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 衿栖は、佐那と加藤少佐の一連のやり取りを見つつ、考えていた。
「(えっと……メイドマッサージ師さんも去ってしまいました。鳳明さんのは避けたいので……残すはマッサージ師さんは……?)」
 ふと、目に留まる室内の一角に出来た人垣。
「男性の皆様……いや、老若男女全ての皆様かぁ。でもイケメンの方が良いしぃ……あら……おほほ」
 謎の声がその中心から聞こえてくる。
「ツルツルのお肌を磨くためのマッサージはいかがですかぁ?」
 気になった衿栖が人垣をかき分けそちらへと歩み寄る。人垣の中心に居たのは、雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)アッシュ・グロック(あっしゅ・ぐろっく)であった。
 ピンク色のツインテールを揺らすリナリエッタの傍には、何故か海パン姿のアッシュが仁王立ちしている。
「よく見ておきな! これから俺様達が今までのマッサージの常識を覆す、本物の『マッサージ』ってヤツを教えてやるぜ! なぁ、リナリエッタ?」
 アッシュがリナリエッタを見ると、彼女は目ざとく集まってきた温泉客達を見て品定めの最中であった。
「(おほほ!! 程よい数のイケメンが集まってきたじゃん! しかも皆上半身は裸。……ジュルッ)」
 肉食獣の様な視線で客達を見つめていたリナリエッタに、アッシュが怪訝そうな顔で尋ねる。
「リナリエッタ?」
「ハッ……そうよ! これから私とアッシュがデモンストレーションを行うマッサージは、革命を起こすマッサージよ! これを、使ってね!!」
 そう言ったリナリエッタは、懐から小瓶を取り出す。
「「「え、ええぇぇぇーー!?」」」
 群衆からドヨメキが起こる。

 ここで話は一旦、リナリエッタが、スパリゾートアトラスのマッサージ師として雇用された日まで遡る。
「(お風呂といったら、お風呂上りのつるつるなお肌を更に磨くためのマッサージ! ふふ、これはチャンス。合法的にイケメンのお肌を触れる……ぐふふふふ)」
 アルバイト向けのマッサージ師の研修プログラムを受講した夕方の帰り道。リナリエッタの頬は緩んでいた。通行人が、無言で彼女に道を譲る程だ。背が高いリナリエッタは人よりは可愛い顔をしているため、余計に目立っている。
 イケメン大好きで、夢は執事ハーレムである彼女は、己の欲望を叶えられ、尚且つバイト代まで頂ける今回のバイトはまさに願ったり叶ったりであった。
「(しかし、ちょーっと、悩んでいるのよね。私の今回のマッサージ計画には、魔術関連の知識を持つパートナーが必要なのよねー……)」
 と、小瓶を取り出して溜息をつく。
「これと、混ぜて効果が得られたら面白そうと薬草の類のものを持ってきたけど、失敗してアレな事になると最悪だしぃ……」
 そんなリナリエッタの前を行く、ショートの銀髪の少年。彼女の中で閃く神計画!
「ちょっとそこの灰かぶりちゃん?」
「ん? リナリエッタか」
 振り向いたアッシュに、リナリエッタが笑う。
「あなたもスパリゾートアトラスで働いてるよね?」
「ああ、そうだぜ! 何と俺様はマッサージ師として雇用されたんだ。魔法の知識を生かして疲れを取りまくってやるつもりだぜ!!」
「ふぅん……あのさぁ、お手伝いお願いしてもいい?」
「手伝い? 俺様が?」
「そ。丁度魔術の知識に詳しい人が必要だったの。あんた魔法学校の生徒なんだから薬とか詳しいでしょ?」
 魔術の知識、と言われたアッシュが、リナリエッタの提案に頷くまでに1秒もかからなかった。
「で、何を使うんだ?」
「おほほ! ズバリ、これ一択じゃん!!」
 リナリエッタが小瓶をアッシュに見せる。そのラベルには『高級オリーブオイル』の文字が記されていた。

「お、オリーブオイルを!? しかも高級って……」
「だが、オイルマッサージてのは聞いた事があるぞ!?」
 ざわつく客達を前に高級オリーブオイルを魅せつけるリナリエッタ。
「おいおい、騒ぐのは見てからでも遅くはないぜ!」
 リナリエッタの計画通りに服をひん剥かれながらも、アッシュは余裕の笑みを絶やさない。
「この高級オリーブオイルと、俺様が提供した『モコ草』って珍しい薬草を使うんだぜ! 見てな! 今から俺様達がデモンストレーションをしてやる!!」
 アッシュがそう言って、マットレスに仰向けに寝ると、リナリエッタは調合された高級オリーブオイルを彼の全身に降りかける。
「まずはオリーブオイルをかけます!」
 184cmを誇る長身のリナリエッタが立ち上がったままオリーブオイルをばらまく姿に驚愕の声があがる。
「なんて高い位置から!! しかもあんな大量に!!」
「長身だから仕方ないのか……」
「おほほ! 続いて、このモコ草を!!」
 やはり、相当高い位置から粉末状になったモコ草を「ファサー」という擬音を口に出してかけるリナリエッタ。
 客達は次第に突っ込むのを止め、彼女達の一挙手一投足に注目するようになる。
「はいはい! お次はマッサージ! 優しく……というよりは熱くオイルとモコ草を身体に染み込ませるよう揉むのよ!!」
 やや怪しい手つきを見せながらリナリエッタがアッシュのマッサージを始める。
「おほほ! お客さん? どうです?」
「身体が、熱い!! 燃えるようだぜ!!」
 魔法使いであるアッシュの身体は、決して貧弱ではなく、出身が欧州のオーストリア故かきっちりと筋肉も付いている。
「まずは、ハードに染み込ませる!」
 パンッパンッパンッ!!
 豚カツの下ごしらえをするかのように、リナリエッタがアッシュの身体を打つ。
「さて、これで下準備はOKだしぃ! 次は!!」
 と、再びオリーブオイルを手にして、またドクドクとかけていく。
「追いオリーブオイルだと!?」
 今度は優しくアッシュの身体をマッサージするリナリエッタ。ただ、その手つきは『全身をまさぐる』と言った表現の方が近い。
「あの……それって単なるセクハラ、いえ、逆セクハラなんじゃ?」
 衿栖が思わず声をかけると、リナリエッタは首を振る。
「逆セクハラ? ふふ、これはね、ハンティングなのよハンティング! イケメンを狩るためにありとあらゆる手段を使うのよ!」
「……いいんですか? アッシュさん?」
「何がだ?」
 状況と立場がよくわかっていない顔でアッシュが聞き返す。
「……いえ、いいです。もう」
 やがて、リナリエッタによるオリーブオイルマッサージが終わる。立ち上がったアッシュの身体はオイルでテカテカしているものの、どこか男性的な魅力がアップしているように見えた。
「はい! これでイケメンのマッサージの完了よ!! アッシュ。どう? イケメンぶりがアップした感想は?」
「ああ! この全身がテラテラした感じ……。最高だぜ!! みんな! みんなも俺みたいなテライケメンになろうぜ!!」
 アッシュが白い歯を見せて、皆に呼びかけるも……。
「……お、おう」
「う……うん」
 囲んでいた客達が一斉に一歩後退する。
「むぅ……まだ足りないかぁ。よーし、アッシュ! 次は私がこの身体にオリーブオイルを直接かけて、全身マッサージを……」
 リナリエッタがそう宣言するものの、彼女の手に持たれた小瓶の中のオリーブオイルは既に枯れていた。そして、マッサージ室に飛び散ったオリーブオイルと、その臭気を二人仲良く(?)掃除する羽目になる事をリナリエッタはまだ知らず、手に残るアッシュの身体の感覚に酔っていたのであった。