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パンプキンパイを召し上がれ!

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パンプキンパイを召し上がれ!

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20


 本当は、ハロウィンらしくはっちゃけたかった。
 派手な仮装をして、ヨミと一緒にトリックオアトリートと言って街を練り歩きたかった。
 のだけれど。
「荒野のパレードでまた派手にやったでしょ」
 という、マザー・グース(まざー・ぐーす)の一言で場は凍った。
 グースの顔には笑みが浮かんでいたけれど、声には一切のそれがなく、だから却って笑顔は恐怖でしかなくて。
 しばしお小言がつらつらと続き、刹姫・ナイトリバー(さき・ないとりばー)は何も言えずに黙り込んでいた。
「いつも好き放題やってますから、たまには私に付き合ってもらいますよ」
 締めに飾られた言葉には、拒否権なんてものは存在しなくて。
 今現在、刹姫はヴァイシャリーの街に来ていた。買い物に付き合わされることとなった結果だ。
 右を見ても左を見ても、ハロウィンムード一色。
 その中でも目に付くのは仮装をしている人だ。羨ましいと素直に思う。
 本当は青い目をさらけ出して歩きたくないし、清楚なカーディガンより退廃的なデザインのブラウスの方が好きだ。
「落ち着かないわ」
「いいじゃない。似合っていますよ」
 グースがそう言うならば、今日は仕方ない。
 ふらりふらりと歩き回り、メインストリートから離れたところでいい匂いがした。
「おや。こんな場所なのに良い匂いですね」
 グースも気付いたようで、立ち止まる。
「南瓜のパイ……ですか」
「グーねーさま、気になるの?」
「サキちゃんはなりませんか?」
「ならなくもないけど」
「では出所を探しに参りましょう」
 奥へ奥へと歩いていくと、見えてきたのは一軒の家。人形工房、と無愛想な看板が掲げられている。
「こんにちはー」
 気さくな様子でグースが工房に立ち入る。知り合いの家でもないのにすごいな、と思った。ハロウィンの日が成せるわざだろうか。いや、グースだからに違いない。
「いらっしゃいませ」
 挨拶に、無愛想な声が返ってきた。店主だろうか。来訪に対し、真っ先に反応をしたからそうだと思う。
「パーティ中ですか? お邪魔かしら」
「別に。多いほうが楽しいでしょう、こういうものは」
「でしたら私たちもお邪魔させていただいてよろしいですか?」
「どうぞ、お好きなように」
「ありがとうございます」
 あっという間にパーティにまぎれることになってしまった。
「ねーさまってコミュ力高いと思うわ」
「普通に挨拶をしただけじゃないですか。それよりサキちゃん、ご挨拶なさい?」
 ほら、と軽く背中を叩かれた。目の前には、表情の読めない店主。
「こんにちは。私は夜川紗希」
 店主があまりにじっとこちらを見てくるものだから、なんだか恥ずかしくなってきた。
 ――名前? 名前なの? それとも格好? 何もかも?
「よ、よろしくお願いするわね」
「どうも。俺はリンス・レイス。そんなに硬くならなくていいよ、適当にして」
 適当と言われて簡単にやってのけることができるのなら苦労はしないと胸中で呟く。
 ふっと視線を感じて顔を上げると、見覚えのある顔がひとつ。
 そこには、以前少し遊んであげた『闇』の者――もとい、紺侍の姿があった。
「…………」
 まさかこんな場所で知り合いに会うとは思っていなかった。しかも、よりにもよってこの格好のときに。
 ばっちり合ってしまった目を逸らすと、彼は察したのか「ちわー」他人の振りをしてくれた。
 ――さすがコンヂくん。闇の者は勘が鋭くて助かるわ。
 などと思いつつ、真人間を演じている今の刹姫は、「こんにちは」と淑やかに返す。
 ――ああ、息苦しい。
 なんとも過ごしづらい格好だ。
 まとめた髪をいじってぼんやりしていると、紺侍がパイを載せた皿を手渡してきた。
「どォぞ。美味しいっスよ」
「……どうも」
 とりあえず手にとって、食べるでもなくもてあます。
「こういう日は、楽しんだ方がイイと思うっスよ」
「出来たらとっくにそうしてるわ」
「じゃ、まずは笑顔からっスね」
「どういう意味よ」
「笑えば楽しくなりますから。大体どんな場合でも」
 ね、と紺侍が笑って見せるので、刹姫も少しだけ笑った。
「馬鹿みたい」
「お嫌いで?」
「さあね」
 食べる気になって、パイをフォークで切り分ける。
 口に含んだカボチャのパイは、優しい味わいがした。


*...***...*


 もう、ハロウィンの季節になった。
 フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)は、ハロウィンムード一色の街並みを見て小さく頭を振る。
 ――いつまでも落ち込んでいるわけにはいかないよね。
 ――しっかりしなくっちゃ。
 兄を失ったことは、いまだ心に大きな穴を開けたままだけれど。
 なんとかしなければいけない、と。
 何か、楽しいことをすればいいのではないか、と思いついた。
 みんなでわいわい騒げば、暗い気持ちも吹き飛ばせるのではないか。
 ――そういえば、工房でハロウィンパーティをやるって言ってたっけ?
 ――行ってみようかな。


 笑うことはできた。
 だけど、笑いながらも自分で「うそ臭いな」と思った。
 不自然に高いテンションで場を盛り上げても。
 それを心配されようとも。
 どれもこれも、何か違った。
 心から楽しめていない。
 そう気付いたら、余計にどうしようもなくなった。
 ――だって、誰に言えるの、こんなこと。
 誰に相談すればいい?
 誰に支えてもらえばいい?
 フィリップの顔が浮かんだけれど、すぐに消した。
 心配をかけたくない。
 迷惑に思われたくない。
 ――……どうしよう。
 ぼんやり、工房の隅の方で考え事をしていると、丁度リンスが一人でキッチンに向かうところを見た。
 頭で考えるより先に、身体が動く。
「リンス君」
「?」
「あの、……あの、お盆のときの人形、なんだけど……もう一度、作ってもらえないかな」
 吹っ切れてなど、いなかった。
 ずっと、ずっと、引きずっている。
 馬鹿なことを言っているのだと、自分でも理解している。
 なのに、どうしてか言葉はするすると出てくる。
 無理だとわかっていながらも、奇跡を信じて頼まずにはいられない。
「作ってもいいけど」
「え……!!」
「でも、人形だけあってもどうしようもない」
「……あ」
 そうだった。
 あの日、会えたのは、人形があったからだけど。
 そもそも、人形に兄の魂が宿ったのは、
「ナラカの門が開いたのは、俺の力じゃないから」
「……そう、だよね」
 所詮、無理なのだ。
 死者は生者に介入するべきではない。
 また、生者も死者に介入するべきではない。
 頭でわかっていても、納得なんてできなかった。
 どうしよう。
 泣きそうだ。


 フレデリカが思いつめた顔をしてリンスの後を追いかけたので、申し訳なく思いつつもルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)は立ち聞きしてしまった。
 結果、彼女がどれほど思いつめているのか、苦しんでいるのか、全て聞いた。
 今、きっと、泣きそうな顔をしていることも。
 リンスが、恐らくは空気を読んでキッチンから出てきた。ルイーザに気付き、軽く会釈して去っていく。
 すまなそうにしていた。
 だけどこれは、誰にもどうにもできない。
 フレデリカが自分で解決するか、あるいは自らをさらけだして誰かに縋るか、頼るかしないと。
 ――私には、何も出来ない。
 直接慰められれば、それが一番良いのに。
 ただ見守ることしかできない。
 手のひらに食い込んだ爪は、冷たく硬かった。


*...***...*


 その日、茅野 菫(ちの・すみれ)パビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)を伴って工房を訪れたのは夕方過ぎだった。
「あー、ほら。パーティももう終盤じゃない」
 工房を覗いた菫は、盛り上がり具合を見て頬を膨らませ、咎めるようにパビェーダを見る。
 パビェーダが、だって、と歯切れ悪く言葉を詰まらせた。服の裾を握り締める。
「こんな格好……」
「恥ずかしいって、そんなことないわよ。ただの仮装」
 菫とパビェーダは、揃いのナース服に身を包んでいた。
 菫が黒で、パビェーダが白。少々スカートが短すぎることと、ガーターベルトでストッキングを吊ってること以外はごく普通のナースさんである。
「どこが恥ずかしいのよ」
「どこがって、だって……はぁ」
 パビェーダは説明することを諦めてしまったらしい。菫としては、ハロウィンなんだから仮装して何が悪い、くらいに思っているのだがそうではないらしい。
 ずっとこんな調子で恥ずかしがっているから、家を出るのも工房まで来るのも時間がかかってしまった。
「パーティ終わっちゃう」
 行こう、と手を引いて、工房に足を踏み入れる。
 まだパーティは続いているようだったが、いくつか空いた皿も出てきていた。それをリンスが下げている。
「ハッピーハロウィン。
 あ、でもその前にトリック・オア・トリートかしら。お菓子頂戴」
 呼びかけると、リンスが振り返った。衣装に触れることなく、どうぞ、と飴を差し出してくる。
「そういうところが朴念仁なのよ」
「え、何が」
「あたしたちの格好。見てなんとも思わないわけ」
 後ろに隠れたがろうとするパビェーダの腕を引き、二人並んで見せ付けた。
「ど、どうかしら。変じゃない?」
「うん、全然。似合ってると思うけど」
 評価は良いものだったけれど、たぶん、リンスは言った以上の意味は込めていないのだろうなと菫は直感的に気付く。
 パビェーダはというと、「そう」と少し嬉しそうに笑っていた。
 ――ま、いいけどさ。
 でも、どことなく面白くないというか。
 ――いつもは頭いいし、あたしよりいろいろ気付くのになぁ。
 ――あれだ。恋は盲目。
 もうその『恋』の部分に嫉妬じみた気持ちをぶつけるのはやめていた。
 大切な人が大切に想う相手なら、祝福したいし進展を望みたいと思うようになっていたから。
 なのに菫がそう考えても、肝心の二人が何も行動を起こさないからじれったい。
 パビェーダはリンスの隣で片付けを始めるし、リンスもそれに対して「ありがと」以上に声をかけない。
 ――本当、もう。進める気あるのかしら。
「ねえリンス」
「何?」
「好きな人いる?」
 唐突すぎる質問に、パビェーダの方が驚いていた。リンスも多少なれど驚いてはいるようで、いつもはぼんやりとしている目を大きく開いている。
「好きって」
「ラブよ」
「ラブか。ラブならな、どうだろう」
「いないの」
「よくわからない。好きには好きだけど、ラブとライクの違いってなんだろうね。考えてるけど、まだわからない」
 ふっと困ったように笑ったので、それ以上問い詰めるのはやめた。
「あたしのこと、好き?」
「? うん」
「パビェーダのことは?」
「好き」
「そっ……そういう言葉は、軽く言わないほうがいいと思うわ」
 軽く? とリンスが首を傾げた。
 ふと、菫は思う。
 誰にでも言えるように、『軽く』好きと言えない相手が、本当に好きな相手なのかもしれない、と。
 ――……よくわかんなくなってきた。
 色恋沙汰は、難しい。
 あたしじゃお手上げよと問題を投げて、リンスとパビェーダを横目で見る。
 大して会話はないけれど、二人並んでたまに笑って。
 菫に言わせれば鈍足極まりないけれど、
「まあ、これがあんたたちよね」
 ゆっくりで、のんびりで。
 ――それも、いいかしら。
 らしいということで。