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うるるんシャンバラ旅行記

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うるるんシャンバラ旅行記

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「本当に、おかしくないのだな」
「はい、大丈夫です! ファイトっ!」
 皆川 陽(みなかわ・よう)に背中を押され、ラドゥが姿を現す。
 そのあでやかさに、皆不意を突かれ、一瞬息を呑んだ。
「な、……なんだ、その反応はっ!」
「いえ、ラドゥ様、おきれいです!」
 計画をうっすら聞いていたレモが、最初にそう声をあげる。
 皆が驚くのも無理はない。元々美形のラドゥだが、今日は薄紅をひき、ピンク色のウェーブのかかった髪をきっちりと結い上げて、金銀珊瑚のかんざしで飾っている。着物は、陽のすすめたものではなく、藍の地に蛍と流水紋の浴衣だ。そこに、やはり金銀の華やかな帯を締め、瞳と同じ燃えるような赤色の宝石を帯留めにあしらっていた。
 まわりも口々に、ラドゥの変身を褒めそやす。だが、ラドゥは相変わらず拗ねた表情のまま、ずかずかとジェイダスの前に進んだ。
「……待たせたな」
 そんなことより、早くジェイダスの口から評価が聞きたいというのはバレバレだが、「似合う?」などと到底口にできるラドゥではない。立ったまま、少年姿のジェイダスを居丈だけに見下ろしている。
(そうじゃないってラドゥ様!! こう、恥じらって、見上げる感じで!)
 見守る陽としては、もどかしさにじたばたしてしまう。
 だが、ジェイダスはややあって、ふっと口元に笑みを浮かべると、ラドゥの手をぐいとひき、己の膝の上に座らせた。
「久しぶりに、良いものを見たな」
「……っ!」
 少年姿ながら、その力強さと色気には、一つも以前と遜色はない。頬をツメの先で撫でるようにされ、ラドゥは息を呑んで頬を染めてしまった。
「ま、まぁな。私が本気を出せば、これくらいなんということはない」
 あくまで言葉だけは強気に返すと、ラドゥは、微かに嬉しそうに微笑んだ。
(な、なんか、あんまり見てたら悪い気が……)
 恥ずかしさに、レモは思わず視線をそらした。
「さて、今日の花火とやらは、どれほどのものかな。人間風情がどこまでやるか、楽しみにさせてもらおう」
 ジェイダスの膝から降りたものの、ラドゥはかなりご機嫌のようで、口元は微笑んだままだ。
 すると、そんなラドゥに、そっとヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)が近づくと声をかけた。
「ラドゥ、似合ってるねー」
「ヘルか。貴様はずいぶん地味な格好だな」
「だってお世話係だしー。呼雪とお揃いだもんっ」
 ヘルの言葉通り、今日は、ヘルと早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は、主にバックヤードの担当だ。にっこりと笑って、呼雪とおそろいの作務衣をラドゥに見せびらかしてから、やおらヘルは真顔でラドゥに囁いた。
「ちょっと、心配してるんだよ?」
「心配? なにをだ」
「や、タシガン領主も大変そうだけどさー。元々ラドゥとあんまり遊ぶ機会ないから、ちょっと寂しいなーって。それに……最近ツンデレ様がデレツン様になってるっていうか……。あんまりヘタレてると理事長以外にも食べられちゃうよ?」
 ヘルの手が、ぽんぽんとラドゥの背中を叩く。
「な、……なにを馬鹿なことを」
 ぺしりとその手を叩き、ラドゥはじろりとヘルを睨みあげる。その調子、と言いたいところだが、目元を赤く染めたままではあまり意味がない気がする。
(なんか、ホント心配だなぁ〜)
「ヘルさん、呼雪さんが呼んでるみたいだよ」
「あ、はーい。じゃあ、またね」
 ラドゥに笑いかけ、ヘルは踵を返す。
「ラドゥ様に、何か言った?」
「ううん、なんでもないよー。浴衣、お似合いだねって!」
 リュミエール・ミエル(りゅみえーる・みえる)にはそう答えると、ひらひらと手を振って、呼雪の元に戻っていった。

 バックヤードでは、エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)が、優雅な手つきで抹茶を点てていた。以前から習ってはいたが、ようやくジェイダスに供せる腕前になったからだ。埃など入らないように、こうして裏で支度を調えると、リュミエールに給仕を頼む。
「美しいお手前だね、エメ。ジェイダス様にも見ていただけばよいのに」
「それには、まだまだですよ。緊張してしまいます」
 そう恥じらうエメの姿こそ、ジェイダスを喜ばせそうではあるが。
「マユ君。レモ君には、これをもって行ってあげてください」
「はい」
 エメがマユ・ティルエス(まゆ・てぃるえす)に渡したのは、冷やした瓶詰めのラムネだ。もう口はあいており、爽やかな甘い香りが、いかにも夏休みといった風情だった。
「レモ君には、まだお抹茶は苦いでしょうから」
 エメの細やかな心配りだった。
 抹茶に添えるのは、自作の葛きりと、金魚や朝顔を模した上生菓子だ。本当は、上生菓子も手製で拵えたかったが、さすがにまだまだ修練が必要そうだった。そのため、それだけは空京のとある名店からのお取り寄せである。
 小降りの重箱や、繊細なガラスの器に、呼雪がそれらを美しく盛りつけていく。
「わー、すっごくきれいなお菓子!」
 ヘルが珍しさもあり、そう歓声をあげる。
「後で、是非どうぞ」
 エメがそう言うと、「ありがとう」とヘルは答えて、楽しみだね、と呼雪の顔をのぞき込んだ。

「ジェイダス様、どうぞ」
 品の良い所作で、リュミエールが茶器をジェイダスの前に供する。柔らかな緑の泡が一面にたち、抹茶の良い香りが立ち上っている。
「これを点てたのは?」
「エメだよ」
「そうか。……後で、こちらに来るように伝えておいてくれ。せっかく用意させた花火だ。皆で見たいからな」
「わかった、伝えておくね」
 リュミエールはそう答え、それから、ラドゥの前にも茶器を並べる。そして、「着てくれたんだね」と嬉しそうに笑った。
「他になかったからだ」
 ラドゥは、素っ気なくそう答える。……そう、ラドゥが選んだ浴衣は、事前にリュミエールが贈っていたものだった。
 理由はどうあれ、着てくれたことがリュミエールには嬉しかった。
「どうぞ、レモさん」
 一方、マユは、レモへと冷えたラムネ瓶を差し出す。
「ありがとう。……あれ? これ、中にビー玉が入ってるの?」
「そうです。この瓶の首のところのくぼみにビー玉をひっかけるようにして、ゆっくり傾けて飲むと、飲み口を塞がずに飲めます」
「そうなんだ。……ん、と」
 言われたとおりに挑戦してみるが、なかなか上手くいかない。少しばかり口にはいる分が甘くて美味しい分、なんだか焦らされているようだ。
「あの、ちょっと、お借りしますね」
 そっと手をのばし、マユはラムネの瓶を受け取ると、実演してみせる。ほんの少し飲んだところで、マユは瓶を返した。
「こんな感じです」
「そっか。やってみるね。……」
 見よう見まねながら、ゆっくりと、レモは瓶を傾けていく。今度はどうにか、上手く味わうことができたようだ。
「上手です」
 ぱちぱち、とマユが手を叩いてレモを褒めた。
「ありがとう」
 はにかむレモに、マユは拍手をとめると、用意してきた髪飾りをそっとレモの髪にとめた。
 それは、夕顔の花と蔓で作ったものだ。
「やっぱり、とっても可愛いです。……あ、男の子に可愛いは、ヘンですか?」
「ううん、嬉しいよ。どうしたの、これ?」
「この夕顔、ぼくが育てたんです。夕方に咲いて、朝にはしぼんじゃう花だけど……一晩、一生懸命咲くんです。一緒に夏の夜の思い出、作ってあげて下さい」
「そっか……どうも、ありがとう。ね、マユさんも、この夕顔の側にいてあげて? そのほうが、お花も嬉しいと思うから」
 レモはそう言うと、用意されていた椅子の隣を指した。
「……はい!」
 マユは頷き、レモの隣の椅子にちょこんと小さな体で腰掛けた。
「そろそろ、始まるみたいだぜ」
 レモの後ろで、腕組みをしたまま、カールハインツがそう言った。
 周囲でほのかな灯りを点していた行灯が、すっと、その姿を消す。薄闇が、視界を覆った。