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リアクション
■ キッチンでの嘘 ベランダでの約束 ■
新幹線とタクシーを利用して、伊礼 悠(いらい・ゆう)は福島県南部にある実家へと帰省した。
悠は二階建ての我が家の前まで来ると、ふと足を止めて逡巡した。
「どうかしたのか?」
ディートハルト・ゾルガー(でぃーとはると・ぞるがー)に聞かれると、悠は何でもないですと首を振る。
久しぶりに実家に帰れることは嬉しい。けれど同時に、実家を離れている期間にパラミタで何が出来たか、どれだけ成長したか……そう考えると自分自身に自信が持てず、パラミタに送り出してくれた両親に申し訳なく思ってしまったのだ。
けれどここまで帰ってきたのだからと、悠は深呼吸して扉を開けた。
「あ、お姉ちゃんお帰り。オッサンも一緒なんだな」
弟の淳哉が廊下の向こうから顔を覗かせると、その後ろからおっとりとした笑顔の母、伊礼 洋子が現れる。
「悠、ディートハルトさんも疲れたでしょ。もうすぐごはん出来るから、ゆっくりしなさい」
「うん、ありがとう」
そう言ったけれども、しばらくするとどうしても落ち着かなくなって悠は母の家事を手伝いだした。座ってお客さんしているよりも、こうして手伝っている方が、家に帰ってきた実感も湧く。
しばらくすると父も帰ってきて、伊礼家の夕食が始まった。
メニューはハンバーグ。悠にとってはこれがいわゆるお袋の味的なものだから、無性に懐かしい。
高校1年生でバスケ部に入っている淳哉は、ぺろっと二人前を食べて平気な顔をしている。悠はもちろんそんな訳にはいかなかったけれど、母の味付けのハンバーグは本当に美味しく食べられた。
片づけはいいわよと言われても、やっぱりじっとしていられずに悠は母と並んで食器を洗った。
「悠、向こうの生活はどうなの? 辛いことはない? 無理はしてない?」
パラミタに行きたいと悠が言ったとき、母は応援してくれた。心配そうではあったけれど、頑張ってねと送り出してくれた。
今も応援してくれるのは変わりないけれど、娘が向こうでどうしているのか、母が気に掛けていないはずはない。
「無理は……してないよ。大丈夫。頑張ってるから」
悠がそう言って微笑むと、母はその言葉を信じて安心した様子だった。
(ごめんね、お母さん……)
嘘をついて。
本当は自信がない。けれどそれを口にしたらきっと心配をかけてしまうから――。
母を手伝っている悠の後ろ姿を見やってから、ディートハルトはベランダに出た。
悠の家族は温かい。そして皆が悠のことを思っているのが伝わってくる。
この幸せを壊さない為にも、自分は絶対に悠のことを護りきらねばならない。改めてそう感じられた。
「ディートハルトさん、ちょっといいかな」
背後から悠の父である伊礼 賢之助に声を掛けられて、ディートハルトは意外に思った。
夕食の間、賢之助はディートハルトとどう接して良いのか迷うように、微妙に距離をおいた会話をしていたからだ。娘のパートナーが自分と歳の近い男性である為に逆に戸惑いがあるのだろうと、ディートハルトもその距離感を保っていたのだけれど、その父親の方から話しかけてくるとは。
ディートハルトがどうぞと言うと、父親は多少ぎこちなさの残る態度ではあったけれど、悠たちのパラミタでの生活について尋ねてきた。
一家の大黒柱としてしっかりした性格の賢之助ではあるけれど、娘のことは人一倍心配している。直接あれこれと悠に問いただしたりはしないが、その分、向こうでの暮らしは気になるのだろう。
ディートハルトがそれにきちんと答えると、賢之助はありがとうと礼を言った。
「娘がずいぶん世話になっているようだね」
「いや、私は悠の頑張りに少し力を貸しているまでのこと。世話になっていると言うなら、私の方だ」
その答えを聞いて、賢之助はしばし黙った。そして唐突にディートハルトに深々と頭を下げた。
「父上殿……?」
「娘をよろしく頼む。悠を護ってやってくれ……」
どんなに心配でも地球にいる自分は悠に手が届かない。賢之助が悠のことを頼めるのはディートハルトしかいないのだ。
いきなり頼まれてディートハルトは驚いた。
けれど悠を護りたいという想いはディートハルト自身のものでもある。
「分かった。必ず護る」
ディートハルトはそう言うと、力強く頷いた。
自分の心に決意を刻み込むように――。