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 第8章 彼の前で素を見せる時

 ――お手すきの時に、出来たら読んで下さい。
 月冴祭の後、ヒラニプラに戻ってきた董 蓮華(ただす・れんげ)は、勇気を振り絞って手紙を渡した。それは、ただの手紙ではなく恋文という類のもので、だから蓮華は――廊下で金 鋭峰(じん・るいふぉん)と顔を合わせて、心臓が飛び出るほどびっくりした。
 東屋で手紙を認めていた時の事、鋭峰にそれを渡しに行った時の事。
 あの時は必死だったけれど、後で考える度、埋まりたいくらいに恥ずかしすぎて、全身が一気に熱くなる。気持ちを込めるのに、印字やメールは味気ない気がして選んだことだったけれど――
「……団長!」
 気が付いた時、蓮華は鋭峰を呼び止めていた。こちらを向いた鋭峰はいつもの通りに無表情で、感情を閉じ込める事に長けたその瞳からは、何を考えているのかを推し量ることは出来ない。
 何かを思っているのか、それとも、そうではないのか。
 何も言わずに、鋭峰は蓮華を見つめている。簡易包装された包みを持っていた。衣類の類だろうか。
「団長、この前の手紙ですが……」
 呼び止めたのは自分だ。用件を言わなければ始まらない、と蓮華は口を開く。鋭峰の顔が真っ直ぐに見れなくて、今にも俯いてしまいそうで、続く言葉に間が出来た。
「読んで、頂けたでしょうか?」
 ――でも、自分に自信がない者を、鋭峰は決して評価しないだろう。それに蓮華は、自分のした事には責任を持つと決めている。後悔は、したくない。
 だから、頑張って顔を上げてそう言った。
「手紙……。写真と餅が付いていたものか」
「はい。手書きの手紙……なんて、随分と古風だと思いましたでしょう?」
「手書きが古風とは思わないが……」
 思い返す為だろうか、数秒の沈黙の後に鋭峰は言う。
「ニルヴァーナでの月見を楽しんできたようだな。息抜きになったのなら幸いだ。……これからもパラミタと地球のために軍務に励んでもらいたい」
 そして踵を返し、蓮華から離れていく。
「…………」
 蓮華は驚き、咄嗟に言葉が出なかった。簡単に肯定されるとは思っていなかった。だが、何らかの答えは貰えるのではと考えていた。現時点での、彼の答えを。
 しかし、鋭峰はその部分には触れなかった。軍務の際の口調よりは若干の温かみがあったが、何か事務的なものが感じられる、そんな答え。
「……団長」
 遠くなる鋭峰の背に、蓮華は改めて声を掛ける。振り返ってもらわなくても、構わない。
「私、董蓮華は団長をお慕いしています」
 ただ、伝えておきたい。痛いほどに純粋な気持ちを、文字ではなく今度は、自分の声で。
「団長の心の片隅に少しだけ置いて頂けたら……嬉しいです」
 2009年、蓮華と家族は鋭峰達に救われた。今度は、自分が彼を守っていきたい。不測の事態があれば、今度は私が――
 よろしく頼むという言葉は、とても嬉しかったから。
「これからも、軍務に励みます。私も、この国を守りたい。団長の役に立つ人材になって、背中をお守りしたいです。……団長が私の何倍も強いのは、勿論存じてますけれど」
 鋭峰の足が止まる。顔こそ向けられなかったが、蓮華は穏やかに微笑んだ。
「私という存在は、常に団長を支える大勢の中に居ます。精一杯、頑張ります」
「……期待しているぞ」
 話が終わったと判断したのか、鋭峰は歩みを再開した。
「……はい」
 答えは貰えなかったけれど、言いたかった事は伝えられた。
 手紙を渡した時よりも、強く感じる。
 私は今、団長に告白したんだ。

              ◇◇◇◇◇◇

 蓮華はそれから、教導団の受付前に移動した。元々、兄との待ち合わせの為に向かっていた場所だ。だがそこで、受付から声が掛かった。
「あなた、もしかして董 蓮羽さんの妹さん?」
「え? そ、そうですけど……どうして分かったんですか?」
「いえ、さっきお通ししたんだけど、どことなく似ている気がしたから。もしかして、探しにきたの?」
「待ち合わせです。といっても、まだ1時間前……え? さっき通した?」
「団長とアポイントメントを取られていたのよ。今頃は、団長室だと思うわ」
「団長室……えぇえ!?」

『教導団での蓮華の様子と評価をお聞きしたい』
 そう言って、蓮羽は鋭峰との面通しを現実のものとした。言葉通りの目的であるのは事実だが、金鋭峰という人物に一度会いたかったからだ。
「偶然というものもあるのだな。先程、彼女と会ったばかりだ」
「それは奇遇ですね。妹は元気にしていますか?」
「…………。ああ、問題は無い。彼女の様子と、評価であったな」
 生じた間を不思議に思いつつ、蓮羽は鋭峰の話を聞く。実際に会う前に他者からの評価を聞いておきたかったのは、独り立ちしていく妹への寂しさと心配があったからだ。
「そうですか。妹はそんな昔の事まで……。少々、子供の頃の蓮華の話をしてもよろしいでしょうか?」
 構わないと答えが返り、彼は幼少時の妹について語り始めた。実際に目にした鋭峰の人物像やカリスマ性への素直な評価が、蓮華が恋する男への興味や嫉妬と混在する。
「これが、あの頃の蓮華です」
 スマートフォンに入った画像を鋭峰に示す。そこには、あどけない幼子の笑顔があった。兄としての心情を声に滲ませ、彼は言う。
「女としてはまだまだですから、とりあえずは教導団員としての妹を宜しくお願いします」
「お兄ちゃん! 団長と何話してるのよ!」
 蓮華が団長室に入ってきたのはその時だった。面会者の妹という事で、警備兵に途中入室が認められたのだ。蓮羽に近付いた彼女は、端末に現された自分を見てパニックを起こした。羞恥に駆られ、慌ててスマートフォンを取り上げようとする。
「いやああ! 子供の頃の私の画像なんか見せないでぇ! ……あ」
 兄に纏わり、手を伸ばす。その時、ふと鋭峰と目が合った。我に帰る。
「あっ……、あの……あの……」
 完全なる素を、取り乱した自分を見られたのは恥ずかしく、蓮華の顔は真っ赤になった。