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地球に帰らせていただきますっ! ~3~

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地球に帰らせていただきますっ! ~3~
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 ■ 縁の妙 ■
 
 
 
 実家のドアを開ける前に、高峰 結和(たかみね・ゆうわ)は共同廊下から少しだけ乗り出して下を見た。
 ベランダ側は芝生になっているけれど、こちら側は道路と駐車場。車がミニカーのように並んでいる。区切りに植えられた低木は今はきれいに刈り込まれていた。
 ここで暮らしていた頃は12階は凄く高いと思っていたけれど、イルミンスールでの暮らしに慣れてしまった今ではそうでもなく思えるから、ちょっと面白い。

 そんなことを考えていた結和は、不意にわしわしと頭を撫でられ振り返った。
 そこにいたのは結和の2つ年上の兄、高峰 智也だった。
「迎えに来てみりゃ、何ガキみたいにはしゃいで下見てるんだ、よっ」
「びっくりした! わかんなかったよー!」
「へっ、契約者サマがざまぁねーな! 自衛官なめんなよぉ」
 年頃の女の子なら、こんな勢いで撫でたら髪型が崩れると嫌がるものだけれど、結和はただ笑って兄妹の触れあいを受け入れてくれる。そんなところが俺の妹の可愛いとこだと、智也は一層結和の頭を撫で回した。
「お兄ちゃん、変わってないねー」
 久しぶりに受ける“妹扱い”が嬉しくて結和が言うと、智也はばっか、と軽く頭をこづいてきた。
「いくぞ、親父もじーちゃんもお待ちかねだぜ」
「はーい」
 と結和は玄関を開けようとしたが、その前にドアが壊れそうな勢いで開いて祖父のバルシュ・オズディルが飛び出してきた。

「お帰り結和! 俺の砂糖菓子! ちょっと見ない間に大きくなったな!」
 まるで30年ぶりに再会したかのように、バルシュは結和を熱く抱擁する。孫にベタ甘な上に情熱的なロマンチストのバルシュだから、熱烈歓迎雨あられ。
「も、もうっ。お爺ちゃんたら、またそんな……は、恥ずかしいですよー……っ」
 照れる結和が可愛いからと、バルシュは顔をのぞき込み、またトルコ人特有の甘い言葉で褒めちぎる。
「瞳が前より綺麗になったなぁ。宝石みたいだ。おっかさんの色に似てきたぜぇ」
 バルシュがおっかさんというのは、結和からみて曾祖母にあたる。結和と同じ金の瞳をした美人母だったと、よくバルシュは自慢する。
「……えへ。ありがとう。ただいまっ」
 バルシュの歓迎に掴まるといつ放して貰えるやら分からない。けれど今日は、バルシュは何か思いついたように結和に回していた腕を解いた。
「そういや、結和に見せたいもんがあったんだ。ちょっと取ってくるからな」
 そう言ってバルシュはいそいそと家に入って行った。

 解放された結和は、バルシュの後ろにいた父、高峰 拓に笑いかけた。さっきからずっとそこにいたのだけれど、バルシュのべた可愛がりが相変わらず過ぎて、拓は声をかけることが出来なかったのだ。
「……お帰り」
「お父さん、ただいま」
 そう挨拶すると、拓は結和の瞳をのぞき込み、うん、と目を細める。
「強い瞳に、なったね」
「そ、そうかなー? お爺ちゃんにも言われましたけど……」
 結和は確かめるように自分のこめかみに触れ。
「……うん。ちょっとずつ、だけど……私も。頑張れてる、って思うの」
 はにかみながらそう答えた。
 この家で暮らしていた頃は、結和は自分も軍人のようにならないといけない、そうでないと護れないと思っていた。
 けれど、そんなことはないとパラミタでの毎日が教えてくれた。
「鈴が帰ってくるのが楽しみだな」
「お母さんはいつ帰ってくるのー?」
「明後日だよ。きっと結和に会いたくて飛んで帰ってくると思うよ」
 ただ家の形に自らを当てはめようとするのでなく、自分の在り方を今まさに模索している。そんな結和の成長を母の鈴もきっと喜んでくれることだろう。

 と、そこに奥からバルシュが戻ってきた。
 結和に見せたいと持ってきたのはトルコ語の古い本。バルシュは熱くその本について語った。
 蔵から出てきたこと。先祖が書いた本の写本であるらしいこと。
「珍しい本が見つかったんですね」
 感心して耳を傾ける結和に、バルシュは本の表題――和訳『占いの全て』――を見せた。
「残念ながら詳しくは占いは一種しか載っていないんだ。原本は不思議とどこかに消えてしまったらしい。しかし一種は分かるから、これを元に、爺が占ってやろうじゃないか」
 結和はバルシュの土産の正体に気づくと、なにか可笑しくなって笑い出してしまった。
「すごいね。……運命って、あるかもしれないんですね」
「ん、なんだ? どうしかしたのか?」
 何故結和が笑うのか分からず、バルシュは首を傾げる。
 そこに、智也の声がかかった。
「玄関先でいつまで喋ってんだよ、コーヒー淹れたぞー!」
「はーい!」
 返事をしてから結和は、お父さんのトルコチャイが飲みたいなとねだった。
 
 
 コーヒーとトルコチャイ。おいしいお菓子を囲んで。
 たくさん、話をしよう。
 エメリヤン・ロッソー(えめりやん・ろっそー)と一緒にいろんな所に行って。
 小さな倉庫で優しい機晶姫さんを見つけて。
 その人がきっかけで、おかしな花妖精さんと出会って。
 そして、禁書房で唐突に、魔道書さんに契約を申し込まれたことも。
 
 たくさん、たくさん、話をしよう。
 賑やかなお爺ちゃんと、穏やかなお父さん、伸びやかなお兄さん。
 優しい家族に囲まれて――。