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パンプキンパイを召し上がれ!

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パンプキンパイを召し上がれ!

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17


 10月31日は、ハロウィンだ。
 同時に、封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)の誕生日である。
 ――今年は何を用意しようか。
 プレゼントのことを考えると、自然と口元が綻んだ。喜ぶ白花の顔が頭に浮かんだからだ。
 去年あげたものはイヤリングだった。なら、今回は指輪にしようか。
 ――イヤリングをあげたのは、クロエと初めて会ったときだったか。
 樹月 刀真(きづき・とうま)は、あの日のことを連鎖的に思い出していた。
 クロエにあげたものは、赤いチェックのリボン。彼女はそれを今も愛用してくれている。
 ――何かあげたいな。
 クロエにも、何か。
 思い出に残るような、素敵なものを。
「何がいいと思う?」
 一緒にプレゼント選びに来た漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)へと問い掛けると、唐突の問いだったにも関わらず彼女は「コサージュ」と即答した。
「コサージュ」
「そう。真っ白なものがいいな。派手すぎない、でも華やかなもの。きっとクロエによく似合うわ」
「丁度良いのが見つかるといいな」
「見つけるのよ。もちろん、白花に似合う指輪もね」
「そうだな」
 頷いて、目に付いたアクセサリーショップに入った。
 白花とクロエ、二人が喜ぶものを見つけるために。


 プレゼントを買った後、刀真と月夜は工房へ向かった。
 工房では今日、ハロウィンパーティが行われている。例外なく刀真たちもパーティに誘われており、白花はクロエの手伝いをするからと先に一人で行っていた。
「クロエにさ、協力してもらえないかな」
 工房までの道を歩く途中、不意に月夜が呟いた。
「一緒に花束を渡したいな」
 抱えるほどの花束を見て、笑う。
「頼んでみようか。一緒に祝ってくれないか、って」
「クロエも妹みたいなものだもんね」
「ああ」
 話していると、工房が見えてきた。
「着いたらまずは調理かな」
「刀真、何か作るの?」
「クロエがパンプキンパイを作るって言ってただろ? だから、俺と白花はしっかりしたものでミートパイを作ろうって約束してあったんだ」
「じゃあ、誕生日祝いはそれが終わってからか」
 月夜のことは、少し待たせることになる。
 ――あ。
 待たせる、といえば。
 未だ、月夜の誕生日を祝えていないことに気付いた。
 丁度ばたばたしていた時期だったとはいえ、今まで忘れていたことに罪悪感を覚える。
「月夜、」
「うん?」
「次は月夜の誕生日祝いをしよう」
「もうだいぶ過ぎたよ」
「駄目か?」
「……ううん。待ってる」
 月夜の笑顔は、とても可愛らしいものだった。


 たまねぎとにんじんをみじんぎり。
 それと一緒にひき肉を炒めて赤ワインを加え、それから水煮トマトも加える。
 調味料で味を調えたら、蒸して潰したカボチャを混ぜ合わせてフィリングは完成。
「クロエ、パイ生地の余りはあるか?」
「あるわ! はい、どうぞ」
 わけてもらったパイ生地で閉じたら、あとはオーブンに入れて完成。
 完成を待つ間に白花がお茶を入れてくれたので、味見がてらのティータイムだ。
「うん、上手くできた。はい、クロエ。味見だ、あーん」
「あーん」
「白花も」
「私もですか?」
 急に話を振られた形になり、白花が驚いた顔をする。が、素直に口を開き、「あーん」とパイを受け入れる。
「美味いか?」
「はい。美味しいです」
「じゃ、もっとな」
「味見しすぎたらおなかがいっぱいになっちゃいます」
「それは困るな」
 なにせこのあと一緒にバースデーケーキを食べるつもりなのだから。
 月夜に目をやると、ぐっと親指を立ててきた。あーんとやっている間に、クロエに祝いの話をつけたようだ。クロエも目を輝かせて頷いているあたり、協力してくれるらしい。
 サプライズのため、しばらくは普通にパーティを楽しんで。
「白花〜」
「びゃっかおねぇちゃんっ」
「「おたんじょうび、おめでとうっ」」
 タイミングを見計らって、月夜とクロエが花束を白花に手渡した。
「えっ、……えっ?」
「お誕生日でしょ」
「おめでとぉ!」
 驚きに目を見開いていた白花だったが、月夜とクロエにそう言われ。
 頬を赤くし、瞳を潤ませ抱きついた。
「きゃっ!?」
「ちょ、ちょっと白花! 花束がつぶれちゃうよ?」
「ご、ごめんなさい……でも、あの、びっくりして……」
「それはわかるけど」
「嬉しくて……」
「それもわかるわ」
「だから、じっとしていられなくて……」
 思わず抱きついてしまいました、と恥じらいながら言う白花に、月夜とクロエがくすくす笑う。
「順番、間違えたかもね」
「そうね。とうまおにぃちゃん、タイミングのがしちゃったわ」
 本当ならこのあと刀真が指輪を渡す手はずになっていたのだが、あまりに白花が感激してしまうものだから渡せずにいたからだ。
「??」
 月夜とクロエの囁きが聞こえた白花が刀真を見る。
 いま渡すには、確かに彼女らが言うようにタイミングを逃している。
 だから刀真はそっぽを向いた。
「おめでとう」
 祝いの言葉だけ口にして。


 白花は、とても満たされた気持ちで帰途についていた。
 両手には花束を抱いて。
 隣には、刀真の姿だけ。
 月夜は、パイ作りを手伝えなかったお詫びと言って後片付けを買って出てくれた。
 だから今は、ふたりきり。
『いいこと教えてあげるね。
 帰り道で素敵なことがあったら、立ち止まって目を閉じて。
 顔を上げたとき、もっと良いことがあるよ』
 意味深な月夜の言葉に、今は疑問しか感じないけれど。
「白花」
「はい?」
「遅くなったけど、これ……プレゼント」
 刀真が渡してくれたのは、指輪だった。
 小さな箱に入った、銀色に輝く素敵な指輪。
「あ、……え? え?」
「誕生日プレゼント。さっきは渡すタイミングを逃したから……」
 合点した。月夜とクロエの言ったことも、帰り際に月夜が教えた『素敵なこと』も。
 幸せが溢れる。嬉しくて、勝手に笑顔になる。今までだって笑顔だったのに、これ以上笑顔になったらどうなってしまうのだろう。元に戻らなくなったりしないだろうか。
 ふ、と白花は足を止めた。
 月夜のアドバイスを実行しようと思って。
 立ち止まり、目を閉じて、顔を上げて。
 どきどきと高鳴る心臓の音が、相手に聞こえそうだと思った。
 今以上の幸せが訪れるまで、あと数拍。


*...***...*


 隣でテディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)が満面の笑みを浮かべているのを見て、皆川 陽(みなかわ・よう)はひっそりとため息を吐いた。
 ――ほんと、テディはどうしてこんなボクがいいの。
 いくら突っぱねても、距離を置いても、陽だけ見ていて。
 好きだと言われても、嘘でしょと返したのに。
 ――なんで、あんな、何度も、ボクを見るのかな。
 陽じゃなければだめだと、あまりにも思いつめた顔をして言われた。
 伸びてきた手を、振りほどくことはできなかった。
 意味がわからなかった。
 陽は、自分で自分のことを良く評価していない。むしろ反対だ。悪く、悪く思う。
 自分自身に価値なんてないと思うし、薔薇の学舎に通っていることすらおこがましい。最近ではシャンバラのクズなのではないかとまで思うようになっているのに。
 ――だってボクなんて、誰かと関わるのは苦手だし、特別キレイなわけでもないし。
 いいとこなんて、何一つないのに。
 テディは、整った顔をしている。脚も長くてスタイルが良くて、性格は社交的で友達だってたくさんいて、戦う力だって持っている。
 望めばどんな人だって手に入れられるような、そんな魅力的な、何もかも持っている人が。
 ――どうして求めたのがボクなの?
 ――……本当、意味がわからない。
 難しい顔をしていたら、テディがぎゅっと手を握ってきた。
「えへへへへへへ」
 締まりのない顔をして、笑っている。
「…………」
「笑おうよ、陽。今日は楽しい日だよ」
 ほら笑顔、と顔を近付けてきた。近い。近い近い。
 ――ベタベタするな、くっつくな。日本人は街を歩いているときに無闇にベタベタする習慣なんて、ないんだよ。
「ムスッとした顔もスキ」
 ――あと、こんな唐突に好き好き連呼する習慣だって。
「…………」
 ああ、間が持たない。
 どうしよう、と思った。どこか適当なお店に入っても、二人きりには変わりないし。
 誰かがいる場所、と考えたら、この近くにリンスの工房があることを思い出した。
 あそこなら、日頃からやたらと人が多いし、もしかしたら他にも知り合いがいるかもしれない。
 ――知り合いの前でだったら……テディは社交的だし、自重してくれる。はず。といいな。
 半ば願望じみたことを思いつつ、
「工房行く」
 陽は短く呟いた。
「へ」
「ハロウィンパーティやってるって言ってたし」
「連れて行ってくれるの?」
 そういうことになるか、と頷くと、「えへへへへ」またテディが笑った。どうして今のタイミングで笑うのか。読めない。本当に、考えが読めない。


「お邪魔します!」
 ばーん、とドアを開けて陽は言い放った。工房の中は、今日も人が多い。生憎知った顔はクロエくらいしかなかったので、陽からそーっと距離を取った。リンスを探して近付く。
 こんにちは、と挨拶すると、珍しいねと呟かれた。用もないのにここまで来ることはないからだろう。曖昧に笑って、お土産にと持っていた缶のコーンポタージュスープを渡した。
「日本製」
「タシガンで日本製品なんて、手に入れるの苦労するんだから」
「いいの? もらっちゃって」
「こっちも助けてもらってるし、どうぞ」
 テディはクロエと話しているようだった。よしよし、いい感じに自分と離れている。なんとなく、ほっとした。
 椅子に腰掛けて、一息つく。
「ボク、契約した時からずっと、ずっとずっと、彼のことが羨ましかったんだ」
 独り言じみた呟きを、リンスは聞いてくれているようだった。相槌も何もないから、わかりづらいけど。
「だって完璧なんだよ。非の打ち所がないんだよ。パートナーだから、いつも近くにいるから、まぶしいのが一番よくわかったんだ」
 まぶしくて、憧れで、とっても好きで、そして、とても、大嫌いだった。
「まぶしいものの近くにいると、自分のちっぽけさが際立つんだ」


「テディおにぃちゃん、うれしそうね!」
「嬉しいよ! とってもいいことがあったんだ!」
 なぁになぁにとクロエが訊いてくれたので、
「スキな人に想いが通じたんだ!」
 満面の笑みで、言い放つ。
 陽がスキ。
 その気持ちだけは、どうにもならない。
 寝起きが悪くて、朝迎えに行ってもムスッとしたまま動かないところもスキ。
 道端のどうでもいい花が咲いたと言って喜ぶところもスキ。
 天気が悪くて薄暗いくらいで気分まで落ち込んでいるようなところもスキだし、なぜか絶対に道の端しか歩こうとしないところも愛おしい。
「それにね、最近やっと、ものっそビミョーな表情の変化が『笑ってる』んだってわかってきたんだ! ニッポンジンって難しい!」
 もっと大きく笑えばいいのにね! と言ったらクロエも笑った。そう、これくらいわかりやすく笑えばいいのに。
「でもそこも可愛いの。超可愛い。愛してる」
 言葉にしていたら、くっつきたくなってしまった。
 陽は、工房の主の傍でぼんやりとしている。
「陽ー」
 声をかけると顔を上げた。その顔があまり明るいものではなかったので、くっつきたい、から、傍にいたい、と考えが変わった。
「傍にいていい?」
「ヤダ。離れろ」
「じゃあ離れたとこから見てていい?」
「……もう好きにすれば」
 ――好きにしていいなら、隣で手を繋いでもいいかなあ。
 ――そしたら怒るかな。
「怒る陽もスキだよ!」
「なんのことだよ。もう離れろってば!」