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自然公園に行きませんか?

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24


 死んでしまった人の魂を、自分で作った人形に入れることができる人形師がいるという。
 ――その人なら、できる……かな……?
 ――……死んじゃった人を……生き返らせる、こと……。
 噂話にすぎなかったが、ネーブル・スノーレイン(ねーぶる・すのーれいん)は『もしも』の可能性を捨てきれなかった。
 もしも、生き返らせることができるなら。
 彼が作った人形に、あの人が宿ったら。
 ――生き返らないにしても、お喋りしたりとか……できるってことに……なるのかなぁ……?
「ねえ、がーちゃん……」
 ネーブルは、鬼龍院 画太郎(きりゅういん・がたろう)に話しかけた。
「一緒に……リンスさんのところ、来てくれない……かなぁ……?」
 画太郎は、すぐさま巻物と筆を取り出した。さかさかと速筆で何事かを書いている。
「かっぱっ!」
 ばっ、と向けられた巻物には、
『もちろんです。俺も探すのを手伝いますとも。
 まずはどんな人か、どんな容姿か、どこにいるかを具体的に聞いて探しましょう』
 とあった。彼は頼りになる河童である。ネーブルだけじゃ考えきれなかったことを示してくれる。
 まずは彼の住まいに向かってみようと、工房を訪ねる。と、執事然とした男性がいた。
「えっと……私……リンス・レイスさんって方を、探しているのですけど……あなたが……?」
 この人がそうなのだろうか。
「いいえ。わたくしはマナ・マクリルナーン(まな・まくりるなーん)と申します」
 違う人だった。そうですか、と肩を落とす。ここにいなかったらどこにいるのだろう。見当もつかない。当然だ、見たことも会ったこともないのだから。
 出だしから躓き、少ししょんぼりとしていると。
「かっぱーっ!」
 画太郎が、巻物に字を書いてマナに突きつけていた。
「がーちゃん……聞いてくれてるの……?」
 力強く頷く画太郎に、ありがとう、と礼を言う。それから、マナの返答を待った。
「リンス様は今、空京にある自然公園にいらっしゃいます。外見ですが……そうですね、女性のような顔立ちをしてらっしゃいます。小柄ですね。それから――」


 聞かせてもらった情報は、画太郎がさかさかと紙にまとめてくれた。
 茶色の長髪。色違いの目。表情は薄め。シンプルな格好。
「……これ、で……見つかる、かな……?」
 不安だったけれど、行ってみよう。
 まずは動かないと始まらない。
 自然公園に着いて、手当たり次第に聞いてみた。
 リンスさんをご存知ですか。どこにいますか。
 彼は、顔が広いらしい。何人かに一人はリンス・レイスを知っていて、見かけただとかどこどこにいただとか、詳しく教えてくれたから。
 曰く、現在川辺にいるらしい。ネーブルは急いで向かった。
「あ……」
 しかし途中で気付く。自身が手ぶらなことに。
「……どうしよう……初めて会う人なのに……手ぶらって……」
 失礼に当たるのではないか。話すら聞いてもらえなかったらどうしよう?
 悩んでいたら、再び画太郎が筆を取った。
「かっぱっ!」
 突きつけられた巻物には、こうあった。
『こんなこともあろうかと、秘伝のきゅうりを残しておきましたよ。
 さぁ、これを持って人形師さんに会いに行きましょう』
 巻物を持つ手とは逆の手に、いつの間に、そしてどこから取り出したのか青々としたきゅうりがあった。
 ――……きゅうり……。
 ――ふ、普通の人にこれを渡すのって……えっと……。
 受け取らないことに疑問を感じたらしい画太郎が、器用にも字を書き加える。
『どうしました。他に何か気がかりが?』
「あ、えっと……うん……。多分……急にきゅうりをもらっても……人形師さん、びっくりしちゃうと思う……」
『……わかりました。ではピクルスにしましょう』
「ピ、ピクルス……」
『間を取ってみました』
 間。取れているのか。果たして。
 ――……きゅうりよりは、マシ……かな……?
 最早よくわからない。悩みに悩んで、結局、ネーブルは頷いた。
 きゅうりよりは、そして、何もないよりは、いいだろう。多分。


 川辺についた。
 既に日が暮れかけていることもあり、人の姿はまばらだ。きょろきょろと辺りを見回すと、それらしい人影を見つけた。
「……あの……リンス・レイスさん……ですか……?」
 振り返った人は、色の違う目を持っていて。
「そうだけど」
 静かに、けれどはっきりと、頷いた。
「よかった……やっと、会えた……」
「?」
「あ……これ、よかったら……どうぞ……」
 とりあえず、画太郎が作ってくれたピクルス――酢漬けのきゅうりが瓶に丸ごと入っている――を渡す。リンスはさほど驚くことなく、「ありがとう」と受け取っていた。顔色一つ変えないと思わなかったので、むしろこっちが驚いてしまった。
 すうはあと息を吸って吐いて、さあ言うぞと心の中で呟いて。
「えっと……ね……?」
 頼みたいことを、話した。
 初恋の人が死んでしまったこと。
 生き返ることが無理だとしても、せめて話ができたらと思っていること。
 死んでしまった人の魂を入れられるリンスなら、できるのではないかと考えたこと。
「お人形……作ってもらえませんか……?」
 恐る恐る、依頼を口にする。
 黙って話を聞いていたリンスが、口を開いた。
「人形は作れる」
「!」
「けど、魂は込めない」
「……そう、ですか……」
「ごめんね。そもそも、誰かの魂を選んで入れるとか、そんなことはできないから」
「そう、ですよね……だって、都合……良すぎちゃう……」
「うん。……できてたらやってたかもしれない」
「え……?」
「なんでもないよ」
 首を振ったリンスの顔には、悲しそうな笑みが浮かんでいた。何も言えなくなる。
「スノーレインの、本当の願いを叶えることはできないけど。ただ人形を作るだけならできるからさ。それでも良かったら、遊びに来て」
「……はい。ありがとう、ございます……」
 ぺこり、深く礼をして。
 リンスの前から立ち去った。
「…………」
 ――駄目だった。
 想定はしていたけれど、やっぱり少し、悲しい。
 ――もう一度、お話したいな。
 ――……もう、無理かな……。
 やりきれない気持ちを抱えたまま、夕暮れの道を歩く。