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【カナン復興】東カナンへ行こう! 3

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【カナン復興】東カナンへ行こう! 3
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第3章 アガデ・反魔族デモ

 バァルたちがアガデを発った日の午後、それは起きた。

「アガデに魔族を入れるな!」
「殺人鬼魔族はこの地に不要!」
 口々にそう叫ぶ民衆が居城の外門に押しかけてきたのだ。彼らは手に、それぞれの主張を書いた手製のプラカードを持っていた。
 最初、それは北西にある臨時居住区から始まった。先頭に立ち、彼らを導くのは志方 綾乃(しかた・あやの)である。
 先日、ロンウェルで無差別殺戮を行ったことにより放校され、シャンバラ大荒野へ追放された綾乃だったが、それはすべてアガデで起きた魔族によるジェノサイドに端を発していた。
 講和会談に応じて来訪しておきながら、都を襲撃した魔族兵。彼らはアガデを破壊し、火の海に変え、武器も持たない一般人を一方的に虐殺した。わずか一夜にしてアガデは見る影もない瓦礫の山と化し、死者・行方不明者の総数は2000を下らない。判別もつかないほど焼け焦げた死体は、合同葬儀のあと共同墓地へ葬られている。墓石に記されているのは死した場所と発見された時間だけだ。身元が判明すれば相応の墓地へ再葬されることになるだろうが、今のところ全くその可能性はない。
 家族を、友を、恋人を殺され、財産を焼かれ、住む場所も失った――そんな彼らにとって、彼女はちょっとした英雄だった。魔族の街へ乗り込み、自分たちに代わって仇を討とうとしてくれたのだから。
 5列横隊で並び、粛々と行進する彼らの中には、あの夜大火傷を負った者、腕をなくした者もいた。化膿傷に包帯を巻き、おぼつかない足どりながらも歩こうとする者もいる。そのうちの1人を袁紹 本初(えんしょう・ほんしょ)が支えた。
「大丈夫か? 無理はするでないぞ。これが元で具合が悪うなっては大変じゃ」
「……ああ。ありがとうございます…」
 ふらふらと地面に倒れ込みかけたところを助けてもらった女性は、真新しいケロイドに覆われたほおを引き攣らせながら礼を言った。
 本来、カナンにデモという概念はない。
 神から代理人と認められた領主が絶対君主として統治し、それ以外の者は黙して従う封建制度が確立している中では、領民は畏敬の念を持って領主の決定に従って当然。それ以外など考えられないのだ。たとえ魔族に反感を持っていても、領主が受け入れると決めたならば、唯々諾々と従うのみ。
 そんな中で己の不満を声高に叫ぶデモなど起きるはずもなかったが、それを可能にしたのが本初の根回しだった。
 彼女は時間をかけ、人々に説いて回った。デモがどういったものかの説明から入り、それの持つ意義、大切さを根気強く訴えた。それにより、はじめのうち耳を貸さなかった者も、やがて半信半疑ながらも彼女の訴えに耳を傾け始めたのだった。
 それは「これは決して領主に逆らう行為ではないのじゃ」と、本初が強調したからというのが大きい。
 そして彼女はバァルを否定しなかった。東カナンにおけるバァルの人気は絶大で、それはネルガル謀反の際、ネルガルの側についても変わることがなかった。「わたしたちの領主さま」と誇らしげに口にする彼らの前でもしバァルを否定する発言をしていたなら、彼らは即座に本初にそっぽを向いただろう。
「よいか? わらわは何も領主バァルが冷酷な独裁者と言うてるのではない。むしろ彼は領民思いの良い領主じゃ。税を軽くし、城よりも都の復旧を優先して兵も騎士も投入しておる。聞けば、文字が読めぬのは人として最も不幸なことと言い、各村や町に学舎を建てることに尽力し、補助金も出して子どもの識字率の向上を図ってきたとか。常に領民のことを思い、その窮状を憂う、良い領主じゃ。そんなことはおぬしらの方こそ他国のわらわよりもよほど知っておろう」
 そう持ち上げたからこそ、アガデの人々は抵抗なく本初の話に耳を傾けることができたのだった。
「ではなぜその領主がおぬしらの憎む魔族をこの都へ入れようとしておるのか? それは、おぬしらが魔族をどんなに憎んでおるか、知らぬからじゃ。
 デモとは、領民であるおぬしらの願いを領主に知ってもらうための運動なのじゃ。当然暴力行為はご法度じゃ。力任せに暴れたところでそんな輩にはだれも耳を貸してはくれん。あくまで平和的に、きちんと隊列を組んで行進し、おぬしらの要望を城の者や領主に伝えるのじゃ」
 そうしてアガデに残ったほとんどの民が参加した。参加しなかったのは歩行が困難なけが人や病人、小さな子どもたちで、行進の中には赤子を抱いた母親の姿も数多く見られた。
 本初や綾乃に指導されて作ったプラカードやのぼりを掲げ、横幕を広げて、老人にも極力負担がかからないようゆっくり無理なく進む。
 彼らは復興に取り組む兵や騎士たちのいる区画を数時間かけて歩き、居城へと続くなだらかな坂道の手前、外門へと到着したのだった。
「悪魔を入れるな!」
「悪魔は地底へ帰れ!」
 その声は、岩山の上の居城まで届いていた。
「まさか民の反感がこれほどまでとはな」
 窓から見下ろして、12騎士騎士団長補佐のアラム・リヒトが難しい顔をしてうなる。
「にしても、どこから漏れた?」
「どこからでも漏れますよ」
 アラムの独り言に答えたのは12騎士騎士団長のネイト・タイフォンだった。
「特に公布したりはしませんでしたが、箝口令を強いたわけでもありませんからね。シャンバラ人たちだってこのことは知っています。とりたてておかしなことではないでしょう」
「そうか――って、おまえよくこんな状況で平然と茶飲んでられるなっ!!」
 アラムからの非難めいた指摘を受け、おや? とネイトは片眉を上げる。それでも彼は悠然と飲食を続け、カラになったカップをソーサーの上に戻した。
「あわてる必要はないでしょう。武器を持って蜂起したというのならまだしも、彼らはただ外門の前に整然と並んでいるだけ。とても冷静です。訴えもシンプルでとり間違えようがありませんし。
 初めてのデモとやらでここまで全員が足並みを揃えられるとは、よほどリーダーシップをとっている者が優秀なのでしょうね」
「だからといってなぁ…」
 椅子に腰掛け、膝の上で両手を組んでいるネイトの落ち着きように、アラムははーっと息を吐き出す。本来彼こそ楽観的な人間なのだが、さすがに数百人規模の民衆が押しかけているとあっては無理だった。たしかに今は暴力的な行動に出ていないが、いつ興奮した彼らが暴徒となるか知れたものではないからだ。そうなったとき、城に残っている自分たちで抑えきれるものか…。
 こんな事態は東カナンの歴史においても類を見ない出来事で、何に発展するか想像もつかない。そもそも騎士は国(領主)と民に忠誠を捧げており、民に剣を向けるなど禁忌に等しい行為だ。
 ドアがノックされ、上将軍のセテカが入室した。
「失礼します。騎士団長、これを」
「何です?」
 ネイトは差し出された封書を受けとり、中に入っていた書を開く。
「志方 綾乃という人物から門番が預かってきた、デモ隊の要望書です」
 そこに書かれていたのは、外門で声高に叫んでいるものと全く同じ内容だった。
「……領主にお知らせしないわけにはいかないだろうな」
 机上のそれを覗き込み、アラムが苦々しくつぶやく。
「先ほど早馬を手配しました。おそらく休憩を取る予定のイバートの町で追いつけるでしょう」
「そうか」
 この事態を知れば、間違いなくバァルは引き返すことを選択するだろう。
 留守を預かって早々にこのていたらくかと、頭の痛い思いでいたアラムに、ネイトが彼の分のお茶を差し出した。
「まあでも、起きたのが今日で良かったんですよ。ロノウェ殿が来られるのは3日後ですからね。今ならまだ事情をご説明して、どうとでも――」
 なりますから、とネイトが締めくくる前に、幾分乱暴なノック音がドアで起きた。
「騎士団長、補佐、上将軍、失礼します!」
「どうした?」
 動揺を隠しきれない騎士から報告を受けたセテカが、とたん渋面になる。思案する面持ちでネイトとアラムに歩み寄ると、重々しい声で告げた。
「魔神ロノウェ殿の御一行が到着されたそうです」



「皆さん、このような場所で一体どうなさったのですか?」
 ロノウェに同行した葉月 可憐(はづき・かれん)が、外門前で並び立つ人々に向かって両手を広げた。
 金糸の縫い取りが入った紫の神官服姿の彼女に、人々の視線が集中する。可憐は女神イナンナ自らが洗礼を行った、正真正銘北カナンの神官だ。信仰厚い人々はわれ先に彼女の元へ集まり、膝をついた。
「神官さま…」
「神官さま、どうかわたしたちをお救いください」
 涙目の女性のほおに触れ、可憐はほほ笑む。
「もちろんです。私はあなた方をお慰めし、心の負担を取り除くために来たのですから。この苦難のときこそ、私たちの信仰が試されるときです。ともに手を取り合い、支え合って乗り越えていきましょう」
「神官さま!」
 わっと声を上げて可憐の手を握り込む彼女につられて、周囲の人々も涙ぐむ。その光景を木の影から伺って、
「さあ今のうちです。ちゃっちゃと中へ入っちゃいましょう」
 ぱんぱんに膨らんだリュックサックを背負ったアリス・テスタイン(ありす・てすたいん)が合図を出す。
 そうやってロノウェたちは城へたどり着くことができたのだった。
 エントランスに入った彼女たちを出迎えたのは、12騎士のネイトとアラム、それに東カナン領主側近のセテカの3人だった。
「ロノウェ殿、ようこそおいでくださいました。わたしは留守居を預からせていただいております、12騎士騎士団長のネイト・タイフォンと申します。東カナンを代表して、歓迎の意を述べさせていただきます」
「領主バァルは? 不在なの?」
「はい。戻られるのは早ければ明日の朝、昼ごろかと思われます」
「そうなの」
 近寄ってきた召使いに脱いだ外套を渡す。
「申し訳ありません」
「いえ、いいわ。私の方が早く着きすぎたわけだから」
 返書には3日後の到着と書いていた。ただ、行くと決めてからは気が急いて、つい兵たちよりも先行して来てしまったのだ。
 横の窓からは相変わらず、デモの声が聞こえてきていた。可憐の登場で少し収まってはいたが、階下に降りたせいか、3階の窓から見下ろしていたときよりもはっきりと言葉が聞こえる。
「魔族は地底へ帰れ!」
「アガデに来るな!」
「……せっかくザナドゥよりご足労いただきながらこのような事態となりましたことを、重ねてお詫び申し上げます」
 その言葉にも、ロノウェは首を振った。この程度の反応は十分予測の範疇だ。
「気にしてないわ。ただ、この状況ではやはり私の兵を都に入れることはできないわね。流血騒ぎになるのは必至だもの。
 機晶石等復興に必要と思われる資材は明日兵たちが運んでくる手筈になっているから、外で受け取ってちょうだい」
「ああ。それでしたら俺とロスが承ります」
 セテカの後ろについて様子を伺っていたエルシュが名乗りを上げる。
「明日ポート・オブ・ルミナス経由で届く輸送品の受け取りに行くことになっていますから、ついでに受け取ってきます」
「こちらがそのリストです」
 が進み出て、リストを手渡した。
「かさ張りますので小型飛空艇では難しいかと。輸送トラックか大型飛空艇で行かれるとよろしいかと思います」
「手配します」
 笑顔で応じつつ、エルシュは運搬用イコンの持ち主について考えた。皆復興ボランティアとして来ているため、作業にはかなりの数の運搬用イコンが投入されている。すでに何人か心あたりがあった。
「そしてこちらの6人は、ザナドゥ屈指の魔法技師たちです」
 横に身を退いて、翔は後ろに控えていた者たちを紹介する。
 フードマントをまとい、角や尾を隠した彼らは一見人間にしか見えなかったが、猫のような光彩をした瞳や唇から覗く牙が、彼らが魔族であることを示していた。
「ザナドゥは地上より魔法が発達しています。中でもこの者たちは特に優秀で、彼らはロンウェルにおけるロノウェ様の城の修復で重要な役目を担当してきました。きっとこちらでもお役に立てるでしょう」
「お心遣いをありがとうございます。ご厚意、厚く甘受させていただきたく存じます。
 今お部屋をご用意させておりますので、皆さま本日はそちらでゆっくりとお休みになり、旅の疲れをおとりください」
(あれが魔神ロノウェか)
 ロノウェたちの後ろ、入口近くの壁際に。できるだけ目立たないよう地味な旅装束をまとった土御門 雲雀(つちみかど・ひばり)が立っていた。
 そのとなりははぐれ魔導書 『不滅の雷』(はぐれまどうしょ・ふめつのいかずち)。こちらもまた周囲に溶け込むことを意識してか、ローブで全身をおおいフードを目深に引き下ろしている。見えるのはフードからわずかにこぼれた金の髪のみだ。
 彼らは先の大戦において、バルバトス軍の旗下にいた。大戦後、情状酌量の余地ありとして放校を解除され、シャンバラ教導団へ復帰を果たしたが、かといって翌日から晴れて大手を振って表を歩けると思うほど彼らは――少なくとも雲雀は――厚顔にはなれなかった。
 アガデでの顛末には何ひとつ関与していないと分かってはいても、自戒の思いから、だれの目にも止まらないよう存在感をできるだけ消して、人の肩と肩の間からわずかに見えるロノウェに注目する。
「――もう十分だろ?」
 独り言のような問いは、はぐれ魔導書 『不滅の雷』――呼称カグラ――に向けて発せられたものだった。
 ロノウェがアガデを訪れることを知ったカグラが言いだしたのだ、ロノウェを見てみたい、と。運良く城へ向かう一行を見かけてこうしてまぎれ込むことはできたが、そうそう長居もしていられなかった。ロノウェの周りにはコントラクターが大勢集まっている。中にはバルバトス軍にいた者もいて、カグラがここにいると知られれば悶着を引き起こさないとも限らない。
「……そうね」
 長い沈黙のあと、ため息のような声でカグラが応じる。
 じゃあ、と背を向けかけたときだった。白い影が、突然ロノウェたちの横手の窓から飛び込んできた。
「!」
 だん! とジャングルブーツの靴底が床を打つ。遅れてふわりとなびく白い外套。ヴァルザドーンを後ろ手にした凶眼の持ち主、白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)だ。
(リューゾー!!)
「まあお待ちなさい」
 とっさに魔道銃を抜こうとした雲雀の手に手を乗せ、カグラが止める。
「カグラ!?」
 まさかまた――
 驚愕する雲雀に向け、カグラは口元に人差し指を立てた。
「そう慌てずともロノウェは護衛たちにしっかり守られているわ。助力は必要ない。だから私たちはここで様子を見ていましょう」