リアクション
* * * ぶつかり合う2つの大軍。 波状となって飛来するいくつもの魔力の塊が地を揺るがし、穴を穿つ。それに巻き込まれた者は人も馬も関係なく、上空高く舞い上げられ、地にたたきつけられた。 魔弾は強力な銃弾を思わせた。直線に飛び、被弾したものを後方へ吹き飛ばす。貫かれれば命が危うい。 しかしだれもひるんだりしない。たとえ前を行く者が撃ち抜かれて落馬し、たとえ隣の者が吹き飛んだとしても。彼らは口々に雄叫を上げ、剣を抜き、最前線へと飛び込んでいく。 互いを突き崩そうとする剣げき音と、それをはるかに上回る怒号が満ち満ちた平野を後衛から見て、天禰 薫(あまね・かおる)はぽつり言った。 「………本当は、我、こうなる前に魔族さんたちと、お話ししたかった」 「天禰?」 隣でやはり戦況を伺っていた熊楠 孝高(くまぐす・よしたか)が眉をひそめる。聞き違いだろうか。確信がない。 あやしむ孝高の前、薫は孝高を見上げて、今度ははっきりと口を開く。 「ロノウェさん、だっけ。ここにいるの。彼女と、お話しをしたいなって思ってたの」 「何故?」 孝高は本気で首をひねる。 用いた言葉の意味は分かるが、なぜそんなことを言いだしたのか、薫の本意が掴めなかった。 薫は一度もロノウェと会うことはおろか、姿を見たこともなかったはずだが……? そんな孝高の疑問を見てとってか、薫はどこか言い訳めいた口調で言葉を次ぐ。 「……………彼女なら……お話、聞いてくれそうだったから」 薫はロノウェのことを直接には知らない。アガデでの夜は、人々を護り、助けることだけしか考えられなかった。1人でも多く助けるのだと、ひたすら捜して、炎と魔族兵があふれる街を人々とともにくぐり抜けた。今思うと、あれは奇跡だったのかもしれない。 けれど、助かったのはほんのわずか。その何倍、何十倍もの人々が、あの炎と煙、そして魔族のふるう冷酷な凶刃に斃れたことを知ったとき、薫の中の達成感は吹き飛んで、激しい無力感に襲われた。 自分にもう少し力があったら、もっと助けられた人がいたのではないか。もう少し、あと少し。 それが自分になかったせいで、人々は死んだのではないかと。 激しい虚脱に襲われる中、少しずつ、周囲の人々の会話が耳に入ってきた。会談でのやりとり、魔神バルバトスの策略。あと一歩でアガデは壊滅し、東カナンは降伏を余儀なくされていただろうということ。そして自ら勝利を捨て、兵を退いた魔神ロノウェ。 彼女となら、話をして、あるいは一歩を踏み出せると思ったのだ。 「………話して、解り合いたかったのか?」 「うん。話したいこと、たくさんあったのだ。でも……こんな状況だから、やっぱりそれはできないのだ」 薫は苦笑して見せた。 できるだけ軽く、かといってそんなに失望しているわけではないのだと、思ってもらえるように。 「みんな、ああして必死で戦っている。我の独断で、彼女に接近するわけにはいかないのだ」 それに多分、無理だろうし。 「確かにな。それに……俺は、アガデのときのように、あんなふうにはなりたくない」 何か、身に負った傷の痛みを薄れさせようとしているかのように、孝高は深く深呼吸をして息を吐き出す。 「孝高?」 今度は薫の方が、彼の言っている意味が分からず眉をしかめる。だがすぐに、ひらめいた。 あの夜、孝高は人々を連れて逃げる途中で、肩を負傷したのだ。 薫の手が、思わず孝高の肘を引く。 「………っ」 「大丈夫だ。俺はもう怪我とかしない。おまえも俺も、少しは強くなった。……あのときとは、違う」 「……ありがとう」 「――おーい、お2人さん。そろそろ行ってもいいか? なんか、敵の一角が崩れたみたいだぜ?」 すっかり存在を忘れられていた後藤 又兵衛(ごとう・またべえ)は、薫とは反対側にしゃがみ込んでにやにや笑いながら言う。孝高は少しほおを赤らめ、薫は元気よくうなずいた。 「今度は2人じゃなくて、3人なのだ。少しはみんなの役に立てるといいね!」 「又兵衛、寝るなよ」 「ちゃんと起きるって」 カムイ・クーを構える薫。 イヨマンテを構え、超感覚を解き放つ孝高。 幻槍モノケロスを構え、目をハッキリと開く又兵衛。 「我たち、頑張ろう! 生きよう!」 「死ぬつもりはないさ、天禰」 「目覚めたばかりなのにすぐ死ぬのはお断りだ。生きる」 3人は互いを見合い、真剣な表情で言葉をかけ合った1秒後、ハッと破顔したのだった。 * * * 魔と人が戦う戦場を、又兵衛は幻槍モノケロスとともに駆けた。どこかぼんやりとした半眼で、心ここにあらずといった風情ながら、その手で繰り出す槍は激しい。向かい来る魔族兵が突き出す槍をかわし、はじき、容赦なく貫く。 「………英霊になる前も、俺はこんなふうに戦っていたのかな」 刃についた血のりを振り切って、だれにも聞こえない声でつぶやく彼の流した視界に、ふと、奇妙な戦い方をする者たちの姿が入った。 銀色の髪をなびかせて、ミラージュを用いて魔族兵を翻弄している女……と、子ども。少し離れているが、していることは同じだから、おそらくパートナーなのだろう。 空を飛び回り、ミラージュで幻影を作り出してはときおりボディタッチといったちょっかいをかけ、サッと相手の手の届かない域へ抜けてクスクス笑っている。それに振り回され、あわてている魔族兵。ただ遊んでいるだけかと思いきや、ふいに魔族兵の体が引き攣ったように硬直した次の瞬間、血を噴き出してばたりと倒れた。 女は手を一切触れていない。ただ空中でクスクスと笑って見ているだけだ。 「ありゃあ、何だ?」 2人は移動し、次の標的を見つけるや、またミラージュで同じことを繰り返して魔族兵たちを一定の間からかうと、その魔族兵たちはいきなり発火して絶命してしまった。 「フラワシ……か?」 それなら、まぁ分かるか。 にしても効率の悪い戦い方だ。いや、本人たちには戦っているという意識はないようだ。あのクスクス笑いといい、からからうような仕草といい……「遊んで」いるという言葉の方がしっくりくる。 「悪趣味だなぁ」 ああいうのは俺の好みじゃない。そう結論づけて、彼らから目を離そうとしたときだった。 「はぐぅっっ……!!」 そんな、男の驚声がいきなり何もない空中でして、次いでバサバサッと地上に何か重い物体が落ちる音がした。 「あーあ、ツカサ。なんてドジなの」 「きゃははっ!! 流れ魔弾に当たるなんて、ツカサらしー!」 腹を抱えて笑っている子どもの足元で、ひゅうっと風に吹き流されてバタバタする布と、その下から男の足が見えた。どうやら光学迷彩とブラックコートで姿と気配を消していたらしい。――でも、なんで?? (いや、でも、倒れているんだから助けに行かないと――) あの2人、全然助け起こす気なさそうだ。そう思って、駆け寄ろうとした又兵衛は、ようやく自分が囲まれていたことに気づいた。 「しまった!」 あちらの3人に気をとられすぎた! あわてて幻槍モノケロスをかまえるが、一拍遅かった。相手の剣の方が早い。身に受けることを覚悟して、槍を引いた瞬間―― 「目を閉じて!!」 女性の声が降ってくると同時に、光が弾けた。 光術の強烈な光が魔族兵の目を焼く。それとほぼ同時に、又兵衛と魔族兵の間に空から高速できた何者かが割り入った。 「ふっ……」 間髪入れず黒い翼のヴァルキリーが、騎兵用と思われる柄の長いバルディッシュを軽々とふるう。一気に横なぎされた魔族兵たちが、一歩遅れてばたばたと倒れた。 「きみたちは……?」 「んあ? ああ、フェイミィ・オルトリンデだ。あいつはヘイリー・ウェイク」 振り返ったヴァルキリーは笑って自らを親指で指し、名乗った。 「ちょっとー! あいつはないでしょ、あいつは!」 ヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)はちょっと憤慨しているふうに腰に手をあてる。 「あたしはヘイリー」 「後藤、又兵衛だ」 「又兵衛、よろしくね! 今はこんな状況だからここまでだけど、また今度ゆっくりあいさつしましょ! さぁフェイミィ、次々っ。あっちでもだれか苦戦してるようよ」 はきはきとした、まるで跳ねる豆のような小気味いい言葉遣いでそう言うと、さっさと2人で飛び去ってしまった。 「……ああ、しまった。礼を言いそびれたな」 2人の消えた空を見上げたまま、頭を掻く。 「まぁ、今度会ったときでいいか」 ふと思って、先の3人に視線を投げると、もうそこには3人の姿はなかった。はるか遠くでまた同じことをしている2人の姿が見える。男の姿も消えているということは、魔鎧をつけていたか何かしてて、それほどのけがでもなかったのだろう。 良しとした又兵衛の視界に、またもや彼に向かってくる魔族兵たちの姿が入った。 まだ戦いは続いている。今度は油断しない。 ひゅっと風を切る音をたて、幻槍モノケロスをかまえる。彼の思いに呼応するかのように、刃が光輝の光を発した。 |
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