校長室
年の初めの『……』(カギカッコ)
リアクション公開中!
●誘拐事件で大脱走 そしてまたもや蒼空学園。 来客はあらかた帰ったが、まだ灯りは点いていた。 「むー」 と言いながら、さして読めない文字を一生懸命読もうとローラが呻っているところに。 「ローラさん、会いに来たよ。明けましておめでとう!」 初売りの福袋を抱え、水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)が姿を見せた。 「遅くまで仕事してるって、本当だったのね。お疲れ様〜」 「ありがと。ワタシ、知ってるね。これ、『ビンボウヒマナシ』て言う」 「また妙な言葉知ってるのね……。あ、そうそう。甘い物の差し入れ、持ってきたから」 もちろん天津 麻羅(あまつ・まら)も一緒だ。 「ポートシャングリラとかの初売りに付き合わされておったわ。おー疲れた。元旦は個人経営の店は軒並み休みじゃし、開いてる店は人ばかりじゃし……」 どさっと麻羅が置いた紙袋には、微妙すぎるキャラクター『シャングリらいおん』が描かれていた。イラストの下手さもあって微妙度はさらに高い。 麻羅は、自分で持ってきた差し入れのチョコレート菓子をポリポリ食べていた。 「初詣、初売りと人ごみの中を歩いておったから、人のおらん学園は良いのう……じゃが元旦早々働きたくはないがなっ!」 「麻羅なんて元旦だけじゃなく、いつも働いてないじゃない!」 と、大事なことなのでしっかり指摘して、緋雨はローラに向き直る。 「あ、あとさっき買った福袋の中で身長的に私には着れないものがあったからプレゼントするわ」 「服?」 棒付きアメをくわえたまま、ローラは首をかしげた。 「そう。ローラさんは服には無頓着そうだからね、折角モデル並に背が高いんだからちゃんとした服を着ないと損よね。とりあえず、ただ上げるだけじゃなく、コーディネイトもしないとね♪」 と言って、ローラを立たせて服を合わせてみる。 「あ、服の御代は、元旦から仕事押し付ける山葉さんに請求しておくから、ローラさんは気にしないでね」 「……酷い言われようだな」 隣室のドアが開き、山葉涼司が火村加夜を伴って現れた。 「だってそうじゃない」 べー、と緋雨は舌を出してみせる。 「まあ俺は人使いが荒いんでな。ほら、服代、こんなもんで足りるか?」 「あら多いわよ?」 「いいよ取っとけ。それから、これ俺のポケットマネーであって学校の金じゃないぞ」 それで、と、涼司は緋雨の腕を取り、ローラと離して会話が聞こえないようにした。小声で聞く。 「ポートシャングリラの様子はどうだ。さすがに人は減ったか?」 「私たち夕食も食べてきたんだけど、帰る頃にはさすがに余裕があったよ」 「営業時間は深夜までだったな、今日は」 「そのはず……でも今日、雪もちらついてたしメチャクチャ寒いから、わりとみんな帰宅したと思う」 なぜこんなことを訊くのだろう。 何かあるの? と緋雨が聞くと、 「実は……」 加夜がそっと事情を明かした。 時間だな、とエルサーラ・サイジャリーは頭上を見上げて思った。 エルサーラは昼頃から手伝いに来ている。じき22時というこの時間帯まで残っているのには理由があった。 「ローラ、一寸話が」 計画通りエルサーラはローラを誘って化粧室に入った。 「なあローラ、シャングリラに遊びに行かない?」 「え? ポートシャングリラか?」 「そう。なに、変装してけば大丈夫、今日一日たくさん働いたんだから校長も許してくれるよ」 「でも、どうして」 「事情は聞いてる。行きたかったんでしょ? 初売り」 「でも、ワタシ、今日仕事。連れ出す、ダメ言われる。あとでサイジャリーに迷惑、かかる……」 「別に! アンタのタメとかじゃなくて……ああもう、とにかく行くわよ。顔バレは変装すれば大丈夫! 校長には仲間が後で説明するし!」 トイレの個室に隠していた紙袋をサイジャリーは取り出した。ここには変装用の服が入っているのだ。がばっ、と開けて見せた。 「うわ、すごい、可愛い」 ローラも女の子、衣装には胸がときめくらしい。 「ああそれなら気にしないで。どうせ私のタンスのコヤシよ」 何気なく彼女は言うわけだが、実はこれ、サイジャリーが大切にしていたお出かけ用ワンピなのである。もちろんそんな事情は伏せる。服を取ってローラの胸に抱かせ、最後の一押し、とばかりに 「秘密で遊ばない?」 サイジャリーは悪戯めいた笑顔を見せた。 「ひみつであそぶ?」 「内緒を共有しよう、ってこと」 ローラは逡巡していた。根が真面目なのだろう。しかし悩んだ末、 「じゃ、じゃあ、やってみる、ひみつ」 ローラは言った。 「よーし変装ね。可愛くしてあげるわ」 その頃校長室では、 「何事だ!?」 涼司は席を立って窓に飛びついた。 警報機が鳴り、音と光が急を知らせている。小規模ではあるが、校長室のすぐ外で、爆発が起こっているのだ。花火や、威嚇用の閃光弾といった実害のないものが中心のようだが変事は変事だ。 「涼司?」 別室にいた小鳥遊美羽らも駆けつけた。 「外に行って調べてみよう。予定通りに」 涼司は言った。 一行は穏やかに、いや、表面上は慌てふためいた様子をとりながら外に飛び出した。 予定通りローラのことは『うっかり失念』していた。 騒ぎを起こしたのは鉄 九頭切丸(くろがね・くずきりまる)である。 この伝説的な戦士は決して口をきかない。無言で監視カメラの死角をとりながら移動し、仕掛けを回収して回った。彼の姿は蒼空学園の記録に一切残らないだろう。それが重要だ。 そして九頭切丸は爆破した地点のひとつに、そっと一枚の紙を残した。 脅迫状と書いてある。文面はシンプルで、 『クランジΡの身柄は預かった。 返して欲しくば、本日開催される御神楽環菜主催の年賀パーティーに出席しろ』 まあ、この時間だからパーティは終盤だろうし、実質的にこの文面に意味はないのだが一応。 ローラが、サイジャリーに手を引かれ学園から抜け出した。 「こっそりエスケープ? ワタシ、ドキドキ」 見違えるような姿だ。ファンデーションで肌を白くして、長い髪を二つに緩く編み、お嬢様風に垂らしている。リボン結いも様になっている。 「あけましておめでとう、ローラ」 校門のところにもう一人の首謀者、水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)が待っていた。 クランジΡ(ロー)に『ローラ』の名を与えたのは睡蓮である。その名には特別の思い入れがあった。 するとたちまち、 「睡蓮!」 どどどどという擬音が似合う走りこみを見せ、ローラは、がばっ、と睡蓮に抱きついた。 「おめでとう! 元気だったか? シャングリラ、一緒、行くか?」 体格差があるので睡蓮はよろめくが、なんとか持ちこたえてハグに応じた。 「そう、一緒に行くために来たんですよ。ローラ、なんとも華麗に変装しましたね」 「うん。今日からワタシ、『ローラ・ブラウアヒメル』ね。苗字、ついた」 「ブラウアヒメル(blauer Himmel)……ドイツ語で言うところの『蒼空』ですか……どなたかが付けてくれたのですか?」 「うん、美羽の提案! 蒼空学園だからだって!」 なるほど、と言って睡蓮はふたたびローラの変装をしげしげと観賞した。 「美しい……さすがエルサーラさんが手がけただけはありますね」 睡蓮の褒め言葉を受け、エルサーラは言葉に困ったように、 「あー、まあ、素材が良かったからな。うん」 と頭の後ろをかいた。 それと、と言って睡蓮はローラにマフラーとニット帽を手渡す。 「これで変装は完璧、防寒着にもなりますし。大丈夫、一通り遊んだら多分空京にいる山葉校長のところに送りますから。ただし私達のことは内緒、すずかさんとの約束ですよ?」 「約束♪」 ローラは睡蓮の手を握っている。子どものようにはしゃいでいた。 音もなく九頭切丸もやってきて一行に加わった。手筈通り、ペシェは校長の元に残っていることだろう。 「……結局、校長との共同謀議になったあたりが癪に触るけどね」 「表向きは狂言誘拐です。記録としてもそう残るでしょう」 睡蓮は落ち着き払っていた。 ローラをポートシャングリラに連れていく計画は、涼司の側にもあったらしいのだ。ただしそれは、遅い時間になってからということだった。できるだけ一般人との接触を避けるためだ。ローラのために事前に根回しし、彼女が好みそうな服の店には福袋を取り置いてもらったりしている。 これらはペシェが見つかったことで露呈したのだ。涼司はペシェに頭を下げ、自分もその計画に乗らせてほしいと言った。ローラをこっそりシャングリラに連れていく理由を考えるのに苦慮していたという。 正月早々、たくさんの書類仕事があった理由を涼司はローラに明かしていない。増えた仕事の大半は、ローラを無事に行かせるために必要なものだったとは決して言わない。 「まあ小遣いもせしめたことだし……」 サイジャリーは含み笑いして、事務的な茶封筒を取り出した。涼司が自腹で出してくれた軍資金だ。 「ローラにはいいものを選んであげましょう。私たちがいなければ最悪、あの涼司がローラを連れていって、あの涼司がローラの服を選んだりしたわけですよ……どんな恐ろしいセンスが発揮されたことやら……」 睡蓮も笑み返した。 変事がない九頭切丸に色々話しかけていたローラ(本人としてはコミュニケーションがとれているつもりらしい)が振り向いた。 「なに話してる?」 「校長先生のことを」睡蓮は肩をすくめて言った。 「涼司が寂しくて泣いちゃう前に帰ろう、って話をね。差し入れとワビに、バーガーとチキンでも買って帰るつもりよ」 サイジャリーもすぐに話を合わせた。