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四季の彩り・春~桜色に包まれて~

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四季の彩り・春~桜色に包まれて~

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 第6章 さくら祭り。

     〜1〜

「ねーさま、はぐれちゃダメだよ〜!」
「寄り道をしていただけですわ。少し気になる方がいらっしゃいましたから」
 仲のいいメンバーでお花見、ということで、久世 沙幸(くぜ・さゆき)は合流した藍玉 美海(あいだま・みうみ)と、一緒に来た仲間達とシートを敷ける場所を探していた
「ねーさまが気になる人?」
 誰だろう? と首を傾げると、美海は歩きながら沙幸に接近して手を回してくる。
「……ふふ、心配しなくても沙幸さんはわたくしのものですわ」
「そ……そんなこと考えてないんだもん!」
 慌てて美海から離れ、そういえば、と思い出す。この間、美海はむきプリ君のことを気にしていた。身体的特徴は教えておいたし、会えばすぐにわかだろう。
(この花見会場に来ているような話も聞いたような気がするけど、2人とも変な事考えてなければいいな……。でも、そのときは楽しんじゃえばいいかな?)
 そんな事を考えていると、後ろを歩くノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)が楽しそうに言う。
「沙幸ちゃんと美海ちゃんは、いつも仲良しさんだねー!」
 それから、何かを見つけたようにぱっ、と笑顔になった。
「あっ、ファーシーちゃん達がいるよ!」
 前方を指して、ノーンは皆に先行して座っていた彼女達に近付いた。
「ファーシーちゃん、こんにちは!」
「ノーンちゃん! あれ、1人?」
 振り返ったファーシーは、誰かを探すようにきょろきょろとした。後から歩いてくる沙幸と美海、何だか重なり具合が凄いことになっている重箱弁当を抱えた如月 正悟(きさらぎ・しょうご)と三段重を持っているエミリア・パージカル(えみりあ・ぱーじかる)、ファーシーから見るとかなり重そうな荷物を提げている橘 恭司(たちばな・きょうじ)リリィ・シャーロック(りりぃ・しゃーろっく)。でも、ノーンと一緒に居るであろう影野 陽太(かげの・ようた)の姿が無い。
「今日はお友達とお花見に来たんだよ! おにーちゃんは環菜おねーちゃんと一緒に“ならか”にお仕事に行ってるから、今いないんだ……」
 俯いて、ちょっとだけ寂しそうにしてから持ってきたお弁当を掲げて見せる。
「お弁当あるから一緒に食べよー?」
 そして、空いた場所に皆でビニールシートを敷く。準備をしている途中で、正悟が手を止めて周囲を見回した。1人足りない。
「田中太郎はどこ行ったんだ?」

 その頃、武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)……じゃなくて田中太郎は未だに1人の女性も落とせていないむきプリ君の所に行っていた。歩いている最中に変な筋肉が大声で女性をナンパしているという噂を聞き、ピンと来るものがあったのだ。
「ムッキー・プリンプト……とりあえず、落ち着け」
 むきプリ君の前に立つと、田中太郎は涙目になっている彼の肩をぽんと叩いた。だが、当のむきプリ君は――
「誰だ?」
「たな……ケンリュウガーだ!」
 まさかの誰何に、田中太郎は名乗る。いや、そういえば素顔での対面は初めてだったかもしれない。
「け、ケンリュウガーだとぉ!?」
 むきプリ君は、持っていたホレグスリのコップをぼとっ、と落とした。まざまざと蘇る過去の記憶。爆炎波とパートナーの六連ミサイルポッドで焼却されたのは良い思い出……な訳がなく非常に恐ろしい思い出である。しかし、今日の田中太郎はやけにフレンドリーだ。
「せっかくの満開の桜だ……。普段なら問答無用でシバキ倒すところだが、久しぶりの登場なんだから飲もうぜ!」
 なんと……むきプリ君を飲みに誘った!
「いやあ、お前がいない間に俺も苦労したんだよ」
「苦労……だと?」
 警戒していたむきプリ君は、そのしみじみとした実感のこもった言葉にぐらりと揺れた。親近感を感じ、警戒が緩む。
「分かった! その話、聞いてやろう!」

「皆、久しぶりね。リリィさんとは初めましてよね! あ、むきプリさん」
 ファーシーは田中太郎に連れられてきたむきプリ君を見てそれだけ反応した。あまり興味は無いらしい。
「むきプリ君さん、こちらに来られたのですわね。ここ、いかがですか?」
「う、うむ……」
 先程接触した美海に誘われ、合流した2人は彼女の隣に並んで座った。美海は会場を桜色に染めたいと言っていたが、この場に集まった面々はまだ皆、素面に見える。解せない表情のむきプリ君に、美海はそっと耳打ちした。
「お楽しみはこれからですわよ?」
 そして、先程作ったばかりのカクテルを笑顔で取り出す。
「ノンアルコールカクテルを作ってまいりましたわ。よろしければどうぞ」
 そんな彼女達の様子に、沙幸は内心で首を傾げた。
(あれ? ねーさま、むきプリ君ともう会ったことあるのかな?)
 もともと趣味的な相性は良さそうだったし、顔を合わせればすぐに仲良くなるだろう、とは思ってたけれど。
 まあそれはそれとして、と、そう深く考えることもなく沙幸は言った。
「それじゃあ、みんな揃ったところで乾杯でお花見始めちゃおっか〜♪」
 まずは、ということで彼女は美海が出したノンアルコールカクテルをコップに注ぐ。隣に座るリリィにも1杯渡した。
「はい!」
「あ、沙幸さん、飲み物ありがとうございます」
「エミリアもこれでいいか?」
「私はなんでもいいわよ。じゃあ、それをもらおうかしら」
 正悟はエミリアにも同じノンアルコールカクテルを注いだ。気が付けばもう花見の季節。なんだか色々とあったが、月日が経つのは早いものだ。
 一応上司もいる事だし、と皆にも注ごうと思ったが、既にそれぞれ何かしら飲み物を手に持っていた。その上司の恭司はといえば、酒を飲む準備を始めていた。
「酒を持ってきたのか。……3本も?」
 恭司の前には、一升瓶が3本置いてあった。どうりで重そうだったわけである。
「……自重したほうだぞ?」
 そうして瓶の蓋を開け、とくとくとコップに注ぐ。
「酒を飲む機会少ないし、ここらで飲んでおこうかと思ってな。まぁ、他にもお手製のツマミを持ってきたぞ。勿論俺が作っt……なんだその顔は」
「いや……」
 おつまみ系が多めだが、それなりにバランスの取れた弁当と恭司を見比べる正悟。他の面子も、もの珍しそうな顔をして彼を見ていた。
 注目され、恭司は咳払いをして皆に言う。
「俺だって料理位なら普通にできる。……とはいえ、女子の料理に比べたらアレだろうがな」
 そう言う彼の視線の先には、エミリアの作ってきた大量の和風弁当があった。彼女のお店にある設備を使ったというだけあり、中々に美味そうだ。
「まあ、俺はこういった席でも酒を飲むだけだしな」
 そして、皆はそれぞれの飲み物を手にして中央に掲げる。
「かんぱ〜い!」
 それぞれのコップ同士を触れ合わせ、宴会が始まる。しかし、彼等の飲み物の中には爆弾がひそんでいるわけで。
 そんな平和なのんびりとした宴会が長く続くわけもなかったりする。

 リリィと向き合って最後に乾杯を済ませ、沙幸は早速注いだノンアルコー……9割方ホレグスリジュースを一気に飲んだ。とても馴染みのある味に、彼女はすぐにその正体に気付く。
(あれ? これ……ホレグスリ……じゃない?)
 もう1度リリィを見て、それから美海の方に目を移す。彼女がこのジュースを作ってきたのだから、原因は――
(ほら、ねーさまの鞄……よく見たらホレグスリのビンが大量にあるし)
 それに、さっきから何だか身体が熱い。目の前のリリィがとっても魅力的に見えて……。
 いつもならここでクスリの効果を堪能する沙幸だったが、今日は違った。お弁当を囲む皆を見て気を引き締める。
(でも、みんなで楽しんでいる席だもん……我慢しなきゃ)
 しかし、沙幸と同様にリリィも9割方ホレグスリジュースを飲んでいるわけで。
(この味……ホレグスリ!)
 ぴしゃーん! という擬音と稲妻の背景が似合いそうな衝撃と共に、リリィはその正体に気が付いた。彼女もホレグスリ経験者である。
「しまった……沙幸さん。これはホレグ……あれ?」
 ――『沙幸お姉様』の視線が熱い……。それに、あのしなやかな指に触れたら、私、どうなっちゃうんだろう?
「リリィ、ジュースのおかわり、どう?」
 ぽうっとした表情のリリィに、まだ正気を保っている(何せ過去に大量に飲んでいる)沙幸がペットボトルを傾ける。
「あ、はい……」
 言われるまま、リリィはコップを前に出す。とくとぽ、とジュースが入る。でも、やはり少し手ぶれしていて。
「「あっ……」」
 2人の指が触れ合って、ジュースがリリィの服に零れた。
「大変……シミにならないうちにどうにかしなきゃ」
「…………」
 慌てる沙幸の前で、リリィは濡れた自分の指をクスリに浮かされた目で見つめていた。
 ――沙幸お姉様が触れた私の指に飲み物が……舐めてもいいよね。
 ぺろり、と指を舐めた瞬間に感じる、エクスタシー。
 ああ……これが沙幸お姉様の味……もっと、味わいたい。
「…………」
 また、沙幸も――リリィの服をハンカチで拭おうとする手を止め、こんな事を考えていた。
(あれ、これって、実はチャンス?)

 一方、むきプリ君は途中で調達してきたビールを飲みながら田中太郎の話を聞いていた。ちなみに、田中太郎は残念ながら成人まで数ヶ月足りないのでノンアルコールビール『ホリー』を飲んでいる。
「お前がいない間に俺も苦労したんだよ、本名忘れ去られたりしてさ。田中太郎で覚えてる奴の方が多いんだぜ? このシナリオ書いてるマスター様ですら、どっちで認識するか……」
 あれ? 田中太郎じゃなかったっけ? 本名? えーと……あ、間違えてた失礼失礼。
「そうか……! それで最初に本名を呼んでくれたのだな! わかる! わかるぞその気持ち……!」
 本名などあって無いようなむきプリ君はうんうんと頷いて勝手に共感してビールを飲む。
「ヒーローのケンリュウガーやりたくてもむきプリ君がいなかったからな……。久しぶりに会えて嬉しくて涙が……今度の出番の時はちゃんと戦うからな」
 うっ……と袖で両目を拭う牙竜。
「い、いや、戦わなくていいぞ? 焼却されるというのはだな、俺としても本意では……」
 別にむきプリ君はマゾではない。過去にマゾになりかけたがまだマゾではない。いっそマゾになってしまえ。
「まあ今日は飲もうぜ」
 むきプリ君のコップにホリーを注ぐ牙竜。聞いてない。そしてむきプリ君ビールのアルコール度数が下がった。まあ、どんなものでも酒だと思えば気分だけで酔えるものである。
「…………」
「マホロバ幕府で役職貰えたら同僚は定時に帰って嫁さんといちゃついて、俺はサービス残業……」
 牙竜の話……愚痴は続く。
「ちょっとしたトラブルで女の子押し倒してしまって怒られたり、悲鳴を聞いて駆けつけたらのぞきと勘違いされて怒られたり、不幸だ!」
「……? 何だと……?」
 むきプリ君の動きが止まる。
「惚れた女を口説いてるが、頬に行き成りキスされたり、保健室で見つめ合ったりと……どった? 何か凄く怒りの波動が出てるぞ?」
 むきプリ君はぷるぷるぶるぶると震えていた。持っていた紙コップが手の中でスーパーボール大にされ、手がビールまみれだ。
「女を押し倒した、だと……? いきなりキス……? 見つめ合った、だとおっ!?」
 どこのリア充だ、とむきプリ君はがばあっ、と立ち上がった。
「……ちょっと、落ち着け」
 牙竜は今更ながら怒りの理由に気付き、やばさにも気付いた。ずりずりと後退しつつ友人達を見遣ると、皆、何か彼等2人から距離を取って遠巻きにしている。
「! 誰も助けてくれないのかよ! 何事もなかったかのように花見を続けるなよ! リリィは……」
 ――リリィは、熱っぽい視線で沙幸お姉様を見ながら指を舐めているところだった。
「リリィ、向こうで……着替えよっか?」
「はい……」
 何とも艶かしい雰囲気満載で草むらへと歩いていく。その後、2人は――
「…………なんかお楽しみ中のようだし、見なかったことにするか。……ぶぼっ……ごくん」
 余所見をしている隙に、むきプリ君に瓶口を突っ込まれた。仰向けに倒れ、口に入ってきた液体を、勢いで飲み込む。さて、最初に目に入ったのは。
「はーはっは! やった! 俺はやったぞ! これで正気を失うがいい!!」
 ――それで自分に惚れられたらどうするつもりなのだろうか。
「って……今飲ませたのホレグスリだろ! この野郎、ぶちのめす……あれ、この薄紅色の美しさと甘い匂いは桜の木?」
 牙竜はふらふらと夢見る乙女のような表情で起き上がり、ある1本の桜の木に近付いていく。舞台俳優のように両手を大きく広げ、大声で言う。
「1年にこの時期しか見られない雅な美しさ! 世界樹扶桑も桜だったな。つまり、マホロバへの愛国心と美しいものを慈しむ心が合わさって、ビッグバンに匹敵する感情の奔流の果てに辿り着いた真実」
 最後に、心からの感動を込めて。
「今ここで、桜の木に惚れたのか……まさしく、愛!」
 桜に惚れたらしい。イっちゃってる。
 しかも、愛! と言った途端に桜の幹をがばっと両手で掴んで腰を縦にかっくんかっくん振り出した。
 もう1度言おう。イっちゃってる。
「うおおおおおおお! 適度な硬さ! だがまだ柔らかいぞ、力を入れろおおおおお!」
 そら桜の木は鋼鉄のようにはならないだろう。しかし私服で何のプロテクターもなくピーーーを全力アタックさせて痛くないのだろうか。
 感覚までイっちゃったらしい。
 傍で桜を見ていた家族連れが眉を顰めてシートを畳む。
「ちょっと……なにあれ、こわい」
「全く、昼間から若いやつは……さっき、ヒーローとか聞こえた気がするが気のせいだな」
「花の色が薄紅色から紅色に! 感じてる! 感じてるんだな!」
 錯覚である。もうほっとこう……。