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chapter.11 二日目(特別授業・清少納言の世界) 


 体育の授業は、結局プロレスの観戦だけで終わっていた。
 いまいちはしゃぎたりない様子の生徒たちは教室に戻り、次の科目を確認する。黒板に貼られた時間割では、「四時間目 恋愛」と書いてあった。
 前日にも行われた、式部による恋愛講義だ。
「あー、またきちゃった……なんで二回も……」
 相変わらずネガティブオーラを出しまくっている式部。とはいえ、初日よりは幾分固さが取れているようにも見える。この分なら大丈夫か。そう感じたのも束の間、式部、メジャー、そして生徒たちの耳にとんでもないニュースが飛び込んできた。
「アッチ! ガッコウアル! フタツメ!」
「なんだか、おしゃれ? な建物が出来ていたよ!」
 そう言って教室に飛び込んできたのは、休憩で外に出ていたベベキンゾとパパリコーレの若者だった。はじめは、その場の誰もが「何を言っているんだ」という目で見ていたが、彼らのあまりに真剣な様子に、ひとり、またひとりと席を立ち、彼らが示す方へと様子を伺いに行った。
「え……どういうこと?」
 思わぬ形で授業が中断された式部は、ただぽかんと口を開けていた。
 まあ、結果的に授業しなくて良いならそれはそれで。そんなことを思いつつ、式部もやがて生徒たちの後を追って噂の場所へ向かうのだった。



 生徒たちがその場所に着くと、そこには小さな、建物というにはあまりに質素な建築物があった。
 どことなく塔っぽいデザインに見える外観と、隣に併設された、突貫工事のせいと思われるやや雑な作りの庭。収容人数は十数人ほどだろうか。
 シボラの学校から数百メートルも離れていない地点に、それはいつの間にか出来ていた。
「これは……?」
 駆けつけたメジャーが驚く。が、原住民の驚きはそれ以上だ。ここにこんなものは、間違いなく昨日まではなかったのだから。
 墨俣の一夜城を彷彿とさせる、この突如出現した建物は一体何なのか。周囲に人が集まりざわつきだすと、それを見たのか中から人が出てきた。
「あ!」
 メジャーについてきた式部が、思わず声をあげる。そこには、少納言がいたのだ。さらにその周りには、鮪、たねもみじいさん、るる、ラピス、そして誠治らもいた。
「ヒャッハァ〜! お前らの生徒、奪いにきたぜ!!」
 鮪が言うと、他の者たちもしてやったりな表情で笑っていた。まだ頭がこんがらがっている彼らに、鮪は言う。
「こいつが授業の邪魔したいっていうから、手伝ってやったぜェ〜! これが、俺らの建てた学校だァ〜!!」
 その言葉で、昨日から彼らが何をしていたのかがようやく明らかになった。
 なるほど、彼らはシボラの学校に対抗するため、チームを組み、あろうことか一から学校を作りあげたのだ。数々の人材を引き入れたのは、すべて今この時のためだった。
 給食を与えるため誠治を味方につけ、学校を建てるためラピスの工事技術を用い、教師を務めさせるためるるが少納言を勧誘したのだ。
 さすがに一晩で作っただけあってかなり荒い作りではあるが、彼らが学校と名乗るのであればそれは学校なのであった。
「こちらの学校は学食付きじゃよ!」
 たねもみじいさんが宣伝をする。昼近くという時間のせいもあってか、その一言で何人かがふらっと勧誘されてしまった。
 集団心理とは不思議なもので、最初に何人かが流れると、あとは深くを考えず、そのまま流れに従うのだ。結局生徒たちは十人以上鮪たちに取られ、彼らは塔らしき建造物の中へと飲み込まれていった。
「きょ、教授、いいの……?」
 式部がメジャーに聞くと、彼は少し困った顔をするものの、ラフな感じで答えた。
「まあ、なんとかなるよ! 彼らだって、学校を建てたくらいなんだ、悪いようにはしないさ!」
「……まあいいんだけど」
 気のない返事をする式部だったが、メジャーのその言葉はあながち間違いでもなかった。
 鮪が少納言に会った時、彼が言った言葉は「文化には文化で勝負するのが一番なんだぜ」というものだった。それは、つまり、言い換えればきちんと勝負を挑んでいるということだ。何も無茶苦茶にして潰そうとしてるわけではない。
 考えてみれば、ライバル校という存在があった方が、より切磋琢磨できる可能性もある。
 鮪がそこまで考えていたかは怪しいが、結果としてこのことでシボラの勉強意識は、さらに高まるはずである。
「はあ、学校ねぇ……」
 式部は溜め息を吐いて、目の前の建物を見た。中では一体、何が行われているのだろうか。

 塔らしき建物の中は、外と同じか、あるいはそれ以上に質素なものだった。ぎゅうぎゅうずめの教室に座った生徒たちは、こっちではどんな授業があるのか、それでも心を踊らせていた。
 と、早速最初の先生がやってきた。ぴっちりとしたタイトスカートと、スーツを着こなすその女性はレイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)。彼女は教室に入ると、まだ用意されていなかったボードを準備し、「少しお待ちください」と生徒たちを待機させた。
 どうやら彼女は先生ではなく、助手のようだ。レイナと共に先生の到着を待つ生徒たち。
 ほどなくして、その先生は現れた。しかし何やら、様子がおかしい。
「?」
 レイナも異変に気付いたのか、首を傾げる。その異変とは、音である。何か地面の揺れを感じると同時、ゴゴゴと壁が震える音が聞こえる。
「地震……!?」
 レイナがとっさに身構える……が、そうではなかった。レイナが立っていた付近の壁、その一部がなんと忍者屋敷のようにゴゴン、と開くと、そこから床面がスライドしてきた。
 質素な外見と中身に似つかわしくないそのハイテクな仕掛けに乗って出てきたのは、レイナの契約者、閃崎 静麻(せんざき・しずま)だった。
「待たせたな……俺がせんせはぶべっ!」
 生徒たちの前で出てくるやいなや、静麻は思い切りレイナにハリセンでどつかれた。
「何してるんですか!? ていうか、勝手に校舎改造したんですか!?」
「勝手にって、そもそも建ったばっかりなんだから改造じゃなくてこういうたてもぶべっ」
「他の人たちが一生懸命つくった建物でしょう!」
 無駄に意匠を凝らし派手な登場をしてみた静麻だったが、ことごとくレイナにダメだしを食らうのだった。というか、これだけ立派な仕掛けができたならぜひこの建物自体の建設に深く関わってほしかった。
「……で、何を教えるんですか」
 レイナに促され、静麻は気を取り直すと授業内容を発表した。
「ああ、今回は建築学についてだ」
「建築学?」
「機械工学とか電子工学、さらには法学、経済学、果てには環境学やエコロジー分野と多岐に及ぶ知識を必要とする学問だな」
「そ、それを一気に今教えるのですか?」
 ハードルが高すぎやしないか、と不安になるレイナに、静麻は笑って答える。
「大丈夫だ、そういう小難しい理屈は今回は置いといて、分かりやすいテーマを教える。それはずばり、『家の建て方』だ!」
 おお、と生徒たちはどよめいた。これを学べば、この建物みたいなものや、さっきのカラクリも出来るのかと期待が膨らむ。その視線を受け、静麻も誇らしげに授業を進めていく。
「というわけで、簡単な土台作りや建材の組み方、壁や堀の造り方を伝授しようと思う。とはいえ、両方の部族が満足する形にしないとな」
 言って、静麻は考える。ベベキンゾたちは、風通しの良い、良い意味で質素なつくりがいいだろう。パパリコーレには装飾の要素が高いものが好まれるはずだ。
 それらを加味した上で、静麻は結論を出した。
「両部族が満足する壁となると……そうだな、煌びやかな装飾を施したブラインド式の壁ってのはどうだ?」
「ブラインド?」
「それは、おしゃれかい?」
 生徒たちからの疑問に、静麻はボードに絵を描いてから説明する。
「こんな感じのものだな。これなら壁の開け閉めで両部族がそれぞれ好む壁に切り替えれるし、何よりその先が浴場などになっていれば、全でべろっ!!」
 本日三度目のハリセンを食らい、静麻は倒れた。
「何のぞきの細工を教えようとしてるんですかっ!」
 どうも、テーマ自体はまともなのだが、教える内容がちょいちょい脱線してしまうようだ。静麻のそんな授業はしかし、案外生徒たちからのウケがよかった。
 正確にいうと、授業というより静麻とレイナのどつき漫才がウケていた。
 レイナが静麻を引っ叩く度、ぱちぱち、ぱちぱちと拍手が鳴る。
「え? え?」
 困惑するレイナだったが、静麻は自分の講義が満足してもらえたとすっかり気分が良くなっていた。そのせいか、余計なことまでしでかした。
「もっと詳しく知りたい人は、こういう本があるから買うと良い。これ普通なら100億くらいするんだが、今なら特別に大特価で50億にべぶっ!!」
「授業で商売するなー!」
 レイナがハリセンをフルスイングすると、静麻は外まで吹っ飛んでいった。同時に生徒たちからは一際大きな拍手が送られ、レイナは居心地悪そうにそそくさと教室を去るのだった。



 静麻が去った後の教室。そこにいたのは、少納言であった。
 満を持しての登場である。
「やっとあたしの時代来たし。いと待ちくたびれたし!」
 抑えきれない感情を発露させながら、少納言は教壇の前に立つと、生徒たちに向かって告げた。
「あっちより、間違いなく面白いこと話すし! あんたら全員、これ終わる頃にはいとをかしいとをかし言ってっから!」
 そう言う少納言だったが、やはりなんだろうか、言葉の節々に違和感がある。どうも、現代の感覚とは若干ずれているようだ。
 そんな少納言を見かねたのか、湯島 茜(ゆしま・あかね)が声をかけた。
「うーん、やっぱりなんか、今風じゃないっていうか、なんかヘンな気がする」
「え? 何言ってんのあんた。ヘンとかじゃないし。いと真面目にやりし!」
「あ、それ! そういうの! たぶん微妙に、生徒さんたちには伝わってない気がするよ!」
「……マジ? マジいみじ」
 確かに、少納言の言葉はところどころ古風な言い回しが入っており、その上現代語も混じっているせいで、シボラの生徒たちにはいまひとつ分かってもらえないところがちょいちょいあった。
 そこで茜は、生徒たちにも理解してもらうため、俳句という分かりやすい形式で授業をすることを提案した。少納言が渋々同意すると、茜は早速生徒たちに俳句とは何たるかを説明し始めた。
「ハイク。それはシボラのロマンで、シボラの友情だよ! 大体分かったかな?」
「ワカラナイ」
「ワカラナイ」
「あれー、おかしいな。うんとね、とりあえず文字数が五七五になるように、言葉を並べるんだよ。和歌とだいたい同じだね! それから季語も入れるんだよ!」
「季語? それはおしゃれなものかい?」
「おしゃれおしゃれしつこいよ! おしゃれにしたかったらしてもいいよ!」
 ざっくり説明を終えたところで、茜のところにリクエストが届く。「先生、お手本」と。
 茜はうーんと少しの間唸ると、「じゃあ詠むよ!」と元気に宣言し、サンプルを提示した。
「シボラでの バレンタインは 虫の味」
「……?」
 これには隣の少納言も眉をひそめる。何か深い意味があるのかと勘ぐるほどだ。
「これだと、バレンタインが季語だね! こんな感じで、みんなもつくってみよう!」
 と、ここでベベキンゾから手が上がった。茜が「はい、そこの君!」と指差すと、彼は申し訳なさそうに言う。
「オレ モジ カケナイ」
「あーそっか、そういうパターンもあるよね、うん! じゃあね、もういっそボディランゲージでいいよ!」
「ボディランゲージ?」
「たとえば……こういうのはどう?」
 言って、茜が動いてみせる。その動作は、見るものの頭に直感的に入ってくる記号だった。
「PPPKK KKPPK↓K ←タメ→P」
 ここまでくると、完全に悪ふざけである。茜は「こんなのもあるよ!」と何やら譜面のようなものまで取り出したが、「これ以上邪魔すんなし」と少納言に怒られてしまう。
 しかし、そんな茜の授業を真面目に聞いている者もいた。
「なるほど……こういう授業なら生徒は飽きずに興味を持ち続けるんだな」
 呟きながら、一生懸命授業内容をデジタルビデオカメラで撮影していたのは国頭 武尊(くにがみ・たける)だった。
 一体彼はなぜ、パラ実生でありながらこんなにも真剣に授業に臨んでいるのだろうか。
 否、それは、彼がパラ実生だからこそである。
「おっと、資料も回収しとかないとな」
 先程の授業で静麻が置いていった本、それをこっそりほふく前進で前に進み、教壇そばまで着くとすっと懐にしまった。
 彼がここまで熱心に収穫を得ようとしている理由、それはパラ実にも勉強を広めるためであった。
 シボラの原住民相手の授業ということなら、普通のそれよりきっと飽きさせないつくりになっているはずである。なぜならシボラに勉強ブームが来てまだ日が浅いからため、楽しくもない授業が受け入れられるとは到底思えないからだ。
 そう考えた武尊は、「それって、パラ実にも言えるな」と思い至った。
 ましてや彼は、国頭書店という店を経営している。
 今回の授業で撮った動画や資料をセットにして、DVD付きの薄い本とでもうたい販売すれば、一気にパラ実にも勉強が広まるのでは、と考えるのは当然の流れである。
「パラ実生だって、やれば出来るってことを、証明してやる……!」
 そしていずれは、ワールドガイドの内容自体も変えてやる。武尊は、そんな壮大な野望のため、一心不乱に教材のための動画を撮り続けた。
 が、それに茜が気づいてしまった。
「あれ、ちょっと、何してるの?」
「あ、やばっ……」
「んんー? これ、デジカメ? 何か撮ってたの?」
 茜に問われ、武尊は必死でごまかした。
「これはそのー、アレだ、プロモーションビデオだ」
「プロモーションビデオ?」
「ほら、ここの校舎、出来たてだろ? だから宣伝がいるなと思って」
 咄嗟にしてはそれなりの言い訳であった。茜もそれを信じたのか、それ以上追求しなかった。それどころか、むしろノッてきた。
「じゃあ、ここもプロモーションで使うといいよ!」
「え?」
 言うと、茜は先程のボディランゲージハイクという、斬新な技を再度披露した。しかも今度は、ちょっと難しいやつだ。
「弱P 弱P → 弱K 強P」
 それは、すうー、と前方に足をスライドさせながら動いているかのような動きだ。よく分からないが、武尊は一応それも撮影しておいた。
「……まあ、初回版の特典映像あたりにでも入れとくか」
 とりあえず表紙さえベベキンゾ族の若い女性にでもしとけば、特典とか関係なくみんな買うだろ。
 そんなことを思いながら、武尊は撮影を続けるのだった。なお、販売時期は未定とのことである。



 静麻や少納言、茜らの授業が一通り終わると、さっそく新校舎では給食の時間となった。
 ここで活躍を見せたのが、たねもみじいさんにスカウトを受けた誠治である。
「一時はどうなるかと思ったぜ……まあ、何はともあれ無事屋台を開けて良かった」
 既に誠治の屋台の周りは、生徒たちで溢れている。彼は感無量な面持ちで、ラーメンを作りながら生徒たちへと話しかけた。
「俺は、ラーメンを通じて、食についてもう一度考えてもらいたいんだ」
「ショク?」
「職?」
「いや、食だ。別に無職がどうとかそういうことを話したいんじゃない。よく聞いてくれ。食が、どのくらい重要かを」
 言うと、誠治は切々と語りだした。
「食ってのは毎日何気なく行われる行為だよな。だけど、その内容によって、裸が自慢出来る体になれるかどうかも変わってくるんだ。それに、食生活が充実してる人ってのは自然と生活にも充実感が出てくるもんなんだ。ついでに、食事のマナーも一緒に学べばおしゃれさんだしな」
 要所要所で両部族が興味を惹かれそうな単語をおりまぜつつ、誠治はそう話す。そして話題は、彼自身のことへと移っていった。
「オレは、最終的にラーメンとシボラの食材を融合した『シボラーメン』を作ろうと思ってるんだ」
 純粋な夢を語る少年のような瞳で、誠治は言った。
 自分がラーメンの作り方をこうやって教える代わりに、シボラの食文化も教えてほしいと。そうすることで、新たなラーメンが開発したいのだと。
「ラーメン、オクフカソウ」
「こんなにおしゃれな要素が、この麺に詰まっているんだね」
 誠治の話を聞くうち、原住民たちはラーメンに興味を持っていった。
「おっと、バターを切らしちゃったな」
 味噌ラーメンをつくっていた誠治が、不意に呟いた。味噌にはバター、これは譲れない。しかし、近くにバターは残念ながら見当たらなかった。
 まさかオレが、味噌ラーメンにバターを入れないだと?
 想定外のトラブルに、誠治の動きが止まった。心配する生徒たちだったが、そこに、奇跡が舞い降りた。
「今度はなんだよサクラコ……」
「こっちですこっちです! こっちからいい匂いが!」
 舞い降りた天使は、先程までリング上で汗やオイルで濡れ濡れになっていた司とサクラコだった。どうやら一通り動き回って、お腹が空いたらしく、ラーメンの匂いに釣られてここまで来たのだった。
「そ……それはバター!!」
 そして、サクラコの顔面には、まだバターが付着したままなのであった。これ幸いとばかりに、誠治はサクラコの首根っこをぎゅっと掴むと、スープの中に投入した。
「わあっ!?」
 ばしゃん、と勢いよく入れられたサクラコの悲鳴で、誠治は正気に戻る。
「あ、あれサクラコさん……!? しまった、ついバターにばっかり目が行って……!」
 慌てて中からサクラコを取り出す誠治。救出されたサクラコは、オイルとバター、そして味噌の風味も加わってとってもまろやかな感じになっていた。
 さらに誠治の味噌ラーメンの方も、油まみれだったサクラコが入ったため、さらにコクが増し、偶然にもおいしさが当社比で20パーセントアップしたという。