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【ザナドゥ魔戦記】ロンウェルの嵐

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【ザナドゥ魔戦記】ロンウェルの嵐

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第11章 決  戦(3)

 魔弾や魔力の塊が飛びかうザナドゥの空を、リネン・エルフト(りねん・えるふと)は銀色に輝くペガサスにまたがって飛んでいた。その名はナハトグランツ――『宵闇の輝き』の名を持つこのペガサスは、今まさにその名にふさわしき気高さでもって人心を引きつけている。
 それはまさに闇の中、ただひとつ輝ける星――。太陽も月もなく、星がまたたくこともないこの闇に閉ざされたザナドゥに生まれ落ちた者で、その輝きに魅せられないものがいるだろうか?
 まるで吸い寄せられるかのように、天使と見まごうばかりの羽を持った飛行型魔族が遠巻きに周囲を囲う。軽量化を重視された簡易な鎧、槍を手に持つ彼らに視線を投げながら、リネンはごく自然と剣柄に手をかける。
「……いくわよ、グランツ」
 リネンの言葉を完全に理解しているかのようにナハトグランツはひと声いななくや眼前の敵に突進した。
「はああっ!!」
 すらりと抜かれたカナンの剣が振り切られ、冷厳たる一閃となって盾のようにかざされた槍ごと敵を切り裂く。敵の輪を抜けた彼女の指示に従い、ナハトグランツは旋回し、次の敵に向かって突貫する。
 しかしいくらナハトグランツが優れたペガサスであっても、自翼を用いて自在に空を飛ぶ魔族兵の機動力にはかなわない。でき得る限り一撃離脱の戦法をとっていたが、やがては彼女たちの動きに慣れた魔族兵たちによってその剣先は受け止められ、防がれることの方が多くなってきた。
「くっ……!」
 ときに刃を合わせ、鋼同士の噛み合う音を響かせながら切り結ぶ。紙一重で避けることでたとえ肌に裂傷が走っても、決して退くことはない。あらゆる方位から挑みかかってくる魔族兵を相手にことごとく勝利し、果敢に剣をふるうリネン。
 その姿を前に、フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)はいつの間にかわれ知らず見とれていた。
「フェイミィ様?」
 いつまでも動こうとしない主に、ワイルドペガサスに乗ったオルトリンデ少女遊撃隊の少女が怪訝そうな声を漏らす。はっとわれに返り、フェイミィは苦笑を見せた。
「悪い。ぼーっとしちまった」
 少女たちもまた、笑みを返す。
「よーし、俺たちも負けてらんねぇ! オルトリンデ遊撃隊、いくぜ!」
「はいっ!」
 ライド・オブ・ヴァルキリーを発動させたフェイミィは強化光翼との相乗効果で流星を思わせる光跡を描いて闇を渡る。そしてリネンの背に向かって魔弾を放とうとしていた飛行型魔族を、魔弾の光が手を離れるよりも速く光輝のバルディッシュで一刀両断にする。
 その動きはまさに疾風迅雷。
「フェイミィ様」
「おまえらは1対3であたれ。地上からの魔弾や魔力の塊にも注意して、決して無茶すんじゃねぇぞ!」
「分かりました!」
 フェイミィの指示を受け、オルトリンデ遊撃隊は手近にいた飛行型魔族へと向かう。2人が槍で相手を翻弄している隙に、もう1人が弓を射ていた。
 彼女たちの連携を見て、大丈夫と納得したフェイミィもまた、次の飛行型魔族を見つくろう。リネンは強いが、一度に近接と遠距離と双方は相手できない。
 彼女を魔弾で狙う魔族は俺がすべて斬り捨てる。彼女が安心して目前の敵に集中できるように――フェイミィの意志に呼応するかのように、強化光翼は闇空にありて一層強い輝きを放った。


*          *          *


 ナナたちが敵左翼に突撃をかけたとほぼ同時に、ラック・カーディアル(らっく・かーでぃある)が右翼に攻撃をかけた。
「プランCってとこだね」
 中距離の位置から弓騎馬兵に矢を射かけさせる。前もって通達してあったラックの作戦に忠実に、弓騎馬兵は正面ゴーレム型魔族兵ではなく、その上を超えるように矢を放つ。放物線を描き、落下の加速で威力の増した矢は、魔弾を放つ魔族兵に雨のように降りそそいだ。
 彼らの攻撃に気づいた前衛のゴーレム型魔族兵が、矢の出所目がけて魔力の塊を撃ち込む。さながら砲撃のような音を立てて空を渡ったそれは、地面に命中した瞬間ドゴン! と重い爆発音を発した。まるで噴水のように数メートルの高さまで巻き上げられた土や石ころがパラパラと音をたてて降ってくる。
 しかし人間の悲鳴は一切ない。そのための放物線でもあった。射たあとはすぐさま場所を移動するように指示してある。
「第二射、かまえ」
 弓騎馬兵とは別方向の暗がりに潜むラックにも、弓騎馬兵の姿は見えない。彼は目を閉じ、戦場の友であるスナイパーライフルを抱いて、彼らの姿をまぶたの闇に思い描く。
「斉射」
 すると、まるで彼の言葉に従ったかのように、ひゅんっと空を切る矢の音が聞こえた。
 うす闇の空に、数十の炎の花が開いている。火矢だ。それは狙いどおり油袋をくくりつけていた最初の矢と同じ場所に落ちて、周囲一帯を一瞬で燃え上がらせた。
 もっとも、こういう炎はよほどうまくいかない限り、そう長くは続かない。それと知るラックは、火の手が上がった瞬間に狙撃を開始した。シャープシューターの効いた弾丸は、確実にスコープの中の敵の急所を貫いていく。
 長く同じ場所から撃っていれば、やはり居場所を悟られる。狙撃に集中するラックのかわりに周囲の警戒に努めるイータ・エヴィ(いーた・えびぃ)の指示に従い、ラックは定期的に移動し、そこから狙撃をしてはまた移動を繰り返した。
 イータが索敵を終えた座標位置に移動しながら、ふと、今朝の出来事を思い出す。
「イータ」
『んん? ――何?』
 携帯から聞こえた声は、くぐもっていた。モグモグと口が動く音が聞こえる。
「……おまえ、また食べてるのか」
『ギクッ。――あ、あの、ラック、もうお昼近いんだよ。知ってた?』
 だから何だというのか。
 いや、まぁ、ちゃんと作戦は遂行しているんだから、その片手間に何をしようが文句をつけることではないのかもしれないが。
 なんだかシリアスに話そうと思っていたことがばからしく思えてきて、ラックは一度開けていた口を閉じた。
「……弓騎馬兵たちにけが人が出ていないか、確認しておいてくれ。それと次の油矢を頼む」
『了解!』
 あたふたと携帯を切る音がする。ツー、ツー、と発信音を立てる携帯を見て嘆息をついたラックは、ポケットにしまった。
 今朝彼女が落ち込んでいるように感じたのは、きっと気のせいだ。おまえの気持ちも考えずこんな所まで連れてきてしまってごめん、なんて、謝ろうと思ったなんて気の迷いに違いない。
 あれはいつものイータだ。物事を深く考えず、元気いっぱい、天真爛漫で、常に何かを口に入れてないと気がすまなくて……。
「ま、地上へ帰ったら、お気に入りの店にでも食べに連れて行ってやるか」
 それもたまにはいいかもしれない。
 そんなことを考えながら、ラックは指示された次のポイントへ馬を走らせた。