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忘新年会ライフ

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忘新年会ライフ

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「今日は地震が多いですねぇ……」
「本当……どっか崩れたみたい」
 六花と祥子が上を見上げつつ階段を降りていく。
 時計を見た六花が今が11時過ぎだという事を確認して、ツアー参加者に振り返る。
「皆さーん、お疲れ様でした! ただいま107階に到達致しました」
「「「おおーッ!」」」
 六花は笑って続ける。
「ここで少し長めの休憩時間を取ろうと思いまーす。どうかゆっくり休んで下さいね」
 ツアー参加者達はそれぞれ、荷物を降ろして座ったり、持ってきた飲み物を飲んだりする。
「もうすぐですね?」
 腰を下ろした柚が海に話しかける。
「そうだな」
「最下層に何があるのかドキドキです。海くんは知ってるんですよね?」
「チラッと聞いただけだ」
 海と並んで座る柚は、そわそわしている。
「オレも柚に聞きたいことがあった」
 海が柚を見つめる。
「え? は、はい! な、何でしょう!?」
「さっき、オレの幻が出てきたらしいんだ。あれがもし煩悩の具現化だとしたら、誰がそう思ったか教えてくれ。少なくともオレじゃないみたいだけど」
「……」
 柚が顔を真っ赤にして俯く。
「海……鈍感すぎるよ」
 二人から少しだけ距離を置いて休憩していた三月が呟く。

 行軍に被害が出なかったものの、柚の煩悩もキッチリと現れていた。丁度、明子とイングリットが合流して直ぐの話である。
「へぇ……最強になった自分と戦えたのか」
「ええ! イメージトレーニングよりも遙かにリアリティがありましたわ」
 共に将来の夢が『パラミタ最強の称号を得ること』だった海は、イングリットが戦ったというもう一人の自分との戦いの話を彼にしては熱心に聞いていた。
「……」
 後方からこれを見ながら歩く柚が、どこか寂しそうな目をするのを三月は見逃さなかった。
「柚、あの二人は趣味の話をしているだけだよ?」
「え? う、うん。わかってます、三月ちゃん」
「(わかってないでしょ、絶対)」
 三月が溜息をつく。
「海も、もうちょっとだけ女心がわかるようになるといいんだけどねー」
 三月の言葉に足を止める柚。三月は気付かずに先に行ってしまう。
「……」
「どうした? 浮かない顔して?」
「え? か、海くん!?」
 柚の目の前に海がいる。
「イングリットちゃんとお話してたんじゃないの?」
「何言ってるんだ? オレはずっとここにいるぜ。第一、浮かない顔した柚を放ってはおけないんだ」
「え? え? ……ハッ! これって、まさか……」
 柚には思い当たるフシがあった。
「(噂に聞いていた煩悩を具現化した敵……私だから、海くんの姿してるの? 確かに、傍に居ると自然と海くんの事を考えちゃいます……で、でも純粋に好きなだけで煩悩とは違うかも……)」
 必死に頭で考える柚。
「柚ー! 何してる……って、海がもう一人いる!?」
 集団から遅れた柚を呼びに来た三月が驚く。
「(それにしても柚の煩悩、分かり易過ぎ。海の姿って、そのままだよね)」
「さ、行こうぜ」
 海が柚の手を握ろうとするが、柚は反射的にパッと手を払いのける。
「どうした? オレが嫌いか?」
「き、嫌いじゃありません! けど……海くんと私はいつかはそういう関係になりたいなって思ってますけど……あなたは違うんです!」
「おかしな事を言う。オレはオレだよ」
 海に迫られて壁際に後退する柚。背中が壁に当たる。
「オレに何かして欲しいことはない? オレ、柚のためだったら何でもするぜ?」
「ありませんっ! 私の知ってる海くんはそんな事言う人じゃないんです!」
「……本当にそうか?」
 中身はともかく、外見は海そのままの煩悩が柚に語りかける。
「柚はオレに、どうにかされたい……て願望を1ミリでも望んでない、そう言い切れるのか?」
「なっ……!?」
 珍しく柚の顔が怒りの色に染まる。
 海が柚の耳元に口を寄せて囁く。
「オレのものになりたいんだろ? そして柚もオレを自分のものにしたい……そうなんだろ?」
 状況を見ていた三月が止めに入ろうとした時、
パシンッ!!
 気づくと柚は海の頬を叩いていた。そして、震える声に怒りを込める。
「私は、海くんと一緒にいるのが楽しいだけです! 海くんはかっこいいけど無口だし負けず嫌いだし鈍感だけど、たまに私を気遣ってくれる優しさも持ってます……そんな海くんがいいんです! あなたみたいに、モノにするとかしないとか……海くんの姿で言わないで!! 海くんは、あなたとは違います!!」
 柚に平手打ちをくらった海は、ニヤリと笑ったまま粒子になって消えていく。
「柚! 大丈夫?」
 三月がへたり込む柚に駆け寄る。
「三月ちゃん……私、幻とはいえ、海くんを叩いちゃった……」
「柚……でも、今の柚、かっこ良かったよ!」
「あはは……」
 力が抜けた様な声で微笑む柚。
 そこに海が二人を探してやって来る。
「柚、三月。みんな進んでるぜ」
「海……くん」
「足でも挫いたか?」
 柚が頭を振って立ち上がる。
「平気です」
「……遅れるなよ、置いていくぜ」
 いつものようにぶっきらぼうに言って、柚を待たずに歩き出す海。
「はい!」
 柚が笑顔で海の後ろを付いていくのを見て、三月も腰を上げたのであった。
 
「あ……あれは……その……」
 自分の煩悩だと言えない柚が、海の問いかけにしどろもどろになっていると、サッと三月が湯気の立つ器と割り箸を柚の前に差し出す。
「はい。祥子さんからサービスの年越しそばだって。ほら、海も」
 柚が見ると、年越しに合わせてダンジョンの中で年越しそばを食べられるよう簡易調理キットと材料を荷物に入れておいた祥子が、ダンジョンの一角を簡易キャンプとしてそこで蕎麦を参加者達に振舞っていた。
「はいはい、全員の分あるから、慌てないでよ?」
 祥子の傍では、【ティータイム】、【晩餐の準備】、【至れり尽くせり】で、ダンジョン内で倒したモンスターを食材に料理する詩穂の姿があった。
「お蕎麦といえばかき揚だよね! そこで見つけたキノコとガーゴ……コホン、のお肉でお手軽クッキングだよ」
「美味しい! 美味しい!」
 何度も頷きながら、感涙にむせび泣く女性がそこにはいた。セルフィーナに言われて108階からフラフラとやって来て合流した彼女は、「だって、まだ参加者来ないし」と、詩穂に蕎麦とかき揚をご馳走になる。
 材料が気になるものの、詩穂の作ったかき揚は、『とてもモンスターとは思えない美味♪』だったらしく、蕎麦に浮かべると尚一層美味しかった、とは参加者のアンケートにも書かれていた。

 そしてこの休憩時間中に、衿栖や遂にヴェルリアと合流できた真司達らの『冒険屋』も六花達に追いつき、一同は揃って108階へと足を踏み入れることとなった。