま」
 呼ばれた鬼一法眼著 六韜(きいちほうげんちょ・りくとう)は『メンターローブ』を広げて敷いて、その上にどうやら店開きを始めてのけた。
「いろいろ持ってきたんですよ。『サザエの壺焼き』に『カニの爪』、とっても偉そうな日本酒もあります。それからそれから―――」
「何してやがる」
 今日一番の低声で言うジバルラに、静佳は「少し休憩を、と思ってね」と言って笑みを見せた。
「長い洞窟をずっと走って来たから、もぅ、クタクタなんだ。少しばかり休んだって良いだろう?」
「冗談じゃねぇ! 用が済んだらとっとと帰りやがれ!!」
「堅いこと言わずに」と伏見 明子(ふしみ・めいこ)も腰掛けながらに、
「これからあなたが協力してくれても、してれなくても、それはソレとして。食べて飲んで話すくらいはしても良いでしょう?」
「私も」と火村 加夜(ひむら・かや)も、
「話はまだ終わってないですし」と腰を下ろした。
「ボクもだよ」とも続いた。
「おい!」
 声を荒げたジバルラ静佳がお猪口を突き出した。
「互いに戦いの意志がないんだから良いじゃないか。酒、付き合ってくれよ」
「けっ、誰が」
 背を向けてしまったジバルラを前に、
フリューネ様もどうぞ。みなさまも」とが呼び寄せた。
 洞窟内でモンスターたちと戦い必死に勝ち抜いてきた面々が楽園に辿り着いた時、どういうわけか行われているティーパーティに首を傾げたのは、当然だろう。
 ジバルラはというと、相棒ニビルの骨の前に座って背を見せていた。
 近寄るな、そう言っているようで。しかし出てゆけ、と言っているようには見えなかった。
 協力してくれるのかどうかの是非については改めて確かめる必要はあるのだろうが、今はまだ、彼自身も揺れているのかもしれない。
 一見して無防備に見えるその背中が、大きくも不安定に見えるのは……きっと誰かの気のせい、でもないのかもしれなかった。