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【ザナドゥ魔戦記】ロンウェルの嵐

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【ザナドゥ魔戦記】ロンウェルの嵐

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第17章 決  戦(5)

 開戦して2時間経つか経たないかのうちに、戦場はすでに凄惨さをきわめていた。
 戦場を支配しているのは怒号であり、破壊であり、死だった。
 敵を打破することのみに集中し、警戒を決して怠らず、近づく敵は即座に斬り捨てる。ただひたすらに、己の命を守ることを第一とする。そうしなければ生き残れないと、意識的にであれ、無意識的にであれ、だれもが悟っていた。
 であるならば、死ぬのは己でなく、面前の敵であるはずだ。致命傷を負うのは別のだれかでなければならない。
 だが戦において生死とは、まさに生か死かであり、それは己のみの選択肢ではなく、己と他者の奪い合いである。2人の者が2本の紐のうちどちらかを引く。片方には死があり、片方には生がある。そしてそれを決めるのは、戦場においては能力の優劣というよりも「運」であることがはるかに多い。
「ふふっ。生も死も運なら、あるいは勝つも負けるも運かもしんせんねぇ」
 人と魔が入り混じった戦場を見下ろし、レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)はつぶやいた。 
「お互い策を弄せどこのありさま。一応、まだ東カナン軍は密集態勢を保っているようですが、はたしてロノウェ軍は何を目的としているのか……ねぇ」
 東カナン軍の最先端の先には、魔力の塊を撃てるゴーレム型魔族兵の壁がある。それを突き崩さなければロノウェ軍本陣までたどり着けない。そして東カナン軍は突き込んでいて……。
「ああ、なるほどねぇ」
 ふいにレティシアは納得した。ジリジリと後退しているロノウェ軍は、押されているわけではなく、自ら後退しているのだ。突き崩されているように見せて、左右に割れた兵が後方に回っている。散っている兵もいるから惑わされ気味だが、層の厚さは変わっていない。
 そして東カナン軍は本陣との間が、散った兵によって分断されかかっている。敵陣深く入り込んでいるうちに本陣を狙われるのは、基本ではあるか。
 そうと悟った瞬間、なぜ自分たちに突入の合図が出なかったのかも理解する。
「この場合を想定しての温存だったというわけですねぇ。
 ではあちきらが、少し邪魔してさしあげましょう」
 そうつぶやくレティシアの横で、アルトリア・セイバー(あるとりあ・せいばー)がくるっと後ろの部隊を振り返った。
「速騎馬兵の皆さん。貴殿たちにお願いしたいことは、敵の戦力をできるだけこちらに引きつけること、そして敵の攻撃範囲内では何があっても……たとえ途中で自分がやられたとしても、足を止めないということです。それは、戦友であってもです。例外はありません。止めた時点で作戦は失敗すると思ってください」
 速騎馬兵ならではのスピードを活かしての、敵歩兵とのすれ違いざまヒット&アウェイ攻撃だ。
 生真面目に語るアルトリアを見て、レティシアはくすっと笑みをこぼす。
「あちきらはあちきらにできることをするだけですよ。ねぇ、ブルーライトニング」
 愛馬ブルーライトニング号ののどをたたいてさする。それに応えるように、ブルルとブルーライトニングがいなないた。
 彼らの上空では、光の粒子をきらきらと舞い散らせる白き翼を持つミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)が、朗々と怒りの歌を歌い上げてている。その姿はさながら戦の女神、いや戦場の守護天使だ。彼女の歌声を耳にするだけで身内に力が懇々と沸いてくる――そんな者が自分たちについていながら、勝利以外あり得るだろうか? 速騎馬兵たちは確信する思いで剣を持つ手に力を込めた。
 やがて、彼女の歌声に気づいてレティシアたちの方を振り返る魔族兵が出始めた。
「さぁて。ではそろそろまいりましょうか」
 光輝く剣ヴァジュラを抜き放ち、高々と掲げる。
「決して振り向くな! ただ前のみを向いて斬り抜けよ! 東カナンに勝利を!」
 おお! と応える声を背に、先頭切って戦場へ駆けた。
 新たに参戦した数十の騎馬兵のたてる力強い蹄の音が戦場に重く響く。
 速騎馬兵は足で敵を翻弄し、戦線をかき乱すことを得意とする部隊である。アルトリア、レティシアの指揮の下、彼らはわずかも速度を緩ませることなく、馬上から敵魔族兵へと剣で斬りつけていく。たとえはじかれようとも決してその場にとどまることなく走り抜け、戦線を抜けたところでターンをし、再び戦場の魔族兵へと斬り込んでいった。
(ルーシェリア殿)
 斬込隊長の1人として彼らの先頭に立ち、雄々しく導きながら、アルトリアは心の中でここにはいないパートナールーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)に語りかける。
(あなたが戻ってこられるまで、こちらは自分がなんとかします。ですからどうか、御無事で)
「はああああっ!!」
 目の前に迫った敵兵めがけ、気合いの声とともにアルトリアはソニックブレードを突き入れた。


*          *          *


 後方にいては、もはや間に合わない。
 開戦直後から引きも切らず運び込まれてくる重傷者たちを前に、東雲 いちる(しののめ・いちる)は意を決して設営された救護テントを離れた。
 前線は最初の位置からかなり移動しており、そこから運ばれてくる途中で亡くなる者も少なくない。馬では間に合わないと、飛空艇を持つ者が急きょけが人の運搬係りとして戦場とテントを往復している。
 今もまた、カエルのゆる族の乗るオイレが、乗せられる限りのけが人を乗せて、いちるとすれ違った。
 だがそれらもすべて、乗っているのは東カナン軍兵士たちだ。魔族兵はいない。
 いちるは、魔族兵も救いたかった。
 敵まで助けたいとはおろかだろうか? 傷つけているのは人間なのに。その人間の1人である自分が、彼らを救いたいというのは茶番か?
 戦いは、きれいごとではない。汗をかいて互いの健闘を褒めたたえあうスポーツではないのだ。
 死は、当然のものだ。
 兵士たる彼らはそれを当たり前と受け止め、殺し合っている。そこには、暗黙の了解が存在する。口に出したりはしないが、人間であれ、魔族であれ、彼らは納得ずくで死を受け止めている。
 だが。
 傲慢と言われてもいい、いちるには受け止めることはできなかった。
 死が当たり前とはどうしても思えない。
(ああ……ネルガル様、私をおろかとお笑いになりますか? この、右手で握った剣で傷を負わせ、左手で薬を差し出すも同然の行為を。それとも、笑って「それがそなたの真ならば、貫いてみるがよい」とおっしゃりますか?)
 そうしてたどりついた戦場は、過酷にすぎた。
 いたる箇所に死体が転がり、致命傷を受けながら死にきれない者や馬が漏らす苦鳴がそこかしこから聞こえる。
 大気には濃い血臭にまじって、焼死した者の焼け焦げた肉のにおいが漂ってもいた。
 生きていようがいまいが関係なく、むさぼり食らうヘルハウンドの群れ。
 戦場は人の生き方も、価値観も、一瞬ですべてを破壊し作り変えてしまう――その意味が、初めて分かった気がした。
「こんな……」
 己の存在意義そのものを根底から揺さぶる、強烈な現実の醜い側面。あまりの地獄絵図に、いちるは息も絶え絶えになった。
「いちる!!」
 嘔吐にえづき、身を折ったいちるをギルベルト・アークウェイ(ぎるべると・あーくうぇい)が横から支える。
 力強い両腕が彼女の頭を抱き込み、目と耳をふさいだ。
「ギルさん……」
「やはりおまえには無理だ。テントに戻ろう」
 その言葉に、いちるの中でひとかけらの勇気が息を吹き返した。
「いいえ……いいえ!」
 ギルベルトの胸を押し、自分をあらゆる痛みから守ってくれるに違いない、温かな庇護の繭から抜け出す。
 涙を振り払い、辺りを見渡したいちるは目についた魔族兵に駆け寄った。
「私の声が聞こえますか? 今から血を止めます。少々痛いかもしれませんが、我慢してください」
 うめくばかりの魔族兵の耳元でそう告げ、割れた背中に手を添えて、命のうねりを発動する。
 魔法力で輝き始めたいちるの背中と、拒絶された己の手を、ギルベルトは交互に見た。
「だーから言ったでしょー?」
 ひょこっと脇からノグリエ・オルストロ(のぐりえ・おるすとろ)が顔を出す。
「そんな真綿でくるむような真似したって、いちるはちっともうれしくないって」
「だが……それが守るということだろう?」
 ギルベルトは言いよどむ。
 彼女を傷つけようとするものすべてから守る。ほかの方法を、自分は知らない。この手で守ることを拒否されたら、どうしていいか分からない。
「知ーらない。僕はいちるのこと、そういう意味で好きってわけじゃないしねー?」
 ノグリエはふんふんと鼻歌まじりに歩き出す。
「たださぁ、ギルベルト。あんまり真綿で囲っちゃうと、その真綿でいちるが窒息してしまうかもしれないって、思ったことある?」
「…………」
 ギルベルトは答えられなかった。ノグリエも最初から返事が返るとは思っていなかったようで、そのままいちるのそばまで行き、しゃがみ込む。
「いちる、いちる。ここは危ないよー? だからここで僕が見守っててあげるねー」
「言葉遊びは別の時にして、今はちゃんと働きなさい」
 クー・フーリン(くー・ふーりん)が苦言を呈した。その手は休みなく動き、周囲の地面を整え、けが人が少しでも快適になるようテントから持って来ていたマットを広げている。
「えー? まったくもー、騎士様ひとづかいあらいなぁ」
「ほかの傷ついた方々を、連れてきていただけませんか? お願いします」
 ぶちぶち言っていたノグリエが、とたん笑顔になった。
「いちるにお願いされたら、断れないなー」
「まったく、あの者ときたら……。
 我が君。薬箱はこちらに置きます。包帯等ひと通り入れてきたと思いますが、足りなくなったらお知らせください。取りに行ってまいりますので」
「ありがとうございます、クー様」
 それからしばらくの間、いちるは命を救うことに集中した。ほかは一切考えず、ただ目の前、消えそうな命の炎を絶やさないことだけを考える。
 どのくらい時間が経ったのか。ずっとうつむきすぎて、背中が折れそうな痛みに伸びをしたいちるの視界に、ノグリエやクーとともにけが人を黙々と運ぶギルベルトの姿が入った。無表情なのに、どこか悄然として見えるギルベルト。
 そんな彼をしばらく見つめていたいちるは、やおら立ち上がり、彼に近寄った。
「いちる」
「ギルさん。先ほどは申し訳ありませんでした」
「いや、べつに……ただ、俺は――」
「ギルさん。前にも言いましたけれど、ギルさんが守ろうとしてくださるのは、とてもうれしいんです。それがギルさんの愛情だと、私も知っています。それを感じられることは私の力になります。ギルさんに愛されるのは私にとって誇りです。でも、だからこそ、苦しいんです」
 分かってほしい。ほかのだれよりも、ギルベルトに。
 ギルベルトに分かってもらえなかったら、すべてが無意味に思えてしまうのだと。
「私は、ギルさんと対等でありたい。ギルさんが見るもの、聞くもの、感じるものを、ギルさんの横で一緒に感じたい。だから私の耳を、目を、ふさがないでください。私は生きる事にも学ぶ事にも痛みは伴うと、もう知っているんです。どうか目をそむけさせないで。ギルさんにそれをされたら、私はいつか従ってしまうかもしれない」
 ギルベルトのことが好きだから、応じてしまう。自ら自分の目と耳をふさいでしまう……きっと、いつか。
 でも、そうしたくないのだ。
「痛みを経験するからこそ学べることもたくさんあるって、ギルさんは知っていらっしゃるでしょう?」
「…………」
 ギルベルトは何も答えなかった。このまま、無言を通すのではないかと思われたとき。
「すまなかった」
 ぽつっとつぶやき、片手でいちるを抱き寄せた。目と耳をふさがないように気をつけて。
「……なんかなー」
 それを見ていたノグリエが、いまいち納得できないといった様子でつぶやく。
「真実を見せるって、そんな大変なことかなぁ。僕なら、いちるが見たいって言ったらいくらでも見せてあげるよ? それこそ目いっぱい。たとえそれでどんなに悲しんだって、どんなに傷付いたって、それはいちるの勝手だしね。それこそ心が壊れたって、いちるの自己責任じゃん?」
 だからこの悪魔は信用がおけないのだと、クーが無言でにらみ据える。その視線を受けて、ノグリエはくつくつと肩で笑った。かすかに開いた目で、いちるを見つめながら……。