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お風呂ライフ

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お風呂ライフ

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「……」
「…………」
 男湯は、沈黙に包まれていた。
 今や、シャワーを捻るのも憚られる程、ほぼ全ての客達は、湯船に浸かり、耳に全神経を集中するという禅修行に近い雰囲気だ。
 それは、洗面器ピラミッドの最後の一つをそっと置いたシャウラも同じだった。
「(ロマン……俺のロマンがそこにある……!!)」
 完成したピラミッドを見て、呼吸を整えるシャウラ。しかし、心臓の高鳴りは抑えられそうにない。

 のんびりとお風呂に浸かっていた刀真は、場の空気を読んで、「はー、気持ちが良い、風呂は命の洗濯だなー」と佑也に話しかけようとしていた声を消していた。
「(確か、隣の女湯で月夜達が沙幸達と一緒に入っているはずだけど、何やってるんだ?)」
 キャッキャウフフ、アンアンな声を聞いて疑問を感じる刀真。
 こういう声を聞くと微妙に妖しい気分になる……「それは佑也も同じ気持ちか?」と隣に視線を向ける。
 佑也は仁王立ちして壁を見つめていた。
「(なんか女湯の方が騒がしくなってきたけど……なんだろうな、この居た堪れない空気は。樹月くんもなんか居心地悪そうな感じだし……そして楓!……頼むから上から顔を出すな! 石鹸は投げて渡せよ……警備員呼ばれるぞ!?)」
 別の意味でハラハラしている佑也。
 そして、シャウラは慎重にピラミッドを登り出す。
「(滑りやすい床に、軽すぎる洗面器。いいか、体重移動が重要だ……思い出せ、教導団での訓練を!!)」
 精悍な顔つきを軍人モードにして登るシャウラ。
 ゆっくり、ゆっくりと、壁の頂点が目前に迫る。
「……」
 相変わらず、向こう側からは女子達の嬌声が聞こえてくる。
「こんな所でしょうか。そろそろ沙幸さんが寂しがっている頃でしょうし、あとは沙幸さんで楽しませて頂きますわ」
「ふぅ……やっと開放されたー……って、ねーさま? あの……いつのまに私の隣に……? それにそのワキワキした両手はいったい……?」
「た、玉ちゃん!? どうして、また……ひゃんッ!?」
「お、少しは大きくなったか。月夜? では早速……」
「ひゃん、さっきの玉藻さんのせいでただでさえ敏感になってるのにぃ」
「ああ……ん! や、もう……堪忍してぇぇ!!」
「ぁぁんっ……だっ…だめだってばーっ!!」
「もう。皆さん、お風呂場ではお静かに!!」

「……」
 シャウラが一旦腰に手を置き、乱れかけた精神を再度集中させる。
「(落ち着け……結果を焦るな……俺はこれまでも上手くやってきた。そうだろう? シャウラ・エピゼシー)」
 カッと青い瞳を開くと、シャウラは最後の一歩を踏み出す。
 最上段に辿り着いたシャウラの前には、赤いつり目の顔。
「おや?」
「あ?」
 壁を挟んで睨めっこ状態のシャウラと鞍馬 楓(くらま・かえで)
「おっと。すいませんねぇ……あ、旦那ぁ! 石鹸ですよー?」
「楓! どうして!?」
 恐れていた事態の出現に、佑也が上を見上げて慌てる。
「いえね、丁度近くに大量の洗面器があったので、それで階段作って壁に上ってきたんですよ。目の前の金髪の方もあっしと同じですかい?」
「……ああ」
 シャウラは女湯を覗こうとしていた。しかし、楓の顔面ブロックの前に大事な部分が見えない。
「じゃ、旦那。これ渡しまーす!」
 楓が石鹸を投げる。受け取った佑也は、「早く戻れ!」と真っ赤な顔で言う。
「何照れてんですか。見られて減るもんでもなし……あら可愛い」
「……おい、今どこ見て言った? どこ見て可愛いっつった!? ああもう、淑やかさってのが全然無いな、もう!」
 楓は笑いながら、顔を引っ込める。その隙を見逃すシャウラではない。腕を壁の縁につけ、腕立ての要領で顔を突き出す。
「(見えた!!)」
 一瞬で、女湯全てを見渡し、瞬時に自分好みの子を識別するシャウラ。
「何をしているんです。シャウラ?」
 よく通る声が背後から響く。
 そこには、ようやくシャウラを見つけたユーシス・サダルスウド(ゆーしす・さだるすうど)が男湯にやって来ていた。
「ユーシス!?」
「まったく……これが人間の若さでしょうか?
「じじむさい事言うなよ。吸血鬼としては若い方だろ?」
 ユーシスは苦笑する。彼には、シャウラがハメは外しすぎない範囲で行う一連の行動は、ある種の彼なりのポーズなのだとは分ってはいたのだ。
 その時、僅かな集中力の乱れから、シャウラの足元の洗面器が崩れる。
「しまっ……!?」
 直ぐ様態勢を戻そうとしたシャウラであったが、咄嗟の事にバランスを崩し、壁を乗り越えて女湯の方へと落下していき、
ドボオオォォーーンッ!!
 シャウラが湯船に落下した音が聞こえる。
「きゃあーーーッ!! の、ノゾキ!!」
 これは白花の声。
「わたくしが守るお風呂でノゾキですって?」
 女湯担当の警備員のイングリット・ネルソン(いんぐりっと・ねるそん)が飛び込んでくる。
「(これは、マズイぜッ!!)」
 湯船の中で、意識を回復させたシャウラ。しかし、今出れば確実に顔を見られてしまう。
「いい度胸ですわね……さぁ、ノゾキさん? 上がってらっしゃって?」
 イングリットが拳を握りしめ近づいてくる。
 と、次の瞬間。
 バチンッ!!
 女湯の照明が全て消える。
「停電?」
 息が限界に来たシャウラが湯船から立ち上がる。すると……「早く!!」というユーシスの声が聞こえる。
 シャウラは、楓が先程作った洗面器ピラミッドを凄いスピードで駆け上がり、壁を乗り越えて、男湯に落下する。
ドボオオォォーーンッ!!
「シャウラ。私が居た事を感謝するのですね?」
 外で電気を落として戻ってきたユーシスが、シャウラの落下で波立つ湯船に向かって呟く。
「……聞いてますか?」
「……」
 プクプクと泡が出た後、頭に大きなタンコブを作ったシャウラが浮き上がってくるのであった。