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【ザナドゥ魔戦記】ロンウェルの嵐

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【ザナドゥ魔戦記】ロンウェルの嵐

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第9章 侵  入

 壁に開いた大穴を前に。
「おやー? ちょーっとやりすぎちまったかなぁ?」
 白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)は梟雄剣ヴァルザドーンを引き戻した。
 巨大な刃を持つ最凶最悪なこの大剣は、大岩を組み合わせて作られた頑丈な岩壁をチーズか何かのように切り裂いて、ほんのわずかも刃こぼれしない。まだ少し力加減が掴みきれていないが、この威力には文句なしだ。
「さーてっと。ちゃっちゃとあのクソ犬と女ブチ殺しに行こーぜ」
 なんたって、バルバトスからの「お願い」だからなー♪
「今日はまた、いつも以上にご機嫌だねぇ」
 ふんふん鼻歌まじりに壁をくぐって城内へ侵入する竜造に、ぼそりと松岡 徹雄(まつおか・てつお)がつぶやく。
「あの……徹雄さん、知ってますか? 竜造さん、バルバトス……様に、ラブレター出したんですよ」
 その内容をアユナ・レッケス(あゆな・れっけす)は小さな声でたどたどしくそらんじた。

  『アガデではおまえの本音を体感した。
   それについてどうこう言うつもりはねえが、あえて言っておく。
   俺は死なねぇよ。おまえの千年単位になるビンテージ級の憎悪を独占するまではな。
   だが、おまえが無様にぶっ殺されるような事があったなら、その憎悪。おまえがナラカまで持っていく前に俺が奪ってやる』

「ほー。それはたしかに恋文だ。まさか竜造が恋文を書く日が来るとはねぇ」
「なんでそれをおまえが知ってる! つーか、読むなよ、ひとの手紙を!」
 無表情でぱちぱち手を叩く徹雄と、青ざめてその後ろにこそこそ隠れるアユナ。
「ご、ごめん……なさい」
「――ちッ。
 いいから仕事モードに入れ、徹雄。アユナもだ。ここは敵の本拠地で、どこから魔族が出てくるか知れたモンじゃねぇ。それどころか向こうについたコントラクターだっているんだ。気ィ引き締めていけよ」
 ぶつぶつと文句を言いながら廊下を進む竜造に、アユナはこっそりため息をついた。
 アガデでいいように使われ、おとりにされたあげく城ごとつぶされそうになったというのに、反対に執心するなんて。てっきり「ぶっ殺す!」とか言って、乗り込んでいくかと思ったのに。男の人の考えることって、ちっとも分からない。
 アユナにしてみれば、むしろこれは何の義理もなくなったということだった。その程度にしか自分たちのことを思っていないバルバトスの言うことをきく必要なんか、どこにもない。
 とはいえ、竜造につきあう以外、とりたててすることもないし。
(それに、まだここは調べていませんから。もしかしたら、ここのどこかにトモちゃんがいるかもしれません)
 魔女のフラスコで殺す前に、訊いてみるといいかもしれない。「トモちゃんを知りませんか?」って。
 それから殺したって、いいはず。
 自分のした考えに、こくんとうなずいた。
「アユナ!」
 曲がり角から身を乗り出した竜造が、いらいらと名を呼ぶ。
「は、はいっ……」
 アユナはあわててそちらへ駆け出した。


*          *          *


 バァルたち奪還部隊は、竜造のたてた崩落音を地響きとして感じ取った。
「今のは……地震、ですか?」
「違う」
 支えを求めて腕にかかった紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)の手を、そっとはずさせる。
「あれは城のどこかが崩れた音だ」
 つまりはあの城の中で、何かが起きているということ。
 バァルの手がバスタードソードにかかる。次の瞬間、バァルの姿がその場から掻き消えた。
「バァルさん!?」
 驚く彼らの前、バァルは一気に通りを渡り、城門の番兵3人を一瞬で斬り伏せた。
 その動きはまさに風。斬られた魔族は、剣を抜くどころか自分の身に何が起きたかも気付けなかっただろう。かつて疾風バァルと呼ばれたゆえんである。
「バァルさん!」
「行こう。中で何か深刻なことが起きているようだ。早く姫を連れ出さなければ」
 仲間が駆けつけてくるのも待たず、門をくぐって行こうとする。
 そのまま振り返りもせず走り出そうとしたバァルを見て、高柳 陣(たかやなぎ・じん)が眉をしかめた。
「おい、ちょっと待てバァル」
 ――ゴン。
 突き飛ばされたバァルの額がみごと、門柱に激突した。
 額に手をあて、痛みをこらえるバァル。
「お、お兄ちゃん!? いきなり何を――」
 大型騎狼の上で、ティエン・シア(てぃえん・しあ)があわてた。
「うるせェ。ちょっと黙ってろ」
 振り返ったバァルの前に、ずいっと踏み込む。
「バァル、俺ァ今さらごちゃごちゃ言う気はなかったんだけどよ、やっぱ、これだけは言わせてもらうぜ。
 もっと周りを見ろ。俺らはみんな、おまえに何があったか知ってる。おまえが何を思ってここにいるかもだ。アナトさんを救いに来たっていうのもそうだが、みんなそんなおまえを心配して、集まってもいるんだ。思い詰めるあまり何か無茶して、ばかなことしでかさないかってな。
 なぁ、バァル。俺たちを本当に仲間と思うなら、俺らの覚悟を背負う覚悟、しろよ」
「陣、わたしは――」
「どうせおまえのことだから、また自分の命と引き換えに、とか考えてんだろーけどな、死ぬのは逃げだ。死ぬってのは、何もかも置き去りにしていく事だからな。ザナドゥへ一緒に来た俺らの覚悟も、東カナンのやつ1人ひとりがおまえに託してる思いも全部だ。それは、ポイッと投げ出せるほど軽いもんじゃないだろ?
 今、自分がどんなツラしてるか気づいてるか? みっともねぇ。ずっとそんなツラしてるから、おかげでうちのティエンがおびえっぱなしじゃねーか」
「お兄ちゃん! ボクはそんなっ」
「ティエン……?」
 突然話を振られて驚いたものの、ティエンはバァルがアガデを発って以来初めて自分をまっすぐ見てくれたことに気付いて、口を閉じた。多分、今が伝える唯一のチャンス。
 大型騎狼からすべり降り、バァルの前に立った。
「バァルお兄ちゃん。あのね、バァルお兄ちゃんは、全部自分のせいだから自分が責任をとらなきゃ、って思ってるかもしれないけど、でも、それって違うよ。だれかの「せい」とかって、ないんだよ。アナトお姉ちゃんも、きっと、バァルお兄ちゃんのせいだなんて思ってないし、そんなこと思われてると知ったら、悲しいと思う。ボクだって……もし魔族に捕まって、助けを待ってて……バァルお兄ちゃんが来てくれたとき、それが自分のせいだからっていう理由だったら、とってもとっても悲しいもん」
「そうだ、バァル!」
 ルオシン・アルカナロード(るおしん・あるかなろーど)が気炎を揚げた。
「アナト姫がなぜアガデにとどまらず、この地へ来たか分かるか? おまえに剣を向け、傷つけてしまったと思ったからだ。そのことを悲しんで、おまえに顔向けができないと去ったのだ」
 彼の弁舌に反応を示したのはバァルだけではなかった。
 後方にいたトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)も、ぴくりと眉を震わせる。
 その胸に、最後に見たアナトの姿が再びよみがえった。
 すべてを覚えている。燃える街を背に、風になぶられながら、所在なさげに立つはかなげなその姿。
『またいつ操られることになるか分からないから……そうなったら、バァル様やあなたたちを傷つけてしまう。今度こそ殺してしまうかもしれない』
 にじんだ涙に濡れそぼった目でトライブを見つめ、震える唇が声にならない言葉をつぶやいた。
『そんなことには耐えられないから……』
 そして彼女はトライブの手をすり抜け、ロノウェとともに去った。
 かすかに触れた彼の指に、消せない震えだけを伝えて。
 ――ガツッ!
 こぶしが、人知れず壁を打つ。
「……そんな彼女におまえができることは何だ!? 男を見せろ、バァル! 覚悟を示せ!」
「って……え……? 一体何を言って……」
 先からずっと話の要領を得られずにとまどいっぱなしのバァルの胸ぐらを引き寄せ、ルオシンは重ねて言った。
「女の方からそういったことを言わせるな。彼女はまだ自分の想いに気づいていないだけなのだ。
 ……おまえもそうだ、バァル。彼女を好きなのだろう? 再会したら抱き締めて、キスのひとつくらいして、愛してると言ってやれ!」
 最後は、バァルにだけ聞こえるように、こそこそと。
「――は?」
「そうすれば彼女はきっと一緒に戻る決意をするだろう」
 本気で言っているのか、注視するバァル。しかし目の前にあるルオシンの表情は真剣そのものだ。
「いや、ちょっと待て。おまえ、何か誤解してないか?」
 絶対している。
 きちんと彼の誤解を解こうとしたバァルだったが。
 きゅぴーーーーん☆ と瞳を輝かせて、七刀 切(しちとう・きり)月谷 要(つきたに・かなめ)が悪ノリに走った。
「そーそー。バァルはさー、アナトさんをきちんと助け出して、言うこと言わないとなー」
 肩に腕を回し、もたれかかる。
「切、おまえも何を言っている?」
 いぶかしむバァルの目の前に、要がデジタルカメラを突き出した。
「これ、なーんだ?」
 ピカピカ光を発しているワイドサイズの液晶モニターには、砂まみれになったバァルの姿が……。
 あの、サンドアート展でサンドフラッグ競技に参加したときのものだ。自動でスライドされていく中には、砂の塊を頭の上に乗せているものや、はては甲冑の隙間から滝のように砂をこぼしているコミカルなものまである。というか、コミカルなものばかりというべきか。
「ちょっと待て、おまえ!」
 いつの間にそんなものを!?
「ふはははーーーーっ! ワイたちをなめてもらっちゃ困るなー、バァル! たとえうまい料理は食べそこなってもオイシイ瞬間は決して逃さない、それがワイらのモットー!」
 デジカメを奪いとろうとしたバァルを、切がしっかり羽交い絞める。
「切、放せ! ふざけるな、おまえたち!」
 躍起になるバァルの前、要はニカッと笑って顔の横でデジカメを振ってみせる。
 液晶モニターには、笑顔で互いを見つめ合うバァルとアナトのアップが映っていた。
「アナトさんと一緒に2人で無事に帰って来ないと、サンドアート展で撮った面白おかしい写真をバラまいちゃうZO☆」
「いいから渡せ!!」
「おっと」
 ひじ打ちをさっとかわした切は、拘束を解き、すばやくバァルの脇をくぐり抜けて逃げ出した要のあとを追うように駆け出す。
「待て! おまえら!!」
 声を荒げて肩をいからせるバァルに、わははーーーーっと底抜けの笑いを見せて、要と切は走って行った。
「まったくもう」
 少々あきれ気味に霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)が、無言の黒之衣 音穏(くろのい・ねおん)と並んで2人を追う。
 あんなもの、領主の体面を傷つけるものにしかならない。奪い取って破壊しなくてはと、思わずあとを追いかけたバァルだったが。
「バァルさん、あまり騒ぐと気づかれます。移動しましょう」
 緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)が待ったをかけた。
 それが事実であるように、城の角から魔族の一群が現れる。くしくもそこは、切や要の向かった方角だった。
 魔族の出現に足を止めることもなく、むしろ迎え打つように武器を抜く彼らを見て、バァルも悟る。彼らは最初からそのつもりで離れたのだと。
『アナトさんと一緒に2人で無事に帰って来ないと――』
 つまりは、そういうことだ。
 脱力した今、振り返ってみると、ついさっきまでの何がなんでもという自分がばかのように思えるから不思議だった。
「まったく……あいつらは」
 ふうと息を吐くバァルの面には、いつしか苦笑が浮かんでいる。
「行きましょう、バァルさん」
「分かった」
「バァルお兄ちゃん……」
 ティエンがまだ、心配そうに見ていた。
「ありがとう、ティエン」
 もう大丈夫だと、すれ違いざま髪をクシャクシャッとする。
「いいの? ティエン。どう見てもあれは、あなたが女の子だって気づいてないわよ?」
 掻き乱されて鳥の巣になってしまったティエンの髪を、ユピリア・クォーレ(ゆぴりあ・くぉーれ)が優しく梳きとかす。
「……うん。いいんだ。だってバァルお兄ちゃん、今、大変なんだもん」
「ああっ! なんてけなげなの! これこそまさしく愛する人を思いやる乙女の心――」
「はいはい。そこでストップな」
 シパーーーン、と陣が緑のスリッパで後頭部をひっぱたく。
「今回もおまえの妄想につきあってるヒマはねーんだよ」
「痛いじゃない、陣! ってゆーか、それどこから出したの!? そんなの持ち歩いてるの!? もしかして常備品!?」
 ユピリアのパートナーである以上、必需品かもしれない。
「いいからさっさと前へ行け。ティエンをしっかり守るんだぞ」
「分かってるわよ。でも、陣は?」
「俺ァ殿を行かせてもらう」
(なにしろ、不安分子はバァルのほかにもまだまだいるからな)
 途中から入ってきた衡吾と、そしてアナトの弟のエシム・アーンセト。
 衡吾の方は遙遠たちが気にかけているようだからいいだろう。陣はもう1人のエシムに目を向けた。
 今、エシムは隊の中ほどで、ウォーレン・アルベルタ(うぉーれん・あるべるた)と隣り合わせで歩いていた。ウォーレンは本陣を発ってからずっと、何かとエシムに声をかけ、彼を1人にしないよう気を配っている。
 それは、ウォーレンのパートナーであるジュノ・シェンノート(じゅの・しぇんのーと)も少々あきれ気味になるほどのかいがいしさだった。ウォーレンが見ていないと分かると、ジュノはときどき嘆息までついている。
 それで、そうされるエシム本人はといえば、大概がまとわりつくウォーレンをうとましそうに見、ウォーレンの向けてくる気安さに噛みついているように見えたが、それでも無視はせず、きちんと返事を返していた。
 今もまた、ウォーレンから彼の妹の話を聞き、アナトについてを尋ねられ、言葉少なに話している。後見人に引き取られ、幼いころに別れ別れになってしまったこと、それからもときどき会いに来てくれたこと――
(うーん……なーんか危なっかしいんだよな、あのお貴族サマは)
 だからこそ、ウォーレンもああやって声がけをして、いろいろと世話を焼いているんだろうが。
 まぁ、俺でも分かるくらいバレバレなんだから、ほかのやつらも気付いてるだろ。そう結論づけて、陣は頭を掻く。
 やがて城内に入り、彼の前でぴたりと小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が足を止めた。
「ん? どうした」
「ううん、なんでもない。ちょっと靴ひもほどけちゃって。先行ってくれる? すぐ追いつくから」
「そうか」
 うずくまる美羽の横を陣が通りすぎる。
 少しして、美羽はすっくと立ち上がった。
「いいんですか? 美羽さん」
 ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)の言葉に、美羽はうなずいた。
「うん。大丈夫。バァルにはみんながついてるし……それに、お守りもちゃんと渡してあるから」
 イナンナ・チャーム。それをバァルが胸ポケットに大事に入れてくれているのを、美羽は知っていた。
「もう……もう、あんなバァルは見たくないよ。あんなふうに笑ってほしくない」
 声を殺して泣くことも。
 空中庭園でのことを思い出し、ぎりとこぶしを固める。
「私、バァルには声をあげて笑ってほしい。あの、サンドフラッグのときみたいに」
「……うん。そうだね」
 コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)も同意する。
「あのとき、彼本当に楽しそうだった」
 あれからまだ半年も経っていないのに、バァルはほとんど笑わなくなってしまった。まるで初めて会ったころの彼みたいだ。決意に凝り固まって、柔軟さを失って。
 さっきようやく少し笑ってくれたけれど、美羽が見たいのはあんな笑みではない。もっと、心の底からの笑顔だ。
 幸せそうに笑うバァル。
 それを見るためなら、何だってする。
「行こう、コハク、ベア」
 2人を連れて、美羽はバァルたちとは反対側の通路に向かって走り出した。