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【カナン復興】東カナンへ行こう! 3

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【カナン復興】東カナンへ行こう! 3
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第1章 ロンウェル

 長きに渡る地上人との戦いが終結を迎え『リュシファル宣言』が締結されたことにより、ザナドゥは一定の落ち着きを取り戻していた。
 一時は地上人に攻め込まれ戦場と化していたロンウェルだったが、兵は通常勤務に戻り、ピリピリしていた民間の空気も穏やかになっている。市場はにぎわい、街路にはわれ先にと駆け抜ける子どもたちのはしゃぐ声が響き、人々に笑顔が戻った。
 ただ、何もかもが元通りというわけではない。
 街の中央にある魔神 ロノウェ(まじん・ろのうぇ)の城は、いまだ一部は布幕に覆われている。先だっての戦いにより、ほぼ全壊した西翼の棟の修復が行われているのだ。あれから数カ月、本来なら魔法技師たちによる修復が完了していておかしくないのだが、街の修復を優先したために工期が延びていた。
 執務のための部屋を本格的に東翼の棟へと移したロノウェは、今日もまた、机上高く積まれた書類を前に黙々とデスクワークに取り組んでいた。
 書かれている文字を追っていた目を止め、しばし黙考し、再びその先へ視線を走らせる。思案するようにペン先で唇をトントン叩き、最後の行に承認のサインを入れていると、右手の扉からノック音がした。
「ロノウェ様、お疲れさまです。お茶をお持ちしました。少しご休憩なさってはいかがでしょう」
 本郷 翔(ほんごう・かける)だ。
「入りなさい」
「失礼します」
 音もたてず扉が引き開けられ、美しい礼をして翔が入ってくる。いつもながら最小限の靴音しかたてない翔の動作を、ロノウェはつくづくと感心して見た。
「その洗練された動きをどうやって身に着けたのかしら」
「――え?」
「なんでもないわ。独り言よ」
 軽く肩をすくめるロノウェの前に、翔はソーサーを置いた。シルバーポットから熱い紅茶をそそいだカップをその上に置く。横には、疲労回復用の一口サイズの甘い菓子が乗った皿も添えて出した。
「ヨミは?」
 補佐室のドアに視線を向ける。時間がくるとあそこからヨミが飛び込んできて、休憩休憩とせっつくのがいつものことだった。
「ヨミ様はダイニングルームの方でアルテミシア様たちとご一緒に、ホットチョコレートを召し上がられています」
 その返答に、眉をしかめる。
「あの子ってば最近その手の物ばかり口にしているわね。そのせいかしら? 抱き上げるとずっしりしてきたの」
「その分、背丈も少し伸びているようです。成長されているのですよ」
「そう?」
「はい」
 にこやかに笑って、翔は次に城内で起きた出来事とそれに対して自分のとった対処を報告した。それを聞きながら、ロノウェは紅茶に口づける。
 ヨミがバルバトス軍から引き抜きたいと言ってきた当初、ロノウェはなんとも思わなかった。ヨミが強く望んだから口添えをしただけで、邪魔になりさえしなければそれでいいと。ところが実際は、邪魔どころか翔は優秀な逸材だった。過不足なく回っていると思っていたこの城の日常が、今では翔がいなければ支障が出るほどになっている。
(思わぬ掘り出し物よね)
「――以上です。これでよろしかったでしょうか?」
「ええ。完璧よ。これからはそういったことはあなたの思うようにしてくれてかまわないわ」
「ありがとうございます」
 ロノウェの信任に、翔が一礼したときだった。
 ノック音がして、魔族の執事が現れた。
「失礼します、ロノウェ様、翔様。地上人がロノウェ様に面会を求めています。東カナンから来たそうです」
「人間が?」
「お会いなさいますか?」
「どのような用件か伺いましたか?」
 翔の問いに、魔族の執事はためらった。どんな相手かも不明のまま、言うなり主人の前へ通そうとするとは。翔はそっと息をついて、扉へ向かった。
「まず私が会いましょう」
「いえ、いいわ」ロノウェが呼び止めた。「会うわ。通して」
「――は」
 魔族の執事は恐縮して一礼し、急ぎ足で廊下を歩いて行く。
「ロノウェ様?」
「いいの。東カナンというなら、多分あのことよ」
 その言葉に、翔もああと腑に落ちた。
(そういえば、前の使者から3日か)
 返書は出していない。促されるにはまだ早い気もしたが、東カナンからの使者でほかに思いつくこともなかった。
「翔、あなたも同席して」
「分かりました」
 翔が扉近くの壁へ退いて少しして、魔族の執事が戻ってくる。彼の開いた扉をくぐって現れたのは、神崎 優(かんざき・ゆう)とその妻神崎 零(かんざき・れい)、パートナーの神代 聖夜(かみしろ・せいや)陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)の4人だった。
「あなたたち」
 来客を出迎えるべく席を立っていたロノウェの目が、眼鏡の奥で軽く瞠られる。
 まさか彼らとは思いもしなかった。彼らはシャンバラ人で、東カナン人ではない。
「やあ、ロノウェ」
 自分を見て目をしぱたかせるロノウェに、優がくすりと笑う。
「こんにちは、ロノウェさん」
 ロノウェの手をとり、まず零があいさつをした。
「おひさしぶりです」
 となりで頭を下げた刹那の真似をするように、聖夜も軽く頭を下げる。
「一体どうして…」
 まだ驚きが覚めないロノウェに、優は淡々と説明をした。東カナンが首都・アガデの復興の手伝いとしてシャンバラでボランティアを募ったこと、そしてその募集の書状がザナドゥのロノウェの元にも送られていたということを知って、訪ねてきたのだと。
「きっとあなたは、迷ったあげく来ない方を選択すると思ったから」
 図星だった。ロノウェは目を手元に伏せる。
 東カナンからの使者は3日前に城を訪れていた。携えられていた書状の中身は、優の語ったとおりのものだ。アガデ復興のために知恵と力を貸してほしいと。
 だが。
「……アガデを破壊したのは私の軍兵よ。あの地の人々を殺したのも」
 あの事件はロノウェにとって人生最大の汚点だった。戦時中のこととはいえ、講和を望んだ相手をだまし討ちし、一般民を虐殺した。
 あれは自分のあずかり知らぬこと、その後も上官である魔神 バルバトス(まじん・ばるばとす)の命令に従ったのみ、と弁明することもできる。バルバトスはもとよりそのつもりで彼女には一切作戦を語らず、己を憎むままにさせ、そして一時、本当に彼女はバルバトスを憎んだ。
 だが違う。己の不明さと、知ったあとも唯々諾々と従ったことはまぎれもなく事実なのだ。あれを行ったのはロノウェ軍であり、ロノウェ軍のしたことはすべてロノウェに責任がある。
 この大罪、そしてそれに付随するすべての汚名を背負って生きることを彼女は決めていた。
「そんな私や私の軍があの地へ行くべきではないと思うのよ。私たちの姿を見て、アガデの人々はあの夜を思い出し、恐怖するでしょう」
 膝の上で組まれた指が、込められた力に白くなるのを見て、おもむろに優は告げた。
「それでも、俺たちとともにアガデ復興を手伝ってほしいんだ。カナンとザナドゥに深い溝がある事や、アガデでの事も理解している。俺たちもそこにいたからね。
 あなたの考えているとおりだろう。アガデの人々は魔族に恐怖を抱いている。最初は混乱すると思う。でも、だからと目を背け、見ないふりをして溝をそのままにしたままでは今までと何も変わらない。歳月は物事を風化することもあるけど、同時に膠着してしまうものでもあるんだ。
 魔族をおそれ、憎む人間たち――それは、以前あなたが語った人間の姿だ。このままでは、間違いなく過去の歴史を繰り返してしまうに違いない」
「そうよ、ロノウェさん」
 補うように、となりの零が口を開いた。
「あなたにとってつらい事を言っているのは解ってる。でも優も私たちも解ってほしいから、気付いてほしいからなの。私たち人間と魔族は今、新しいことを成そうとしているわ。ともに手を携えるなんて、これまでなかったことよ。そうでしょう? 以前と同じ状態に戻してはいけないの。
 一緒にアガデの復興を手伝ってちょうだい」
「そうです」
 刹那が勢い込んだ。
「アガデの人々が何を言ったとしても、大丈夫です。そなたは1人ではありません。こうして優や零や、そなたの事を想ってる人が一緒に支えてくれます。ですからどうかこの手を取って貰えませんか。
 ねえ、聖夜からもお願いして」
 くるっととなりの聖夜を向く。
 突然彼女に見つめられ、場の注目を浴びていることに気付いた聖夜は順々に彼らを見返し、つぶやいた。
「俺たちはお互い、解り合う事ができたんだ。なら、アガデの人達とも解り合える事ができるはずだ。
 最初は反発されるし、恨み事をぶつけられたりするだろう。しかしそれも受け入れなければいけない。その上で歩み寄らないと、何も変わらないし、だれも変われないんだ」
 聖夜と視線を合わせ、優がうなずく。そのとおりだと。
「ロノウェ、あなたはここで何を待つのか?」
「待つ?」
「そうだ。アガデに行かないということは、そういうことだろう? ここにいて、ただ時間が流れるのを待っていれば、いずれアガデの人々はあなたたちを受け入れるとでも?」
「まさか。そんなこと、あり得ないわ」
「そうだね」
 首を振って否定するロノウェに、にこっとほほ笑む。
「人と魔族、お互いに話し合わなければ、気持ちを伝えなければ、歩み寄る事も分かり合う事もできない。俺たちがそうだったように。
 だからともに行こう。あの地の人々と解り合うために。絆を繋げ、一緒にあの青空の下で笑い合うために」
 優は立ち上がり、手を差し出した。
「俺たちでアガデや他の人たちに示してあげるんだ。俺たちは解り合えた。だからきみたちも解り合える事ができるんだと」




 キイィと小さな軋み音をたてて、窓は開いた。
 途端吹き込んできた冷たい風に目を細めつつ、ロノウェはベランダへと出る。柵に歩み寄り、両腕をついた。
 バルバトスが亡くなってから、いつの間にかここで黙想する癖がついていた。風に吹かれ、新鮮な空気を吸い込む。
 べつに、こうしていればバルバトスが現れるのではないかとか、そんな感傷的な理由からではない。彼女は死んだ。死んだ者は生き返ったりはしない。だからただ……なんとなくだ。
 柵に背を預け、空を振り仰いだロノウェは、目を閉じる。まぶたの闇によみがえったのは、先ほどの執務室でのやりとりだ。
 彼らの言い分はいちいちもっともだった。反論する気も起きないほど。
 ではなぜ、あの手を取ることがためらわれたのか。
『考えさせて』
 そう言って、返答を避けたのか。
 ――分からない。
 一応、翔には必要と思われる資材と人材を準備させてはいるが…。
「あの地へ、行くの? もう一度」
 とてもそんな気にはなれなかった。いっそ、彼らに持って行ってもらうだけにしようか?
 ふう、とため息が漏れる。
「うかぬ顔だな」
 ふいにそんな言葉が頭上から聞こえてきて、はっと目を見開いた。
「おまえは」
 いつの間に距離を詰められていたのか。骨の魔鎧を身にまとった重厚な男が、ドラゴンに跨っていた。
 この男をロノウェは知っていた。人間でありながら同族を裏切ってザナドゥ側についていた者――三道 六黒(みどう・むくろ)だ。ロノウェ軍に身を寄せていたこともある。だが終戦のどさくさに紛れて、いつの間にか姿を消していた。
 戦争が終われば彼ら裏切り者は人間側にとって戦犯も同然だ。特段ロノウェが彼をかばう理由もないと分かっている以上、引き渡される前に自ら姿を消すのは当然のことと、気にもしていなかったが。
「今さら何の用?」
 ロノウェの問いに六黒はフッと口端で笑うとベランダへ飛び移った。ずしりと重い音をたて、着地する。
「なに、次の戦場へ発つ前に、別れのあいさつでもしておこうと思うたのよ。ほんの一時とはいえ、その翼下にいながらあのまま消えたのでは、少々義理に欠く」
「見た目に似合わず律儀なのね」
 自然体を装い、言葉をかわしつつもロノウェの体の向きは六黒の動きに合わせて移動し、彼の握った大剣・梟雄剣ヴァルザドーンを常に視界へ入れていた。
 これがただの別れのあいさつであるはずがなかった。彼の言う新しい戦場、新しい雇い主がだれかは知らないが、手土産が必要とでも感じたか。魔神の首という…。
 殺気は感じ取れないが、だからといって油断できる相手ではない。ロノウェはちらと開け放したままの窓を見た。彼女の得物の巨大ハンマーは室内だ。最初の一撃を躱わし、取りに戻るか? それとも素手でいくべきか。
 取りに戻れば室内へ彼を招きよせてしまうことになるだろう。城内が戦場になる上、遠心力を用いる巨大ハンマーは空間が限定される室内で振り回すには少々勝手が悪い。
 やはり素手でいくか――そう結論づけ、雷電を導こうとしたとき。
「ロノウェさまーーーーっ!」
 ぱたぱたと軽い足音がして、部屋の中からヨミが飛び出してきた。巨大ハンマーを両手で掲げ持っている。
「ヨミ!? 来ては駄目よ!」
「ロノウェ様、これ!」
 ヨミはロノウェの制止も目に入らないのか、一心不乱に駆け寄ってハンマーの柄を渡す。
「いいから下がりなさい! これは命令よ!」
「でも…っ」
「はいはい、ヨミちゃん。ちょっと向こうで私とお話ししましょうね」
 両脇を掴んでひょいと後ろから抱き上げたのは帽子屋 尾瀬(ぼうしや・おせ)だった。
「おまえ、何をするのです? は、放すのですっ!?」
 宙でじたばた暴れるヨミの肩越しに、尾瀬とロノウェの視線が交差する。ヨミを人質にする気か、不審の目で見るロノウェをすかすように尾瀬はにっこり笑い、ヨミを抱いたまま反対側にあるテーブルへ退いていった。
「放せと言ってるのですっ!」
「ヨミちゃん、これどうですか? この前作った新作のオリジナルチョコです」
 と、一口チョコを口の中にポイ。たちまちヨミの目が驚きに丸くなった。
「……おいしいです〜」
 舌の上でとろけて広がる濃厚な甘みに支配され、うっとり夢心地になるヨミ。が、次の瞬間あわてて頭を振った。
「だ、駄目なのです! ロノウェ様が――」
「いいから、ヨミちゃん。大丈夫ですよ、六黒はちょっとお話をしに来ただけなんですから。それに、ヨミちゃんのロノウェ様がやられるはずないでしょう?」
「当たり前なのです! ロノウェ様はお強いのです!」
 さあ座って、と肩を押され、ヨミは浮かせた腰を席に戻した。それでも六黒と対峙するロノウェを心配そうな目で食い入るように見ているヨミの口の前に、尾瀬は包み紙を解いた棒チョコを差し出す。
 反射的にパクッとかじりつき、もきゅもきゅしているヨミの頭を、いいこいいことなでた。
「ですからね、私たちはおとなしくここで見守ることにして、こちらはこちらでお話しでもしていましょう」
「お話?」
「そう。例えば、ロノウェ軍にも今度の終戦に不満を持つ者たちが少なからずいるでしょう? 昨日の敵が今日の友になったりは、そうそうできないことですものね。しかもあれだけの激戦の直後だし。
 その者たちのこととか」
「それは――」
「ヨミちゃんはロノウェ軍の副官。当然そういったことは把握してるわよね?」
 尾瀬の長く美しい指先が、すっとアソートチョコの入った小箱を押し出す。そのつやつやとしておいしそうなチョコたちにヨミの目が吸い寄せられているのを眺めつつも、尾瀬は視界の隅にいる六黒とロノウェへの注意を怠ることはなかった。
 六黒は黙したまま、長らくロノウェと向かい合っていた。どちらも武器を手にしているが、かまえはとっていない。
 殺意もなく。場を包むのは緊迫した空気ではなく、湖面の静けさだった。水面下で何が起きているか、一切悟れる者のない。そして互いを映しながらも決して交わることのない視線は、ときに言葉よりも雄弁に「想い」を伝え合う。
 先の2つの戦いだけでなく、無数の戦いを生き抜いてきた者として。
 そのすべてに生き残ってきた者として。
 生死、とひとは口にする。生と死。全く対極にあるものでありながら、それは多くの場合において同時に語られる。なぜならそれは、どちらも大儀を持つようでありながら、同時に無意味なものでもあるからだ。
 生まれたことに意味はない。死ぬことにも意味はない。そこに神秘性だの意味だの価値だのを求めるのはばかげている。命はいつだってただ生まれ、ただ死んでいくもの。この瞬間にも、それは泡沫のごとく起きている。
 水底より生まれた無数の小さなあぶくが水面へ浮かび、割れて消える。あぶくが生まれたことに意味はあったか?
 生まれることも、死ぬことも。意味はない。価値もない。
 だが、与えることはできる。
 そして与えられるのは、生き残った生者のみ。
 ならば。
 バルバトスの死に意味はあったか。彼女の命を奪ったあの戦は、無意味なものであったのか。
 ――ああ、おろかなことだ。死者には一切かかわりのないことなのに。
 それでもひとは、そこに存在したことに意味と価値を求める。それがたとえ、無数のあぶくの1つであろうとも。
「――フッ」
 小さな吐気とともにヴァルザドーンが振り下ろされる。
 ロノウェは残像を残し、六黒の懐へ飛び込んだ。踏み込むと同時に捻られた足が跳躍を生む。美しい回転が生み出した爆発的な力が突き出された肘に集積され、六黒の胸部に入り、ベランダの端まで彼をはじき飛ばした。
 柵に激突した彼の口元で、パッと血塵が舞う。魔神の渾身の一撃を受け、魔鎧は半壊していた。
 六黒は胸元へあてていた手を下ろす。この感じからして、肺かどこかへ折れた肋骨が刺さったか。
 衝突の激しさを物語るように歪んだ柵を、押して離れる。おぼつかずよろけた足を見て、踏ん張った。そして見た。真っ二つに割れた巨大ハンマーを。
 ロノウェもまた、破壊された己の武器を見て、彼の目的が最初からこのことにあったのだと悟る。
 再び前を向いたとき、六黒はきびすを返していた。
「どこへ行くの」
「戦さ場よ。ほかにどこがある? 留まればひとは腐敗してゆくのみ。生きながら腐るのが好きならそうすればいいが、それはわしの流儀ではないからな」
 肩越しに振り返った視線がロノウェを射た。
「ロノウェよ。ぬしの武の名、わしが背負うてやる。好きなだけそこでそうしておるがいい」
「じゃあね、ヨミちゃん」
 尾瀬が立ち上がり、帽子をかぶる。チョコのついた口元をもぐもぐさせながら見上げてくるヨミを見て、指であごを持ち上げた。
「これでお別れね。あなた、せいぜいいい男におなりなさい。どんな女もほうっておかない男にね。その素質は十分あるから。その時は、ヨミ様、って呼んであげるわ」
 ウィンクとキスをたわむれに投げて、尾瀬は六黒とともにドライアで消えた。

「……いいえ。だれにも渡さないわ。私は魔神ロノウェ。ザナドゥ最強の魔神よ」
 ドライアの翼が巻き起こした風にあおられながら、ロノウェはつぶやく。
「ヨミ。準備をしなさい。東カナンへ行くわよ」
「はいなのですっ」