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パンプキンパイを召し上がれ!

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24


 夜の帳が下りた中。
 必死に走る、影ひとつ。
 ――も、もうだめだぁ……!!
 時計を見た。二十一時を回り、名実共に夜。空では月と星が輝いている。
 ことの始まりは昼過ぎのことだった。
 よし、これから工房に行こう! と、琳 鳳明(りん・ほうめい)はお菓子を用意し、仮装までして準備万端にしていたのに。
 一本の電話が、全てを変えた。
「ごめんセラさん。お仕事しなくちゃいけなくなっちゃったー……」
 さすがに、涙声だった。
 仮装を脱いで、制服に着替えて、作ったお菓子はセラフィーナ・メルファ(せらふぃーな・めるふぁ)に持っていってもらうことにして。
 早く終わらせようと頑張れば頑張るほど、あれもこれもと頼まれてしまい。
 そして、ミス・イエスウーマンの異名を誇る彼女が断れるはずもなく。
 いいよいいよと請けていたら、こんな時間になってしまった。
 ようやく見えた、工房の光。
 ――良かった、まだ明かりついてる……!
 パーティはまだやっているのだと、ほっと安堵したと思えばドアが開き。
「楽しかったな、パーティ」
「そうですね、とっても」
 まるで終わりを告げるように、思い出話をしながら帰っていく。
 帰る人々を横目で見ながら、
「……あー、……ですよねー……」
 がっくりと肩を落とした。そうしていると、工房から出てくる人々に押し流される。
 余計に、何をしているのだろうという気持ちになりながらも、鳳明は再びドアの前に立った。正直かなり泣きそうだ。
「こんばんはー」
 ドアを開け、無理に明るく出した声は自分でもわかるくらい残念なものだった。不自然だ。不自然に明るすぎる。琳鳳明、おまえはそこまでお気楽キャラだったか? たぶん、違う。と、思う。現に、工房に残って片付けを手伝っていた衿栖メティスは驚いた顔をしているじゃないか。
「どうしたの、琳さん。こんな遅くに制服で……」
「えーと、その……色々忙しくって! 後片付けだけでもと思って手伝いに来たよっ」
 むしろ混ぜてほしい。片付けでいいから、パーティに参加させてほしい。
「あの……大丈夫、ですか……?」
「うん! 全然! 全っ然大丈夫!!」
 虚勢はここまで。
「……うん、大丈夫じゃない……」
「だよね……」
「ですよね……」
 ぽん、と二人に肩を叩かれて、少しだけほっこりした。
 だけど、同時に少しの暗い感情も。
 ――二人は、リンスくんと、パーティ楽しめたんだよね。
 ――いいなぁ。
 と、そこまで考えてはっとした。このままでは自分が雰囲気を悪くしてしまう。
「片付けっ。しよう!」
 なので、弱音はここまでにした。
 背筋を伸ばし、てきぱきと動く。その様子に、衿栖もメティスも片付けに戻った。
 けれどまあ、そう簡単に立ち直れないのが鳳明だ。
 パーティに間に合わなかった気まずさや、恋敵……ともいえる人への、暗い感情。
 それから、自分はリンスからどう想われているのか。
 嫌われているということはない、だろうけど。
 好かれている? それはどういう意味で? どういう位置で?
 ――貴方の中の琳鳳明は、どれくらい、……。
「琳」
「わあっ!!?」
 不意にリンスに声をかけられ、心臓が飛び出るかと思うほど驚いた。
「ど、ど、どうしたの?」
「いやそれ俺のセリフ」
「私っ? 私ならほら、元気だし! ねっセラさん!」
 困った時のクロエさん、はもう就寝中らしく居なかったので、セラフィーナに話を振る。無茶振りに近かったが、セラフィーナは「ええ」と話を合わせてくれた。ありがとう、とリンスに見えない位置から手を合わせる。
「それよりリンスくんは? 今日一日、主催者さんをしていたんなら疲れてるんじゃない? あ、私、お茶淹れるよ! 片付けも終わってるしさ、えっと、お疲れ様会って感じでさ!」
「あの私、ケーキ焼いてきているんです! それ、出せます!」
「みんなでお茶会、ですね。素敵です」
 衿栖の提案と、メティスの言葉に嬉しくなった。
 自分も、ちゃんと参加できるんだな、と思って。
「衿栖さん、ありがとう」
「お礼なんて、そんな。……それに、私こそありがとうなんですよ」
 ぽそり、最後に言った言葉が一瞬理解できなかったけど。
 その後衿栖がリンスを見ていたので、鳳明でも気付いた。
 ――リンスくんに、食べてもらいたかったんだね。
「な、何? どうして笑うんですかっ」
「ううん。可愛いなあって、思って」
「なっ、えっ、そんなことないです! から!」
 バレて、慌てる様子も。
 ――あんな風なら、好きになってもらえるのかなあ。
 紅茶を淹れながら、ぼんやりと考えた。
 ――それじゃ、だめだよ。私を好きになってもらわなくちゃ、意味がない。
 砂糖とミルク、紅茶の入ったトレイを持って、みんなの集まる場所へと戻る。
 一足先に、リンスと衿栖、メティスでお喋りは始まっていて。
 不意に、また、『好き』という気持ちが浮かび上がってきた。
 ――好き。
 ――私はやっぱり、リンスくんが好き。
 そして、彼の周りに集まる人たちの、その笑顔も。
 ――みんなそれぞれ、形は少しずつ違くても、リンスくんのことが好きで……。
 ――それもまた、ひとつの絆だよね?
 今まであまりなかったけれど、こうしてみんなで顔を突き合わせて喋るということも悪くない。
「琳」
「うん?」
「お茶、ありがとう」
「どういたしまして」
 ――何より、貴方が楽しそうにしているのが、一番嬉しいんだよ。


*...***...*


 ハロウィン当日というイベントデー、テスラ・マグメル(てすら・まぐめる)が仕事を休める見込みはほとんどなかった。
 が、かろうじて、仕事場所はヴァイシャリーがいいというわがままは聞いてもらえたらしい。
 とはいえすっかり遅い時間になってしまった。パーティはもう、終わっているだろうか。
 終わっていても、いいな、と思った。
 会いたい人は、帰るはずもないし。
 ――それに、何人かは残っているのでしょうし。
 そして、その人たちはきっと、テスラの知り合いや友人だろう。こんな遅い時間まで工房に居るのだから。根拠はないけど。
「よし」
 仮装とメイクが完了して、テスラは手を叩いた。
「……うん。どこからどう見ても、美青年です」
 言ってて少し、哀しくなるほどに。
 オーソドックスな吸血鬼スタイルになっただけなのに。サングラスの変わりに、顔の上半分を覆うマスクを着けただけなのに。
 ――似合うのは、いいんですけど。いいんですけど、ね?
 男性である彼よりも男らしいとは、これいかに。
 ――でも、どうせリンス君は魔女とか女装してるんでしょう? そうなんでしょう? それなら男女比ばっちりですね。釣り合いますね。
 と一人勝手に納得し、へこんだ心を励ました。
 改めて、工房に向かう。


 工房の前に着いて、まず深呼吸をひとつ。
 思い出すのは丁度一年前の今日。
 あの日のことを思い出して欲しくて、
「トリックアンドトリック! ……噛みまみた」
 ドアを叩いて出てきた彼へ、テスラは同じ言葉を繰り返した。
「……あ」
「覚えていてくれました?」
「はっきりと。思い出した」
「あはは。それなら計算どおりです」
「恐ろしいね」
「吸血鬼ですから。……ところでどうして仮装してないんですか。比率……」
「比率?」
「いえ、なんでも」
 工房に招き入れられて、見れば案の定残っていたのはいつもの面々。
 同席して、紅茶を飲みながらテスラはあえて話に混ざることはしなかった。
 衿栖、メティス、鳳明に囲まれて、他愛のない話や、時に厳しいツッコミを投げるリンスを、ただ、見る。
 たまにこうして遠いところから見てみると、また違う風に見えるのではないか。
 正面から見るよりも、横から見たほうが女の子っぽくないんだな、とか。
 頬杖をついた手の細さとか、そもそもやっぱり小柄だなぁ、とか。
 ――ああ、でも、背、伸びましたよね。
 ――成長期、ってことでしょうか。私もいつか、抜かされるのかな。
 そうしたら、男らしくなったり?
 ――どうでしょうね。
 一人でくすくす、笑ってみた。
「テ、テスラさん?」
「大丈夫?」
「ええ。平気ですよ。ただ少し、面白くて」


 さて、二次会であるお茶会も終わり、本当に本当、最後の片付けを手伝って。
「帰らなくて平気なの」
 終わり、みんなが帰り支度をしている中。
 椅子に座ってぼんやりと外を見るテスラに、リンスが話しかけてきた。
「帰りますよ。ただ、」
 立ち上がり、リンスの前に立つ。
「その前に、頑張ってる人の頭を撫でてあげましょう。
 お姉さんの代わりに、ね」
 実際、彼女がしていたかどうかはわからなかったけれど。
 いいこいいこ、と撫でていると、「やめてよ」と小さな反発があった。
「……思い出したじゃん。どうしてくれるの」
「嫌でしたか?」
「そうでもないから対応に困ってる。本当、どうしてくれるの」
「責任、取りますよ」
「それ、女の子が言う台詞じゃなくない?」
「いいんです、今日はほら、男装の麗人ですから」
 ね、と笑って両手を広げると、そういうものかと言いたげな顔をされた。
「でも、マグメルは姉さんじゃない」
「はい。そうです、私はテスラです。お姉さんじゃないし、お姉さんの代わりにもなれません」
「……うん」
「でも、トリックを起こすことはできますよ」
 ぱちん、と指を鳴らした。鍵をかけずにおいたドアが、ゆっくりと開く。
 その先に居たのは、
「ねっ……、え、……え?」
「あはは。こんばんは」
 リィナの姿に、リンスが驚く。テスラとリィナを何度も交互に見ていた。
 秋の夜風が吹き込んできたので、工房に居た面々も何事かとドアを見た。そして、
「お姉さんっ?」
「お久しぶりです」
「えっ、この人が?」
 衿栖、メティス、鳳明、と三者三様に声を発する。
「以上、トリックでした」
 外套を羽織り、帰り支度も済ませたテスラが礼をして、ドアを潜り抜ける。
 それから衿栖らも急ぎ足で工房を抜けてきた。
「帰ったほうがよかったんです……よね?」
「でも、どうしてお姉様がいらしたのでしょうか。ナラカの門は……」
「お姉さんって、綺麗な人だったねぇ。あと思ってたより似てたね、びっくりしちゃったよ」
「詳しい事情は、私も知りません。けど……トリックですから」
 ひとまず今日は、わからないままでいいじゃないかと笑ってみせた。


*...***...*


 どこから訊けばいいものか。
 リンスは困惑しつつも、椅子に座って微笑む姉を見た。
「姉さん」
「うん?」
「今日は楽しめた?」
「……うん。だからねぇ、困っちゃったよねぇ」
「何が」
「こっちに居られないのに、こっちに来たくなっちゃったから」
 困っちゃうよねぇ、とリィナが寂しそうに繰り返した。
 本来、姉は我慢強い人だ。
 だから今日、タガを外すことが、そもそも考えられなかった。
 どうやって来たのかは知らないけれど、あの口ぶりじゃあ、許されるような行為ではないのだろう。
「俺がさ」
「うん?」
「魂を選んで呼べたら……人形に、入れられたらさ、」
「だめだよ」
「……だよね」
「うん。リンスはやっぱり、賢いなぁ」
 明るくリィナは笑い飛ばしたけれど。
 生憎、賢いと素直は違うのだ。
 ――困るのはこっちだよ。
 ――せっかく、平気な顔できるようになったのに。
 こんな風に来られたら、それを現実かと錯覚してしまうじゃないか。
 現実にしようと、足掻きたくなるじゃないか。


 ハロウィンの夜は、更けていく――。


担当マスターより

▼担当マスター

灰島懐音

▼マスターコメント

 お久しぶりです、あるいは初めまして。
 ゲームマスターを務めさせていただきました灰島懐音です。
 参加してくださった皆様に多大なる謝辞を。

 もうすっかり10月は過ぎ去り、11月も過ぎ去ろうとしています。
 ……なんか、ハロウィンとか、もうすっごく今更な気がする。
 という具合ですが、お待たせいたしました。ハロウィンリア、公開です。

 やっぱり時間的余裕がなくて、色々一杯一杯です。遅延しなくてよかったなって、もう本当にそれだけ。
 ですので目次ページがなかったりとやや読みづらい点もちらほら。私信も返事できてないのがちらほらだったり。申し訳ないです。
 だけども楽しんで書かせていただいたので、皆様にも楽しんで読んでいっていただけたらなあと思います。

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。