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ナラカの黒き太陽 第三回 終焉

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ナラカの黒き太陽 第三回 終焉

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7.救助

 全身が鋼鉄の軍団が、土埃をまいあげてタシガンの地を歩く。
 その上を、炎を纏った鳥が金切り声をあげて飛び去った。
 どちらも、薔薇の学舎へと避難してきた市民たちを追いかけて来た幽鬼たちに対抗するため、皆川 陽(みなかわ・よう)が呼び出した神獣たちだ。
「今のうちに、早く!」
 敵の気を引くため、フェニックスで攻撃をしかけながらも、兵団たちの動きを追わせ、少しでも薔薇の学舎から遠ざけていく。
 事実、幽鬼たちは陽のもくろみ通り、攻撃に対して怒りも顕わに襲いかかってきていた。
 避難していた一団から引きはがせたことを確認し、内心で陽はほっとする。
 ――褒めてもらおうとは思っていない。認めてもらおうとも。
 かつて、タシガンの民は地球人を疎んじていた。それがどれほどのものか知らずに、市街まで散歩に出た陽は、暴漢に襲われて大怪我を負ったこともある。
 今は色々なことを経て、そのような過激派は減ったとはいえ、陽のほうはそう簡単には忘れることのできないトラウマだった。
 けれども、だとしても、陽は彼らを守ろうと決めていた。
 なぜなら、彼が今晒されているものこそ、あのとき陽が受けたものと同じ、『理不尽な暴力』だからだ。
 ただ、タシガンにいただけで。
 ただ、普通に暮らしていただけで。
 こんなことに巻き込まれ、傷ついていいわけがない。
(ボクはそんなの認めない。絶対にだ)
 その意志を守るために、陽は闘っていた。
(どうせ、タシガンの人はボクのこと嫌いだろうし。まぁそうだよね、あれにさえ、認めてもらえない人間でしかないんだから)
 ――テディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)のことは、置いてきた。呆然としていたようだけれども、それは、陽の知ったことではない。
「あーあー、オマエがいじめるからてでーちゃんが泣いてるよー?」
 いつのまにかちゃっかり陽の背後の安全圏にいたユウ・アルタヴィスタ(ゆう・あるたう゛ぃすた)
がそう茶々をいれるが、陽には聞こえていない。
 今はただ、倒れるまで、闘うだけだ。陽は再び意識を集中し、新たな召喚獣を呼び出す。
 己の意志を、己の手で守るために。

「……陽……」
 めちゃくちゃなまでに召喚獣を使役する姿に、テディは唇を噛んだ。
 なんて、痛々しい。
 けれども、わかっていた。陽をああしたのは、自分なのだと。こうなるまで、テディはそれに気づかなかった。なにも、見えていなかった。
 いつものようについて行こうとしたテディにむかって、陽はキツイ眼差しで尋ねたのだ。
「あのねぇ。ボクは別にボクの意志のためなら死んだって良いんだよ。誰も認めなくても、キミが認めなくても、ボクはそうするって決めたんだ。ボクが何を大事に思うかはボクが決めるんだよ。キミの意志はどこにあるの?」
「それは……」
 一瞬言いよどんだテディに、陽は背を向ける。
「キミは、ボクの意志を殺すんだ」
「――!」
 その言葉が、なによりもテディの胸に刺さった。その痛みに、緑の瞳に涙がにじむ。
 王を守るのが、騎士の努めであり、意志だ。騎士である自分は、いつだってそうしてきたつもりだった。
 だというのに、その守る相手から、殺すのは自分なのだと告げられたのだから。
 そんなつもりはない。けれども、今の陽の傍にいって、そう訴えたところで無駄だろう。ならば、答えは、身をもって示すしかない。
 朝日のような輝きを放つ槍、黎明槍デイブレイクを高く掲げ、テディは陽とは違う方向に走る。
 けれども、目的は同じ。人々を、無事に薔薇の学舎まで送り届けるためだ。
(守るよ。陽の意志を)
 その体ではなくて、彼の意志を守ろうとテディは決意した。
 守ることならば、得意だ。その力で、敵の攻撃から、市民たちを守ろう。
 ――陽の意志を守るために。

 ユウは相変わらず、陽の後ろでなにやら書き物をしている。雷撃と炎が舞う中、たいした度胸である。
 小節の内容は、『タシガン攻の、ゲート受』というかなりマニアックな代物だ。
「穴なんだから受けに決まってる!! 第一、擬人化が必要なようではまだまだ覚醒が足りないと心得よ!」
 持論をぶちあげつつ、執筆はなかなか好調なようだ。
 だが、その合間にも、ユウはちらちらとテディの様子をうかがっていた。
「あ、立ち上がった。へー、あっち行ったんだ」
 陽にそうテディの行動を逐一伝える。反応はないが、それでも別にかまわなかった。ユウとて、返事が欲しくて言っているわけではない。
「黒いゲートがタシガンの地を飲み込み、しめあげる。その快感にタシガンは大地を震わせて咆哮した。どうだ、これがもっと欲しいんだろう……っと。あー、けっこう頑張ってるみたいだよー」
 実況中継に微妙にエロ小説が交じるっているが……。
「ちょっと振り返ってあげなよ−?」
「…………」
 あくまで、陽は答えない。むしろ、その身の全てを捧げるように、さらに『天の炎』を呼び出した。
 巨大な火柱が墜ちてくる。いや、大地からそびえ立ったようにも見えた。
 幽鬼やアンデッドを巻き込んで、炎は轟々と燃えさかる。
「おお、ご立派様」
 セクハラぎりぎりのことを口にして拍手しつつも、(そろそろかな)とちらりとユウは陽を見上げる。そして、ユウの予想通り、陽はさすがに精神力を使い果たし、その場に膝をついて倒れてしまった。
「さてと、出番ですかね」
 気絶した陽の華奢な体を背中に背負い、ユウはその場から逃げ出す。体格的には、ユウはほとんど陽と変わらないが、それでも運ぶことはなんとかできた。
 陽になにかあれば、テディもただではすまない。不器用な二人を守る、これがユウなりの手段だ。
「まぁ、これがオレの意志だよね」
 ユウは、小さく呟いた。



 タシガン市街の、中心部からやや離れた場所にも、ゲートは発生しつつあった。
 ゲート発見を最優先しているクリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)からの連絡を受け、清泉 北都(いずみ・ほくと)らはそれぞれの乗り物で現場へと急行する。
「どんどん広がってるようだねぇ」
 北都は顔をしかめる。まるで、あちこちに走らされ、肝心の場所から離されているようでもある。
 だが、かといって、放っておくわけにもいかない。
 薔薇の学舎にはルドルフや校友達がいる。彼らのことを、北都は信頼していた。むしろ自分たちが、彼らには手が回らない場所まで、飛び回るつもりだった。
「俺様の故郷で暴れるとは、いい度胸だ」
 不快そうに、空飛ぶ箒スパロウにまたがったソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)が呟く。
「こちらには、なにが?」
 レッサーワイバーンを操るクナイ・アヤシ(くない・あやし)が尋ねる。
「たしか、貴族の別荘がいくつかあったはずだぜ。本人たちはどうだかしらないが、別荘番やらがいてもおかしくはねぇな」
 ソーマは記憶をたどりながら答えた。そのとき、彼らの眼下に、濃緑の森と、そこに広がりつつある黒い靄、そして蠢く黒い影が見えた。
「邪念まみれだぜ」
 『ディテクトエビル』が強烈にソーマの感覚に訴えかけてくる。
「急がなくっちゃね」
 北都の声に頷き、彼らは黒い靄の中心部へとためらいなく降下していった。

 彼らの姿に気づくなり、死霊の類いは両手を伸ばして襲いかかってくる。黒煙が森から立ち上ってくるように、離れた場所からは見えただろう。
 その塊にむかって、クナイは躊躇わずレッサーワイバーンの口から轟炎を吐き出した。
「くらえってんだ!」
 同時に、ソーマが掲げた雷霆ケラウノスが、眩しい雷撃を放つ。
 ゴオオオォ……!!
 炎と雷が幽鬼たちを巻き込み、森の梢を燃料にさらに激しく燃えさかる。
「まだまだいくぜ!」
 ソーマが、さらに雷撃を放とうとしたときだった。
「ソーマ、落ち着いて」
 北都がソーマをなだめるために、声をかけた。
「まだ救助者を確認してないからねぇ。冷静さを欠いては、守れる物も守れなくなるよ?」
「…………」
 真剣な眼差しに、ソーマの激情がいくらか収まる。
 その熱と光のなかを、白銀 昶(しろがね・あきら)はガーゴイルに乗り駆け抜ける。万が一、巻き込まれている者がいないかを探すためだ。
 視界は黒い靄と森に阻まれ、ほとんど役に立たない。『超感覚』によって研ぎ澄まされた聴覚が、なによりの道しるべだ。
 微かな悲鳴をとらえ、疾駆した先には、平屋の建物がひっそりとたたずんでいた。かなり古い建物のようだが、意匠は手の込んだ美しいものだ。しかしそれも、今は壁や窓などが無残に破壊され、黒い靄がすでに入り込んでいる。
「ガーゴイル、ここで待ってろよ。ああ、モンスターの奴らは、遠慮なく石化してやれ」
 昶はそう指示を残す。これで、背後から挟み撃ちということにはならないだろう。ひらりとその背から飛び降り、霊断・黒ノ水を両手に構えた。
 霊的な力が込められた刃が、ぬらりと黒光りする。
「助けに来たぜ! どこだ!?」
 破壊された窓から入り込むと、昶は大声で叫んだ。その、生ある者の力強い声に惹かれてか、あるいは妬んでか、幽鬼たちが昶めがけて迫ってくる。
「どけってんだ!」
 走るスピードを一切緩めないまま、昶は刀を振るい、行く手を阻む幽鬼を切り裂いた。
 その間に、北都とクナイは、一足先にゲートの封印にとりかかっていた。
 黒い靄をクナイの呼び起こした風が散らすと、炎の中にひときわ黒く濁った穴がぽっかりと口を広げている。
「見つけた!」
 北都は意識を集中し、『ホワイトアウト』をゲートへ向かって放った。細かな光を帯びた魔法の吹雪が、風にのってゲートへと一挙にたたきつけられる。
 ゲートを中心として、その周囲の空気が含む水蒸気ごと、ビシバシと破裂するような音をたて、みるみるうちに凍り付いていった。
「……ふぅ」
 とりあえずは、根元は断った。北都は息をつき、わずかに肩の力を抜いた。
「北都、昶が住人を見つけたようです。そちらに行きましょう」
 北都の背後を護っていたクナイが、そう告げる。
「そうだねぇ」
 北都は大きく息をつくと、再び凜々しい瞳で踵を返した。