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リアクション
第16章 襲 撃(4)
「なっ……!?」
ガーゴイルは大きく円を描き、隙間を抜けるように滑空しながら彼らとアナトの間を分断する。
不意打ちに彼らが翻弄されている一瞬の隙をついて、巨大な影がアナトをかつぎ上げ、さらった。
「きゃあ!」
「アナト!」
入口まで退いてくるっと振り返ったのは、召喚獣:ウェンディゴだった。そしてその隣には、いつからそこにいたのか、シーアルジストのゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)がシメオン・カタストロフ(しめおん・かたすとろふ)とともに、したり顔で立っている。
「だぁ〜〜〜っひゃっひゃっひゃっ!! そう簡単にお姫さんは渡せないなぁ!」
「きさま!!」
「おっと。ヘタに動くとお姫さんが大変なことになっちゃうぜぇ?」
ゲドーの合図でウェンディゴがアナトを抱く腕の力を強める。
「……ああ……っ」
苦痛に顔をゆがめ、意識を失ったアナトの姿に、その意が全員に伝わったのを見て、ゲドーは剣柄に手をかけたバァルを見た。
「でも俺様たち、この女にそれほど執着してるわけでもないんだよ。東カナン軍が来た今、もう人質としても用なしだからな。場合によっちゃあ返してやらなくもない」
「――条件は何だ」
「バルバトス軍のやつらからヨミちゃんサマを守ること。気付いてるだろーけど、今俺様たち襲撃受けてんだよね」
「なんじゃと? わしらはロノウェ軍と戦っておるのだぞ? その敵に助力を求めるとは、気概というものがないのか、ぬしらは」
ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)のあきれ返ったもの言いに、ゲドーは肩をすくめて見せるだけだった。そんな、あったところで腹もふくれない、邪魔になるだけのものはどうでもいいと言わんばかりだ。
「いーから、さっさと行ってこの城にもぐり込んでるバルバトスのやつらをぶっ倒してこい。そしたらお姫さんを返してやるよ」
「あっ、待て!!」
「だれが待つか、ば〜か」
目の前、手も足も出ずにいる彼らに向け、けひゃひゃっと勝ち誇った笑いを投げて廊下へ走り出たゲドーたちは、そのままどこかへ走り去ろうとする。
そんな彼らの前に、立ちふさがる者がいた。
もしもを考えて別行動をとっていた小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)とそのパートナー、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)だ。
「アナトさんを返しなさい!!」
ブライトマシンガンをかまえ、銃口をゲドーに向ける。
「今すぐ返すか、それとも痛い思いをして返すかよ!! 逆らうなら容赦しないからね!」
「……チクショウ!」
ゲドーは召喚獣:サンダーバードとフェニックスを召喚し、美羽へ向かわせる。
迫り来る火炎と雷電の獣を2匹の間にわずかに開いた隙間を狙った飛び込み前転でかわした美羽は、振り向きざまブライトマシンガンを放つ。光粒のような散弾が、うす闇できらめいた。
「うわわわっ!」
ゲドーはとっさに氷雪比翼を展開し、天井近くまで飛び上がる。
それを見て、バーストダッシュで走り込んだコハクがウェンディゴに至近距離からヒプノシスをぶつけた。拘束の緩んだ手からアナトを奪い取り、ヴァルキリーの脚刀がついた足で蹴り飛ばす。
「――ちっ!」
ウェンディゴの巨体に押されて壁まで一緒に吹き飛ばされそうになったシメオンだったが、寸前で回避する。しかしそのことにほっする間もなく――
「動かないでください。少しでもあやしいそぶりをすれば、斬ります」
ベアトリーチェの光条兵器の大剣が、ぴたりと背中に押しつけられる。
肩越しにかえりみたシメオンは、その冷ややかな視線に彼女の本気を悟って手を挙げた。
「コハク、アナト大丈夫?」
「うん。気を失っているだけみたいだ」
床に寝かせたアナトを上から覗き込む。
その周囲にバァルたちも集まってきたのを見て、ゲドーは作戦を変えた。
「言っとくけどな、ヨミちゃんサマを守るのはおまえたちのためでもあるんだぞ?」
「ハァ? なんでだよ。てめぇらで勝手に殺し合ってろよ。その隙にこっちはトンズラさせてもらうだけだぜ。アナトは返してもらったしな」
ヒルデガルド・ゲメツェル(ひるでがるど・げめつぇる)が言う。
「いいか、頭の回りがよくなさそーなおまえたちにも分かるように俺様が教えてやるからよーく聞け。
さっきのやつがなんでお姫さんを襲ったか分かるか? 単純に殺したいからってんじゃないぞ。八つ裂きにして、袋にでも入れて東カナン軍に送り届けるつもりだったのさ。「戦いを仕掛けてきたおまえらのせいでこうなった」とかなんとか、ロノウェちゃんの紋章入りのカードでもつけて。それ見たら、おまえらどう思う? 激怒すんだろお? ロノウェちゃんがやったってなぁ。
やつら、同じこと考えてんだよ。ヨミちゃんサマを殺して、おまえらのせいになすりつけようっての」
「なぜだ? あいつらがクソババアの手の者なのは分かるが、そんなことをして何の意味がある?」
吼える乱世を下に見て、ゲドーの眉がクイッと持ち上がる。
「アガデでもやったじゃんか。人間と魔族の徹底的な決裂。ロノウェちゃん、強いしー。人間の味方されると困るってワケ」
「けど、成功するはずがないだろ? おまえたちだっているんだ。たとえヨミが殺されたとしても、おまえらが言えば――」
「だれも言わないだろうね」
ゲドーが何を言わんとしているか、察したグレアム・ギャラガー(ぐれあむ・ぎゃらがー)がつぶやく。
「彼らはザナドゥについてるんだ。ヨミが生きている間はロノウェのために守りもするだろうけど、ヨミが死ねば状況が変わる。人間側にロノウェをつかせるくらいなら、バルバトスに口裏を合わせてロノウェに人間を憎ませた方がずっと得策だと考えるよ。バルバトスとロノウェを敵対させたって、何の意味もない」
「だけどバルバトス兵の死体だってあるんだぜ?」
「彼らは友軍だもの、城にいておかしくない。侵入者と戦ったと説明するか、死体を回収してもいい」
そういうこと、とゲドーは満足げにうなずく。
「……きったねぇ」
怒りに震える乱世の碧血のカーマインを持つ手がゲドーに伸びた。
「ちょっちょっと待て! 待て待て待てっ! 俺様は親切に教えてやったんだろ!」
「バァル様……」
蒼白な顔をしたエシムが前に出た。
「先ほどの戦闘で、短剣を、盗まれました……。あいつ、そのつもりで……」
「なんだと!?」
12騎士の武器、防具には、すべて東カナンの紋章とハダド家の紋章が刻まれることになっている。その剣でヨミを殺され、ロノウェに送られたら、何の申し開きもできない。
「取り返さなくては。だが、その前に」
バァルはいまだ意識を取り戻さないアナトに目を向ける。傍らにはティアンが膝をついていた。
「彼女は目を覚まさない方がいいかもしれません」
「きみは?」
「ティアン・メイといいます。彼女の護衛を担当していました。
彼女は今、あの部屋から出てはいけないという命令を受けています。そして、この城から出てはいけない、とも」
「命令を守れなかったらどうなる?」
「それは……」ティアンは首を振った。「わたしにも分かりません。ただ、命令を解除できるのは命じたロノウェか同等以上の力を持つ魔神だけと聞いています」
部屋の方はどうにかなるかもしれないが、城から出るなというのはロノウェにしか解除できないだろう。
「そうか」
ヘタに連れ出して、もし精神や肉体に障りが出たらまずいかもしれない。2隊に分けて彼女の護衛を置いて行くべきか、思案していると、ルカルカが服の下に下げていた魔石の首飾りを引っ張り出した。
「私に任せて」
アナトの上に魔石を乗せ、彼女を内部へ封じる。
「ロノウェに会うまでこうしていればいいわ。前のときもそうしたし。影響は出ないはずよ」
「だがこの城でいつまでも持ち歩くのは危険だ。何かの拍子に取り返されれば元のもくあみになる」
ウォーレンの指摘ももっともだった。
「じゃあどうするの?」
「俺とジュノが獅子の光翼で東カナン軍の本陣へ責任を持って送り届ける。
それでいいか? バァル」
バァルは少しの間考え込み、うなずいた。
「ああ。今なら敵の目は城内に向いている。きみたちだけなら隙をついて脱出できるかもしれない」
「もし見つかっても、俺の光術とワイヤークローで敵を翻弄してみせますよ」
ジュノ・シェンノート(じゅの・しぇんのーと)が請け負った。
「じゃあ。必ずまた会おう、みんな」
ウォーレンは3階の窓から獅子の光翼を用いてジュノとともに飛び立った。
「それで、われわれの向かう先だが――」
「ヨミのいる部屋は私が知っています。まだそこにいれば、ですが」
「では行こう」
ティアンを先頭に廊下を走って行く彼らを見て、ゲドーはほっと胸をなで下ろした。
アナトを人質にとろうとしたものの、その後、城から出られない彼女の扱いをどうするか考えていなかったのだ。
(邪魔だもんなぁ)
暴れられても面倒だし。
と、そこで解放されたシメオンを見る。
「これでいいだろ。あいつらの方が俺様1人よりずっとお役立ちだし」
「……いいでしょう。たしかにおまえよりはヨミ様のお役に立ちそうです」
自分で口にしたのだが、ひとに言われるとなんか腹が立つ。ムッとしながらも、ゲドーは城の玄関へ向かった。
「ローゼちゃん、今行くから待ってろよ〜」
* * *
そのころ
ローゼ・シアメール(ろーぜ・しあめーる)は。
「……あっ……あはっ……やっ……パ、パパぁ……」
浅い呼吸の中、身をくねらせ、途切れ途切れのあえぎ声をもらしていた。
「どう、気持ちいい?」
うつむき、赤くなったローゼの顔のすぐそばで、九十九がくすくす笑う。
そうする間も下に向けて伸ばされた彼女の手は動き続け、指がかすかな振動を加えるだけでローゼの体は小刻みに震えた。
「楽しいでしょう?」
反対側でハヅキが、ローゼのさらさらの横髪を掻き上げて耳にかけてあげる。
見下ろしてくる2人の笑い声が気に障って、ローゼは叫んだ。
「ロープでぐるぐる巻きにされたあげくずーーーっと足の裏くすぐり続けられて、こんなの楽しいわけないでしょー!?」
「あら? 楽しくない?」
九十九は手を引き戻し、持っていた羽でほおをとんとんして思案する。
「じゃあもっと楽しくて気持ちいい大人の遊びを教えてあげましょうか? ねぇハヅキ」
「そうですね……」
意味ありげな言葉とともに、ねっとりとした視線がローゼにからみつく。
「……わ、わー。たのしーなぁ、これ。すっごくたのしー」
「でしょう?」
にっこり笑って、九十九とハヅキは再び羽でローゼの足をくすぐり始める。
「ひゃーーーーっひゃっひゃっ! あはっあははっ……ああっ……やっ……」
(ひーんっ、パパー、早く助けに来てよ〜〜〜〜もう腹筋もたないよ〜〜〜っ)
その後、ゲドーが救出に駆けつけるまで、ローゼは涙を流して笑い転げていた。