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第16章 それぞれの世界

「今日は楽しかったわ、ありがとう」
「……いえ、こちらこそ」
 シグとリンと共にツァンダの街を適当に歩き、夕方も近くなり笑顔で挨拶を交わす。「シグさんの家はこっちなのね」と、リンは先に歩き出す。シグもまた契約者だ。彼の家にはパートナーがいるから泊まるとしても男女2人きりにはならない。
「顔の筋肉が疲れた……」
 途端に似非笑顔を引っ込めると、ラスは残ったシグを呼び止めた。
「……一応言っとくけど、リンにテレビは絶対に見せるなよ」
「何故だ? 別に問題は無いだろう」
「……ここはツァンダだ。パラミタでも特に日本の影響が濃い街だ。今は冬も近いから滅多に流れないだろうが、もしアイスのCMでも流れようものなら……」
「…………」
 思わせぶりに迫ってみたら意味が伝わったようだ。サングラスの下のシグの顔が、ぴたりと固まる。一箱6個入りのチョコレートコーティングされた一口サイズのアイスのCMがもし彼女の目に入ったら――
「部屋をリフォームしたいなら止めないけどな。あ、後、コンビニにも入るなよ」
「……分かった。心しておこう」
「つまり、娘の名前に関する単語を聞いたり見たりすると暴れだすということか?」
 2人の会話を聞いていたチェリーが、内容を総合してそう言ってくる。結局、彼女には最後まで付き合ってもらってしまった。観光に来ていたらしいので、街巡りをするというのは彼女としても不都合は無かったようだ。むしろ、ついでだからとついてきた感がある。
「暴れだすなんてもんじゃない。どこのホラー映画のモンスターだっつー……とにかく、一度“そう”なったら手が付けられない」
 少女が死んだ日から、リンは変わってしまった。ピノの死が受け入れられなくて、あの日からピノが彼女の『全て』になった。一見普通に見えても、それ以外の心は空虚で。何かに興味を示すそぶりはその空虚を埋める為の演技でしかない。彼女は、彼女自身を演じているのだ。そして、先に産んだ子の記憶を、消去した。また死なれたら心が壊れる事を危惧した自己防衛本能なのか、単にショックが大きかったからなのかは分からない。
「記憶を戻す方法には心当たりがあるんだけどな……あ」
 そこで、彼は自分達に向けて歩いてくる大地達に気が付いた。大地は機嫌の良さそうな笑顔で、挨拶してくる。
「どうも。珍しい組み合わせですね。もしかして今のは……ラスさんのご両親ですか?」
「……何で」
「いえ、どことなく、女の人の雰囲気がピノちゃんに似ていたような気がしたんです。髪の色はラスさんと同じでしたし。それとも、俺が今まで祖父と会っていたからでしょうか」
 相手が家族だと思ってしまうのは。そう続けると、ラスは「……祖父?」と、少し驚いたようだった。それから「男の方は違うけどな」と短く答える。話を聞く大地の表情は、どこまでも笑顔だ。
「そうですか、ところで……今日はピノちゃんは一緒じゃないんですか?」
「ピノ? あー……」
 思い出したように、ラスは空を見上げる。夜はもう、そこまで迫っていた。
「そろそろ、迎えに行かなきゃな」

              ◇◇◇◇◇◇

 夜が近くなると共に、動物達はまどろみに落ちる。それは、巨大生物でも同じことだ。夕暮れのリュー・リュウ・ラウンで、ピノは千尋と、新しく友達になった千尋と、そしてヒラニィ未来と一緒にとらに寄りかかって目を閉じていた。寄りかかった皆は、遊び疲れたのかとらの温かさに負けたのか、静かに寝息を立てている。
 動くに動けなくなったとらは、それを眺めている鳳明に助けを求めるような視線を送る。とはいえ、こう気持ち良さそうな寝顔を見せられたら少女達を起こすことも出来ず、鳳明はそれに苦笑で返した。
「もうちょっとだけ、頑張ってね?」
 後少ししたら起こさないと少女達が風邪を引いてしまう。でも、あと、もう少しだけ寝かせておいてあげよう。
 鳳明の隣では、とトルネが入口方面を見ながら、会話していた。
「ラッスン遅いなあ。迎えに来るって言ったんやよな?」
「ああ、はっきりそう言ったわけじゃないけど……行き先を聞いてたし、来ると思うよ」
 何や曖昧やなあ、と首を傾げる社に、トルネは一言付け足した。
「何か、様子が変な気もしたけど」
「…………」
 その会話を聞いて、ピノはそっと目を開けた。眠っていたわけじゃない。ただ、目を閉じていただけ。そう、ここに来る前、明らかにラスは変だった。あたしの知らない人と、あたしが解らない話をしていた。それから、あたしが一緒に来ない事を確認するように、行き先を訊いた。
 前に、神代 明日香(かみしろ・あすか)に言われたことがある。ラスがピノを遠ざける時、それは――『危なくないように心配してる事は分かってますよね?』と。あの時とはちょっと違うけれど、今回も多分、似たような理由なのだろう。
「ちーちゃん、ちーちゃんはすごいね。あたし、今日本当にそう思ったよ。……あのね、おにいちゃんはね、きっと……“親”に会いに行ったんだ」
 話の中に『装置』という言葉が出てきたから。それはきっと、小型結界装置の事だ。あたし達のような存在と契約していない地球人が、必要とする装置。
「でも、あたしは一緒に行けないんだ……」
 本物、じゃないから。あたしはあたしだけど、彼女じゃない。
 当たり前だけど、おにいちゃんはあたしと違う世界を持っているんだな……。それなら、あたしも――
 一歩、踏み出していいよね?

「ピノ」
 ラスが迎えに来たのはその時で、彼は4人連れで、リュー・リュウ・ラウンを訪れた。1人じゃない。皆と一緒に居たんだ。
「あ、シーラさん! 諒くんも! チェリーちゃんも来たんだね!」
 ピノは嬉しくなって、彼等に走り寄って行った。何だか、とても安心した。自分の考え過ぎだったのかもしれない。
「何だあ……。おにいちゃん、大地さん達と一緒に居たんだね。5人でどこに行ってたの?」
「え? 何処にって……」
 思いがけなく言葉に詰まったような顔で、目を逸らされた。それだけで心臓が少し跳ねて、不安になった。やっぱり……考え過ぎじゃ、なかった?
「…………」
 顔を俯けても、上から声は降ってこない。代わりに聞こえたのは、慌てたような諒の声。
「ぴ、ピノちゃん! 今日はね、僕達大地さんのおじいちゃんに会ってきたんだよ。そうだ、シーラさんが動画もいっぱい撮ってたんだ。見てみる?」
「どうですか〜? ピノちゃん、大地さんの意外な一面が見れますよ〜」
「大地さんのおじいちゃん……? ……うん! 見てみるよ!」
 再生された動画の中で、大地は白髭の老人に子供の頃の話を暴露されていた。それは今の彼とは違って子供らしかったりやんちゃだったり。『それは言わないでくださいよ〜』と、大地は笑いながらも割と本気で止めようとしている。
「……あははっ」
 でも、どうして映像が2人のアップなんだろう? 他の皆が完全に、フェードアウトしている。そこで、トルネと二言三言話していたラスが、彼女の方を向いた。
「……ピノ、楽しかったか?」
「うん、とっても楽しかったよ!」
 それは本当だ。本当に、とっても楽しかった。たくさんの友達と、動物達と遊んでいると、凄く幸せな気持ちになれた。そして、今日遊んだ千尋やヒラニィがドルイドだと聞いて――憧れた。だから。
「おにいちゃん、あたし……ドルイドになろうと思うんだ!」