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海の都で逢いましょう

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●ロシアンカフェの伝説!

 毎度おさわがせしております、などと口上しつつ、ぶらぶらと風紀委員の二人連れがロシアンカフェを通りかかった。
「おっ、『ネコ耳メイドさんのいるロシアンカフェ』だって。ちょっと巡回しないか?」
 その先頭、月谷 要(つきたに・かなめ)が振り向いた。男性用水着の上からパーカーを着用し、『天御柱学院風紀委員。ご協力をお願いします』と書いたビニール製のバッジをパーカーに付けている。
「たまたま見つけたみたいなこと言って、最初っから気になってたくせにっ!」
 月谷 八斗(つきたに・やと)が口を開けて笑った。
 そんな八斗は水着にユニークパーカーという出で立ち、開始早々、会場にあった『Take it free』な菓子をわしづかみにして持ち歩きポリポリと囓っている。
「俺たちは警備担当だからな。カフェも当然警備する必要があるわけだ。ついでにメイドさんを鑑賞しつつ、のんびり休んで行くのもいいかもしれない」
「賛成!」
 と、乗り込もうとした要と八斗の腕をつかむ者があった。
「ダメよ! 警備の仕事があるでしょ」
 霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)であった。彼女は着替えに手間取り、「先に行っておいて」と二人を先行させ後から追ってきたのである。
「ちょっと目を離したらすぐこれなんだから」
 と怒る悠美香の出で立ちは、学校指定女性用水着にオレンジ色のパレオ、そしてレースのパーカーという組み合わせだ。いくらか踵のあるサンダル履きである。
 そんな悠美香を頭の先から爪先まで眺めて、
「へー」
 と要はなにやら感心したような声を出した。
「……な、何よその『へー』ってのは? ……これ、変?」
 悠美香はこの服装で出てくるまで、更衣室で長い間試行錯誤を繰り返したものだ。結局、パーカーとパレオを着るという結論に達したのは、副会長レオ言うところの『ドレスコード』と肌をさらしすぎることへの躊躇、この両者を天秤にかけ、悩みに悩んだ結果である。
 コホンと咳して彼は目を逸らした。
「すまん。なんていうか……」
「なんていうか?」
「……いいと思うぞ。つまりグッド、ってこと」
「そう、ありがと」
「ベ、ベリーグッドに言い換えてもいい……」
 なぜ自分の口調がぎこちなくなってしまうのか、月谷要19歳は説明する言葉を持たなかった。
「嬉しいけど……でも!」
 しゅっ、と右手の木刀を一振りして悠美香は言う。
「褒めてくれても仕事のサボりは認めないからね!」
「いや俺は純粋に……」
「純粋でも不純でも警備の手抜きはダメっ! 副会長の言う通り、海京はセキュリティ面で弱い部分があったし、実際にそれで被害も出ていた……。だから、こういう時にこそ風紀委員が頑張って他の生徒の安全を守らないといけないと思うの」
 なんだかバケツの水でもぶっかけられたような目をして、要は唇を尖らせた。
「真面目なのは良いけど、その『こういう時』位はハメ外しちゃって良いじゃんかー」
「そうだそうだー!」
 パーカーの背中にプリントされた『他力本願』の文字を太陽に反射させつつ八斗が口添えた。
「じゃあ、お仕事中に逸脱するのを我慢できたら、今日のおかずを三品増やしてあげる。これでいい?」
「三品……!?」
 月谷要の尺度で考えると、これは驚天動地の話である。彼は瞬時に真顔になって背筋を伸ばした。
「OK、俺頑張る!」
「風紀委員兼代表生徒がそんなんでいいのー!?」
 しかし、キリッ、という効果音が似合う男になっている現在の要には、そんな八斗のブーイングは聞こえないのだ。
「そもそも、風紀委員メンバーとして頼りにしていた榊さんが急用で参加できなくなったという事情もある。俺たちが頑張らないと!」
 ――その榊朝斗さんが現在、すぐ目の前のネコ耳ロシアンカフェで男の娘チェンジして働いているとは夢にも思わない彼である。
 では行くぞ、と要は真面目に会場警備すべくシャキシャキ歩き出したのだった。
「単純なんだから……」
 苦笑いを浮かべるも、悠美香は彼に寄り添うようにして歩いた。
 要はあさにゃんの正体を知っているので、カフェに入ったらある意味ガッカリしたかもしれない(喜んだかもしれないが)のでこれでいいのだ。

 さて視点をするりとカフェ内に戻すと、あさにゃん朝斗が結構な災難にあっているところが見えるだろう。
「ま……まさかお色直しがあるなんて……」
 例の暗黒ブラックホール的更衣室ボックスから、あさにゃんがよろめきながら出てきた。なんとこの日衣装チェンジはこれで三度目、メイドからついさっきまで魔法少女あさにゃんに変身させられていた彼だったが、佐那とルシェンの手によりまたまた新たな男の娘へと変貌を遂げていた。
「メイド、魔法少女と来たら絶対に外せない御三家! 党三役ならぬ『男の娘三役』といえば、やっぱりこれよねっ☆」
 今や海音シャにゃんの目は星の渦のようだ。あさにゃんの姿がまたまた満足いくものに仕上がったからだ。可愛い弟(または妹)のように想ってるあさにゃん――あんまり可愛いからついつい、着せ替え人形みたく衣装で遊んでみたくなってしまう。
 更衣室から飛びだすと、海音シャにゃんは呼びかけた。
「Давай!」
「ダバイ? ……多分、おいで、ってことだよね……?」
 なぜこんなことに、と首をふりふり、内股であさにゃん、三度目の登場である。
 おおっ、とカフェの来客が声を上げるのも聞こえた。いつのまにか客人たちも、あさにゃんの第三形態(?)を楽しみに待っていたのだ。義輝と宗茂もやんやと喝采する。
「Тебе идёт☆」
 似合ってるね☆、と言って海音シャにゃんが肩を出したあさにゃんは、掟破りの狐耳、そして巫女服という組み合わせなのである。ちびにゃんがその肩に飛び乗り、自分の耳と狐耳を比較して不思議そうな顔をしている。
 なるほど和装も似合うあさにゃんなのだ、しかし狐耳だと『にゃん』でいいのだろうか?
「ああ、たまらないですね……」
 幸福度120%な表情でルシェンが呟いた。するとその手を、満面の笑顔で海音シャにゃんが握ったのだった。
「自分もやりたくなってきたんじゃないですか?」
「え……私は……」
 ルシェンが何か言うより前に、するするとワイヤークローが伸びてきて、彼女のボディをしっかりと拘束した。標本になった蝶のような気分でルシェンは目を見張る。
「え、何!? ちょっとアイビス、離しなさい!」
 この展開にこの台詞、どこかで経験がある――とルシェンが思ったそのときには、彼女はワイヤークローの主アイビスと、海音シャにゃんの手によって更衣室に吸い込まれていた。
「ルシェン、こうなったら今日はあなたも『魔法少女』になるしかないですね☆」
 あの日のように、と佐那こと海音シャにゃんは含み笑いするのであった。
 いくらもせぬうちに、
「魔法少女ダークローズ★ルシェン!! 黒歴史の狭間より再登場! さあ、再びこの私に酔いしれなさい!」
 なんたること、伝説のルシェン大変身魔法少女バージョンが、歴史の闇を振り払って今一度出現したのだ。あまりに挑発的なヘソ出しコスチュームは、胸の谷間はおろか、乳房の下部をはみださせ、限界寸前までスリットの入ったロングスカートは、もはや隠すという意図を完全に放棄しているかのようであった。なぜならさっとルシェンが片脚を前に出すや、ひらりとそのヴェールは場所を空け、ぞくぞくするほど均整の取れた美脚を世に公開したからである。
「ふっ すべてのおとこたちは わたしのまえに ひざまづくのよ!!」(※)
 ルシェンは宣言すると、先ほどとは正反対の目をして命じた。
「みんな〜! ここでルシェンが唄ってくれますっ☆」
 すかさず海音シャにゃんが叫ぶと、ルシェンはもうどうにも止まらないのだ。
「ミュージックスタート!」と叫んだ。
「おっと、そう来ましたか」
 慌てて宗茂が店内用に置かれたコンポに走る。
「では我は脚光を担当するとしようか」
 そして義輝が店内を暗くし、魔法少女ダークローズ★ルシェンにスポットライトを当てたのである。
「……嫌がってたわりに、変身してみるとノリノリですね……」
 アイビスがマイクを手渡すとルシェンはこれを握り、絶妙のタイミングではじまったイントロに体を揺らしながら謎めいた笑みを浮かべた。
「ふふふ……アイビス、コーラスを頼むわ。その美声でね!」
 アイビスが頷いてなめらかな歌声を披露すると、それに乗せ、ルシェン歌うところの『魔法少女ダークローズ★ルシェン 降臨のテーマ』が始まったのである。刮目して聴け。
「♪愛もぉ誠もぉ、踏み越えて〜」どんな歌詞だ。
「♪ふみこえてー」それでも実直にコーラスをつけるアイビスだったりする。
「♪裏切り者は皆殺しぃ〜」
「♪みーなごろしー」
 ただ呆然と、あさにゃんは立ち尽くしてこれを眺めるほかなかった。
「これ……夢だよね……」
 その頬を、ちびにゃんがギューっとつねってくれているが、痛いところからして夢ではなさそうだ。
 この日、ルシェンは思う存分自分のテーマ曲を熱唱した。
 例によって例のごとく、コスチュームがもたらす魅力と魔力に屈して暴走してしまった自分を、後からルシェンは死ぬほど後悔することになるのだが、それはまた、別の話である。
「さあ次は私の番っ☆」
 ルシェンが歌い終えたとき、すでに海音シャにゃんはスタンバイを終えている。マイクを握り彼女は、ルシェンが盛り上げた観客の前に飛びだした。
 花火が爆発するような勢いで音シャにゃんは迎えられた。天のシャンバラにも届けと彼女は宣言したのだ。
「Готовы ли вы?……Are you ready ?――みんな〜! シャナっシャナにしてやんよ〜☆

 かくてこの日、ロシアンカフェは伝説になった。

※「ひざま『づ』く」であって「ひざまずく」ではない!