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【ザナドゥ魔戦記】ロンウェルの嵐

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【ザナドゥ魔戦記】ロンウェルの嵐

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第4章 早朝〜ロンウェルの街

 何か、どこかで見たことがある気がする。
 アンナローゼ・リウクシアラ(あんなろーぜ・りうくしあら)の指し示すまま軍用バイクを走らせ、ロンウェルの街を見下ろした霧島 玖朔(きりしま・くざく)はそう思った。
 四面四角な、石造りの街。古くさい、中世から先、進歩が止まったかのようなカナンと雰囲気は似ているが、アガデのような曲線の――玖朔に言わせるなら、女性的なやわらかさを帯びた美しさではなく、もっとごつごつとした固い印象だ。質実剛健、頑丈そのものでありながら、職人によって細部まで凝られた細工が格調高さを生み出している。
 どこでだったか……地球でだったかパラミタでだったか……とにかく何かの本でだ。それもマンガとかじゃなくて、図書館とかにあるような文献で……。
「ああ、そうか」
 不意にひらめいて、玖朔は思わず口に出した。
 ノルマンディーだ。
「中央にある城なんか、ノートルダム大聖堂に似てないか? どことなく、という程度だが」
 玖朔の言葉にアンナローゼはあきれてぐるっと目を回した。
「あのね、ノートルダムはいろんな所にあるのよ。それこそ山のようにね。それ、地名じゃないって知ってる? おまえがどこのノートルダムを言ってるかなんて知らないわ」
 大体、一番有名なのはパリじゃない。パリはノルマンディーじゃないわよ。
 座席から放り出した足をブラブラさせながらぶつくさつぶやく。
 アンナローゼは玖朔に腹を立てていた。せっかくハヅキと九十九をバルバトスにオモチャとして差し出してそれなりの覚えを得たというのに、玖朔の考えていることが知れたら元のもくあみどころか監督不行き届きとして叱責、お仕置きを受けるかもしれないのだ。
(まったく、この男も往生際が悪いったらないわ。さっさとあきらめて、最強の魔神バルバトス様に媚を売った方がずっと楽して甘い汁が吸えるってものなのに)
 今だってそうだ。自分を完全な味方と思っていないから多くを話さないが、ロノウェの城へ向かっているのは絶対にバルバトスの命令――ヨミとアナトの殺害――が目的ではない。
「言っとくけど、私は手伝ったりしないわよ。私がここにいるのは、あくまであなたの監視なんだから」
「ああ。それで、どうやったら街に潜入できる?」
「ちょっと! 私が今言ったこと、ちゃんと聞いてた? 私は手伝ったりしないって――」
 真剣な顔をして自分を見る玖朔を見返して、アンナローゼは絶句し、はーっと重いため息を吐き出した。
「ああもう。そのまま行っちゃえばいいわよ、ただしバイクはどこかに隠してね。マント持ってきてないなら、そのへんの家から勝手に借りちゃえばいいわ」
「それだけでいいのか?」
「ロンウェルに住む魔族は、一番人間に近いの。耳がとんがってるだけだったり、牙が生えてるだけだったり、それこそ角や尾が生えてるだけだったりとかね。習慣も人間に近いからよほどトンマなことをしでかしたりしない限り、マントをかぶってればバレないわ」
 教えているのは、できるだけ穏便にすませたいからだ。
 あの城には数十の魔族がいるし、ザナドゥ側コントラクターだってバルバトス側ロノウェ側合わせれば、それこそ10人を超える。パートナーを入れれば数十人。そんな中で、玖朔1人で何ができる? 何もできるものか。
 むしろヘマをしでかして、それによってバルバトスに知られる公算の方が高い。
(そうならないように、私がしっかりフォローしなくちゃ!)
 走り出したバイクの座席で髪を押さえ、近づくロンウェルの街の外壁を見ながら、アンナローゼは今まで以上に気を引き締めたのだった。


*          *          *


 アンナローゼの指示に従い、街に入る早々目についた家に忍び込んでマントを拝借する。街を見下ろした際、城へ続いていると見当をつけた大道を玖朔は歩いていた。
「顔は隠さない方がいいわ。心配しなくてもだれもあなたを人間だとは思わないから。むしろフードをかぶってたりしたら、そっちの方があやしまれちゃうわよ」
「そんなものか?」
「隣に本物の悪魔の私がいるのよ。だれがあなたを人間だって疑うの? いいから堂々と歩きなさい。旅行者のように、たまには目を向けてもいいわ。でもマントは脱がないでね」
 アンナローゼの言うことはいちいちもっともだった。
「おおせのとおりに」
 玖朔は嘆息し、フードを下ろす。開けた視界で、玖朔はロンウェルの街を見た。
 ザナドゥへ下りてから一向に変化を見せないうす暗い闇の中、ちらちらと動く人影が見える。アンナローゼが言うには、今は早朝らしい。だからおそらく動いているのは商人とか、メイドとかだろう。
 にこやかにあいさつをかわし、談笑しながらも忙しく立ち働く彼らの脇を抜け、自然体を装って歩いて行く。
「おはよう。いい朝だね、旅行者さん」
 と、気軽に声をかけてくる魔族もいた。
「あ、ああ。そうだな。おはよう」
 どこが「いい」朝なのかさっぱり分からなかったが、ともかく返事を返す。それを何度か繰り返すうちに、玖朔もだんだん気持ちがほぐれてきた。
 勘づかれるのではないかと控えめにしていた周囲への目配りも、普通にできるようになったころ。玖朔はとある一行に気がついた。
 前方、建物の角で待ち合わせでもしているかのような一群。玖朔のようにマントを着ている。ロンウェル観光ツアーの御一行といった感じか?
 皮肉げにそう思ったあと、はたと1人の男に気がついた。
 待ち合わせに遅れたといった感じで一行に近づく男。知り合いというほどではない。名前も知らない。だが顔は知っている。
「あれは……まさか」
「――きゃっ! 何をするの、玖朔!」
 玖朔はアンナローゼを路地に突き飛ばした。




「よかった、追いつけて」
 振り返ったバァル・ハダド(ばぁる・はだど)の前、男はそう言って奪還部隊へと歩み寄った。
「きみは……」
 どこか投げやりな雰囲気を漂わせた、陰気そうな男。彼をバァルは知っていた。
互野 衡吾(たがいの・こうご)といいます。そういえば、名乗っていませんでしたね」
 衡吾は何も悪びれた様子もなく、自己紹介をする。まるでアガデでのことなどなかったかのように。
 臆面もなくよくもこの場に来れたものだ――バァルは目をすがめて彼を見た。手はマントの下のバスタードソードにかかっている。
 それを見て、衡吾は小首をかしげた。
「バァルさん、先日は俺の意見を受け入れてもらえず、ガッカリしました。人々を救うにはあれが最適で最善の方法だと、今でも俺は思ってます。俺は俺の意見として、提案しました。だけどあなたはそれをよしとしなかった。まぁ、それは仕方がないでしょう。決定権はあなたにあるんですから」
「それは……」
 淡々と告げられた言葉に、バァルは言いよどむ。
 あれは、そういうことだったのか? 彼は敵と、わたしが早合点しただけか?
 燃え盛るアガデの街で出会ったとき、衡吾は女神イナンナを魔神に引き渡せと言った。到底考えられないことだ。だが、それはカナンの者だからこそで、シャンバラ人にカナン人と同じ判断基準を求めるのは間違いかもしれない。イナンナを渡すと約束すれば、魔族は攻撃をやめただろう。人々は死なずにすんだ。あくまでその場限りの狭窄的な判断だが、間違ってはいない。人々の命を守ることを第一と見るなら、そういう選択肢もたしかに存在する。受け入れられる・られないはともかく、存在することは事実だ。
 それを提案したからと、彼は敵か?
 そのあと、彼はマリカと戦った。しかしそれもよくよく考えてみれば、マリカが先に攻撃を仕掛けたのだ。彼は脳震盪を起こして無防備なバァルを攻撃しようとはしなかった。あくまで話しかけていただけ……。
「バァルさん、どうしたんですか」
 バァルの様子がおかしいことに緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)が気付いた。七刀 切(しちとう・きり)との打ち合わせを切り上げ、そちらを振り向く。そしてバァルと対峙した衡吾に、不審がる目を向けた。
「待ってくれ。俺は何もしちゃいない」
「バァルさん?」
「……ああ、そうだ」
 バァルが認めたことに、遙遠はひとまず退いた。だが完全に疑いを払しょくしたわけではない。衡吾を前に、どう見てもバァルは動揺している。
「それで、あなたは遙遠たちに何用なんです?」
 これ以上バァルを動揺させる存在は近付けたくなかった。今、ただでさえ彼は追い詰められた気持ちでいる。そんな彼をさらに混乱させるような者の接近を許すわけにはいかない。
「失礼ですが、あなた、たしか行軍時に東カナン軍にはいなかったように思うんですけれど。どうやってここへ?」
 脇から紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)がにこやかな風を装って訊く。彼女もまた、気持ちは遙遠と同じだ。
「俺は――」
 さりげなくバァルをかばい込むように立った2人に衡吾が説明しようとしたとき。
「皆さん、お待たせしましたわ」
 通りを渡って、ジュンコ・シラー(じゅんこ・しらー)マリア・フローレンス(まりあ・ふろーれんす)が戻ってきた。
 ひとつ路地を抜けた向こうで朝市が開かれているのを見つけて、情報収集に出ていたのだ。
「おひとつどうぞ」
 マリアが抱え持っていた紙袋からリンゴのような物を取り出し、全員に配っていく。
「おいしいですよ。味見させていただきましたから、保証します」
 ザナドゥの食べ物ということで躊躇を見せた何人かに、にこやかに言う。暗くて色などよく分からなかったが、かじるとさわやかな柑橘系の味と水気がした。
「バァルさんも」
「ああ。ありがとう」
 差し出された果実を受け取り、しげしげと見るバァルの前にジュンコが立つ。
「昨夜遅く、ロノウェの副官ヨミの軍が一部戻ってきたそうです。中には人間の姿もあったということですわ。間違いなくコントラクターたちでしょう」
「俺たちの計画が知られたということか?」
 風祭 隼人(かざまつり・はやと)からの質問にジュンコは首を振る。
「そこまでは……ただ、今日は城内でちょっとした騒動が起きるかもしれないけれど、街に飛び火することはないだろうからパニックを起こさないように、みたいな通知が城から出たそうですわ。用心して、今日は家にこもっていた方がいいかもしれない、と話している者もいました」
「そうか……」
 隼人は考え込み、隣の風祭 天斗(かざまつり・てんと)と視線を合わせる。
「隠密でできれば一番だったが、こうなると俺たちの侵入を知られていると考えて動くべきかもしれない」
 天斗の言葉に同意するよう隼人がうなずく。
「もしそうなら、外部からサポートする者が必要になる。俺たちはそちらで動かせてもらう。
 かまわないか? バァル」
「頼む。だが、くれぐれも気をつけてくれ」
「ああ、分かってる。大丈夫、俺たちはこういうのには慣れているから」
 心配は不要と言うように軽く答え、天斗を連れ、隼人は部隊から離れた。
 闇にまぎれる彼らを見送るバァルに、衡吾が後ろから声をかけた。
「それで、俺もご一緒していいんでしょうか? アナトさんを助けに行きたいんです」
 この男はどこか信用できない。昨夜街へ入ったというザナドゥ側コントラクターの1人なのではないか。侵入を知られているとすれば、それもあるいは――……
 彼を退けようとした遙遠の行動を見越したように、バァルの制止の手が遙遠の胸に水平に伸びた。
「かまわない」
 目が、心配するなと言っていた。それに従い、遙遠は口をつぐむ。
 バァルとしては、これを機会に彼の正体を見極めたいのかもしれない。それは分かるが……。
「よかった。ありがとうございます」
 次に彼は、くるっと横を向いて遙遠を見返した。
「そんな、警戒しなくても俺は何もしないよ。約束する。アナトさんは不幸な犠牲者で、巻き込まれただけだ。助けてあげないとな」
 もしそれに反する行動をとったなら、即座に斬り殺されたって文句は言わない――疑惑を捨てきれず、真意を探るような目で見てくる遙遠に、衡吾はそこまで言う。
 それを聞けば、普通は安心するはずだった。けれど遙遠の胸の疑念はさらに増し、ますます濃く渦を巻く。
 さっさと前へ歩き出した衡吾からは、何の敵意も感じられないというのに。
 こんなことを思うのは自分だけか? ――あるいは。そうかもしれない。ほかのだれも彼を疑ってはいないようだから。
「遙遠?」
 多分、考えすぎなのだろう。
 今のバァルは均衡を欠いている。それを心配するあまり、灰色を黒と決めつけてしまっているのかもしれない。
 なにより、今回はバァルの思うままにさせようと決めたではないか。
 自分はそれを見守り……フォローするだけだ。彼の望みがかなうように。
「遙遠」
 くい、と遥遠が肘のあたりを引っ張って、彼の意識を現実へと気を向けさせる。
「ああ……すみません」
「心配なのは遥遠も一緒です。彼はなんだか……妙に……」
 遙遠は懸命に、適切な言葉を探す。
「うつろなんです。言葉も、表情も」
 そう「うつろ」だ。まるで演技をしているように、軽く、心を感じられない。
「遥遠たちで気をつけていましょう」
「そうですね」
 2人の会話を背中で聞いて、衡吾の口元にうっすらと笑みが浮かんだ。
(いくらでも疑って見ればいい。どうせ、何も見つかりはしない)
 事実、彼はアナトに手を出す気は全くなかった。
 そう、アナトには……。




「それで、どうするの? いつまでここにこそこそ隠れているつもりなわけ?」
 アンナローゼが腕組みをして、むくれた声を出す。
「いや、あとをつけよう。やつらが城へ向かうつもりなら、どさくさでまぎれ込める」
 バァル一行に加わった衡吾から目を離さず、玖朔は超霊の面を取り出した。