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リアクション
●邂逅の会場(2)
「ふむ、反応も上々だったかな」
暖かい喝采を浴びながら未散は高座から下りた。一応海を舞台にしているとはいえ、ベタベタなくらいベタな古典落語を披露したが、これが大いに受けたのである。日記にでもつけておきたいほど歓迎された。見れば聴衆には、旧知のフレンディス・ティラ、ベルク・ウェルナートの両名もあったとはいえ、ほぼアウェイな状況でここまで受けたのだから上出来だ。
未散がふと階下を見ると、ハルがカメラを持った男性を制していた。
「未散くんのファンの方ですか? 今日は公式のお仕事ではないので写真はご遠慮下さいませ」
それでも、と粘る相手を説き伏せ下がらせたのち、まるで何事もなかったかのような表情でハルは未散に恭しく一礼したのだった。このあたりのあしらいかた、ハルは実にソツがない。
「お疲れ様です。未散くんも楽しめたようでよかったです。さてステージも無事終わりましたし、わたくしはバーベキューのお手伝いをしましょうか」
未散を迎える顔ぶれには、月谷要の姿もあった。
「ご苦労さん!」
彼は悠美香とステージの警備を担当していたのだ。
「面白かった。いや、しょーもない駄洒落とか言いだしたら座布団引っこ抜いてやろーかとか思ってなかったよ? うん」
「要に悠美香じゃん! そっちは風紀委員で警備の仕事中か……。じゃあゲスト警備としての仕事をしてもらわないとな」
悪友要の顔を見た途端、何やら意味ありげに未散はニヤリとしたのだ。そして、宣言した。
「ゲストの接待も仕事のうちだろ? ほら! ボーっと突っ立ってないで私のために肉焼けよ!」
「なんつー口の悪い女だ! 接待は仕事の範囲じゃないの! ステージの警備が仕事ってだけ! 落語の二つ目だろうと、ステージ下りたら警備対象外、ただの人だ!」
「……なに? そっかぁ、まあ気持ちは判る。ステージ終わったら、もっと見たかったものを要はじっくり見るんだもんなぁ〜」
とまた未散がニヤニヤしだしたので、
「またお前がロクでもないことを言い出そうとする気配が激しくするが、一応訊いとく。未散が思うところの『俺(つまり要)のもっと見たいもの』って?」
「ずばり、悠美香の水着」
「ちょ……! やっぱりロクなことを言わんな!」
と言いながら要は、どうしても悠美香のことが気になってしまう。だが振り返って彼女の顔を見る勇気はなかった。
「じゃあなに、見たくないの?」
「見たいとか見たくないとかそういう話ではないだろっ! そう言う話は本日NG! NGで!」
さすがにここで、ハルが戻ってきて速やかに未散をたしなめるのである。
「要さんが困っているではありませんか。どうぞ、それ以上の追求はご自制ください」
助かった、と安堵の吐息を漏らしつつ、要はせっかくなので訊くことにした。
「それはそーと、ハルから未散の水着へのコメントはないのか? 今日はこの格好で高座に上がったんだよなそういや」
「未散くんの水着……ですか」
途端、ハルの顔はマッチ棒を擦ったかのように真っ赤に燃え上がったのである。
「き、今日の未散くんの格好は刺激的といいますかなんといいますか………って何を考えてるのでしょうかわたくしは……!」
これまでの落ち着いた物腰はどこへやら、ハルは壊れたゼンマイ仕掛けのオモチャよろしくギクシャクと動き回って告げた。
「えーと、未散くん……和服も素敵ですが水着もとても似合っておりますよ!」
ということで……と短く伝えて、ハルはバーベキューコンロにしゃがみこみ料理に専念してしまった。
「ハルにつまんないこと訊くなー!!」
「これでイーブンだろ。未散が気になってたこと代わりに訊いてやったんじゃないか」
「き、気になってなんか、ない!」
ないったらない、と断言して未散もコンロに駆けていった。
「もうこういう話は終わりだ終わり! 今日のメインはバーベキューだろ!」
「それでこそ未散くんです。な、なんだよハル! 私が食い意地張ってるみたいな言い方するなよな!」
などと言い合いながら未散とハルは、なんとなく身を寄せ合っていたりする。
ひょいと未散が振り返って言った。
「それで、要たちも食べてくんだろ?」
「それは願ったり叶ったり! ……では、ない」
なんとも歯切れ悪く要は答えて、ちらりと悠美香を見た。水着云々のときは気恥ずかしそうにしていた彼女も、この話に関しては別だ。
「おかず三品の約束、覚えてる?」
ぽつりと、しかし熟練のスナイパーによる射撃並の正確さで悠美香は問うた。
すると、うっ、と、電撃に打たれたように要は身を強張らせ、そして小声で未散に返答したのである。
「風紀委員の仕事が……俺にはある……」
血涙が出そうなほど頑張って言葉を繋ぐ。
「……だから……仕事中は、つまり交流会終了まで…………駄目だ。俺たちは食べられないっ!」
するとまたもや、即時に未散の態度は変化したのであった。
「え〜? 風紀委員ってバーベキュー食べられないの〜? かわいそうだな〜あっこの肉超美味い!」
などと言いながらパクパクと豊富なバーベキューを味わう。ホクホクの肉は甘く、香ばしい海の香りに満ちアタシーフードは芳醇、野菜だって新鮮だ。ハルが「ほどほどにしたほうが……」と指摘しても、こればかりは本当に美味なので、猛然と食べるのはやめられないようだ。
「チックショウ! そんなことばかりしてるとロクな死に方しねーぞ未散ぅ〜!」
肉おかずおかず肉肉おかずおかず肉おかず肉……と呪文のようにぶつぶつ繰り返しながら要は歯がみした。この呪文(?)でどうにか自制を保とうというのだ。
お預けの要、食事エンジョイの未散――という竜虎相打つようなこの図式は、しかし長く続かなかった。
「あれ? みくる? なんでここに……」
未散が、自分のパートナーの姿を見つけたのである。
「あー未散いた! わーいバーベキューだぁ♪」
しかもそのみくるは、
「やっと合流できたねっ!」と喜ぶ八斗と一緒だったのだ。
その組み合わせの不思議さはさておき、まずみくるに未散は問うた。
「もしかして着いてきたのか? 大人しく留守番してろって言ったのに……」
ところが、イヤイヤするようにみくるは首を振った。
「なんで勝手に着いて来たかって? みくるは早く大きくなって未散を……えーと……さされれる(支えられる)ようになりたいの!」
それだけ言って、自分の場所を確保する。
それ以上は言わないと、みくるは決めていた。普段は偉そうにしている未散が、ときどき部屋で一人、泣いているのを知っていると。だから支えたいのだと……そこまでは言えない。
「それにしても、二人どうやって知り合ったの?」
という悠美香の疑問、さらに未散の、
「だよね。私以外には中々懐かないのに……珍しいこともあるもんだ」
この呟きに被せるように、いくぶん早口で八斗は述べた。
「あ、それは俺がたまたまみくるちゃんを知ってたんで……」
みくるもそれを裏付ける。
「八斗が連れてきてくれたの♪ バーベキューを一緒に回って、お菓子ももらってくれたの♪ 八斗、お菓子くれるから好き!」
そんな彼女の大胆発言に照れたか、八斗はへへへと笑っている。
うんうん、とハルは二人を祝した。
「すっかり八斗さんとは仲良しなのですね。微笑ましいですな……」
けれど、そっと付け加えるのである。
「ですがなぜわたくしには未だに懐いてくださらないのでしょう」
と。
いや本当、なぜなのだろう? ハルはちょっと、僻んでいるのである。